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〜 【Relational Novel】 〜

【競作リレー】 FFVIII ・Stand up!

(六日目) アーセフィ





by さく







 薄暗い部屋のベッドに、横になっていた。
 半裸の上半身にさわる、シーツは冷たい。小鳥たちのさえずりと、波の音が聞こえる。ほのかに香るのは、潮の香だろうか……。
 ぼんやりとしていた僕の意識が、徐々にはっきりしてきた。
 白い壁、お気に入りのテンガロンハット、年代物の文机、そしてフィドル。
 僕は焦点のあわない目をこらしながら、部屋をひととおり見まわして、バラムガーデンの客室に泊まっていることを思い出した。ホッとして寝返りをうち、毛布を抱き込んで丸くなってみる。
 けれど、寝返りをうった方向がいけなかった。東向きの窓には分厚いカーテンが引いてあるにもかかわらず、強い朝の光を完全に遮断することはできないらしい。電気をつけていない部屋の唯一の光源は、まるでその存在を主張するかのように、まぶたの裏を赤くする。
 僕はしかたなく、ため息ひとつはいて身体を起こした。
 備え付けの冷蔵庫からよく冷えたミルクをとりだす。グラスにそそぎ、喉の奥へと流しこむ。ごくごくごく。グラスを机に置くころには、すっかり目は覚めていた。
 朝だ。まぎれもなく朝だ。
 壁掛け時計によると、もうすこしで10時になる。
 僕は流しの蛇口をひねり、グラスの汚れを流すと、吊るしラックに逆さにして入れておいた。新鮮な空気が吸いたくなって出窓を開けてみる。窓の隙間から流れ込んできた空気が、僕の頬をしたたかなぶってから、背後へとぬけていった。
 眼下にひろがる海は、すきとおるようなアクアマリンブルーだ。
 僕の胸は爽快感でいっぱいになる。360度ぐるり、どこを見ても水平線しか見えない。遠くにあるうねりは、近づくにつれ白い泡の連なりになり、派手な音をたててぶつかり、消えてゆく。
 どこまでも途切れることのない大きな水たまりは、僕が幼い頃に慣れ親しんでいた海ともつながっているはずだった。けれど、記憶している海とはずいぶんと様子がちがう。穏やかで、波が低い。孤児院のそばにある海のような、深い藍色ではなく、対照的な明るさだ。


――ずいぶん、遠くまできちゃったよなぁ。


 ふと、そんなふうに思う。
 最初は孤児院、次ぎはガーデン、デリングシティと、砂漠の刑務所を経由して、僕はいまフィッシャーマンズホライズンにいる。波間にうかぶ流木のように、流れ流れて、こんなところまできてしまったよ。
「ママ先生が魔女だったなんて、ぜんぜん気づかなかったなぁ。僕が孤児院をはなれる最後の日まで、僕のことを心配してくれていたのに」
 ふぅと息をはいて、海からあてがわれた自室へと視線をさまよわせた。
「……でもさ。不思議なこともあるもんだよね。よりにもよって、僕たち6人が再会するなんて。僕たちのことも、ママせんせいのことも、みんなは気づいていないみたいだけど。よっぽど縁があるんだろうな〜」
 視線の先にあった、この部屋にもっとも似つかわしくない“それ”に吸い寄せられるように、ベッドをおりた。立ちあがる。文机のうえに置かれたフィドル。別名、ヴァイオリン。数日前にこれを手渡してくれた女の子は、満面の笑顔だった。
 僕が彼女の笑顔をみたのは、あのとき、とても久しぶりことだったように思う。
 くりくりとした丸い瞳が、無邪気にほそまる目じりが、僕をみあげていた。僕はなぜか少しだけその瞳から逃れるように、うつむき加減の苦笑でこたえていたはずだ。
「……かわいい幼馴染との再会はねがったりだけどね?」
 フィドルの弦を、無意識のうちに指がおす。「ヴォン」と響いた音の余韻が、白い壁にかこまれた空間に消えてゆく。と同時に、僕は洗面台へと向かった。
 そうだ、のんびりしている場合じゃなかった。
 簡単に洗顔をすまし、髪を結わえ、服を着こみ、ブーツをはく。コートをはおり、テンガロンハットを頭にのせてから、フィドルをケースごと脇にかかえ、反対の手で譜面を持つ。僕は取るものもとりあえず、妙にせかされた気分でドアノブをまわした。
 コンサートまで、あと一日。外は、気前のいい晴れ間がひろがっていた。







