〜 Prelude 〜
二つの月 夜空に浮かぶ 二つの光円 青き月と 赤き月
欠けることなき二つの満月( その身に纏(いし白き衣は 青白(くまばゆく煌(きて ほのかに赤白(く煌きて
やわらかに降りそそぎし二つの音色( その海の涼やかな潮風の音(のように その海の温かな小波(の音(のように 果てなき御空(へ響き渡りて
たった二つの音(なれど それは世界の全て包み込むかのように それは遙か永遠広がり続くかのように 二つの音色の双旋律は とけあうように重なったり ともにどこまでも駆け抜けたり
いつまでも あの二つの美月(のように 元気で 明るい あなたでいてほしい やさしくて 温かな あなたでいてほしい わたしは ずっと あなたを見守っています ずっと……。
君が生きているかぎり 命はつづく たとえ わたしが 死のうとも……
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● 双月協奏曲 〜 Twinkle Moon 〜 ● 〔 FF IX ED after 〕
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第一楽章 〜 refrain 〜
城の片隅。彼は一人、窓の外の西空に浮かぶ二つの月を眺めていた。 数日前から昨夜まで、一つだった、紫色をしていた月。 夜明け前の今、それは元の二つの月へ、青と赤の月へと戻っていた。まるで何事も無かったかのように…… 気のせいか、以前よりも双月それぞれの輝きが増しているように見える。
彼は、驚かなかった。 なんとなく、分かっていたから。
(帰っていったんだな……)
東の窓の向こうの空は、すっかり朝の色となっていた。 ぶ厚い壁と窓を通しても鳥のさえずりが聞こえるほど静かだった。 その静けさの中、カツン、カツン、と、遠くから靴音が近づいてくる。 女性の靴の音のようだ。階段をゆっくりと上ってくる。 靴音は彼の5m程手前で止まった。
「陛下…!」
「よう。ベアトリクス。」
驚いている彼女に、彼は普段通りの声をかけた。 彼女の顔はすぐに冷静さを取り戻す。が、流石にすぐには言うべき言葉が浮かばないようだった。 彼は、さらりと微笑んだ。
「赤ん坊が、帰っていったんだろ?」
「!!……どうしてそれを?!」
「そんな気がしたんだ、あの月を見てたらさ。」
「……。」
「オレだって、思ってたんだぜ。あの子は捨て子なんかじゃなくて、 あの一つだった月がどこかから導いてくれた、 天使か何かだったのかもしれない、ってさ。」
「……天使…ですか。…そうかもしれないですね……。」
彼女は少し寂しげながらも嬉しそうな顔をして、窓の外の双月を見上げた。
「あの赤子は、私にもささやかな幸せを運んでくれました。 ……感謝しています。」
「ハハ。それは良かった。」
「ええ。」
「まあ、そういうわけで、赤ん坊の親子さんの捜索は終了だな。 御苦労さん。」
そう言って、彼も窓の外の双月を再び見上げた。 暫しの間を挟み、彼は言った。
「それにしても、あれだな。平和な世の中になったよな。」
「フフッ。いきなり何です?」
彼の唐突な話の切り出しに、彼女は思わず笑いをもらしてしまった。 彼も少し笑いながら、窓の外の空を仰ぐ。
「ほら、こういう静かな夜……もう朝だけどさ、 なんか、平和を実感しないかい?」
「そうですね…。魔物の数も減りましたし、 今はリンドブルムともブルメシアとも友好的と言えます。」
「そう。今は友好的になってるよな。 だけど、リンドブルムとブルメシアを攻撃したのは他ならぬこの国だ。 なのに何故ここまで友好関係を築けたのか、っていうと、 きっとあの二国の復興のためにに援助として兵士を、 『人』を送ったことが良かったんだと思うんだよな。」
「……。」
「……オレは、赤ん坊の捜索をするようにあいつに言った時、 もし親が見つかって、その家庭が貧しいようだったら、 『国からその時こそ援助金を出してやればいい』って言ってたんだ。 その前に『孤児院にも援助金でも出すのが国の王のすることだろ』 なんてこともオレ、言ってた。 だけど、きっとそれだけじゃダメなんだよな。 カネだけじゃなくって、やっぱり、人が行ってこそホントの援助なんだろうな。 って…今のオレは思ってる。」
月を見上げ、月明かりに照らされた彼の横顔は凛々しい。 彼の声は、淡々と語りながらも力強さが感じられた。
