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〜 【Relational Novel】 〜

【競作リレー】 FFVIII ・Stand up!

(五日目) キスティス





by FUYUSEKI




 けたたましいアラームの音に目が覚め、上半身を起こしてアラームを止めて、ぼんやりとした青い目で時計を覗き込む。
 いつも通りの朝の中で、いつも通りにはいかない重い眠気を感じながら、キスティスはシーツもろとも膝を引き寄せて、両腕の中に抱きこんだ。そのまま顔をうずめて膝の上に額を乗せる。額に伝わるシーツの感触と、目の前の暗闇とに睡魔を垣間見ながら、ぼんやりと数十秒をすごした後、名残惜しさを感じつつも顔を上げる。強く目をつぶり、何度か頭を左右に振って覚醒を促そうとしたが叶わず、自分の長い金の髪が顔を弾くのを感じることしか出来なかった。抱えたままの膝にあごを乗せて、ため息をつく。
「わたしって、こんなに朝弱かったかしら」
 弱くなった原因は分かっているが、少しでも眠気をとばそうと声に出してぼやく。まぶたが目にふたをしようとするのを察して、先手を打って足を床に下ろして立ち上がる。その一連の行動により活性化しようとする体を再び沈静させまいと、身支度へと移行する。
 顔を洗って髪をまとめ、眼鏡をケースから取り出して視界を確保し、簡単な朝食を作って食べ、化粧を軽く施し、いつも通りの服を着込んで鏡の前に立つ。鏡に映った普段の自分を確認して、キスティスは満足してうなずいた。
「さて、と」
 ひとつ大きく伸びをして体をほぐし、部屋を出る。仕事のデスクへと向かいながら今日の雑務を頭の中で一から並べ、その量に辟易し、長く没入できることに惹かれ、キスティスはデスクに着くと同時に仕事の海へと己の身を投げ出した。




「で、悩んでるね?」
 少し早めの時間に昼食に誘われ、テーブルを挟んで向かいあい食事を始めてすぐ、シュウがサラダにフォークを伸ばしながら口を開く。ぼんやりと食事を進めていたキスティスは、その言葉に意識を現実へと戻された。したり顔のシュウを数秒見てから、
「よく分かったわね」
「仕事に熱中して自分を騙すのがキスティスの癖」
 こともなげなシュウの答えに、キスティスは事実食事のことなど考えてもいなかった午前の自分を顧みて、苦笑した。次いで、単純な自分に対してため息をついて、白身魚の切り身を一口ほおばる。向かいで、シュウがスライスされたキュウリをさしたフォークの先端を軽くキスティスへと傾け、少し身を乗り出して聞く。
「何があった?」
 キスティスはシュウから間合いを取るように椅子の背もたれに寄りかかり、中空に視線を向けて言葉をさがす。途中シュウをちらりと見ると、彼女は先ほどの乗り出しが無かったかのように淡々と食事を進めていた。
「……いろいろ」
 結局適当なものは見つからず、キスティスはそれだけ言って黙り込んだ。
 すぐさま、シュウから返答が来る。
「私が知りたいのはその中身なんだけど」
「いろいろはいろいろよ。ガーデン、魔女、世界、そんなもののこれまでやこれから」
 後は個人的なことがいくつか、と肩をすくめてみせる。シュウはどこか不満を残しながらもそれ以上の追求はせずに、再び食事へと戻った。それを見てキスティスも食事へと意識を向ける。
「キスティスはさ」
 しばらくしてからかかった不意の言葉に顔を上げると、真面目な面持ちのシュウと目が合った。シュウはキスティスの注意が自分に向いたのを確認して、教え子に諭すような口調で告げる。
「キスティスは、いつも何事でもいっぺんにやろうとしてる。もちろん、それが悪いわけじゃないよ? 実際、キスティスはそれが出来るだけの能力を持ってるんだから。でも、普段の仕事ならそれでいいかも知れないけど、今キスティスが悩んでることは、多分そういうことが出来ない分野なんだと思う。だから、無理に一度に進めようと思わずに、一つ一つゆっくり時間かけて進めるのも、たまにはいいんじゃない?」