 ガーデンにはじまり、ガーデンにおわる。
 誰が言いだしたのか分からないが、ここ数日間のフィッシャーマンズホライズン(F.H.)の様子はこの流行りの言いまわしにどんぴしゃりで、朝から晩まで町中がバラムガーデンにかかりきりになっていた。技師たちは早朝からガーデンの復旧工事にむかい、女たちは噂ばなしに精をだし、子どもたちは見たことのない巨大な珍客――バラムガーデン――に興味津々だった。
 ふだんは騒がしい真昼の広場も、町の男のほとんどがガーデンに出向いているため、人通りはまばらである。片隅で頭をつきあわせて談笑している女が3人、走りぬけていった子どもが2人。
 テツは坂道のてっぺんから、広場の様子を見下ろしていた。全身にうちつける潮風に目をほそめてはいるが、町からつづく海の風景はしっかりと見えている。高い鉄骨塔から眺める海もいいが、広場の坂道から見下ろす町の風景のほうが、テツはずっと気に入っていた。
 視界の先には、店があり、工場があり、さらに進むと目の前に海がひらけ、骨組みだけの鉄骨を介して、バラムガーデンへとつながっているはずである。
 テツは唇を真一文字にひいた。
 細い腕に、しっかりとTボードを抱えている。
 この町をTボードで疾走したら、どんな面白いことだろう?
 はじめて乗ったときは、振りまわされてばかりで楽しむ余裕などなかった。反面、新型Tボードの威力をまさに体感したわけで、道行く人や、建物にぶつかるスレスレのところを、絶妙の舵取りですりぬけるのは、快感でもあった。
 思いだすと、じんわりと冷や汗が浮かぶ。口元がにやけてくる。
 危険は、百も承知している。けれど、それ以上に、胸にせりあがる期待感はどうだろう。Tボードは、深夜おそくまでかかって塗装したかいあって、ピカピカのシルバーホワイトに磨きあがった。ご丁寧に、F.H.のまぶしい太陽をイメージしたワンポイントまであしらってある。
 これで町を走りぬければ、素晴らしい景色をのぞめるにちがいない。
「あいつに乗れて、オレに乗れねえわけがねえ。よしっ!」
 少年はつま先でボードを蹴上げた。
 右脇に抱え、いっきに坂を駆け下りる。
「いまだっ!! ――イチ、ニイ、サン!!」
 ゴゥと風が耳元でうなった瞬間、全身は下方から持ちあがるような感覚に吸い込まれ、すぐさま空気の中をつきぬけてゆくスピード感へとかわった。
「うっひゃあぁ〜!!」
 背後にすぎてゆく、空と海と雲。
 青と白のマーブルに、ときおり混じる茶色は、町の家々だろうか。
 新型タービンのスピードに、ついてくるのは空を駆ける海鳥たちだけ。群なす影のなかを、テツは追いつけ追いこせで、ボードを繰る。
(へっへ〜ん。ついてこれるもんなら、ついてきてみな!)
 無言の兆発に、海鳥たちが恨めしそうに声をあげる。
 機嫌をよくしたテツは、さらにスピードをあげる。
(まだまだ、こんなもんじゃないぜ〜っ!)
 あっという間に広場をぬけ、町をぬけ、F.H.とバラムガーデンの合間にある、鉄橋までやって来た。
 失速したTボードから降りて、頭上をあおぐ。
 テツは呆れたような半目になって、目の前にそびえるバラムガーデンを見やった。
(……来ちゃったよ)
 おさまりの悪い頭髪を、ばりばりと掻く。
 掻いて、掻いて、頭を掻く手がひっこみのつかなくなった途端、テツは急にしかめ面になって、腕をおろした。睨みつけても、なだめすかすように目を細めても、相手はびくともしない。
 バラムガーデンは真っ青なカンバスを背景に、白い雲まで従えて、ちいさな来訪者を出迎えていた。修復工事に着工しているいま、入口は開け放たれている。「ようこそ、いらっしゃいませ」と。
(なんぢゃ、そら……)
 テツは頭をふった。
(だいたい、ワケわかんないことが多すぎんべ? 平和主義とかさ〜、壊れたステージのこととか、受け入れるのがどうのこうのとか、覚悟するとかしないとか……。みんな言いたい放題、言ってさ。なんだってんだよな〜っ! コンチクショー!!)
 ボードをしっかり抱えなおすと、テツはおもむろに歩き出した。F.H.に背を向け、ガーデンに続く細い階段をのぼってゆく。すっかり覚えてしまった道のりは、目を閉じても、たどり着けそうな気がした。







