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by 侑史
───青年はゆっくりと、その瞳を開いた。 遠い遠い過去へと飛ばしていた意識を、今自分がいる現実に緩やかに引き戻していく。あんまりに急に戻ってしまうと目眩を起こしてしまいそうになるから、慎重に、用心して、二十年前ではない、現実の青の海を見つめた。タイムリミットが迫る度に段々と加熱していくナレーターの声から、ラグナロク二世号の打ち上げまで残り十分程になっていたことを青年は知り、本当に光のような速さで走り去っていったこの一時間と、あの一週間を思い返し───少し自嘲気味に、微笑んだ。 だが、一方その話を聞かされていた少年はというと、その物語の結末を知っている青年とは違い、気持ちに一段落つけることなどできず、続きが気になって仕方がないようである。すっかりと聞き入ってしまった少年は、身を乗り出しながら、 「それで……その子達……何、したの……?」 続きを聞くのを、少しだけ怖れながら───しかし、まるで何かに導かれるように、そう声を絞り出す。青年───『せんせー』は、その少年の言葉に、自身からもほんの少しの勇気を振り絞って、「うん───」と、声を出す。 ───これから先の、この子に本当に聞かせたかった物語を話すのに必要なものは、格好悪い、“あの頃の自分”を曝け出す、ほんの少しの覚悟。 『せんせー』はすう、と息を一つ吸い、続きを語り始めた。 人に語るには少しばかり恥ずかしい、それでも大切なあの、思い出を───。 「それから、その子達は……ただ、走ったんだ───。」 ◇ ───はっ、はっ、はっ───。 それは、たった一夜の内に起こった出来事だった。 F.H.という街を知り尽くしている少年達は、月光によって象られたその街の闇の中に巧みに身を隠しながら、靴を両手に持ち、裸足のままで───足音を消すためだ───夜の街を慌ただしげに駆けていく。 そんな今宵は、いつもの夜よりもずっと月が明るく、大きく見えた夜だった。儚げに漂う数少ない雲を掠めながら差し込んでくる、銀色の、大量の月明かりは、闇の奥へと隠し去りたいはずの『自分達のしたこと』をも明るみの中へと曝け出してしまうような気がして、思わず足が竦むのを、先頭を走る少年は感じた。何も履いていない素足に伝わる、鉄板で組まれたF.H.のひんやりと冷え込んだ地面の感触が、少年達の不安をさらに煽るように思えて、それを振り払おうと、一層に速く、速く、彼らは走ろうとする。 「ねっ……ねぇっ……!」 突如聞こえてきた震える声に、先頭の少年がしかし足は止めずに振り返ると─── 一瞬。差し込んできた月明かりの中に浮かんだ、その友人の顔は、見たことがないほど真っ青に染まっていて、それを見た少年はひゅっ、と短い音を立てて、息を呑んだ。不安げな彼の声には応じず、少年はさらに足を速める。───きっと、自身の顔も、彼と同じものになっているのだ、と、思いながら。 たん、たん、たんっ───。 裸足のまま、月夜の闇の中を駆けていく少年達の影。 彼らは、かねてからの望みであったことを、たった今、確実に果たしたばかりであった。それを成すことを、少年達は何よりも待ち焦がれていたはずだった。そうすることで、自分達の中にある複雑な思いも、晴れるに違いないだろう。そう、信じていた。 ───だが、しかし。 彼らの胸を占めるその想いは、 それまでに想像していたものとはまるで違うものだった───。 ◇ 「───気に入らない」 真っ昼間、と言うには少しばかり早い時間だった。まだ空の頂きにまでは到達していない太陽の緩やかな日差しが降り注ぐ、そんな、思わず眠気を誘われてしまうような穏やかな陽気の中。スコールは、兼ねてから抱いていたその気持ちを口にした。先に述べたような情景には明らかに似合わない、とても不機嫌な声で。スコールの部屋に遊びに来ていたリノアは、しかし彼とは全く正反対に、春の薫りでも漂ってきそうな柔らかな陽気の中に、どっぷりと浸かってしまっていた。頬杖などをつきながら、窓から見える澄んだ深い青の海をぼうっ……と眺めて、 ”はぁ〜〜……いーい天気〜……。” などと、のんきに思っていたものだったから、不意にやってきた彼の不機嫌声には、まずはきょとん、と目を丸くすることしかできなかったのだ。 「───え? あ…え? ごめん、何だっけ?」 そう、何の悪気もなく訊き返す彼女の耳にはどうやら、彼の呟きは正確には届いていなかったようである。その様子にスコールはいつものように眉間に皺を寄せ、苛立ちを抑えたようにこめかみを抑えた。そして、 「……もう、いい」 というこの言葉を、仕方なく吐き出すのを見て……リノアは思わず、吹き出しそうになってしまう。口元にまでこみ上げてきた笑い声を必死に抑え込むため、咄嗟にリノアは前髪で表情を隠すように、俯くと、スコールには気づかれないように細心の注意を払いながら、しかし堪えきれずに、ついつい笑みを零してしまう。 「? 何だよ」 そのリノアの様子に、スコールは怪訝そうな声を上げるが、リノアは顔を上げないまま、「ごめんごめん、何でもないの」と、彼の心配を払うように両手を振ってみせる。リノアにしてみれば、彼の『あの仕草』を見せられて、笑うなと言われる方が、無理というものだ。スコールの眉間に皺を寄せて、こめかみを抑えるその動作は彼自身には内緒のままに皆がしていることで、先日リノアもゼル達にそれを見せてもらって、一同の物真似の上手さに、腹を抱えて笑ったばかりなのだから。 何とか笑いを内に収めると、リノアはようやく顔を上げて、 「それで───何の話なのかな?」 と、スコールの方へ身を乗り出しながら、ひょいっ、と眉毛を上げて尋ねる。上手く話題をすりかえたつもりでいるリノアに、スコールはやはり、眉をしかめることしかできないでいた。 (本当、調子狂うんだよな……) 自らのことを語るのが苦手なスコールは、もう一度、「もういい」と言って、話を打ち切ってしまおうかとも考えたが……彼女の瞳は、どうやらそれを望んでいるわけではないようだ。何を言っても納得しそうもない彼女の表情にスコールは溜め息を一つつき、 「───気に入らない、と言ったんだ」 聞き逃す事はもう許さない、とでも言うかのように、しっかりとした発音で、そう言った。その内に秘められた迫力に、さすがのリノアも今度は一言一句聞き逃さず、彼の言葉をしっかりと受け止め、うんうん、と無意味に多く、頷いてしまう。そして、 「そっ、そうだよね。気に入らないよね。ウンウン、わかるわかるっ」 と、少し彼の放つ迫力が強すぎたか、リノアはそう至極熱心に相槌を打つが───しかし。ほんの少しの間を置くと、リノアはうん? と眉をしかめて、しばし中空に視線を投げかけたまま、何か考えを巡らせて……、スコールの様子を伺いながらおずおずと、リノアは言う。 「……えーと……気に入らないって、何が……?」 ……その余りにも間の抜けた、しかし不思議なくらいにまっすぐに響く彼女の言葉に、スコールはまたしても、その手でこめかみを押えることになるのだった───。 ◇ 「───お? なんだなんだ? 何とかの音楽隊か?」 一週間の滞在期間の中で既に親しみ慣れたF.H.の青天の下を歩くその一団の姿を見て、ガーデンの操縦シミュレーションの自主訓練中だったニーダが、面白そうに笑って見せる。重そうな楽器・荷物を担ぎ、額に汗を浮かべながら歩く彼らの姿に、ニーダはいつか読んだ童話───動物達の音楽隊のことを、思い出す。しかし、愉快そうに彼らを見るニーダとは正反対に、全く不愉快そうに表情を歪めて、団体の一員───『ものしりゼル』が、 「それを言うなら『ブレーメン』だろ! ───……えーと」 と、勢い込んだ出だしであったにも関わらず、それも突然に失速し、ゼルは唐突に目を泳がせ始める。彼のその表情に、悲しくもニーダはぴん、と来るものがあって、こほん、と一つ咳き込んでみせてから、「……ニーダ」と言うと、ゼルはパッ、と顔を上げて、 「……そう、ニーダ!」 (同期の名前くらい、しっかり憶えろよ……) 得心を得た! とばかりに表情を明るくして言うゼルのその姿に、心の中でそう呟き、人知れずほろり、と涙を流すニーダ。