「う〜ん……」
 肯定も否定も含まない生返事を返すキスティスに、シュウはこりゃダメだ、と苦笑する。ぼやけた様子のキスティスを眺めながら、わずかに残っていた昼食を食べ終えると立ち上がり、
「午後の仕事はこっちでやっとくから、少し静かなとこで一人になってみれば? 少しは考えまとまるかもよ」
 最後の助言をして、シュウは食堂を後にした。
 それを見送り、キスティスはのろのろと食事を進めながらシュウの言葉を反芻した。どうせ仕事をやろうとしてもシュウに追い出されるだろうとの結論に至り、夕方に入っているコンサートの練習まで一人で静かに過ごすことに決めた。
(静かな場所、ねぇ)
 最初に浮かんだのは自室の風景だったが、ベッドから夢へとダイブしそうなのですぐに消した。図書館はリノアを始めとした顔見知りがいそうなので回避。保健室もカドワキ先生がいるので回避。次々と候補を消していき、最後に残った選択肢は、キスティスにとってあまり歓迎すべきものではなかった。自室へ戻って寝てしまおうかとも思ったが、シュウが気を利かせてくれたことを考えるとそれもできなかった。
 陰鬱な息をはいて、キスティスは最後の選択肢の示す場所へと歩き出した。




 朝、目覚ましの音に導かれて目を覚ます。部屋を満たすベルの音を止め、少し眠気を残したブラウンの瞳で時刻を確認する。
 起きた時間も、起きた感覚も、全てがいつも通りである感触に、テツは満足して床に降り立ち、軽く伸びをする。脳が覚醒した心地よさを感じながら、服を着替えて、洗面所へと行き顔を洗う。食卓へと赴き、すでに食事を始めている父親と、いつも通りの軽口で会話しながら食事を平らげる。再び洗面所へ行き、歯を磨いて目立つ寝癖を軽く整えて、全ての準備が整ったのを確認して、一つうなずく。
「テツ! 俺はもう行くからな!」
「はいよー!」
 玄関から聞こえてきた父親の声に返事をして、それに遅れまいとテツも玄関へと駆け出した。




 午前いっぱい父親とニーダをからかった後、家に戻って昼食を済ませガーデンへとやってきたテツは、何か面白いことは無いものか、と一階へと下りてきていた。エレベーターを降り、一段高いホールから階段を下ったところに置かれた案内板で、テツは板に記(しる)された各施設の名前を眺めながら、どこへ行くべきか考えた。
 ふと案内板から顔をあげると、ほとんどのガーデン生が同じ方向に向かっているのが見えた。首をかしげてその流れの先を見てから、案内板へと視線を戻し、生徒の行き先が食堂であることを知り、時間を確認する。12時半過ぎ。遅めだと最初に思い、すぐに自分の学校もそんな時間だったな、と気づいて納得する。ぼんやりとそれを見送っているうちに、テツの脳裏に一つの考えが浮かんできた。
(今なら、この間行けなかったあの場所に入れるかもしれない)
 思うと同時に、テツは喜び勇んで流れとは逆方向へと駆け出した。
 目的の場所から少し離れたところにて隙をうかがっていたテツは、一人の女性がその場所へ入っていくのを見た。どこかで見たことがある気がして数秒記憶をさぐり、首尾よく女性のところへ行き着いた。
(おどかしてやるっ)
 きょろきょろと周囲を見回し、誰もいないことを確かめてから、テツは意地悪い笑みを浮かべ女性の後を追って施設の中へとすべりこみ、直後の分かれ道を左へと進んでいった。




 分かれ道を右へ進み、いつも知り合いのいるところを通ったがその姿は無く、キスティスは裏切られた気分をモンスターへと当り散らしながら目的の場所へと進んだ。装備の確認などはしていないが、“訓練施設”の名の通り、大半のモンスターはそれでも充分相手にできる。駄目な敵からは逃げればいい。至極簡単な二択を、敵が現れるたびに自分に課しながら歩いていく。
「到着」