 中庭に、一組の男女の姿があった。
 黄色いワンピースを着た女と、テンガロンハットをかぶった長身の男。
 テツは庭園の入口付近で、ふたりの様子をうかがっていた。ホールまで聞こえてきたはしゃぎ声に誘われて、ここまで来てみたものの。
「アーヴァイン〜」「んん〜?」という、甘ったるい会話を聞いた途端、拍子抜けして転んでしまいそうになった。
(こ、こいつらも、SeeDなのか……? いままでのより、さらになにかが、グレードアップしちゃってるよ〜な気が。それも、すんごくまずい方向に。か、帰ろっかな〜?)
 咄嗟にまわれ右をして、来た道を戻ろうとしたが、次ぎの瞬間、はたと足を止める。
「リノアは待ちきれないみたいだったよ〜」
 女の口から飛び出した名前に、聞き覚えがあった。リノア。ガーデンを案内してくれた黒髪の女は、そんな名前だっただろうか。
 テツは庭をキョロキョロと見渡すと、適当な叢に身をひそめた。物音をたてないようにうずくまり、ふたりの会話に耳を傾ける。
 少年の存在にすこしも気づいていないふたりは、楽しげに話を続けていた。
「スコールを連れ出す役を、リノアにお願いして正解だったね〜。一緒にいるほうが、ドキドキしちゃうけど〜」
「そうだねえ〜」
「そういえば、さっきゼルに会ったけど、すごかったよ〜!! ギターのパートは完成どころか、それだけじゃ物足りないって、アレンジまで始めちゃってた〜。見なおしたよ〜!」
「キスティスはちょ〜っと元気ないみたいだけど、フルートのパートは大丈夫みたいだしね〜?」
「うんうん」
「ところで、セルフィは順調?」
「えっへん、まかせなさい! 昨日も音あわせのあとに、バッチリ特訓したよ。あ、そうだっ!! アーヴァイン、見てもらってもいいかな〜?」
「オッケイ」
 セルフィは小走りでベンチから離れると、頭をさげた。後ろに手を組み、左足の膝下をおおきく後ろに引いて、おもいきりよく地面を蹴る。サイド、フロント、ブラッシュアップ、ホップ。小気味よいリズムが、とぎれることなく繰り出される。
 そして、フィニッシュ。
 アーヴァインはベンチから立ちあがり、力いっぱい拍手した。
「……すごい、すごいねえっ!! セルフィ、すっごく良かったよ〜っ!」
「えっへへ〜! おかしくなかった〜?」
「ううん、ぜんぜん!」
 それは、セルフィにとって突然のことだった。聞いた覚えのない第三の声に、彼女はきょとんとし、視線を声のしたほうに投げる。
 そこにいたのは、黒髪の少年だった。いつからそんなところにいたのか、アーヴァインの座っているベンチのすぐ横で、地べたに座っている。少年はきらきらした目に好奇心をいっぱい湛えて、セルフィを見上げていた。
 セルフィは顔をほころばせ、「ありがとう〜」と言った。
「タップ、って言うんだよ〜。知ってる?」
「知らねえっ! ダンスみたいだけど、オレの知ってるのとはぜんぜん違うし、こんなにいい音が響くの、はじめて見た! おもしれ〜な〜、ソレ」
「じゃあ、次ぎはあのお兄ちゃんがフィドルを弾いてくれるから、聴いてく?」
「……フィドル?」
 テツはアーヴァインを見上げ、彼が指差すほうを見て、そこに横たえてあった不思議な木の箱を見つけた。ケースの上に鎮座しているそれは、丸いフォルムに弦がはってあり、ボウが添えられている。
(ゲッ、ひょっとしてこいつら、今度のコンサートの一員っ!? まじぃ、オレ、こないだまでこいつらを妨害しようとしていて……)
 テツは上目づかいでアーヴァインの様子をうかがったが、当のアーヴァインはいたって普通で、テツの存在を疎んじている様子もない。
「取ってもらえるかい?」
 アーヴァインに問いかけられて、我に返る。
 すぐさまフィドルを取り上げ、アーヴァインに差しだす。
 にこやかな笑顔で男が受け取った、それは、ほんの数秒のできごとだった。
 テツはアーヴァインがフィドルを受け取ったと思い、手を離したが、実際にフィドルはアーヴァインの指先に軽くふれていたにすぎず、するりとふたりの間を抜け、地面にむかって落下していったのだ。
 テツが「しまった!」とつぶやいた時には遅かった。セルフィはぎゅっと目をとじて、耳を塞いでいた。アーヴァインは咄嗟に反応できず、派手に壊れる音を、顔をしかめながら聴いていた。
 しばらくすると、音はやんで、壊れたフィドルが目の前にあった。
「あ、あ……」
 セルフィがふらふらと、フィドルに近づく。
「ど、どうしよ〜っ。これ、借り物なんだよね。傷つけないようにって、念をおされたのに……。こんなの、コンサートもできないよ〜……」
 脱力してその場に座り込んだセルフィの隣に、アーヴァインも座った。小道のうえに残されたフィドルは、すべての弦がきれてしまっている。
 アーヴァインは弦をひっぱった。
「これじゃあ、僕たちでなおすのは無理だよね〜。楽器にくわしい人にみてもらったら、直せるかな? セルフィ、どう思う?」
 問いかけたが、答えはかえってこない。しばらく沈黙が流れた。アーヴァインは不思議に思い、すぐ隣にいるはずのセルフィの表情をうかがった。
 セルフィは下唇を突きだし、不服そうに頬をふくらませている。息をすいこむと、肩を落として、大きなため息をついた。
「はあぁ〜」
「だ、大丈夫だよ、セルフィ。僕のパートは完成しているから、練習の必要はないし。本番までになんとかフィドルを弾けるようにすればいいんだろう? 替えのフィドルがガーデンのどこかに眠っているかもしれない。ひょっとすると、直せる人もいるかもしれない。セルフィ、できることからやってみようよ、ね?」
「え、ハッ!? ご、ごめん。ぼうっとして……。なに?」
「だからさ〜」
 アーヴァインはへんに無防備なセルフィの視線に、あえて作り笑いで応えた。
「コンサートまでに、フィドルを元どおりにしようってこと!」
 セルフィはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「うん。そうだよね。そうそうっ。こんなところで、座り込んでる場合じゃないよね〜! フィドルにくわしい人がいるかもしれないし……、ん〜、かといって、あてずっぽうに聞きまわっても仕方ないか。そうだっ! こんな時は、やっぱりあの人だよね〜! アーヴァイン、いっくよ〜っ!!」
「あっ、セフィッ……!」
 ガーデンへ走りはじめていた彼女は、呼び声に体をひるがえすと、戻ってきた。アーヴァインには目もくれず、その隣に呆然と突っ立っている、少年のまえで膝をおり、視線を同じ高さにあわせる。
「名前、なんていうの?」
「テツ」
「テツ、いい名前だね。もし、テツがなにか悪いことしたなあって思うのなら、おとしまえはね、自分でつけるものだよ」
 セルフィは真顔をテツに近づけた。
「いっしょに来る?」
 息がかかりそうなほどの至近距離から、茶透けた瞳が、テツの眼の奥をのぞき込こむ。テツは苦しそうに「ウッ……」とこぼして、一歩後退した。
(くそっ、どうしてそろいもそろって、女SeeDはこうなんだっ!?)
 声にならぬ叫びを発するも、セルフィはさらに詰め寄ってくる。テツはたじたじとなりながら、腹の底からなんとか声を搾りだした。
「……い、言われなくても、そんぐらい分かってらあっ……!」
「うん! 行こうっ!」
 そして黄色いワンピースが走りだす。アーヴァインは壊れたフィドルを拾って、テツはTボードを抱えて、それぞれ走りだした。
「ところで、セルフィ〜! どこへ行くつもり〜?」
「えっへへ〜っ! 困ったときの、キスティス〜ッ!」