ガーデンの運転手に抜擢されてからというものの、生徒達に彼の名はそれなりに知れ渡ったとはいうものの、まだまだ『影が薄い人物』という第一印象は拭いきれないようだ。その証拠とも言うべきか、彼のそんな落ち込んだ様子には全く気づかず、ゼルは「ったく、なんでこんな重てェ荷物を……」と、ぶつぶつと一人文句を言い続けるのであった。しかし、それも無理からぬこと。何しろコンサート開場の設営に辺り、自身が扱う楽器の他、大型のスピーカーやアンプ、会場入り口で配る予定のチラシやポスターやチケットなどなど、諸々の道具を、各々が背負っているのだから(ガーデンに架けられた橋代わりのクレーンは足場が悪いため、リフト付近までは台車を使うことができないのだ)。 ニーダはそんなゼルに、しかし同情の色はいっさい見せずにふん、と鼻を鳴らせて、 「SeeDは体力が資本だろ? いい訓練になるじゃないか」 と言ってやった。───先ほどの自身の名前を忘れられていた一件が、彼の中でまだ少々燻っているようだ。ニーダのその言葉にゼルはムッ、と頬を膨らませて、思わず反論を述べそうになるが……それをぐっ、と腹の中に押さえ込む。これ以上あれやこれやと愚痴を零すことは、男らしくないような気がしていたし、それに確かに、ニーダの言う事にも一理ある。 (これぐらいのことでカリカリしてしちまうとはなー) よくよく考えてみると、ここ数日間ずっと、久しく触れた楽器を扱っていたことや、あれやこれやの事件に振り回されて、自身でも気づかぬ内に、どこか疲弊していたのかもしれない。───人間疲れが溜まると、どうも卑屈になっていけねぇ、と、ゼルは自らを戒めた。すーっ、と大きく深呼吸をして、体の中に澱んでいた悪い空気を入れ替えると、 「……はいはい、わーったよ。訓練、訓練! …だよな?」 そう言って、ゼルがニッ、と笑って見せた。その変化に気づいたニーダもまた、子供じみていた自身の態度を反省しつつ、彼を見習って、 「───そうそう。楽しみにしてるからな。がんばれよ!」 と、こちらも、大きな笑顔を咲かせるのだった。そこへ…… 「ほらほら〜! ムダ話、しな〜いっ!」 一度聞いたら忘れられないような少し間延びした喋り方に、夏の強い陽光を思わせる、元気の二文字でいっぱいの声色。ゼルはそれを聞くや、思わずニーダに苦笑してみせると、お返し、とでも言うように、ニーダは肩を竦めた。 「あー、ワリーワリー。今行くからよ」 と言い、先ほどまでよりもずっと前向きな気持ちで荷物を担ぎ直すと、声の主───セルフィが両手いっぱいに資料やチラシを抱えながら駆けてくる。額にいくつもの汗の球を浮かばせ、それにより湿った首筋には彼女の茶色い、柔らかな髪が張り付いていた。 「も〜ゼル、たのむよ〜? 今日はほんっっとに忙しいんだからね? 資材の搬入終えたら、すぐに他の有志のバンドとの打ち合わせもあるし、リハーサルだって……」 と、嵐のようにゼルをまくし立てたかと思ったら、はっ、と目を見開き自身の腕時計を見て……、 「あ〜ヤバイっ! もうこんな時間!? 急がなきゃ〜! とゆーワケでゼルもガンバってね!」 ……竜巻のような、とは正にこのことで。ゼルにはたったの一言も言葉を返す間を与えずに、セルフィはそのままステージの方へ向かって、慌ただしく走り去ってしまうのだった。そのエネルギッシュに溢れた動きには、かつて腕白と呼ばれたゼルでさえ、ただ目をパチクリとさせる他ない。 「やーったらハリきってんなぁ……あいつ……」 人差し指で頬を掻きつつ呟くゼルの言葉に、ニーダもまた、素直に頷く。 「そーりゃ、そうだよ〜」 「───んぎっ!?」 ずしりっ! と突然背後から襲って来た重みに、ゼルは奇妙な悲鳴を上げ、それに必死に耐えながら、やっとの思いで背後へ視線をやると……その重みの正体は、ゼルが背負う荷物の上に寄りかかるアーヴァインであった。せっかくポジティヴな方向へ向いてきた気持ちもこれによりあっという間に萎えさせられてしまい、ゼルは怒りにこめかみを、重さに膝をピクピクと震わせながら、 「て、てめぇアーヴァイン……」 と、憎々しげな声を上げるが、しかしアーヴァインはいつも通りの飄々とした調子を崩さない。『ゼル机』の上で片手で頬杖をつき、片手では自慢のテンガロンハットをくるくると回しながら、 「なんてったって、夢にまで見ていたステージ! だからねぇ〜。だからゼルも文句言わないで、ちゃーんと応援してやんなきゃあ」 「てめーがそこからどいてくれさえすれば、それはそれは真面目に働くんですけどねェ」 僅かではあるが、しかし怒気すらこめられたゼルの言葉に、さすがにこれ以上からかうのは危険か、と判断したアーヴァインはパッ、と一歩退き、「おっと、これは失礼」と、降参の意を示すように両手を上げてみせた。ゼルは体勢を立てなおしつつ、 「夢にまで見たステージ。そりゃ結構だけどよ。それにしても……こんな時によう?」 と、兼ねてからのささやかな───しかし、確かに抱いていた疑問を放つ。ゼルが言う『こんな時』というのは、つまりは世界では魔女の侵略が始まっている時のことを指しているわけなのだが……。そこへ、 「こんな時だから───じゃない?」 と、一同と同じく荷物を背負った───もちろん、男性陣よりもその量は遥かに少ないが───キスティスが口添えをする。ゼルが「んん?」と、首をかしげていると、キスティスは肩を竦めてみせて、 「どうせ今はガーデンを動かすことも出来ないしね。そうなると、魔女の一件で私たちに出来ることっていうのは、たかが知れてるわ。───だったら、抜ける所は思い切り抜いておかないと、ね」 「さっすが先生! 良いコト言うねー」 と、調子良くキスティスの肩に手を回そうとするアーヴァインの姿に、ゼルは再び苛立ちの色を、ニーダは苦笑を浮かべた。肩に置かれたアーヴァインの手の甲を、キスティスは余裕の態度でぎゅうっ、と抓ってみせると、「痛い、痛い!」とアーヴァインは涙目になりながら、その手を離す。 ───だが。 すっ、とアーヴァインが視線を遠くにやると、そこにはリフトがあがってくるのを待っている、セルフィの小さな背中があった。その背中を静かな目で見つめて、 「そう───こんな時だから、なんだ」 ぽつり、とそう、呟いた、アーヴァインの突然に真面目に響いたその声に、「あん?」とゼル達が振り向く。そうして、次に放ったアーヴァインの言葉に、一同の誰もが、閉口せざるを得なくなるのであった。 「ステージは───トラビアで一緒だったみんなとの夢、なんだってさ」 「あ……」 誰が零したのか分からない、その微かな声を最後に、一同は唇を閉じた。その言葉が意味することを、誰もが理解したからであった。先にバラム・ガーデンがガルバディアのミサイル攻撃に遭ったように、トラビア・ガーデンにもいくつものミサイルが発射されていた。バラム・ガーデンはかろうじて直撃を免れたが、トラビアがどうなったのか───その答えを知る術は、今は、どこにもない。そうしてそんな時に脳裏によぎる光景は───決まって、最悪のものばかりだ……。 そこにいる誰もが、リフト乗り場にいるセルフィの背中を見つめていた。 その小さな背中には悲しみの色などを覗くことはできず、ただただ、彼女の『ステージ』に対する、懸命さだけが伺えた───。 ◇ そんな光景を、スコールは自室の窓から見つめていた。もちろん、こんな距離で彼らの会話の内容などを窺い知ることはできなかったが、その背に持った大荷物や、ここ一週間の中の彼らの動向などを見ていれば、彼らが何を企んでいるのかを知ることは、容易なことだ。もちろん、その『練習』の現場を直接的に見たわけではない。それこそは、恐らくは彼らが遣わした『監視役』であろう、リノアに断固として止められていたからだ。しかし、一週間前にアーヴァインが訊いてきた、 『直してもらいたいものがあったら、ついでに頼んでいいかな?』 という言葉。他の生徒達の語らいから時折聞いた、『学園祭』『ステージ』というキーワード。さらには、夜遅くにたまたま用事があって訪れたゼルの部屋から聞こえてきたギターの音色……。手に入れたこれらの情報と状況から推察すれば、ガーデンの衝突の際に壊れたステージの修理をF.H.