 目的地の手前にて一度立ち止まり、キスティスはその入り口をしばし眺める。そこであったことを思い出しそうになって、自嘲とともにそれを封じ込める。行きますか、と呟いて一歩を踏み出そうとした時、キスティスの耳に子供のものらしき甲高い叫び声が届いた。
 瞬時に全身に緊張をいきわたらせ、周囲を見渡す。そこへもう一度、キスティスの来た方とは逆の道から声が届き、キスティスは鋭い動作で声の方向へ体を向け、走る。
 声の主は、すぐに見つかった。外周の壁に寄りかかり、モンスターに囲まれて、それでも逃げ道を探して震える体に必死の喝をいれている少年。キスティスの靴の音に気づき、救われたという光をともした瞳をキスティスに向ける。
 キスティスは足を止め、周囲の状況を確認してから鞭を取り出し、走る。間にいたモンスターを鞭の一撃でひるませ、少年のもとへ。片膝を立てて高さをあわせて少年の全身を観察し、目に見える怪我の無いことに一つ安堵し――油断した。
「あっ!」
 少年の声に背後を振り返ろうとするが、それよりも早く背後からの衝撃。痛みに身をのけぞらせ、しかしすぐに少年を空いた手で引き寄せて、背後の敵に牽制の一撃を放ち間合いをとる。
「大丈夫?」
 鋭く問いただすと、少年は声をかけられたことに一度びくりと体を震わせてから、何度もうなずいた。その答えに満足して、キスティスはあらためて状況を把握しようと視線をめぐらせる。モンスターを端から端まで見渡して、続けて少年に視線を移し、キスティスは即座に決断した。
 キスティスは少年を抱える腕に力を込めて持ち上げ、驚いた少年に「つかまって!」と言い放ち、同時に駆け出した。前をさえぎるモンスターを鞭の一撃で横にどけ、出来た隙間から脱出する。背後から聞こえるモンスターの奇声から彼我の距離を測りつつ、全速で走り続けた。




 途中現れた新手の敵からいくつか軽い傷を負いながらもなんとか逃げおおせ、少年を下ろしてからキスティスは疲労の息を吐き出して、怪我をした箇所に回復の魔法をかけ、壁に背を預けて座り込んだ。そして落ちついたところでキスティスが自分の名前を告げると、相手は「テツ」と名前だけ言って、自分の周りの状況を理解しようとその場所を何度も眺め回し、口を開いた。
「ここ、何なんだ?」
「ここは通称『秘密の場所』。夜中によくカップルがやってくることで有名なところよ。もっとも――」
 キスティスはひとつ嘆息して頭を振り、
「私にとっては、仕事と恋とを打ち破られた、悲惨な場所でしかないけどね」
「なんだよ、それ?」
 眉を寄せるテツに適当な言葉を返して話をごまかし、さて、と一呼吸おいてキスティスが尋ねる。
「ここ……扉の外だからそこかしら? とにかく、ここに入っちゃいけないって、誰かに止められなかったの?」
「え、あ、それは、うん」
 露骨に咎める空気を含んだキスティスの口調に、あからさまに頬を引きつらせ、今にも冷や汗かきそうな表情でぎこちなく頷くテツを、キスティスがさらに問い詰める。
「本当に? 誰にも?」
「う、うん。だって、誰もいなかったからさ、うん」
 テツの言葉に、ここに来る時入り口に見張りが誰もいなかったことを思い出し、キスティスは内心舌打ちした。後で担当者を任務怠慢として訴えようと決めつつ、そう、と話を終わらせる。その様子からごまかせた事を察して、テツはキスティスに見えないように安堵の息を漏らす。次いで、先ほどの状況を思い出し、キスティスに声をかける。
「なあ、大丈夫なのか?」
「? 何が?」
「ケガ、しただろ」
 ああ、とキスティスは得心してから、大丈夫よ、と肩をすくめた。キスティスは何気なく辺りを見回し、
(あ〜、やっぱダメね、ここ。思い出さずにいられないわ)
 陰鬱な気持ちで嘆息した。今までの混乱に、ここに来ようとし、来てしまった自分への叱責、この場で起きた過去の出来事が入り混じり、心の内面から怒りとも苛立ちともとれる感情が湧き上がってくる。キスティスはうつむいて下唇をかみ、感情を表に出さないよう努める。