「なあに?」
 キスティスは青い目をぱちくりさせた。突然の来客が、よほど意外だったらしい。ドアの前で“お願い”のポーズをつくるセルフィに、「いったい、どうしたっていうのよ」と可笑しそうに尋ねる。SeeD兼ガーデン教員のキスティスは、特別なミッションがない今、きっちり教師用の制服を着込んでいた。しかし、いつもよりもわずかに髪がみだれ、よくよく見ると、目の下にくまをつくっているのを、アーヴァインは見逃さない。
 彼はドアから離れた通路の壁に、椅子をふたつ並べて座り、そこから様子をうかがっていた。女性のちいさな変化に気づいてしまうのは、ほとんど彼の性分だろうか。
「疲れてるな〜、キスティ」
 アーヴァインはぽつりとつぶやいた。
 その隣に座っているテツが、眉間に皺を寄せ、険しい顔つきでキスティスを見つめている。
「あの人なら、なんとかしてくれるの? 知り合い?」
 思いつめた風なテツに気づきながらも、アーヴァインは努めておおらかな口調で返す。
「そりゃあ、僕たちは知り合いも知り合い、幼馴染だからね〜」
「ふうん」
「むこうは僕のことを、忘れてるみたいだけど」
「……えっ!? 忘れてる? 幼馴染なのに?」
 テツは驚いて、アーヴァインを見上げた。
 アーヴァインは、キスティスを見ている。
 キスティスはセルフィと何事か話していたが、アーヴァインの視線に気づくと、「ハイ!」と軽く手をあげた。それからテツに向かって左右に手をふると、セルフィを部屋に招き入れ、ドアを閉めてしまった。
「キスティ……。なんでだか分からないんだけどさ、僕のことを別人のように思ってるみたいなんだよね〜。それもキスティスだけじゃなくてさ、ほかの仲間も。僕が幼馴染だってことに、ううん、僕だけじゃないな、全員がお互いに幼馴染だってことを、さっぱり気づいていないみたいなんだ」
「ふうん。……へんなの」
「ははっ。確かに、へんだよね〜」
「もし、オレだったらさ。みんなに“オレたち幼馴染だ”って、言ってまわるね。そんで、元どおりになって、みんなで島オニやるんだっ! そのほうが、面白いし!」
「まったくもって、君の言うとおりなんだけどね〜」
 アーヴァインはうなだれた。窓枠に首をもたげ、帽子を顔にのせて天井にむく。
「けど、僕たちはね。忘れてしまっていたほうが都合のいいことが、いくつかあって、みんなにそれを思い出させていいのかどうか、分からないんだ。僕しか気づいてないし……。この先みんながどうなってしまうのか、僕なりに心配で。それで、彼らと行動をともにしているってワケ。一回は、ぬけようって思ったんだ。実際、いつだってぬけることはできた。でも結局は、ここに戻ってきた」
「思い出してほしくないことが、あるってこと?」
「そう」
「自分のことを、忘れていたとしても?」
「そう」
「でも、みんなと一緒にいるの?」
「そう。だから、この話はここだけの秘密さ」
「……わっかんね〜!」
 声がわり前の、澄んだ声がふてくされている。
 アーヴァインは起きあがって、帽子を被りなおした。キスティスの部屋のドアを見たまま、こちらを見向きもしない少年の頭に、掌を乗せる。
「わかんないだろうけどね〜。でも、僕たちは再会してから、仲間としていっしょに戦ってきたんだ。君が思うほど、寂しくはないよ〜。それに、みんなに信用してもらうために、僕もいま誠意をみせようとしてるのさ。なのに、フィドルは壊れちゃって、困っちゃうよね〜。君の協力、期待してるよ〜?」
 アーヴァインは笑って、手をぽんぽんと弾ませた。
 テツはむずがゆそうに口をへの字にすると、大きくかぶりをふって、アーヴァインの手を振りはらった。
「だあっ!? 頭はなでるなっ、頭は! 鳥肌がたったじゃんかあ。協力はするよ。半分はオレのせいだしな! だから、ぜってえ、頭はなでるなよ!!」
「あっはは、分かったよ。……あ、セルフィ」
 部屋のドアが開いて、セルフィが外に出てきた。「ありがと〜!」とキスティスに別れを告げ、ふたりの元へ駆けよってくる。
「あのねっ! キスティスが代りになるフィドルを探してくれるって! さすが、キスティスだよね〜っ!! バラムガーデンのことはよく知ってるから、とっても心強いよ〜。でね、あたしたちも、私たちでできることをしようって思うの。頼ってばかりじゃ、ダメだもんね〜」
 はりきりっぱなしの報告に、アーヴァインは「うんうん」と頷いていた。テツは椅子から立ちあがって、アーヴァインとセルフィの間に立ち、「それで」と切りだす。
「それで、次ぎはどうすればいいんだ?」
「うん、そうなの! いいこと言うな〜、テツ〜ッ!」
「いちいち感激すんなって……」
「えっへへ。あたしもね、知り合いをあたってみるつもり。ひょっとしたら、誰かが解決方法を知ってるかも〜」
 嬉しそうに外巻きのカールを揺らしているセルフィの横で、アーヴァインが首をひねる。
「でも、セルフィ。バラムガーデンに知り合いがいるのかい?」
「ん〜、そうなんだよね〜、そこが問題なんだよね〜。どうしよ〜」
 セルフィは腕を組み、「ううーん」と唸った。
 テツは何かできることはないかと、考えを巡らせていた、そのとき。ポーンっとひらめいた。彼は大声を張りあげる。
「あそこへ行けばいいじゃんっ!!」
「あそこ?」
 セルフィが怪訝な表情で聞き返す。
「楽器っつっても、武器といっしょで、なんかの素材を加工してあんだろ? だったら、作り方が分かれば、直せるかもしれないっ!! オレの親父、修理工だし。オレだって、技師としての腕はかなりのもんなんだぜ。ひょっとするとオレでも直せるかもしれない。オレがダメでも、親父に頼みこめば、きっと直してくれると思うんだ!」
「ということは、フィドルの作り方が分かればいいのかな?」
「そうそうっ!」
「それが分かる場所といったら……」
 どこだろう、とセルフィは思った。
 バラムガーデンの生徒たちが使用しているコンピューターにしても、情報量はそう多くない。年少クラスの情操教育のために準備された音楽室にしても、楽器の作り方までは、わからないだろう。バラムガーデンにおいて、広範囲にわたる情報を集約している場所と言えば……。
 アーヴァインが椅子から立ちあがった。ハッとして、セルフィは彼を見上げる。アーヴァインは壊れたフィドルを床から取り上げると、セルフィに言った。
「やっぱり、図書館だよね〜!」







