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〜 【Relational Novel】 〜

【Relay●MoonLignt Baby】

第十一話 〜島唄〜 KOMORI - UTA





− FFXを愛する、すべての母親の皆様へ −




南国ビサイドの日射しは強い。
熱くかれた桟橋をきしませながら、一人の男が連絡船から降りていった。堂々たる体躯がその光を遮り、つかの間、漆黒の影を形作る。
ヒトならぬその身にまとう衣装は、色鮮やかでありながらあくまで簡素。
懐かしげに辺りを見回す首や肩の動きに合わせて、装身具が軽やかな音をたてた。

埠頭からいくらも進まぬうちに彼は立ち止まり、和毛にこげに被われた耳をぴくりと動かした。
ここからほど近い浜に、大勢の人の気配がする。
「大勢」とは言ってもルカやベベルのそれとは比較するべくもないが、平素は閑散としているはずのその場所に、全島民が集結している、と言っても差し支えない風情だ。

あることに思い当たった男は、空を振り仰ぐ。
雲一つない、どこまでも続く鮮やかな青。その空に一点、あたかもその部分だけ色を塗り忘れたかのように、白い月がかかっていた。
昼間に月が見えるとは、珍しいこともあるもの。だがはかなげなその姿こそ、この小さな異変のしるしに他ならない。
一人得心とくしんした男は、再びゆっくりと歩を進めていった。

ほどなく無数の魚と、歓声であふれた砂浜が眼下に広がった。
いち早く来訪者に気づいたものが、ぶんぶんと手を振っている。
ひときわ目立つ大きな身体に、遠目にもはっきりそれとわかる、天に向かって巻き立つ朱色の髪。
見間違えるはずもなかった。共に幾多の死線を乗り越えてきた、懐かしい仲間。
ワッカは、ブリッツで鍛えた大声を辺りに響かせる。
「キーーマーーリーーー!」
かつて10年の時をこの島で過ごした、獣人のおとないであった。


「よう!元気でやってたか?」
ワッカは、汗と魚の鱗にまみれた笑顔を向けた。
この島には数年に一度の割合で、魚の大群が押し寄せる。予兆である昼間の月がかかると同時に昼夜問わず見張りを立て、人々はその日を待ちわびる。そして知らせが入るやいなや島民総出で浜に繰り出し、貴重な食糧を確保するのだ。

「今日は朝からこいつにかかりっきりでよ〜、練習にもなりゃしないぜ。」
何とも贅沢な愚痴をこぼす友を数秒間凝視し、キマリは声をかけた。
「貫禄がついたな。」
ロンゾ特有の短い言葉に、ワッカの褐色の瞳がぐるりと回る。
「久々に会った仲間に、開口一番それかァ??」
少しばかり厚みの増した腹をパンと叩くと、そのおどけた仕草に周囲から笑い声があがった。
「誤解するな。誉めるつもりで言った。」
「わーってるわーってるって。・・・ところでどーしたんだよ?ユウナと飛空艇で来るはずじゃなかったのか?」
「・・・飛空艇は、ルカで降りた。」

応援を頼んだユウナと、ガガゼト復興に追われた日々のこと。
その作業にも目処がつき、彼女の見送りとビサイド訪問とを兼ねて、飛空艇に乗り込んだこと。
航行中にルカからユウナに緊急要請が入り、そこで下船したこと。
結果ユウナはルカから動けなくなり、ガガゼトを長く離れられない自分は、やむなく別行動をとったこと。

訥々とつとつとした説明に耳を傾けていたワッカは、話の最後に妊娠中の妻の経過を尋ねられ、相好そうごうを崩した。
「ルーか?いやもう元気元気。ただ今月が産み月だからな。大事をとって、村に残ってる。」
恋女房の話とあって、裏返り気味の声はますます高くなる。
「腹もこーんなでさぁ。いつ出てきてもおかしくねぇんだけどよ、初産ってぇやつは遅れることが多いんだろ?」
「こーんな」の言葉と共に、てのひらが大きく弧を描いた時。少年特有の甲高い声が話を遮った。
口々にワッカの名を呼び、競うように駆け寄ってくる子供たち。真っ先に到着した少年が、一番手の特権とばかりに彼の首にしがみつく。
「おい待てよ、オレはキマリと話してんだぞ?・・・つーか重てーだろーが!」
困り切った声とは裏腹に、彼らが愛おしくてならないといった様子。
他の子供たちも同じこと。隙あらばその身体に飛びついてやろうと窺う姿がいやが上にも微笑を誘う。

ここはスピラのどこよりも平和だ、とキマリは思った。
その生活は決して豊かとは言えなかったが、老いも若きも等しく額に汗して働き、そして笑い声に満ちている。
「シン」が倒れたとは言え、世界は未だ混迷のただ中にあった。辺境の民は貧困にあえぎ、そして水面下での権力闘争にのみ終始する中央。「永遠のナギ節」の言葉とはほど遠い姿を多く目にしてきた彼にとって、久々に胸のすく思いのする光景であった。