 その場を支配する重い沈黙に、テツは意味も無くあちこちに視線を外し、時折キスティスの様子を盗み見、何かを口にしようとして出来ずを繰り返す。
「…………あ、あのさ」
 何とか搾り出したテツの声に、キスティスは無理矢理平静を保ちながらテツへと顔を向けるが、それが逆に無感情になりすぎてしまい、テツは怯えからかすかに体を震わせた。テツの様子から自分の表情を察して、キスティスは一度深呼吸をしてから「何?」と出来るだけ穏やかな声で問いかける。今度は成功したらしく、テツは幾分ほっとした表情を見せた。「あのさ」ともう一度呟いてから、
「ここって、何なんだ? なんでモンスターが出てくんだよ」
「ここは訓練施設。戦闘訓練の場であるからして、モンスターがいるのは当たり前」
 納得? とテツを覗き込むように首をかしげる。テツは一昨日の保健室での会話を思い出して一度納得したものの、はたと気づいて慌てて問いかける。
「で、でも、危ないだろ?」
 キスティスは呆れたようにこめかみに手を当て、息をひとつはいてから、言い返す。
「危なくなきゃ、訓練にならないじゃない」
「そうじゃなくて! 今だって怪我しただろ!?」
「全部かすり傷程度よ。ここにいるモンスターの攻撃ぐらい簡単にかわせるし、倒そうと思えば楽に倒せるの」
 自分にとって当たり前のことを説明することにかすかな苛立ちを感じながら、キスティスが淡白に返す。そのキスティスの答えに、テツは首を傾げて聞き返した。
「じゃあ、なんで倒さなかったんだよ?」
「それは――」
 あなたが怪我をしないように守ったの、と言いかけて、キスティスは言葉をとめた。かすかな苛立ちが抑えつけていた感情をせり上がらせるのを感じ、強く胸を押さえつける。テツはキスティスの動作に首をかしげながらも、キスティスが言いかけたセリフの続きを待つことにした。
「あなたは……あなたたちは、戦いを嫌うんでしょう?」
 努めて平静な声でキスティスが告げる。テツはすぐにはその意味が読み取れずにぽかんと表情を崩し、一瞬後に理解して眉根を寄せる。
「確かにそれはそうだけどさ、それとこれとは別だろ?」
「……別だと思う?」
「思うよ。だってあいつらモンスターじゃんか!」
「何が違うの?」
「え?」
 勢いをしぼませて怪訝な表情を見せるテツに、キスティスは鋭い視線を向ける。その視線に耐えられずひるんだテツに、キスティスは自分でも驚くほど冷たい声を放った。
「人とモンスターと、何が違うの? 人と戦うことと、モンスターと戦うことは別物だというの? だとしたら、その差異は何? そもそも――」
 まくしたてられ、何も言えず、それでも何かを言おうと口を開閉するテツに気づき、キスティスは自責の念とともに強く下唇を噛み締めた。テツは結局何も言い返せずにそのまま苦い顔で俯き、キスティスは強い負の感情に耐え切れず顔をそむける。
 何も言葉を発することの出来ない沈黙が続く。テツは体育座りにしゃがみこんで視線を足元に向け、時折苛立たしくうめいて頭を掻きまわす。キスティスはテツの向かいで壁に背を預けるように座り、意図してテツを視界に入れないよう、遠くに広がる晴れた青い空をぼんやりと眺めている。
「ふぅ……」
 長い間をあけて、キスティスが一つ息を吐いて立ち上がった。服のほこりを払い、軽く伸びをしてから、テツに声をかける。
「戻りましょう。いつまでもこうしてても意味がないわ」
 ほら、とテツの前へ行き手を差し出す。テツは少しの間を置いてからキスティスの手を取ることはせずに立ち上がり、数歩歩いてからキスティスが来ないことに気づいて振り返り、「行くんだろ」と静かに言った。キスティスは一端口を開きかけて、すぐに諦めの微笑とともにその口を閉じ、「行きましょう」とテツを先導する形で歩き出す。
 帰り道で、二人が何かに出会うことはなかった。