 「すっげえ〜っ!」と言ったきり、テツは立ちどまって、動かなくなってしまった。
 半円をえがくアーチ型の廊下をぬけると、視界は急に広くなって、目の前には、背の高い棚が並んでいる。それも、30はくだらないすべての棚がニスで磨き上げられており、傷ひとつ見受けられない。広いフロアの天井は、棚よりもさらに高く、いたるところでファンが静かに回転している。
 テツは夢見ごこちで、図書館の前に立ちつくしていた。
 セルフィとアーヴァインはごく当たり前のように図書館に入っていったが、テツは近代的な部屋のつくりに圧倒され、その造形美に見入ってしまっていた。
「テツッ!」
 呼び声のほうに、セルフィがいた。アーヴァインは、カウンターの女生徒と、なにか話し込んでいる。テツは周囲をキョロキョロと見まわしながらふたりに近づき、カウンターの前にTボードをたてかけた。
 ふりかえって、図書館をまた眺めまわす。
「はあ〜、何回来ても、いいよなあ〜。技師御用達の専門書もそろってるしさ〜。それに、こんだけ棚のある場所があったら、島オニももっとおもしろくなるんだけどなあ」
 息をはきだしながら呟いていると、カウンターの女生徒の声が、頭上に響いてきた。
「お探しの本はフロア奥よりすこし手前側、R列のあたりにあると思います」
「ありがとう。セルフィ、R列だって」
「い〜〜くぅ〜〜っ!!」
 めいいっぱいやる気をげんこつにため、ぎゅうっと全身に力をこめて返事をしているセルフィを前に、アーヴァインは「行こう、行こう」と笑って促した。
 カウンターの女生徒はその様子にくすりとほほえみ、「かわいい彼女さんね」と少年に声をかける。それを聞いたテツが「ああいうのを、バカップルって言うんだぜ」と答えていた。
(聞こえてるよ〜!)
 背中ごしに聞こえたやりとりに、アーヴァインの心はざわついた。
 タッタッタッと、軽い足音が近づいてきて、アーヴァインの横を通りすぎ、テツは振り向く。そこに見つけたものが意外だったのか、少年は「あ〜……」と声をあげ、にやにやと口元をゆがめた。
「アーヴァイン、顔が赤いぜ〜!」
「き、気のせいだよ〜っ!」
「イッシシ!」
 足早に歩いてゆくアーヴァインを追って、テツはにやけながらついてゆく。ふたつほど奥にある本棚に、先についていたセルフィが、
「ふたりとも〜、いっそげ〜!」
と叫ぶと、でこぼこコンビは高さのあわない視線をあわせ本棚へ走った。
 バラムガーデンの図書館は広いうえに、高い。脚立の高さはかるく3メートルはあり、書籍の収録数も並大抵ではない。テツは本棚をみあげ、「すっげえなあ」と言っていられない事態に気づき、肝を冷やした。収蔵数の多い図書館で、お目当ての情報を探しだすのは、どう考えても容易ではない。なにせ3人はこれから、数百冊におよぶ本のなかから、たったひとつの情報を探さなくてはならないのだから。
「ゲッ……。このなかから、さがすの?」
「もちろんさ〜」
「え〜っと。音楽関連はこのへんまで。私は真ん中の3段を担当します。なので、アーヴァインは上の3段、テツは下2段を担当で〜す。3人で手分けすれば、すぐ終わるよね〜? がんばろ〜っ!!」
「オォ〜」
「声がちいさ〜いっ!」
「オオ〜ッ!」
 重たい百科事典から、薄っぺらいペーパーバックまで、ひとつひとつ目次をめくり、項目をさがし、フィドルに関する情報がなければ棚にもどす。アーヴァインは脚立のうえで黙々とページをめくり、セルフィは反対側の棚にもたれて本をながめ、テツは床に座り込んで楽しげに本をひらいていた。
 1時間たち、2時間たち、3時間たって、気がつくと影はだいぶ長くなり、窓から見える太陽は傾いていた。
 最初に「あっ!」っと声をあげたのは、テツだった。
「なになにっ!? 見つかった?」
 たちまちセルフィが、テツの上から本をのぞく。
「わっ!? ば、ばぁか。影になって見えねえじゃねえかよ」
「あ〜、ごめんごめん! それより、フィドルのほうは?」
「そう、焦んなって。えーと、フィドルの精製法。ボディ部の……あ、弦の精製! これだ、これっ! キマイラの髭とオチューの触手を3対2の比率でよりあわせ、プレス機で100トンの負荷をかけ、さらに引き伸ばしたものを北極の風にさらし……」
「直せそう?」
「うん。……いける。これなら、たぶんできるよっ!!」
「ヤッターッ!!」
 セルフィはテツを後ろから抱きしめた。テツは「やめろよ!」とか、「苦しいって!」を連発しながら、ジタバタと抵抗している。アーヴァインが「し〜っ!」と唇に指をあてて注意すると、ふたりは黙った。
 図書館中の視線が、チクチクと針で刺されているように痛い。
 セルフィは「えへへ」と笑って繕いながらも、しっかりとテツの身体をつかまえていた。抱きしめる腕に力を込める。
「ホントに、大切な、大切なフィドルだったから。つい、キミにはきつくあたっちゃったなって、反省してるんだよ? ごめんね、テツ」
 テツは居心地が悪そうに、セルフィの腕を押しのけると、するりと腕から逃れ、立ちあがった。顔を赤らめながら、尻についた埃を手ではらっている。
「礼なんて、いいって! それより、はやくその大切なフィドルをなおしに行こうぜっ! ここじゃ無理だし、ロスに頼んでみるよ。あっ、ロスって、オレの親父なんだけどな」
「うんっ、行こう! あ、アーヴァインもありがとうねっ!」
 アーヴァインは散らかした本を棚にもどしていた。手をぴたりととめて、脚立のうえから、セルフィを見下ろす。彼は最上級の笑顔とウィンクを、彼女に向けた。
「セルフィのためなら、お安いご用さ〜!」
「な……、なにようっ……!」
 よそよそしく分厚い本で顔を隠したセルフィだったが、アーヴァインを拒絶するような雰囲気ではない。本の下にちらりと見えた頬が、明るいピンク色に染まっている。
(もしかして、もしかしちゃうと、照れ隠しってやつですか〜!? い、いい感じ〜っ!!)
 アーヴァインはガッツポーズをつくった。