「丁度いい。キマリも手伝おう。」
賑やかな声が一段落した所で、キマリはあらためて申し出る。
「お前もガガゼトで大変なんだろ?漁もあらかた終わっちまったし、今日一日くらいは客でいろって。」
ぶら下がった子供を軽々と抱き直しながら、事も無げに答えるワッカ。
「だが、キマリ一人何もしないわけにはいかない。」
「ならルーの話相手でも頼むわ。今頃退屈しきってるだろうから、お前が顔見せればきっと喜ぶぞ?」
迷った挙げ句に彼の厚意に甘えることにしたキマリは、使命を遂行すべく、謹厳そのものといった表情で頷く。
「昔も今もナンもねぇトコだけどさ。ま、ゆっくりしてけや。」
豪快に笑うと、ワッカは立てた親指を村の方角へと傾けるのだった。


かつてその乱雑ぶりで名を馳せていた彼の家は、几帳面な妻の手によって、見違えるようにすっきりと取り片付けられていた。
室内を見回せば、地味だが凝った編み目が美しい蔓製の揺りかご。
棚には、きちんと折り畳まれた襁褓むつきが重ねられている。
そして部屋のそこかしこに置かれている、数々の玩具。
赤ん坊を迎える準備はすっかり整っているようだ。

「いただいたものがほとんどなの。でもワッカも街に出るたびに色々買ってくるし・・・片づけだけでもう大変。」
キマリに飲み物をすすめながら、ルールーは苦笑する。
その小さな所作すら、せり出した腹部が邪魔をして、軽快とは言い難い様子だ。
かつて垣間見せていた刃物のような緊張感は消え、丸みを増した頬にたたえられた表情はどこまでも穏やか。
深いアルトの声がいつになく華やぎ、二人の近況を披露してゆく。・・・とは言えその内容のほとんどが、出産前から早くも親馬鹿ぶりを発揮している夫の事であったのだが。
その所業にほとほと呆れたとこぼしてはいても、言葉の端々からにじみ出る幸せは隠しようもない。

と。
突如として部屋の隅からおさない声があがり、獣人は縦に光彩の入った瞳をしばたいた。
珍しく驚きの色をあらわにしたその様子に気づいているのかいないのか。あら、起きたのねとルールーは、至極当たり前のことに過ぎぬといった様子。
腰を上げる彼女に腕を貸し、興味を引かれたキマリはその場所へと歩み寄っていった。


新しい住人を待つばかりと思っていた揺りかごの中には、驚いたことに先客がいた。
このような辺鄙へんぴな──と言ってはワッカたちに失礼かもしれないが──場所にはおおよそ似つかわしくない、曰くありげな幼子。
極端に口の重い相手の性格を知るルールーは、問いを待たずに説明を始める。
「この子、村の子じゃないのよ。夕べ遅くにワッカが連れてきて、いきなり世話を頼まれたの。で、今朝になって詳しい話を聞こうとしたら、あの魚の大群騒ぎでしょう?結局、まだわからずじまい。」
何言い出すにも、いっつも突然なんだから。まったくワッカらしいわ、と妻は肩をすくめる。

ルールーが胸に抱き取り、砂糖菓子のような声音で声をかけると、子供は居心地よさそうに頬をすり寄せた。
そのすっかり母親然とした姿に、感嘆の言葉が自然と口をついて出る。
「見事なものだ。」
「ありがと。・・・でも本当のことを言うとね、彼の方が上手なの。あのひと、ずっとチャップの面倒を見ていたでしょ?」
かつての恋人であった者の名を呼んだ時、ルールーの声は少しだけ湿り気を帯びた。
室内が、しんと静まりかえる。だがそれは決して気まずい沈黙ではなかった。
ワッカの弟、チャップ。いや、それとも義弟と呼ぶべきなのだろうか?今は亡い彼を知る者共通のあたたかく、そして懐かしさに満ちた静寂。
「・・・抱っこしてみる?」
しめやかな空気を塗り替えるかのように、ことさら明るい声と共に、ルールーはキマリの正面へと向き直っていった。