 日が赤く彩られ始め、周囲を囲うミラーパネルがそれを反射して自分達を強く飾り立てる。自然が人工的に集められたこの場所が、明後日は自分達の舞台となる。背後に完成間近のステージがそびえ立つのを見て、それに想像を加えて完成されたステージに立って輝く光に照らされる自分達を思い浮かべ、知らず力が入るメンバーを眺めながら、キスティスは演奏に打ち込むことで必死に自分をごまかそうとしていた。しかし思考は意志とは関係なく湧き上がり、振り払うことも出来ずに心をかき乱す。心の乱れは即座に体へと現れ、
「――っ」
 調子はずれのぬけた音がフルートから零れ、キスティスはすぐに演奏を中断させたメンバーにむけて謝罪する。
「キスティス、大丈夫〜?」
 純粋な疑問のみを乗せたアーヴァインの言葉にあわせて、傍らに立つゼルとセルフィもキスティスに視線で同じ問いを発する。「ごめんなさい」と細い声でもう一度謝罪すると、セルフィがゆっくりと息をはいてから、眉根を寄せて両腕を組む。
「なんか今日のキスティスはヘンだよね〜。何かあったの?」
「……いえ、ごめんなさい」
 何かあったと言っているような沈黙に、とってつけたようなセリフ。キスティスが表に出さずに嘆息すると同時に、アーヴァインがやれやれとかぶりを振る。心配に、少しの慰めを含んだ声音で告げる。
「キスティス調子悪いみたいだからさ、今日はもうあがった方がいいんじゃないかな? パートはもう覚えてるみたいだし、明日改めて合わせても大丈夫だよ」
「そうだぜ、先生。何か悩んでるなら、そっちを解決してからの方が――」
 ゼルの言葉に昼間のシュウの言葉を思い出し、キスティスは小さく自嘲めいた笑みを浮かべる。そうね、と力なく同意の頷きを返し、最後にもう一度謝罪を口にしてから、キスティスは足取り重く踵を返した。




「――へぇ」
 シュウを夕食に誘い、テツとの一連の展開を話したキスティスに対し、シュウは何食わぬ顔でただ頷きを返しただけだった。あまりにあっけないシュウの反応に、キスティスが眉を寄せる。
「へぇって、それだけ?」
「ん? とりあえず愚痴って身を軽くしたいだけのように聞こえたけど、何か言って欲しかったの?」
 見事に心情を言い当てられ、キスティスは何も言えずに体をちぢこませながらも、心のどこかで不満を感じる。間をとるように水を一口口に含むと同時、向かいからシュウがパスタをフォークに絡ませながら言う。
「ま、とりあえず、八つ当たりだね」
「……何か言って欲しいって、言ったかしら?」
「何か言って欲しいように見えたけど、言って欲しくなかったの?」
 二度続けて見事に言われ、キスティスは苦笑して両手を軽く上げて降参の意を示してから、背もたれに向けて倒れこんだ。ぼやけた思考をしながら天井を眺め、ぼんやりと呟く。
「ほんと、どうすればいいのかしらね」
「どうする、じゃなくて、どうしたい、でしょ」
「ほんと、どうしたいのかしらね、私は」
 シュウの言葉に皮肉を付け加えて言い直してから、キスティスは強めの息を吐き出す勢いで姿勢を正した。左手で頬杖をつき、逆の手でフォークを取り、意味もなくサラダの盛られたボウルに何度も突き立てる。シュウは自分から発言せずに、黙々とトレイに乗った夕食を平らげていく。
 全てを食べ終えたところでシュウは「ふぅ」と全身の力を抜き、トレイの両端を持っていつでも返却にいける形をつくってから、未だのそのそとサラダを消化しているキスティスに言った。
「そんなに気になるなら、会いに行けばいいんじゃない?」
「会いに、って……行ってどうしろって言うの?」
「それはキスティスが決めることでしょ。謝るなり怒るなり黙るなり、会えば何か出来るけど、会わなきゃ何も出来ないよ」
「会えば……会わなきゃ……ね」
 動きを止めて黙り込んだキスティスを少し眺めてから、シュウはトレイを手に立ち上がり、数歩進んで顔だけ振り向いて、わずかに口の端を上げ、微笑んだ。
「Good Luck」
「幸運なんてことを気軽に言えるのが傍観者の利点ね」
 キスティスの精一杯の反抗を、シュウは右手をひらひらと振って受け流した。




 ――別だと思う?