の人々に依頼し、一度はお流れとなりかけていたセルフィのコンサートを、自身達の手で行おうとしていることは明白であった───ちなみにこの時点で気づいていたことを後日一同に言ってみたら、目が飛び出そうなくらいに驚いたのは、言うまでも無い───。 それも───スコールには、内緒で。 スコールが『気に入らない』と言った訳は、そこにあった。何を意図してのことかまでは、さすがに知る術はないものの、それにしても自分にだけ秘密のまま水面下で何らかの事が進んでいる、ということは、あまりいい気分のすることではない。まして───それに、勘付いてしまった今となっては、その不快感はさらに増大していた。 先ほどリノアといた時でさえ、「バレバレなんだよ」「隠すつもりならもっと上手くやれよな」と、吐き捨てるように言ってやりたい衝動にずっと駆られていた。あの時、あのまま話を多少無理矢理に打ち切って、作成したい書類がある、と適当な理由を作り、リノアに出て行ってもらったことで、どんなに気持ちが楽になったことか。 (だけど───いなくなったら、いなくなったで───) そこまで思いかけて……スコールは、ハッ、と目を見開いて、首を横に振る。───バカバカしい、と心の中で呟き、自身の中でその話題を打ち切った。 スコールは丁寧に磨かれた窓に───やることがないので、ここ一週間で部屋の掃除をこまめにしていたのだ───手をつき、重そうな荷物を運ぶ一同に視線を送る。太陽の下で体中に汗を掻いているのを見て、スコールは湿った服が肌に張り付く、あの不快感を想像し、眉をしかめる。しかしそんなスコールはとは正反対に、皆が皆、その顔に高揚感に溢れる、充実した笑みを浮かべていた。楽しくて、楽しみで仕方がない───。そんな、顔だった。 (気に入らない。……気に入らない───) スコールは窓についた手にぐっ、と力を込めた。 (───俺の周りには、秘密だらけだ。リノアも、ゼルも、アーヴァインもセルフィもキスティスも、ガーデンも……。話せばいいものを、何故黙ってやるんだ? 何故俺だけには言ってくれない?) と、そこまで考えて───スコールは、自身が抱いたその物の言い方に、愕然とした。 (“言ってくれない”だって? なんだよ、その言い方……。俺、何考えてるんだ? これじゃ、まるで……) ───まるで、寂しがっているみたいだ。 『───おねえちゃん!』 「───っ!」 脳裏に突然、脳そのものが激しく脈動するかのような痛みが走り、スコールは苦痛に顔を歪ませる。ぎりっ、と強く歯噛みして、眉間には幾筋もの苛立ちによる皺を作った。 (これじゃ、まるで……『あの頃』と、同じだ……) スコールは首をぶんぶんと横に振り、───違う、そうじゃない!! 俺はずっと成長した、大人になった! と、自らに強く強く、言い聞かせた。もう『あの頃』のように、『誰か』を待ち続けなくても大丈夫なのだと。もう一人でも生きていける強さを、お前は持っているのだ、と。しかし、そう思えば思う程、先に見たゼル達の、楽しそうな笑顔が瞼の裏に焼きついて、頑として離れようとはしなかった。 (“楽しそう”───? ……その言い方も憧れてるみたいで、気に入らない……。大体、『誰か』って、誰を待っていたんだっけ……?『おねえちゃん』って、誰だ?『あの頃』って? ……思い出せない。わからない。俺は───その答えを、『知らない』……) (何だ、俺? 何だか……変だ……。心が……どこか、欠けたみたいに……) ガーデンのこと。魔女のこと。SeeDのこと。 街のこと。『誰か』のこと。『あの頃』のこと。 みんなの、こと───。 知らない、知らない、知らない、知らない。 俺は何も───知らない……。 そうしてそのまま、スコールはその場に蹲ってしまう。もともと、いろいろと必要以上に考え込んでしまう性格ではあったが、この時ばかりは、今までに無いというくらいに目まぐるしく情報・記憶・思考が錯綜していた。もう考えたくないと思うのに、まるでコントロールを失った暴走機関車のように、思考だけがスコールの脳内を猛烈な勢いで走り続ける。 (───くそっ……気に入らない! 気に入らない気に入らない、気に入らない!!) それら全ての考えを振り切るかのように、スコールがガバッ、と立ち上がり自室を足早に飛び出す。と、その時、 「あれっ? スコール?」 レポート作成に励んでいるスコールのために、と食堂からアイスクリームを買って来ていたリノアと擦れ違うが、スコールはリノアのことを見向きもせず、中央エレベーターへと歩を進める。 「どこに行くの? レポートは?」 と、慌ててスコールの後を追うリノアであったが、彼は尚も大股で歩き続けた。その速さはリノアには、小走りをしなければついていけない程で、スコールは歩みを止めないままに、彼女の質問にそっけなく答える。 「セルフィ達の所だ」 「な、なんでかなぁ? みんなに何か、用事?」 ───やっぱり、そう来たか。 怒気にも似た感情をはらんだスコールの表情に、慎重に選びながら訊いたリノアの言葉は彼の想像していた通りのもので、スコールは嘲笑でも浮かべたい気分になる。しかしそれを押し殺し、くるりとリノアの方へと向き直ると、 「今後のガーデンの方針について、いろいろ話し合う。ここ一週間は みんな忙しそうで、なかなか集まる機会がなかったからな。ガーデンが動き出す前に、一度は話しておきたい」 スコールの皮肉がたっぷりとこもったその言葉は、リノアにしてみれば至って正しく響いて聴こえたので、 (ど、どうしよ〜!?) と、突然の事態に目を白黒させている。今セルフィ達は楽器は資材をステージに搬入しているところだから、そんなところを見られたら、せっかくのサプライズ・パーティがメチャクチャになってしまう! (何か、ゴマカす方法は…) とリノアが周囲に視線をやり、両手に持っていたアイスクリームに気がついた。とても名案だとは思えないが、しかし現状ではそれしか考えつくものもなくて……。(よ〜し)と、心の中で一つ気合を入れると、パッ、表情を明るくさせて、 「そ、そーだ! アイスクリーム、溶け…」 と言いかけた時。スコールの「それとも…」という、先ほどよりも強い口調に遮られて、リノアは唇を真一文字にきゅっと結ぶ。スコールはリノアの目をキッ、と睨みつけ、 「俺をここに縛り付けなきゃならない理由があるのか?」 と、告げる。彼の鋭い眼光を目の当たりにしたが最後。その後は蛇に睨まれた蛙状態となるしかない。その余りにはっきりとした物言いに、リノアは体を固まらせながら、ただただ首を横に振り、 「……とんでもございません」 と、返すことしかできなかった。スコールは、それまでに言いたかったことの一つを吐き出したことで少しすっきりしたのか、ふい、と再びリノアに背を向けて、中央エレベーターへ向かい歩き出す。リノアもまた、慌ててその後をついていくものの、それ以上言葉が見つからずに、ただおろおろとするだけであった。 (……もしかしてスコール……勘付いちゃってる……? うひゃあぁ、マズイよぉ〜! ど、どーしよ、なんて言って引き止めよう? てゆーか誤魔化そう? アイスも溶けちゃうし、ってそんなこと言ってる場合じゃ、なーい!!) 逡巡という名の思案を巡らせる内、再びリノアが気がついた頃には、既に二人はエレベーターに乗り込むところであった。エレベーターがゆっくりと起動し、フォォン、とどこか耳障りのいい駆動音を立てて昇っていくその中で。いつも通りのポーカーフェイスを作るスコールの背後で、リノアは全身から冷や汗を流しながら、密かにこう、思うのであった。 (コレ、なんか……大ピンチっぽいカンジ……?) 体中を緊迫感でガチガチに固まらせているリノアを背に、スコールはエレベーターが昇る際にかかる、微かな重圧を感じながらすう、と目を瞑り、思った。───これで、いい、と。考え続けることにも、もう飽いた。わからないことがあるのなら、ハッキリさせてしまえばいい。みんなが俺に内緒で何を企んでいるのか、確かめてやる───……。 これまでにテツが幾度となくコンサートの邪魔をしようとしていたが、その最大とも呼べる難関が、まさかこんな身近にあろうとは。 ───まさに。 灯台下暗し、なのであった……。 ◇ さて、そのテツがこの時、どうしているのかというと。 「じっんっせっいー気楽にー、生っきってっゆこうー♪ こーまーあってー泣くだけー、自分がソンさー♪」 ……と。思考の坩堝にはまってしまっていたスコールとは全く対象的にテツは、ガーデン修繕の総仕上げ───とは言っても、もうほとんど作業は終了していて、やることと言えば片付けしか残っていないのだが───にかかっている技師達や、夢にまで見たステージを成功へと導くべく各々の作業にいっそうの熱意をを注ぐガーデン生達のやる気によって、いつもよりもほんの少し、いや、多分に賑やかになっているF.H.の町を、鼻歌すらうたいながら、のんきに歩いていた。自然に浮かんできた言葉に、同じく適当に浮かんで来たメロディを思いついたままに───つまりは、即興で───うたうテツは、どうやら自身でも気づかぬ内に、多分に『彼ら』に影響されているようだ。 それぞれの作業の大詰めに、にわかに活気づく町並みを見て、テツくらいの男の子なら誰もが持っているはずの好奇心やら何やらという名のドキドキを抑えろと言う方が、無理と言うものだ。瞳をきらきらと輝かせながらその様子を見つめるテツは、 「なーんか、お祭り前なカンジですねえ」 と、口元を抑えながら、しかしこらえきれずにくふふ、と嬉しそうな笑い声を零す。F.H.中を走り回るガーデン生徒達から配ってもらったコンサートの公演チラシによるとどうやら、(理由はどうあれ)無償でガーデン修繕を行ってくれた礼として、F.H.に住む全ての人々を招待するつもりらしい。公演後には生徒たちで(食堂のおばちゃんの協力のもと)、ホットドッグなどの簡単に食べられるものから、ここでは食べられないバラムにしかない郷土料理などを出す出店までもを開くらしい。そうなると元来からいわゆる『下町魂』を持つF.H.の島民が黙っているはずもない。心ならずも強いられることとなった、巨大な来訪者───ガーデンとの共同生活ではあったが、しかしこの一週間の中で彼等は物を売り買いし、ふとしたきっかけから声をかけあい、次の時にはもう少しの勇気を出して話し合い、そして今は、ごく自然に笑顔を見せあえる程にまでなった。短い限られた期間の付き合いではあったが、それでも互いの心の距離は確実に縮まっていたのだ───。 テツは「くうぅ〜っ!」ともう一度嬉しそうな声を上げると、胸の中に広がる感情を抑えきれなくなり、じたばたと地面を意味もなく踏み鳴らす。そして、片手で抱えていた、彼の体には少し大きすぎるくらいのTボードのエンジンを始動させ、ふわり、と地面に浮かべると、それに飛び乗り、急速発進させる。 「っひょおぉ〜〜っ!!」 ぎゅんっ! とスクーター並みのスピードで空を滑り始めるTボードを、テツは抜群の運動神経を駆使して操り、街の至るところにある障害物や道往く人達を華麗にかわしていく。もともとはゼルのような大人が操る大きさのものだったので乗り始めた頃はその性能に弄ばれたりもしたが、一度コツさえ掴んでしまえば、こんなものだ。 (コンサートに、エド達も誘ってやんなきゃなー。ここんとこ、あんまし遊んでやれんかったし。それに〜……ああ、そだそだ、このTボードのお礼も、あのトサカ頭にちゃんとしないとな!) 街の中を疾走しながら、テツはこれからやってくる楽しい時間への期待で、胸をいっぱいに膨らませていた。 ───しかし、テツは忘れていたのだ。そもそも、どんな目的で、テツは彼らに近づいていたのかを……。 ◇ 『 ────────────────────────! 』 ◇ 「───!」 その時。 まるで、水面に小石を放ったときに生まれる波紋のように、その『音』はF.H.の街に広がっていった。 ガーデンが接舷しているクレーンをからリフトを使って下りたばかりのスコール達の───正確にはスコールの、なのだが。この時のリノアは気が動転していて、それに気づく余裕すらなかったのだから───耳にも、この微かな空気の振動は届いたようで、スコールは先程までの自身の子供じみた表情をしまい、それをあっという間に戦士としてのそれに変える。立ち止まり、音が聞こえた方向を注意深く視ていると、 「あいたっ」 と、スコールの背中に鼻っ柱をぶつけたリノアが小さく声をあげる。どうやらスコールを引き止める言い訳を考えているので精一杯になってしまい、周囲の事まで気が回らなくなってしまったらしい。衝突により鈍く痛みだす鼻を抑えながらリノアは、 「ど、どしたの?」 と尋ねるが───スコールの意識は、音が聞こえた方向に集中したままで、彼女には背を向けたまま、ただポツリと一言返す。 「───悲鳴だ」 スコールのその一言に、リノアも思わず耳を澄ます。押し黙ったまま、しばしの間二人してそうしてみたものの、別段これといった異常は…… と、思ったその時。 『───っ』 「───聞こえた」 確かに、悲鳴のような甲高い声がいくつも重なり合って響いたのを、リノアも聞いた。思わずそう呟いたのを聞くや否や、スコールは弾かれたようにその場を飛び出して、悲鳴の発信源とおぼしき方へと駆け出した。その足は止めずに、顔だけをリノアへと向けて、 「魔物か、先のガルバディアの残党が現れたのかもしれない。今の内にジャンクションをしておけ」 と告げると、スコールは全力で走りながらもG.F.、魔法を適確にジャンクションしていった。リノアもまたスコールの後を懸命についていきながら、彼の言葉に倣い、ジャンクションを行おうと───したのだが。 (あれ? この方向って、もしかして……) はた、と気づくものがあって、進行方向に注意深く視線を送ってみると……そこにあったのは、まさにリノアの予想していた通りのものだった。───そう。F.H.名物の、クレーター状のミラー・パネル郡……そして、これまでの間、彼には必死で隠し通してきた、学園祭のステージだ。幸いそこへと続く長い長い階段の入口には、悲鳴の原因とおぼしきガーデン生達の人垣があり、この位置からはステージはまだ死角になっている。しかし、それも時間の問題である。 「どけ!」 声が聞こえたのは恐らく、ミラー・パネル郡の中央部。そう判断したスコールはその人垣に向かって一喝し、スピードを落とさずに突っ込んでいく! リノアはまた、大いに動揺してしまい、 (う、うひゃぁぁぁぁっ。これ、ぜったいマズイよぉぉっ! コンサートのことがバレちゃう! い、いやでも、本当にモンスターがいたりしたら、秘密なんてこと言ってられないよね……ってでもそうしたらセルフィに怒られるし、ああああ〜っ!) と、再び目を白黒させてしまうのだが───時既に遅し、である。 駆けつけてきたスコールの勢いにか先の一声にか、人垣は、まるで聖書で読んだ一場面のように真っ二つに割れて、彼を迎え入れようとする。その時、彼女の瞳にまず浮かんできたのは───このF.H.について、一日目のことだった……。 ◇ 『もしスコールに話しちゃったら……覚えといてね、リノア』 あのコンサートの打ち合わせが行われた日、あの、作りかけのステージの前で。ぽんっ、と、軽快に肩を叩きながら、にっこりと笑いつつ、セルフィはリノアに向かい、そう言った。 (って、いや、あの〜、何だか目が笑ってないんですけど……) と、彼女の心の内側に未だに収められたままの迫力の片鱗に触れて、笑顔を返しながらも、内心ぞっとしない心境のリノアであった。スコールからステージの秘密を、一週間という長い時間守るためのプランを早速練ろうと思い、リノアはその場を立ち去ろうとするが───不意にステージの方へ視線を移すと、まだまだ作り始めたばかりの、ほとんど材料の集まりでしかないようなステージを見つめて、幸せそうに微笑むセルフィの姿が、あった。そのあんまりに穏やかで、どこか、哀しげにも思えるその表情に、リノアは思いがけず目を奪われてしまう。そんなリノアの視線に気づき、ハッ、と我を取り戻したセルフィは恥ずかしそうに頭を掻き、 『あ〜、あはは〜、見られちゃった』 そう言ったセルフィに、リノアも微笑を零さずにはいられなくて。 『うん───見ちゃった。いい顔、するなぁ〜、って思って。……セルフィって、音楽好きなんだね』 『え? どうして?』 