「オレはこれから、国王として、そして一人の人間として、 この国の人達とのふれあいを大切にしたい、と思ってるんだ。 孤児院には、できる限りオレ自身が遊びに行ってやろうかなと思ってる。 オレの子が、他の子と遊べるぐらいになったら、 連れてって、いっしょに遊ばせてやろうかな、なんて思ってるんだ。 ……アンタらは、どうだい?」
「?」
「これからもこの平和が続いていくなら、 城の普段の警備にあんまり兵士はいらなくなるだろ? どうせヒマならさ、たまにはアンタらのどっちかでも、 代わりばんこでも、孤児院に遊びに行ってやるといいかな、って思ってさ。 ほら、コドモってさ、ああいうブリキのオモチャみたいなおっさん、好きそうだろ? ベア姐みたいなムネのおっきいきれいなおねーさんも好きだろうしさ。」
「それはアナタの好みでしょう?フフッ。」
「ハハ。」
ほんの少し照れながら笑う彼女に、頭を掻きながら笑う彼。 暫し時が流れ…
「考えておきます。」
彼女は笑顔のままそう答え、再び月を見上げた。 彼も月を見上げる。 窓の外の西の空も、少しずつ藍から蒼へと色を変えている。
「オレに国王なんて務まるのかな……。」
またも唐突に話し始める彼。その声は先程よりもあきらかに沈んでいた。
「あいつが女王陛下としてこれからも国を纏めたほうがいいんじゃないかな、 って思ってるんだ…。」
先程までの話しぶりに、『国王らしくなった』と思って感心していたのに… 不安な気持ちを吐露する彼。 頼ってくれているのだろうか。 それが彼女には嬉しくもあったのだが…
「それはガーネット様が…女王陛下が自ら決めたことです。 私には、何も言えません。 ですが、貴方様はガーネット様が選んだ御人。 私はガーネット様同様に貴方様にも誠心誠意奉仕する所存です。」
「ハハ…。なんか手厳しい言い方だな。」
「……。」
彼女はフウと小さく息をつき、うつむく。
「……少し、お伺いしておきたいことがあります。 よろしいでしょうか?」
「あ、ああ。」
彼女の神妙な面持ちと声に、彼の表情も真摯に変わった。 静寂の中、彼女は話し始める。
「私は、貴方がこの城を出て行ったことを聞き、貴方が許せませんでした。 貴方が何故国を出て行ってのかはトット先生から聞きましたが、 それでも許せませんでした。 それが、貴方がガーネット様のことを考えてのことといえど、 ガーネット様を苦しめたことに変わりありません。 ガーネット様は、危うく流産しかけたのです。 ガーネット様の御身も危うかったのですよ。 今も、まだ完全には回復していませんし……。 ……貴方なら、ガーネット様の心の苦しみ、感じていたはずです。 それなのに……」
うつむいている彼女の隻眼から落ちた熱い雫が冷色の床を濡らす。 普段冷静な彼女とは思えない熱い情が感じられた。 長い沈黙をおいて、彼もうつむき、応えた。
「そうだな。オレは、間違っていたんだろうな。 あいつの苦しみ、感じていたのに……。 今になって、冷静に考えると、オレも自分が許せないんだ。 すごく、後悔してる。なんであんなことしてしまったんだろう、って。 だけどさ、あの時はあの時で、オレ、必死に考えてたんだ。 オレのような、造られた人間、子孫を残す能力を持たないはずの、 そんなやつが女王の婿になっていいのか、子供は養子をとればいいのか、 それより、あいつはもっと世界を知って、 たくさんの男と出会って、オレなんかよりイイやつを探したほうがいい。 まだ十七歳なんだ。これから、たくさんの出会いが待ってる。 時が経てば、オレのことなんて忘れられる。 あいつは、普通の健康な体を持ってるのに、 自分の子供を産んで育てることができるのに、 その幸せを、オレなんかのために捨てることはない…… そういうようなこと、色々思って…… 色々考えたけど、結局その時のオレにはその道を、 選ぶか、選ばないか……それしか見えなかった……。 他人に何を言われたっていい。他人の意見に従っても、きっと後悔する。 それなら、たとえ後悔することになっても、 自分自身で決めて、前へ進みたかったんだ。 ……でも、あいつのためを思って決めたはずなのに、 それが、あいつをあんなにも苦しめてたんだよな。 分かっていたはずなのに、たくさんのこと、見失っていたんだ……。」
再び、長い沈黙。 暗く沈んだ横顔で、彼は再び話し出す。