「赤ちゃん、この人はキマリっていうの。あなたも大きくなったら、この人みたいに強くなれるといいわねぇ。」
「それは違う。キマリは“ワッカのように”がふさわしいと思う。」
しげしげと赤ん坊を眺めていたキマリは、ついと視線を逸らす。
赤ん坊への言葉かけまで律儀に訂正しなくとも、とルールーは思ったが、それにしては実感がこもりすぎていた。
そして彼は子供を受け取ることなく、ゆっくりと背を向ける。
心なしかうなだれて、もとの場所へと座り直したキマリに、彼女は訝しげな視線を送った。
「キマリは、赤ん坊を抱いたことがない。それに・・・」
不安そうに揺れていた尾が、ぱたりと床に落ちる。
「キマリは、その子供の目が怖い。心の中まで見透かされてしまう気がする。」
その言葉に思わずルールーは吹き出しかけ、慌ててまじめくさった表情を作った。
誰が想像できただろうか。どんな凶暴な魔物にも臆することなく立ち向かっていったロンゾの勇士が、赤ん坊が怖いなどと!
笑い出したい気持ちを懸命に押し隠し、彼女は声をかける。
「そんなこと言わないで抱いてあげて。それにこの子、あなたの事が気に入ったみたい。」
予想もしなかった言葉に顔を上げると、幼子はルールーの腕からこぼれ落ちんばかりに身を乗り出している。
空を掻く小さな手が目指しているのは確かに自分。その心境を代弁するかのように、幾重ものリングで飾られた獣の耳が、ぺしゃりと垂れ下がった。

半ば強制的に赤ん坊を手渡され、表情には出さないもののキマリはひどく当惑していた。
腕の中の幼子は、艶やかな布に縁取られた顔を動かし、おおどかな視線を投げかけてくる。
多くの者が怖れる彼の顔を見て、泣きもしないのは流石と言うべきか。
だがしばらくは大人しくしていたものが、急に手をばたつかせ始める。
その視線と手が追いかけているのは、キマリが無意識に動かした、青く細く伸びるロンゾの尾。
察するところ、この小さな来訪者が真に興味を持ったのは彼ではなく、その尾であったらしい。
右に・・・左に・・・。揺れる尾の動きと共に、小さな顔が面白いように振られる。
そして・・・
赤ん坊は、笑った。
言葉にならぬ声をたてて。


彼自身、子供のことはお世辞にもよく知っているとは言えない。
ロンゾ族は習慣的に異世代間の交流は希薄であったし、ビサイドに移った後も、その風貌ふうぼうに恐れをなした子供たちは、彼を遠巻きに見守るのみであった。
幼いもの、特に自力で立ち上がることすらできぬ者は、弱々しい、守られるだけの存在だと思っていた。
だが今になって思い返すと、弱いと嘲られていた自らの姿を重ねてしまい、知らず知らずのうちに目を背けていたのかもしれない。

キマリは心の底から、ワッカ夫婦を羨ましく思った。
縁もゆかりもないこの嬰児えいじですら、この身をこれほどまでに幸福感で満たすことができるのだ。
ましてや、それが自分の血を分けた者ならば、喜びはいかばかりになるのだろう。
「女は凄い。無から有を生み出し、それを育む素晴らしい力がある。キマリたち男にはとてもできない。」
しみじみと呟く声に、ほどなく母となる女はくすりと笑う。
「あなたらしくもない弱気ね。もし男の人が何もできないって思っているなら、それはとんでもない誤解だわ。男がいて、女がいて・・・。たくさんの人に愛されて大きくなっていくのよ。この子も・・・・・・・・・それからこの子も。」
まず幼児の額に口づけ、そして膨らんだ自らの腹部にそっと手を当てる。

「それよりキマリ・・・笑顔の練習は、もう卒業かしら?」
「?」
「びっくりしたわ。いつの間に、そんないい顔で笑えるようになったの?」
自覚はない。
だが思い当たるのは、先程赤ん坊が笑った時の、ふいに泣き出したくなるような感情。
厳つい獅子のかおにゆっくりと、再び染みいるような笑顔が広がっていった・・・

夜の訪れと共に、いつもながらの静けさを取り戻したビサイド島。力を取り戻した月が照らす砂浜に、規則正しい足音が響く。
今夜は泊まっていけというワッカたちの勧めを固辞し、キマリは船着き場へと向かっていた。
恐ろしいまでに冴えわたった光を浴びながら、彼はルカで別れた娘の姿を思い浮かべる。

死の匂いに満ちていたかつてのスピラ。
死の輪廻りんねの源となったのが一人の女性なら、奇しくもそれを断ち切り、新たな生の螺旋らせんをつむぎ始めたのも一人の少女。
かの少女も、さして遠くない未来、母となる日を迎えるのだろう。
彼女の愛するこの大地が、命あるもので満ちあふれんことを。
生きとし生けるものに、幸いを。
あたかも生まれ変わった大地に贈る、子守歌のように。低い祈りの声は銀の光にふちどられながら、藍色の空へと溶けてゆくのであった。




■■追記 KOMORI-UTA イメージ音楽 ■■

〜〜FAURE:REQUIEM “PIE JESU”〜〜

Pie,Jesu,Domine, dona eis requiem;

dona eis sempiternam requiem.



     第十一話 END

Copyright (c) 2002 異界返り



BGM:フォーレ作曲「レクイエム」より「ピエ・イエス」
MIDI提供:Nocturne



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