 図書館で借り出しの手配を手短にすませると、3人はさっそくガーデンを後にした。
 ガーデンからの指令でミッション中のセルフィとアーヴァインは、ガーデン生のように講義に出る必要がない。教師の面々のように、生徒たちの面倒もみなくてもいい。つまりは、バラムガーデンにおいて数少ない自由人である。気がねなく、ガーデンとF.H.を行き来できた。
「それにしても、物好きだよなあ。わざわざ敵対しているオレたちに頼んでまで、コンサート会場をなおしたりしてさ」
 テツは3人の先頭にたって、F.H.を案内していた。
 ガーデンからつづく階段をおり、クレーンを下りたあたりで、少年は空をあおぎながら思い出したように言う。
 セルフィはついて歩きながら、首をかしげた。
「テキタイ?」
「なんだ、知らないのかよ?」
「アーヴァイン、知ってる?」
「僕も知らないけど?」
「え〜!? そうなのっ!? F.H.じゃ、みんなそう思ってるぜ? オレたちさ、“問題は話して解決する”ってのが、モットーなんだ。けど、ガーデンはそうじゃないんだろ? だから、技師たちを総動員して復旧工事をいそいでるんだ。はやく、F.H.から離れてもらうために。ドープの駅長は、あんたたちの使者団にそう伝えているはずだぜ」
「使者団って、ひょっとして、黒い服をきた男じゃなかった?」
「うん、黒い服を着た怖そうな兄ちゃんだった。額に傷があってさ。でっかい武器をぶらさげてた!」
「スコールだ……」
 抑揚のない声で、セルフィはつぶやいた。
「みんなに余計な心配かけないようにって、ガーデン生には伝えなかったんだ。ガーデン生は基本的にF.H.に行かないから……。でも、スコール、どうしてなんでもかんでも、ひとりで抱えこんでしまうのかな〜。みんなで解決すればいいのに」
 セルフィは肩をすぼめて、とぼとぼと歩いていた。
 そんなセルフィが心細そうに思えて、アーヴァインは表情を曇らせる。
「あ、あのさ、セルフィ。うまく言えないんだけど、スコールって頑張っちゃうだろ?」
「うん」
「悪気があるわけじゃないんだよね〜。性分っていうか、そういう性格なんだよ。だから、危険のないうちは、スコールのやりたいようにしてもいいんじゃないのかな〜って、僕は思うワケ。スコールには、スコールにしかできないことがあるしね。セルフィには、セルフィにしかできないことが、あるみたいに。僕たちは、いま、僕たちにしかできないことを頑張ればいいと思うんだけど」
「ん〜、そうなのかな〜。う〜ん、そうなのかもね〜。だからコンサートをするんだよね……。みんなに元気になって欲しくて」
「僕たちも、元気になれるしね〜?」
「うん、そうだね〜。アーヴァインに言うとおりだ〜」
 セルフィは少しくたびれたようで、ため息をもらした。
 ふたりが話している間にも、テツはF.H.を進んでいる。気がつくと3人は、工場の前に立っていた。三角屋根の、一見すると倉庫のようなたたずまいだ。壁面はすべてコンクリートで囲まれている。ガーデンの復旧工事に借り出されているのか、物音はない。かすかに、男の話し声が聞こえる。
「ロスに話すよ」
 テツはそう言いながら、門扉を開けて、中に入っていった。
 工場は明かりがついておらず、窓からさしこむ光に埃が舞って見える。薄ぐらい中を、テツは慣れた足取りで奥へと進む。物陰のむこうに電光がゆれており、人の気配があった。テツの父親だろう。
「ロス〜ッ!」
 テツが嬉々と叫ぶと、ついたての向こう側で、空気の抜けるような音が聞こえた。と同時に、煙幕があたり一面を覆い、テツの後ろについて来ていたセルフィとアーヴァインは、思わず咳きこむ。
「ダメだ、ダメだ! こんなことぐれえで、気をそがれてどうすんだ。ガーデン生の命がかかってんだぜ!?」
「ニーダッ!? まだ、いたのっ!?」
 もうもうと湧きあがる煙幕からあらわれたのは、バラムガーデンの制服を着た青年だった。口元を袖でおさえて、煙を吸い込まないようにしている。
 彼はテツを見つけると、憎々しげに睨みつけた。
「まだいて、悪かったなあ。俺だって、必死なんだよ。コホッ!」
「だって、もう夕方だぜっ!? いいのかよ、今日は用事があるんだって、前に言ってなかったっけ〜?」
「ゆ、夕方〜っ!?」
 ニーダは彼の黒髪とおなじくらい顔色をどす黒くしながら、ロスに敬礼した。
 ロスは時計を見ながら、頭を掻いている。
「ス、スイマセンッ! 俺、用事があるんで、今日はもう失礼します」
「オウ、悪かったな、俺もすっかり時間のこと忘れてたぜ」
「では、失礼します!! はあ〜、ど〜しよ〜。先輩にまたしぼられる〜!」
 ニーダは鞄を手に取ると、セルフィとアーヴァインの横を通りすぎ、一目散に工場を出ていった。セルフィとアーヴァインは入れ替わりについたての中に入ってゆく。そこにいたのは、テツとそっくりの髪と目をした、大柄の男だった。
「てめえ、性懲りもなく俺のことを名前で呼びやがって。親父って呼べ、親父だ、親父!!」
「んなこと、どうでもいいじゃんかよ〜! それよりさ、実はさ……」
「そんなことだとぉ……!?」
「た、たんま、たんま!! ロープ、ロープッ!! 今日は、マジな話なんだよ〜っ!! ほら、客が来てるんだからさっ! なっ!?」
「客? 客なんざ、俺の用事のあとでいい。待たせておけっ!!」
「マ、マジで〜っ!?」


――しばらくお待ちください――。


「……ずびばぜんでびばぼ父上すみませんでしたお父上……」
「分かりゃ、いい。で、俺になんの用だ」
 デスクで一服つきながら、ロスはテツたちに向き直った。
 なんとも珍妙な客である、F.H.では見かけたことのない青年たちは、おそらくガーデンの関係者なのだろうと、ロスは見当をつけていた。目のくりくりしたおかっぱ娘と、ひょろひょろとした優男。
 ふたりを背後に従え、テツは背筋をのばして真っ直ぐ椅子に座っている。
「やんごとなき諸事情により、ある楽器をなおしたいんだ」
「なんだ、そのやんごとなき諸事情ってえのは」
「実は、かくかくしかじかで……」
 ガーデンで起こったできごとを、テツは順に話していった。
 セルフィのタップが素晴らしかったこと、フィドルが壊れてしまったこと、キスティスに協力をあおいだこと、図書館で資料を探したこと。フィドルがふたりにとって大切なのだということは、ロスに伝えなかった。ロスはそのことに気がついていたが、あえて口にしなかった。叱られることを覚悟で頼みにきたのだろう、いつもとは様子のちがう息子に、内心は喜びつつも、ロスはむすっとした表情をくずさなかった。
 目をふせ、腕を組み、じっとテツの説明が終わるのを待っていた。
「……ってことなんだ。なんとか、この工場の機械をオレに使わせてくれないか」
 テツはロスを真っ直ぐに見据えた。
 ロスは目をあけると、深くため息をはいた。椅子から立ちあがり、息子の腕をひっぱって椅子から立たせる。セルフィとアーヴァインの前に立ち、大きな身体をふたつにおるようにして、頭をさげる。右手はテツの頭をぐっと押しつけていた。
「息子がご迷惑をかけました。ここはひとつ、親の顔に免じて許してやってくれねえでしょうか。もちろん、壊したフィドルは直します。少々、待っていただくことになりますが……」
 セルフィは椅子を並べて座っていたアーヴァインを見上げて、瞳を輝かせた。
 アーヴァインも、うんうんと頷いている。
 フィドルが直る。コンサートが出来る。それだけで、充分だった。
 セルフィはすっくと、立ちあがった。そして、頭をさげた。
 アーヴァインも同様に立ちあがり、頭をさげた。
「責任の半分は、自分たちにあります。テツ君ひとりが悪いわけではないですし、だから、僕たちはお願いにきました。どうか、力をお貸しいただけないでしょうか」
 アーヴァインは堂々と伝えた。彼が頭をあげると、ロスは日焼けした浅黒い肌に不釣合いな、真っ白な歯をみせて苦笑していた。
「ふん、ガーデンは儀がなってらあ。F.H.の人間にゃあ、こうはいかねえなあ。見習いたいもんだ。ほら、テツ、さっさと準備しろ。小一時間ほどで、仕上げるぞ!」
「親父っ!」
 工場中の照明がつけられた。
 テツとロスは軍手とスコープを着用し、フィドルの精製にかかる。火花が散り、冷たい風が通りぬけ、衝突音が響き、静かになったかと思うと、ロスの檄が飛ぶ。
 やがて、汗だくになった親子が、なにやらひそひそと言葉をかわした。
 ロスが新品同様のフィドルを手に、ふたりのもとに戻ってきたのは、そのすぐ後だった。
「どうだい、見た目は元どおりになったはずだ。これに、間違いねえか」
 アーヴァインはそっとフィドルを受け取った。
 まだ、熱が残っている。あたたかい。
「すごい……、弦も弓も、ボディも元どおりになっている!」
「一曲弾いてくんねえか。音も元どおりか、確認しておきてえ」
「セルフィ!」
「うんっ!」