(うるせえっつーの)
 脳内で再生される女性の声に悪態をついて、いらつく気持ちを隠さずにテツは寝返りをうった。視線の先に見えた時計では、針が規則的にその身を動かしている。
 ――何が違うの?
(くそっ)
 眠ろうとまぶたを下ろすと、脳は暗闇の舞台にすぐさま昼の情景を浮かび上がらせる。それに毒づき寝返りをうち、寝ようとしてまた同じ情景が浮かんでくる。
 それを何度も繰り返すうちに、テツの心にたまったいらだちが限界を超えた。
「ああもう!」
 叫ぶと同時に掛け布団とともに上半身を跳ね上げ、両手を振りかぶってベッドめがけて振り下ろす。きしんだスプリングがテツの全身を上下させる間に、テツは叫んで乱れた呼吸を正してから、前方の闇を睨みつけて、やがて一つ頷いた。
 音を立てないように注意を払いながらベッドから降り立ち、自分が思う最も足音を立てない歩き方で部屋を横断、過剰な位ゆっくりとドアを開き、体を外に出してから閉じる。少しの間動きを止めて、周囲の音に耳を傾ける。音が外からのみ聞こえることを確認し、大丈夫だ、と認識してから再び足音を立てないよう歩き出す。父親の眠る部屋の前において極限の注意を払い、そこをきりぬけてから玄関へと動き、一つ深呼吸をしてからドアをゆっくりと開けていく。
「……よしっ」
 無事に外に出たことを周囲を見渡すことで確認し、テツは大きく一つ息をついた。温暖なこの町も夜はそれなりに涼しく、薄い寝巻きに包まれた体が軽い肌寒さをおぼえ、テツは自分を抱いて一度身震いする。
 ふぅ、と一度息をはいて伸びをする。湿度のない乾いた夜気が思考に湿った脳を乾燥させる感触に、テツは満足感を覚えて頷き、歩き出す。
 F.Hを当てもなく歩き回り、眼下に駅長の家が見え始めた頃、テツは静寂の中で一つの音を耳にした。立ち止まり、周囲を見回しながら聞こえる音に耳を傾ける。滑らかな高い音色。
「笛?」
 自分の持つ音楽の知識から、最も音の近い部類の楽器の名を口に出す。右手をあごに添え、左手を腰に当てた状態で首をかしげながら、さらに楽器の絞り込みを試みるが、実際に見たほうが早いと結論し、歩き出す。
 自分の耳を頼りに、駅長の家へと続く下り階段を一歩一歩下りていく。一歩下りるごとに大きくなる音色に、自分の耳が確かであったことを悟り、徐々に下るペースを速めていく。
 その足が、家の前の広場に置かれた未完成のステージに立つ人影を認めた途端、止まった。横笛を口に添えて演奏する影を見据えたまま、固まる。人影はテツに背を向け、その笛から音を出しつづける。
(あいつだ)
 本人を視界に収め、テツの脳裏にはっきりと午後の光景が再生される。キスティスの言葉が、脳内ではなく、前に立つ影から飛んでくる錯覚を覚え、激しく首を振る。
 テツは、足を地に固定した状態で、迷う。行きたいとする意思が足を前に出そうとすると、行きたくないとする意思がそれを止める。帰りたいとする意思が足を後ろに出そうとすると、帰りたくないとする意思がそれを拒む。
 迷うテツを背後におき、キスティスは止まることなく最後まで演奏を終え、笛を口から離して後ろに振り向いた。
「あっ」
 テツの発した短い声に、キスティスが反応する。「誰かと思ったら」とテツにも聞こえぬ声量で呟き、テツに歩み寄りながら声をかける。
「どうしたの、こんな時間に?」
「う、うっせえなあ! いいだろ別に!」
 子供をあやす調子のキスティスの言葉に、反発の言葉が口をついて出る。キスティスは突然のテツの怒声に一度止まり、すぐに「それもそうね。ごめんなさい」と苦笑しながらおどけた口調で言って、軽く頭を下げた。その仕草がまた自分をからかっているように思えて、テツは「知るかっ!」と憤然としてきびすを返し、立ち去ろうとする。