その言葉にきょとん、とするセルフィに、リノアもまた、意外そうな顔をする。 『だって……自分でコンサート開こうとか、思うくらいだから。私も歌うのとか、昔お母さんから習ってたピアノ、弾くのとか好きだけど……こうやって実際に何かしよう、だなんて、思えないもの』 『うーん、あってるけど、あってない、ってゆーか……』 セルフィは頬を掻きながら苦笑して───そうして、話してくれたのだ。 このコンサートを何としても開きたい。そう思った、理由を。 『───トラビアにいた時にねえ、テレビで、見たんだ〜。懐かしの歌、大特集! って感じの番組でね、あたしはトラビアの友達と学園祭でやる出し物の話し合いをしながら、何となくそれ、見てたんだけど……。そこにね、今はもう亡くなってるんだけど、あの人……ほら、リノア、知らないかな〜? “Eyes on Me”っていう、古い歌をうたってた人なんだけど……』 その言葉にリノアは───リノア自身にしか分からない理由で───少しだけ苦笑をして、 『───ジュリア。……じゃないかな』 と、助け舟を出してあげる。するとセルフィはパッ、と表情を明るくさせて、 『あっ、そうそう! ジュリアだ!』 うんうんと頷きながら笑顔を浮かべて、続ける。 『あの人のね、生前に行った一番大きなライブの特集が、始まったの。ジュリアってスゴイんだあ。持ち歌があの“Eyes On Me”しかないのに、二時間もあるライブを乗り切っちゃうんだよ〜? ずーっとピアノの演奏だけでお客さんをひきつけて、最後にお決まりの“あの言葉”を言って、やぁっと歌うの! それでも全然飽きないで、魅入っちゃうから不思───』 と、そこまで話して、セルフィは唐突に口を閉ざす。楽しそうに話すその姿に笑みを浮かべていたリノアは『セルフィ?』と、不思議そうに彼女を見つめた。セルフィはてへへ、と照れくさそうに舌を出して、 『あはは〜、ごめんごめん〜。話したいのって、そのコトじゃなくてね〜?』 そう素直に謝るセルフィに、思わずリノアも吹き出してしまう。 『そのライブの前の楽屋インタビューで、ジュリアが言ってたんだ───……』 ───このチャリティーコンサートのことを夫に話した時、 私はこう、質問してみたの。 「歌で世界を救えると思う?」って。 そうしたら彼、笑ってこう答えてた。 「ああ、そうできたらどんなにいいだろうなあ」 ……それが、まるで信じていないみたいな言い方で、 とっても腹立たしかった! だから私、大笑いして、彼に言ってやったのよ。 「───だったら、私が証明してみせるわ!」 ……ってね。 『───ジュリアが笑いながら言ったこの言葉を聞いた時…… なんかね、“ああ、これだあ”……って。───そう、思ったの。 この時にはもう、決まってた。 あたしたちだけでやり遂げる、あたしたちのための、心に残すイベントが。 ……いろいろ、あって、今はもう、いろんな人たちに手伝ってもらっちゃってるけど。……友達とは、一緒にやれなくなっちゃってるけど……』 セルフィはそこまで言って───突然、顔を伏せてしまう。しかし、そうなるのも無理からぬことなのだ。トラビアの人々の安否を確かめる術のない今は、心の片隅では確かな希望を抱きながらも、ほんの少しの想像だけで、それらは一辺に不安に蝕まれてしまうのだから……。リノアは思わず声をかけそうになるが、それをぐっ、と堪える。こんな時に、どんな言葉をかけてあげればいいのか、咄嗟に決めることができなかったのだ。だがセルフィは、次に顔を上げた時にはそんな心配の色など臆面も出さないような笑顔を浮かべてみせて、 『でも───きっと、大丈夫だよね? 皆もきっと今頃、こんな風に学園祭の準備、してるよね?』 そう言った、セルフィのその言葉に……リノアはただ、力強く頷いてみせる。そして、少しの間何かを考えるように、うーん、と唸って……『───そうだ!』と、思いついたようにパッ、と表情を明るくして、唐突にセルフィの肩を抱いた。 『り、リノア?』 と、セルフィが目を白黒させていると、リノアは力強く笑って、 『がんばろうね!』 と、言うのだった……。 『セルフィ、がんばろう! ───ジュリア 『……あ……』 『だから。───私たちがここでがんばって音を奏でれば。きっときっと、トラビアの皆にも、セルフィの「あたしは元気だよ」って、声が届くよ。そうしたら、きっときっと、トラビアの皆だって、「俺達だって、元気だぞ!」って。……とっても、とっても力強い歌で。───そう、答えてくれる。だから……あたし達もそれに負けないように、がんばろっ? ね、セルフィ?』 にっこりと、そう笑いながら言ったリノアの言葉に……セルフィは思いがけずに心を揺さぶられ、今にも泣き出してしまいそうになるのを、ぐっと堪える。その代わりに、セルフィは今の自分にできる、とびっきりの笑顔を浮かべて見せて、 『うん───ありがとう』 と、心からの言葉を、告げるのだった───。 ◇ ───あの時、セルフィから感じた、このコンサートへの想い。それはこのコンサートを創り上げる、たった一つのパーツすら欠けてしまっただけでも、叶わぬものに変わってしまうのだ。千年前の画家が魂を込めて描いた絵画の、ほんの一つの点がなかっただけで、それを完成品とは呼べなくなるように。このコンサートは、セルフィ自身のことも、ガーデンの皆のことも、ステージを作ってくれたF.H.の人たちのことも、そしてスコールのことも、その全てを成し遂げて、初めて彼女の想いは、叶えられるのだから……。 (───よ、ようしっ! どうにでもなれえっ!!) いちかばちか、とばかりにリノアはすうっ、と大きく息を吸って───覚悟を、決める。ジャンクションをしながら走るスコールは、他所事をしながらのそれでも尚速く、容易に追いつけるものではなかったのだが、リノアはがむしゃらに両手足を動かして、これ以上にないというくらいに、力強く大地を蹴る。 「んんんっ…!」 「……? お、おい?」 息を止めて、頬を膨らませて、顔を真っ赤にさせながら走るリノアは、みるみるうちにスコールに追いつき、追い越して……ステージへと続く大階段の前で、怪訝そうに眉をひそめるスコールに、両手を広げて立ちはだかった。 「ぜーっ、はーっはぁーっ……なっ、なんでもないの!!」 …………。 (そ……そこまで、するのか───……) ここまで来ると、スコールは怒りを覚えるよりも何よりも、まず先に呆れかえってしまうのだった……。彼女の、決死の覚悟での行動ではあったが、それは誰の目から見ても、どこか滑稽で。そのやけくそとも呼ぶべき、強硬なガード術にスコールはあてられてしまい、何だかもう秘密を暴くこととか、どうでもいいような気にすらなってしまう。その足を止めることはなかったが、その場で脱力し、崩れ落ちて、いつものようにその額を自身の手の平に埋めたい気持ちで、いっぱいになってしまったのだが───事実、聴こえてしまった悲鳴のことを考えると、そうもいくまい、とスコールは考え、少々疲れた口調ではあるが、 「……さっきの声、あんたにも聞こえたろ? そこをどけ。モンスターかもしれないんだ」 と、何とか正当な道理を告げるが、もちろん正当な理由が、やけくそになった人間に通じる道理もまた、ない。リノアはただ首をぶんぶんと横に振り、ただ声を張り上げ続けた。 「ほ、本当なんでもないの! ここには、何にもなくてね、と、とにかく、なんでも───」 そう言いながら、不意に背後のステージへと視線をやり─── (……なんでも───……) その光景を目の当たりにしたリノアの唇からは、続きの一言が零れることは、なかった。 ◇ 「……あんだぁ? 今の」 Tボードに乗っていたテツには、そのエンジン音と風を切る音とで、その音がよく聞こえなかったようだ。だが、確かに耳を掠めたはずのその音に、妙な胸騒ぎを覚えたので、Tボードを止めて、もう一度耳を澄ましてみる。……聞こえてくるのは、F.H.を緩やかに撫でていく風に、絶え間なく、延々と繰り返し奏でられる、波の音。別段、変わったところは───なかった。 (ん〜? っかしーなぁ。なんか聞こえた気ぃ、したんだけど……?) はてな、と思いつつも、これ以上考えても仕方がないとテツは思い、ここでこの考えを打ち切ることにした。