「こんなこと言っても、なんの弁解にもならないよな? そうさ、結局、オレは現実から逃げていたに過ぎないんだ。 理想を否定して、現実を見つめていたつもりの言葉が、 現実から逃がれるための詭弁……言い訳でしかなかったんだな。 ジェノムで、子孫を残す能力を持たない、 そんなやつに女王の婿になる資格など無い、 そういう声が聞こえてきそうで、怖かった。 いつかあいつがオレから離れてしまうかもしれない、って不安だった。 あいつの想いを、信じきれていなかったんだ。 そういう自分に気付いて、益々自分が嫌になっていた。 だから、オレは氷の海を漂流していた時、 ああ、まさに自業自得だな。天罰だな。 ……そう思えたんだ。このまま死んでもいいと……。」
そこまで淡々と語っていた彼が、少しだけ、笑いをもらした。
「その時、オレに、呼びかける声があったんだな。 ほんと、不思議なやつだったよ。 まだ赤ん坊のクセにさ、オレに説教じみたこと言うんだぜ? 『早く戻ってきて、大変なんだ、アンタの愛しい人が、 それに、アンタの子供が危険なんだ! そのままそんな所で寝っ転がってるヤツは本当のロクデナシだ! とっとと立ち上がって、行くッス!』……なんてさ。」
彼はまた窓の外の双月を見上げる。 空の蒼の明るさが増し、双月の色は霞み始めていた。
「城に戻って、あいつの嬉しそうな顔を見た時、オレはやっと気付いたんだ。 オレがこの世から消えたって、何の償いにもなりはしない。 こうやってそばにいなければ、謝ることさえ出来ないんだな、って。 …もちろん、謝って済むようなことじゃないって、分かってたけど、 それでも…素直な気持ちを伝えることができて、 あの時、オレは嬉しかったんだ……。」
彼はその瞳に吸い込むかのように空の青を映しこんでから、ゆっくり目を閉じた。
「……不安は、今もいっぱいある。 オレとあいつとの間に生まれる、新たな命、 それがもし、元気な子供じゃなかったら……。 ガイアの人間と、テラの……ジェノムの間に生まれる子なんだ、 まともな子供じゃないかもしれない…… もし、そんなことになったら、その子はオレをきっと恨むだろう…。 その時に、オレはどうすればいいんだろう… どうするべきなんだろう……オレに何がしてあげられるんだろう…。 ……今は、情けないけど、まだ考えているんだ。 答えは、まだ見つからない。 けれど、今の時点で二つだけ、できることが分かってる。 それは、あいつを支えてやることと、祈ること。 あいつの体に、心に、負担をかけないように、助けてやりながら、 生まれてくる子の無事を信じて、毎日心の底から祈り続けてやること。 神様なんているのかどうか知らないけど、 オレはとにかく、毎日祈るつもりなんだ。」
静かな時が流れる。 べアトリクスは、うつむいたままだ。 そんな彼女の背中を少し見つめてから、彼は彼女に背中を向けて言った。
「なんか、ベラベラと長いこと喋っちまったな。 なんか、うまくまとまんなくて、矛盾だらけかもしれないけど、 今しゃべった言葉にウソ偽りはないぜ。 ずっと、誰にも話せなくて、溜まってたんだなぁ。 聞いてくれる人がいて、良かったよ。 こんな話、あいつとはできないし……。 でも……誰かに聞いてほしかったんだと思う。 アンタと、話せて良かった。 オレも……あいつと同様、アンタを信頼してる。 これからも……よろしくな。」
彼の温かな声に、彼女はゆっくり、無言でうなずいた。 彼は歩き出す。王室のほうへ。
無言……何も言いたくなかったわけではない。ずっと、何も言えなかった。熱い想いで頭の中がいっぱいになっていて、言葉にならなかったのだ。 彼女は白く細い腕で目元を拭い、顔を上げると、振り返り、まだ霞んでいる瞳を東窓の外のまぶしい朝陽へ向けた。
(……私は、今も貴方のしたことは許すことが出来ません。 けれども、貴方を単純に憎んでしまった私自身の浅はかさも許せない。 私も、過去には償いきれぬあやまちを犯した者。 でも、そう、現実から逃げることは何の償いにもなりはしない。 生きているからこそ、伝えられる想いがある。 あのひとも、同じことを言っていた。 貴方も、私と同じ想いを胸に、ここに居るのですね……。)
彼女は瞳を閉じ、腰に携えていた長剣を抜く。 天に誓うように、それを朝陽へ向けて掲げた。
(貴方とガーネット様に誠心誠意奉仕するという気持ちに偽りはありません。 ですが、願わくば、わたくしは一人の人間として、 貴方がたとともに、歩んでいきたい……)
彼女はゆっくりと、瞳をひらく。
(この、光あふれる世界を……!!)
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