 灰色のコンクリートに囲まれた、演奏会がはじまる。
 観客は作業着を着ている無骨な男と、その男にそっくりな少年のふたりだけ。
 セルフィはタップシューズの底につけていたゴムをはがし、床を蹴って、音を確かめる。アーヴァインはテンガロンハットを机に置くと、彼女の横にたち、磨きあがったばかりのフィドルをかまえる。指先で弦をはじいてゆき、調律をすませると、セルフィにウィンクで合図した。
 観客は固唾をのんで、そのときを待つ。
 そして、セルフィは最初のポジションから、シューズのフロントを蹴上げた!


 ――タアンッ!!


 反響音がひびきわたった最初のリズムを皮切りに、小刻みにつむがれるスタッカートの連続、黄色いワンピースが宙を舞って一周した瞬間に、メロディアスな旋律が重なる。
 みごとに息のあった演奏だった。
 曲は夜空へと駆けのぼり、地上へ急降下すると、軽やかにターンして、実に楽しく、実に愉快に、空気をふるわせていった。野原でたわむれる蝶よりも伸びやかに、燃え盛る炎よりも激しく。
 セルフィはタップを踏みながら、アーヴァインを見た。
 アーヴァインは、ボウを上下させながら、セルフィを見た。
 感情の激流の合間にふれあった一瞬は、激しく互いの胸を揺るがして、次ぎの瞬間には、まったく別の河岸へと、ふたりを連れ去ってしまう。
 終わらないで、愛しい時間よ!
 あたりの気温が上昇し、セルフィの汗が飛び散る。アーヴァインの髪が踊り、ボウが熱を帯びる。曲は佳境にはいり、最後のクライマックスへとのぼりつめた。
 そして、おとずれる静寂。
 湖面をふるわせる小波のような、さわやかな余韻を引いてしんとなる。
 セルフィはポジションから、礼の姿勢をとった。
 アーヴァインはフィドルを降ろし、ボウを持ちなおす。
 そして、視線をあわせると、ふたりはうやうやしくお辞儀をした。
「ブラヴァー!」
 男は手を熱くなるほど強く重ね合わせて拍手をおくり、少年は椅子から立ちあがって、しきりに「すごい、すごい!」と繰り返しながら、やはり拍手を惜しまなかった。
 セルフィは上気した薔薇色の頬をほころばせ、アーヴァインは感動のあまり震えだしそうな掌をぎゅっと握りつつ、互いの顔を見て、笑った。最高の時間だったと、声に出さなくとも、伝わったような気がした。
「フィドルのパートは完璧だね〜っ!」
「僕だって、やるときはやるさ〜!」
「んんん〜! 本番が待ち遠しくなってきた〜!!」
 セルフィは大きく伸びあがって叫んだ。そして、あらためてロスとテツに向きなおり、ガーデン流の敬礼をほどこす。
「お世話になりました」
「かまわねえよ、責任の半分はこっちにもあんだ。何に使うのか知らねえが、本番とやらが成功するといいな」
「ありがとうございます!」
「おい、テツ! お客さまのお帰りだ」
「言われなくても、わかってらあ!」
「ふっ……」
 ロスは煙草をくわえ、火をつけた。
 テツは「おくるから」と言って、工場の出口へむかって歩きだす。
 アーヴァインはフィドルをケースにつめ、軽くロスに会釈する。テンガロンハットを被りなおすと、既に後姿だけになっているふたりを追った。







 夜のF.H.は、妙に明るい。僕はそう思った。
 夜空では星たちが駆けめぐり、月の光が水平線を描きだし、波打ち際を工場や民家の明かりが照らす。闇に足をとられる心配はないだろう。
 セルフィは帰り道、ことのほか上機嫌で、ずっと鼻歌を歌っていた。
 テツは頭の後ろに手を組んで、数歩先を歩いている。
 そして、僕はというと、直してもらったばかりのフィドルを抱えて、ふたりの後ろにくっついて歩いていた。ときおりキシキシときしむ木目の道を、ブーツで強く踏みつけながら、足につたわる感触を楽しんでみたりして。ふたつの影は、僕の目の前をゆっくりと進む。
 ふと、その影がもう一方の影に近づいた。
 見ると、セルフィが走ってテツに追いつき、なにやら楽しげに話している。テツはあからさまにたじろいでいたが、セルフィは強引にテツの左手をつかむと、彼女の右手でしっかりつないだ。
 後ろを振り向き、彼女は叫ぶ。
「アーヴァイ〜ンッ!」
 言わんとしていることは、すぐに分かった。
 僕はやれやれと形ばかり肩をすくめてみせたが、その実けっこう浮かれていて、ふたりの元へ走ってゆくと、テツの塞がっていないもう一方の手をつないでやった。テツは「またかよ〜!」と言って抵抗したけれど、手を離そうとはしなかった。
「しゅっぱ〜つ、しんこ〜!」
 セルフィの号令とともに歩きだす。
 にょきにょきと並ぶ3つの影が、背中の向こうで踊っている。セルフィの鼻歌はとっても楽しそうだし、テツのつないだ手は熱くて、照れているのが伝わってくる。僕は、何にも気づかないふりをして、海におちてゆく星をながめていた。
 真昼はエメラルドグリーンにかがやく海も、いまは真っ黒で、月光をはじいている水平線よりほかに、見えるものはない。目を閉じれば、押し寄せる波の音ばかり。
 あれは、波打ち際に光る貝殻がすれちがった音だろうか。
 それとも、はるか彼方の潮騒だろうか。
 いいや、遠い昔に、浜辺で追いかけあった幼子の笑い声……?