“まぁ、いいか”は、興味を惹かれない難しいことや面倒なことを先送りにすることに関しては天才的なテツの、座右の銘の一つであった。 開催前の様子を見てみよう───そう思っていたテツの目的地、ミラー・パネル郡内のコンサート・ステージまでは、もうほんの僅かな距離だった。このまま歩いて行ってしまえ、と思ったテツは、にこにこと御機嫌な笑顔を浮かべながら、大階段へと続く上り坂を上がっていき───階段の前にある人垣の中に、リノアの姿を見つけた。 (おーっ、さすが本番当日となると、気合のはいりかたが違うなー、やっぱ) と、人垣を眺めて思ったテツは、ますますコンサートへの期待を募らせる。そうしながら、見知った顔であるリノアに、挨拶を忘れてはならない、と思い、軽快に手を振って、 「リノ……ネーちゃん!」 さすがに大声で名前で呼ぶのは気恥ずかしく思ったのか、敢えて以前に読んでいた通りの呼び方をしたが───肝心のリノアからの反応は、なかった。彼女はただ一点だけを見つめて、呆然と立ち尽くしている。なかなか自分に気づかないリノアに、テツは仕方がないなあ、とでも言うように溜息をついて、もう一度「リ───」と、今度はしっかりと彼女の名を呼ぼうとするが……テツもまた、不意に動かした視線の先に……見てしまう。 「───あ……」 そこにあったのは───変わり果てた、ステージの姿だった。 ガラスというガラス、照明という照明は全ての割られて、蒼く、なだらかな曲線を描くデザインがなされた舞台部分も、何かで殴りつけたように、めちゃくちゃに歪んで壊れてしまっている。そのうえ、そこにあった全てのものに、ありとあらゆる原色のスプレーで落書きされていた……。それを見つめる全ての人々は、これまでの間、ずっと今日この時に行われるイベントの準備にあたってきた生徒達は、もはや原型を留めていないそれを見つめ、ただただ、呆然とするしか、なかった───。 楽器を搬入してきたセルフィらも、ステージの目の前で、それを見つめていた。驚愕と困惑の色が混ざった、力無い瞳で。 「なんだよ、これ……」 ぽつり、と最初にそう呟いたのは───ゼルだった。 「なんだよ! これっ!!」 「明らかに、人の仕業ね……」 怒りを露にしてもう一度そう言ったゼルに続いたのは、キスティス。彼女は至る所に徹底的に吹きつけられたスプレーの、毒々しい赤や青やの原色達に眉をしかめていた。 「ちっくしょう、誰がやりやがったんだ……ガルバディアの残党か、モンスターかぁ? とにかくぜってー取っ捕まえてやる!」 バシン、と拳を掌に打ち付けながら、苛立たしげに言うゼル。しかし─── 「───F.H.の誰かかもしれない。……多分、だけど」 「あ……ぁあっ?」 突然聞こえてきた、彼にとって全く予想だにしなかった意見に、ゼルは素っ頓狂な声を上げてしまう。その意見の主は───アーヴァインだった。地面にぺたりと座り込んで、先ほどまで運んでいた重い荷物の数々に寄りかかりながらステージを見上げるアーヴァインの、言葉尻の割りに、いやに断定的な物言いに、スコールよろしく眉間に幾筋もの皺を刻んだゼルがずんずんと詰め寄る。 「アーヴァイン、おまえ何言ってんだよ? ここの人達、みんな親切じゃねーか! ガーデン修理してくれた上に、このステージまで組んでくれたんだぞ!?」 「確かにね〜。───でも……」 と、口を濁らせるアーヴァインの中途半端な言葉には、再びゼルは神経を逆撫でられてしまう。テンガロン・ハットで彼の表情が見えなくなってしまっていることや、今一つ先の見えない話やらでゼルは余計に苛立ちを募らせて、 「っああああもうっ! はっきり言えよ、はっきり! よくわかんねーのが一番ムカツクんだよ、俺は!」 と、拳を振り回すゼルに、アーヴァインは「うん───」と、一つ頷いてみせて、苦々しげに表情を歪めた。これから自分が言う言葉に。そして、この考えが、恐らくは間違っては、いないということに……。 「ゼルの言うように、彼らはガーデンを修理してくれて、その上、ステージまで作ってくれた。……でもさ〜、ゼル? それって、親切から始まったことだったっけ? ……違うよね? 駅長さんの命令があったから───なんだよね」 「……そ、そりゃあ……」 と、ゼルは口を噤み、図らずとも肯定の意を示す。 「ここの人達にとって僕たちは、何だったかな? ───『バトル野郎』……なんだよねえ。僕たちは基本は、バトルで物事を解決するだろ〜? 比べて、F.H.の方針はそれの正反対」 「確かに……そうね。本来なら、いい顔をされるはずがないわ」 アーヴァインの言葉に、キスティスもまた逡巡しながらも頷いてみせる。アーヴァインは帽子のつばをクイと上げて、破壊されたステージを見上げながら、更に続ける。 「この一週間触れ合ってきて、話し合ってきて、少しずつ僕たちは近づきあうことができたよ〜? でも───中には、僕たちのことを今でも気持ち良く思っていない人だって、いるんじゃないのかなあ……」 ───だからって、こーいうやり方は好きじゃないけど、とだけ付け加えて、アーヴァインは言葉を締めた。キスティスはくしゃり、と自前の絹のように細く柔らかな金糸の髪を撫でて、 「確かに……私たち、甘えすぎていたわね……。本当ならガーデンを動かせるようにしてもらえるだけでも御の字だっていうのに、ステージ作ってもらったり、パイロットの育成まで手伝ってもらって……。好き勝手やってる、って思われても、仕方がないかもしれない」 と、自嘲気味に呟いた。キスティスだけではない。ゼルもまた、つい先ほどまで燃えたぎらせていた怒りをするすると治めて、しかし納得しきれない、といったように一人唸っている。 「でも、じゃあよお……どうすりゃいいんだ……?」 行き場のなくなってしまった気持ちが零れて、思わずゼルがそう漏らす。……そう。仮に本当に、F.H.の誰かが犯人だったとして。しかし、彼らがそれを行った理由を考えると───ゼル達には、彼らを責めることはできないのだ。ゼルのその質問に、これだという答えをすぐに述べられるはずもなく─── 一同は、途方に暮れてしまう。他の学園祭参加者や、関係者の生徒達が大階段を下りてきて、ステージを遠巻きに見ては、さわさわと小声で何かを囁いている。皆が皆、突然に起こったこの事態に戸惑い、道を見失ってしまっているのだ。 と、その時─── 「───やろうよ、コンサート」 澄んだ声が、その場に響き渡った。 声の主に、さっと視線が集まる。───セルフィだった。 それまでの間、ただ崩壊したステージを見つめ、声を発する事すらもしなかったセルフィが、ぽつり、とそう、呟いていたのだ。その声は不思議なほどによく響き、ステージから遠く離れた場所にいるリノアやスコール、そしてミラー・パネル郡を囲む堤防の上に立ち、その光景を見つめるテツにも、その声は届いていた。その場に立ち尽くして、崩壊したステージからほんの一瞬も目を離すことないままに、セルフィは続けた。 「そうだよねえ。……あたしの夢、だったんだもんね。それ、叶えるのに、誰かに頼っちゃダメ、だよね……?」 ───服の袖で目を擦る彼女の表情は、テツが立っているところからは、見ることができない。潮風と一緒に聞こえてくる、彼女の声が少しだけ潤んでいるように思えるのは、気のせいなのだろうか? 遠くに確かに見える、彼女の小さな肩が震えているように思えるのも、これも、気のせいなのか? 知らぬ間に両の手に作っていた拳固に、更なる力がこもるのを、テツは感じた。 「ねえ、みんな!」 瞳の端に光るものを浮かべながら、しかしそれ以上の光を放つ笑みを浮かべながら、セルフィはパッ、と振り向いて、 「もう、ここの人たちに甘えられないから〜。だから、あたし達で直そうよ! リハーサルまで、まだあと二時間あるし……うん、そうだよ、今からみんなでがんばれば、きっと何とかなるよ〜!」 そう、呼びかけるのだった。しかし……生徒達の誰もが、ただこの状況に困惑するばかりで、その声に賛同し、行動する者は、誰一人としていなかった。その笑顔の行き場すら失い、それでも尚も元気に振る舞おうとするセルフィを見かねて、アーヴァインが立ち上がる。 「セルフィ───」 と、彼女の手を掴み、諭すように語り掛ける。 「僕たちじゃ、どんなに人がいたってステージを組み直すなんてとても無理だよ。もっと、別の方法を───」 だが、セルフィはそんなアーヴァインの手を振り払い、瓦礫と化したステージへ、駆けて行ってしまう。曲がりくねった基盤の鉄パイプを手に持ち、 「ホラ、はじめよ〜! まだ二時間もあるんだから〜」 と、早速作業に取り掛かろうとするが……その材料の、どこをどう直したらいいものか、と途方に暮れてしまい───困ったように、照れくさそうに、それを地面へと、置く。 「あ、これは〜、どこに付けるヤツなのかな……」 次に持ち出したのは、元の美しい曲線の見る影も無い程に、べこべこに凹んでしまったステージの装飾板だった。原型を失った骨組み部分に、それが取り付けられそうなものがあり、そこに無理矢理押し込もうとしてみるが、やはり上手くはいかない。その様子を、アーヴァインもゼルもキスティスも、リノアもスコールも、そしてテツも、ただ見つめるしか、なかった。その姿はただ、痛々しく、そして、見ている人間達をやるせなくさせた。 たった、一人きりで。 精一杯に、笑顔を保ちながら。 そこら中に散らばった、ステージの残骸を拾い続ける、彼女の背中を……。 「───痛っ」 「セルフィ!?」 地面に広がる、硝子の破片に手を伸ばした途端、短い声を上げてその場に蹲ってしまうセルフィに、アーヴァイン達が駆け寄る。どうやら硝子で指を切ってしまったらしく、彼女の指先からは紅い血が瞬く間に完璧な球形が作り上げられていた。しかしそれもすぐに破れ、血液は地面に滴り落ちていく。 「セルフィ、大丈夫?」 という、キスティスの呼び声にも応じることなく、セルフィは自らの指先を傷つけた、砕けた硝子の破片を見つめていた。いや、少なくともセルフィにとって、そこにあるのは硝子の欠片、などでは、なかった。 ───そこにあるのは───夢の、カケラだった。 傷は深くないものの、血は留まることなく流れ続け、ステージを濡らす。その時、セルフィにはもう、もう一度立ち上がり、皆に笑顔を作ってみせる程の余力は、もう残っていない。 「……うっ……うぇっ……───」 「───……セルフィ……」 血の滴と一緒に零れ落ちたのは、弱々しく震え、潤んだ心。セルフィはそのまま、今日まで一緒に練習を積んできた仲間達に見つめられ、泣き崩れてしまうのだった……。彼女のすすり泣く声など、そんな涙などを見るのは初めてのことだったので、アーヴァイン達はどう接してあげればいいのかわからずに───ただ、彼女の名を呼びかけ続ける。キスティス、アーヴァインが彼女の肩を抱き、懸命に励まし続けて、ゼルはそれを困ったように見守っていた……。 ───“あの連中のコンサートは、 阻止しても、なーんも問題はなぁ〜いっ!”─── (……オレは、これが見たかったのか?) その様子の一部始終を見ていたテツは、呆然としながら、一週間前のあの場所で、自分が言った言葉を思い出していた。目を見開いて、あの場所で泣き伏せるあの女子の背中を、それを懸命に励ます友人達の姿を、その瞳に焼き付けながら。 ───“コンサートだぁ? オレらの庭で好き勝手やらせてたまるかっつーのっ”─── (……オレは、これがしたかったのか?) 視線を、跡形もなく崩れ果てたステージへと移す。先日に見かけた時とはまるで違う、無残な姿。見れば見るほどに、それはセルフィ達の夢の終わりを宣告しているように思えた。テツは心のシャッターを必死に切り、その光景を胸に留める。 ───“だっらしねー大人達の代わりに、 このオレがあいつらをぜってー成敗 楽しみに待ってやがれーっ!”─── 「……オレ……」 ぽつり、とテツはそう呟き───それきり、口を噤む。痛いくらいに唇を噛み締めて、血が滲むほどに強く強く拳を作る。瞬きすらせずに、体を震わせながら、目の前に広がるこの光景を見つめるテツは、密かに、“ある覚悟”を決めるのだった───。 「……セルフィ」 リノアもまた、その光景を見守っていた者の一人で、力なく泣き崩れるセルフィの姿に、無意識のうちに視界が揺らぎ、涙が零れていくのを感じた。───特にリノアは、このコンサートにかけるセルフィの想いを聞いただけに、一層切ない思いにかられてしまっていたのだ。俯き、うな垂れる彼女の背中に必死になって声をかける仲間達の姿に、リノアもまた、自分に何かできることはないか、と思い、大階段を下りて行こうと───した、その時のこと、だった。 「作・戦っ!! 大っ成っ功〜〜〜っ!!」 「え───っ?」 突如。全くもって、突然のタイミングで響いてきた、バカみたいに大きな声に。その場にいた誰もがきょとん、とした表情で、その声の主を見つめていた。特に、その声の発生源に近い生徒達は、耳を手で塞がねばならないほどの声量のせいで、耳鳴りすら覚えてしまっている。リノアもまたその一人で、きーん、と脳内で高音の余韻のようなものが鳴り響くのを感じながら、その声の主を見て───やはり、他の生徒達の例に漏れず、事態を良く呑みこめない、といった風に、目を真ん丸に見開きながら、 「て……テツくん……?」 と、呟くのだった。その当のテツは、堤防の上に立ち、他のガーデン生徒達よりも身長的優位を保ちつつ、腰に両手を添えて、胸なども張りながら、仁王立ちをしている。ふふんっ、と自慢げに鼻を鳴らせるテツの姿に、その場にいた誰もが、怪訝の念を抱かずにはいられない。ステージ前にいるゼルも、テツの姿を見て、「……テツ?」と、声を漏らした。そんなゼル達に、テツは人差し指の切っ先をビシッ! と向けて、力の限りに叫ぶ。 「ほんっっと、おバカちゃんだな、てめーらっ! 全員そろって、お人よしのアホばっか! そんなんだから、オレなんかに出し抜かれたりするんだよー!!」 可笑しくてたまらない、という風に笑い続けながらそう言うテツの言葉に、状況がよく呑みこめず、一同はまた混乱を余儀なくされてしまう。「……それ、どういうこと?」と、キスティスがテツに向かって問い掛けると、テツは彼女の努めて冷静な問いかけにも億さずに、再び鼻を鳴らせて答弁する。 「あーあー、おマヌケさんには、ちゃーんと説明してやんねーとわっかんねーみてーだなあ? んじゃ、テツ先生が一つキミ達に教えてあげちゃいましょうかねえ? そのステージをやったのって、実はオレなんだよね。コンサートの邪魔してやるのが目的で、仲良くなったフリしてたってわけ。や───、ここまで上手くいくとは思わんかったなー」 笑いを堪えきれないように腹を抑えながら言ったテツの言葉に、リノアは明らかに困惑の色を浮かべながら、 「……で、でもっ、ガーデン案内してあげた時、あんなに楽しそうにしてたのに……」 と、訊く。しかしテツはハン、と嘲笑を返して、 「ネーちゃんさあ、あんましお子様をナメんなよ? あれはあ、楽しそうにしてやってただけだよ。ホントはそこの『スコール』ってヤツにコンサートのことばらして、台無しにしてやろうと思ってたんだし」 「え……」 ───“あー、ダメだって。服で拭いちゃあ” “えー? なんでよ? 別にいーじゃんよ” “良くないよ。洗濯で落ちるかな? シミになるよ?” “ほんなほひひしへーよ 「ニーダのパイロットの訓練、一緒に受けたりしてただろ〜? あれは……」 次に質問をしたのはアーヴァインだった。テツはさらに大袈裟過ぎるくらいの笑い声をあげて、 「あんっなもん……タダの暇つぶしに決まってるじゃんかよ! あいつにさー、大人のクセして、俺よりゼンゼン才能、ねーんだぜ。超〜〜〜下手クソなの! サイコー、笑える!」 ───“いいか? ここはな、こうやんだよ…っ!” “はぁ〜っ、テツ、やっぱお前すごいな。天才だよ” “へっへ〜ん、そ〜だろ〜っ! って、オレのこと褒めてる場合じゃねえだろっ。 もっと努力しろ!努力っ!” “これでも努力してるんだけど…” “口答えすんなっ! 教えてもらってる分際でっ!” 「私と会った時も? 何かしようと思ってたの?」 キスティスが質問した、この時───いや、本当はこうやって堤防の上に立ち、皆に向かって声をかけたその時頃から、テツの苦しみが始まっていた。ただ、返事に窮しただけではない。