――ずいぶん、遠くまで来ちゃったよなあ。


 最初は孤児院、次ぎはガーデン、デリングシティと、砂漠の刑務所を経由して、僕はいまフィッシャーマンズホライズンにいる。そばにいるのは、くまのぬいぐるみを抱いている少女ではなく、黄色いワンピースの似合う素敵な女の子だ。
 流れ流れて気がつけば、みんなずいぶん変わってしまっていたよ。
 いじめられっ子だったゼルは頼もしい感じになっていたし、しっかりもののキスティスはみんなの憧れの先生になっているし、女の子みたいに大人しかったスコールにいたっては、なんと僕たちのリーダーになった。
 なのに、僕ときたら、のらりくらりと相変わらずで。
 このまま、どこまで行くのだろう。どこまで、行ってしまうのだろう。いっそ、世界の果てでも目指してみようか?
 とことん、こいつらにつきあってみるか……?
 ぼんやり歩いていると、きゅうにテツが立ちどまった。いつのまにか、F.H.とバラムガーデンの境にある鉄橋に辿りついていたらしい。
 セルフィは僕の様子をうかがって、「元気ないね〜?」と尋ねてきた。
「なんでもないさ〜、海をながめていただけだよ〜」
「海っ! ひろいよね〜!」
 セルフィは風上にたって、心地よさそうに目をほそめた。
「……みんながいて、良かった」
「えっ?」
「スコールも、リノアも、ゼルも、キスティスも、もちろん、アーヴァインも。フィドルが壊れても。……トラビアガーデンにミサイルが落っこちても、コンサート会場がなくなっても。みんなで力をあわせれば、なんとかなる。みんなから、い〜っぱい、勇気をもらえる!」
「……そうだね」
「ひろい海もひとりだったらなんもできないけど、みんなが一緒だし。うん、バラムガーデンは大丈夫。スコールはひとりじゃない、みんなもひとりじゃない。はうぅ〜、コンサート成功するといいよね〜っ!!」
 セルフィは力いっぱい拳をにぎっていた。その頬に睫毛の影はくっきりと浮かび上がり、外巻きにカールしてある髪が、彼女のむきだしの肩に影をつくりだしている。
 月明かりに照らされている、彼女の姿はまぶしすぎて。その輝きは、真っ暗な海さえも、照らしだしているような気がして。
 鮮やかな喜びが、こんこんと溢れ出してくる。
 彼女の言うとおりだ。重要なのは、場所じゃない。大事なのは、時間じゃない。どこにいたって、いつだって。大切なことは……。
 セルフィは風を全身でうけとめ、海をぼんやりと見つめていた。
 僕はテンガロンハットを片手でつかみあげ、セルフィの頭にのせた。セルフィはびくっとして、こちらを見上げる。僕はできるだけ柔らかく笑ってみせる。
「成功するさ、コンサート。スコールのそばにいた僕たちだから、ガーデン生といっしょに戦ってきた僕たちだから、気持ちは伝わるよ」
 浮ついた声にひそむ想いに、彼女が気づいたかどうかは分からない。
 セルフィは帽子のつばをぎゅっとつかむと、「うん!」と嬉しそうにうなずいていた。
「テツも、ありがとね」
「へんっ。そもそも、おとしまえはとるもんだっつったのは、そっちだべ?」
「あははっ! そうだったか〜」
「ちぇ〜っ。自分が言ったことも忘れてるのかよ。しょ〜がね〜の〜」
「えっへへ。明日の本番も、見にきてよ〜?」
「ん〜、どうしよっかな〜? まあ、考えとくよ。本番なら、ふたりのシッパイも見れるかもしんないしなっ!」
「なんだ〜! テツ、心配してくれてるんだ〜。ありがとう〜っ!!」
「……ち、ちげ〜よっ。勘違いすんなって。あっ、おい、アーヴァイン!」
 歩きだそうとしていたところを、呼びとめられた。
 テツはズボンのポケットに手をつっこんで、イシシと笑っている。僕に顔を寄せ、こっそり耳打ちした。「セルフィのほうも、がんばれよな」。顔を離したテツは、反応をうかがうように僕の表情を目線で追いかけていたけど。僕のほうはちっとも彼の期待に添えなくて、「まかせろ〜」って笑ってやった。
「マジで〜っ!?」
 叫び声が消えぬうちに、僕は手をふった。
 F.H.の夜景に背をむけ、バラムガーデンにつづく細い階段の一段目に足をかける。セルフィはテンガロンハットを風に飛ばされないようにおさえつつ、僕のそばに駆け寄ってきた。
 僕はフィドルを抱えている。彼女は僕とならんで歩く。
 歩幅も歩調もまるでちがうけれど、むかう先はおなじ、バラムガーデン。
 僕たちは星空のなかに立ち、一歩一歩、鉄製の階段をのぼりはじめた。







 さまざまな夢が、さまざまな思いが交錯し、いくつかの出会いと別れが新しい希望をつくりだしていた。それは、ガーデンがF.H.に不時着して6日目の夜のこと。
 アーヴァインの申し出を受けて、建てなおすことになっていたステージはほぼ完成し、コンサート当日をいまかいまかと待っていた。町中が寝静まる深夜、夜気に冷えた風が鉄骨にあたる独特な音と、近海の波の音が、ステージの上で反響している。
 しかし、人目をさけて忍びよる足音が、ひとつ、ふたつ……。
 ステージの陰から覗く一対の瞳があった。
 周囲の様子を、じっとうかがっている。
――よし!
 小さく鋭い声を発して、影が一つ表へ出てくる。注意深く周囲を見回し、人の
気配のないことを確認してから、自分の出てきたステージの陰にむけて手招きする。
その招きに応じて、数個の影が姿を現し、ステージの前に集合した。
……ほんとに、やるの?
 影の一つが、怯え、迷った声で問いかける。
 答えたのは、最初に飛び出した影。頷いて、ステージを見たまま答える。
――だって、
 影は、一度視線を居住区の方へと飛ばし、再びステージへと戻してから、強い
口調で告げる。
――これは、テツがやろうっていったんだから。













壁紙&イラスト:安茂



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