言えば言う程、声を吐き出せば吐き出すほどに、心の内にどんどん降り積もっていくその気持ちに、胸が締め付けられるかのようだった。だがテツはそれを臆面にも出さず、その迷いも一緒に、吐き捨てるように言い返す。 「モンスターがどーのとか、戦うがどーのとか……おねーさんが言うこと、ワケわかんねーんだよ。“何言ってんの?”ってカンジです。駅長とオメーらが同じっつってたけどさあ、やっぱゼンゼン違うと思うんですけどー? だって……だって、駅長は……」 ───バカ、テツ! 踏ん張れ!! ぐっ、とテツは唇を噛み締めて、渾身の言葉を、紡ぐ。 「駅長は───傷つけないだろ。……おまえらは……傷、つけるだろ……!」 ───“覚悟……?” “そう、覚悟。何が起ころうとも、誰を相手にしようとも、 決して暴力に頼るまいとする強い意志───” 絞り出すように言った言葉は……確かに、彼らに向かって放ったはずの言葉だったのに。そのはずなのに、何故だかその矢は自らにも深く深く突き刺さり、テツは、心臓の裏に感じたずきりという痛みに、表情を歪めた。しかし───自身にとっても痛恨の一撃となったその言葉をバネにして、テツはさらにたたみかけるように続ける。 「……そっ、そーなんだよなー、やっぱ、ソコなんだよなあ、うん!」 と、無理矢理に、先ほどよりも大きな声をあげながら、そう言った。アーヴァインを指差して、 「フィドルの時だってさあっ! あれ壊した時、オレ“よっしゃあっ!”って思ってたんだぜー! でも───おまえらやっぱ、『バトル野郎』だし! オレらはなんつーの?『平和野郎』だからさあっ……こっ───」 ───こくん。と、テツは喉を鳴らせる。 「……怖……かった───んだよ……だから、なんだよっ!」 ───“……みんながいて、良かった” “えっ?” “スコールも、リノアも、ゼルも、キスティスも、 もちろん、アーヴァインも。フィドルが壊れても。 ……トラビアガーデンにミサイルが落っこちても、 コンサート会場がなくなっても。 みんなで力をあわせれば、なんとかなる。 みんなから、い〜っぱい、勇気をもらえる!” 「─── …………〜〜っ!!」 自身が放つ言葉の痛みに精一杯耐えながら───その痛みを感じることすら、身勝手なものだと理解しながら───、ぎりっ、と歯を食いしばり、テツは右手に抱えていたTボードを、ステージの方へ向けて力いっぱい放り投げる。完璧な放物線を描いたそれが辿り着いた場所は───かつてそれの持ち主であった、ゼルの腕の中だった。受け取ったゼルはテツを見上げて、「……テツ」と、一言呟く。その瞳に浮かぶ感情を、テツは読み取ることはできなかった。……あと一歩! と、テツはゼルを指差して、 「トサカ頭っ!! それも、いらねーから返すぞ! ホント今日まで、変な連中に絡まれて、気分サイアクだったぜ! 特にテメーだ、テメー! そんなもんよこしたくらいでオレのゴキゲンとれると思ってたら大間違いなんだよ! それで釣られるくらい、オレぁ安売りバーゲンセールしてねーっつーの! はー、それ返してステージ壊して、せーせーしたぜ! 持ってたら“ガーデン菌”がうつって、オレまで『バトル野郎』になっちまうとこだった〜。おー、やだやだ!」 テツの言葉に、しかしゼルは表情一つ動かさずに、彼を見つめ返すだけだ。彼のその表情に余計に怒りを、余計に哀しみを覚えて、テツはさらに語気を荒げる。 「───っ……おい、コラ……『バトル野郎』! ───『バトル野郎』『バトル野郎』、『バトル野郎』っ!! テメーらはなあっ、楽器なんか持ってるよりも武器持ってんのがお似合いなんだよっ!! ガーデン直ったんだろ!? だったら早くこっから出てけっ!! そんでまたどっか遠いところでバトルしてろ!! テメーら見てると、マジでホントに心っ底ムカツクんだよ!! あと十秒以内に出て行けよ!! 出てかなかったら、全員ボッコボコにぶっ飛ばしてやっからなっ!!」 その言葉を言い終える頃には、テツの声は嗄れていた。掠れ、震える声を必死に吐き尽くして、テツは堪えきれずにその場から全力で走り去ってしまう。言葉をかける間すら与えずに行ってしまったテツの背中を見つめながら、リノアは哀しげに目を伏せるのだった───。 「テツが……これを……?」 あの小さな少年が語った言葉をもう一度頭の中で整理をしながら、ぽつりとセルフィは呟いた。立て続けに起こる出来事に、すっかりと混乱してしまったセルフィは、「もう、わけわかんない……」と、頭を抱えてしまう。その傍らで、キスティスとアーヴァインはセルフィのことを、そしてテツのことを気にしつつも、何かひっかかるものを感じて、ステージ跡を見つめていた。 ───そんな中。 ゼルは、テツに突き返されたTボードを両手で抱えて、じっとそれを眺めていた。それは以前、自分が持っていた時とは、全く別物のように生まれ変わっていた。ボディ部分は真っ二つに折れてしまっていたというのに、傷一つ残すことなく完璧に修理され、塗装は全く見覚えのない、シルバーホワイトが基調のものになっている。丁寧に描かれたそれを見て、ゼルは思い出していた。かつてこれを塗装した時、どれだけ熱心に、どれだけ夢中になっていたか……。そして、何より─── 「……あったけえ───」 そう呟いたゼルの手の中にあるTボードのエンジンは、確かに熱を持っていた。つい、たった今の今まで乗っていたかのようなエンジンの余熱をその掌に感じて───ゼルは、先のテツの言葉を思い出す。チッ、と短く舌打ちをすると、ゼルはテツが去った方向を睨んで、 「あの、クソ坊主……」 唇を噛み締めながら、そう───零すのだった……。 ◇ 「んうっ……ふぅぅっ……!!」 テツは、F.H.の街を全力で駆けていった。 嗚咽を漏らしながら。涙をぼろぼろと零しながら。骨が削れるかと思う程力強く歯を食いしばりながら。怒りに息を切らせながら、両の手を無心で振り、両の足で大地を夢中で蹴っていく。その右手に、一度自宅に寄って取ってきた鉄パイプを抱えて走りながら、テツはこれで良かった、と自らを慰めた。 そう───これで、良かった。 これでガーデンの皆はあのステージ壊しの犯人をテツだと思うだろうし、自分以外の誰もが責められることは、ないはずだ。 ただ、ほんの少し我慢すればいい。 悪者になることを、皆から嫌われることを、もう二度と彼らに会えないだろうことを───。それさえ、たったそれだけさえ我慢すればいい。 「───〜〜〜〜………っ」 しかし……その頬を、さらにもう一粒の滴が伝い、地に落ちたその時。ふるふると体を震わせて─── 「ふっ……ふぐえぇぇぇええ〜〜っ……」 ───とうとうその足は止まり、テツは立ち尽くし、そして次には、座り込んで───。周囲の目を憚ることなく、嗚咽をあげた。先ほど、ガーデンの皆に向かって言った言葉の一つ一つを思い出しては、それをもう一度、自身の心に突き刺していく。執拗に、何度でも。その度に涙が零れ、そのたびにこの上なく格好悪い泣き声が溢れる。 ───もう、一緒に遊べないのかなあ。 もう、一緒に笑えないのかなあ。 もう、二度と会えないのかなあ…… ─── 悔しさや、後悔や、執着や、切望や───。様々な感情が好き勝手に暴れまわり、それは涙という形をとって、テツから次々と流れ落ちていった。顔をこれ以上ないというくらいにくしゃくしゃに歪めて放った、その場にいない人たちに向けての謝罪の言葉に、しかしテツ自身でこう、答えてみせるのだった。───許せるか、と。 (……許せねえ───許せねえ……っ!!) 何を今さら謝るか、と、自身に叱りつけて、涙で滲んだ、F.H.の青い空をぎっ、と睨み、下唇を噛み切らんばかりに痛めつけて、テツは自らにハッパをかける。 (───許せねえぞ!! テツっ!!) ガタガタと震える足を拳で何度も打ちつけて喝を入れ、俯こうとする頭は強引に反らして、天を仰ぐようにした。さあ───さあ、立ち上がれ。と、自らに激を飛ばす。何度も、何度も。 ───さあっ! ───立ち上がれ!! 悲しみを、後悔を怒りにすり替え、テツは再び立ち上がる。一度大きく深呼吸をして、震えつづける肺や体を、どうにか落ち着かせて……そしてテツは、再び駆け出す。ステージを破壊した、彼の『共犯者』達のもとへと……。 |