「あ、待って!」
 焦りの声と共に肩をつかまれて、テツは半身になって憮然とした表情でキスティスに顔を向ける。
「何だよ?」
「あ、えっと……」
「だから、何なんだよ?」
「その……だから、その……」
 歯切れ悪く、しどろもどろに言葉を詰まらせるキスティスを横目で睨みつけながら、テツは腕を組んで、苛立たしさをそのままに足のつま先で地面を叩き、キスティスを急かす。しかしその急かしは逆効果で、キスティスは言おうとする言葉を余計に詰まらせ、棒立ちの状態で顔を俯かせる。
 そして、
「ああもう!!」
 苛立ちを抑えきれずに、テツが乱暴に頭をかき回して声を荒らげ、その声にキスティスがびくりと身を竦ませる。戸惑いの表情を見せるキスティスに正対し、その顔めがけて指を突きつける。
「さっきからぐずぐずぐずぐずしやがって、言いたいことがあるならはっきり言えよ!」
「ご、ごめんなさ――」
「あんたがそんなんじゃ、あんたのせいで悩んでる俺が馬鹿みたいじゃんか!」
「え? えっと、その、ごめんなさい」
 疑問符をあげながら半ば条件反射で謝罪するキスティスに、テツは怒りの表情を返して再びきびすを返そうと振り向きかけ――キスティスに再び肩をつかまれ止められた。
「何だよ?」
「私のせいで悩んでるって、どういうこと?」
 先ほどと同じ険悪なテツの言葉に、キスティスは今度はつまらずに返した。テツはキスティスの言葉に自分の発言を思い出し、口を滑らせたことを理解して歯噛みした。「どうだっていいだろ!」としどろもどろに自棄を混ぜて叫ぶが、構わずキスティスは何度も問い詰める。キスティスが問いかけと共にテツの肩をつかみ踏みとどまらせ、テツは拒絶の言葉と共にキスティスの手を払いのけて歩き出す。それを繰り返し、二人が行きに通った階段を三分の一ほど上ったところで、
「――ああもうわかったよ! 言えばいいんだろ! 言えば!」
 テツが白旗を揚げ、立ち止まってキスティスに振り向いた。一瞬の後テツの言ったことを理解したキスティスが、満足げな表情をみせて聞く態勢をとる。テツはそれでも数秒ぶつぶつと不満をこぼし、それから諦めの息を吐き出して、口を開いた。
「…………人とモンスターって、同じなのか?」
「え?」
「だから、昼にあんたが言ったことだよ。『人とモンスター』がどうたらって」
 キスティスは、数回目を瞬かせる間をおいて、呆けた声を返した。
「悩んでるって、そのことなの?」
 テツが頷き、悪いかよ、とぶっきらぼうに付け足すと、キスティスは少しずつその顔を可笑しそうに歪めていき、微笑とも苦笑ともとれる笑い声をその口から漏らす。キスティスの笑いの意味がわからずテツは混乱し、その感情をそのまま声に乗せて叫ぶ。
「何で笑うんだよ!?」
「あ、ごめんなさい。あんまり可笑しくって嬉しかったから」
「はあ?」
「まさかあんな八つ当たりにあなたがそんなに悩むほど考えるなんて思わなくて、それが嬉しいし、可笑しいの」
 キスティスの言うことの一から十までが分からず、テツはますます混乱し、硬直した。キスティスはそんなテツの姿を見て再び小さく笑ったが、すぐにそれを収めて俯き、嘆息した。
「……ごめんなさい」
「は? 何が?」
「何の関係もないあなたに八つ当たりして気を晴らしたつもりになって、こんなぎりぎりになるまで謝ることもできないで……最低ね、私」
 口早に呟き、自嘲する。そして顔を上げて、テツの顔から目をそらさずに向き合い、
「本当に、ごめんなさいっ」
 勢いよく頭を下げる。たっぷり数十秒経ち、ようやくテツは理解が追いつき、「あ〜」と間のぬけた声を出して頷き、一拍の後、そうじゃなくてと首を横に振る。
「そんな言葉なんかより、違いがどーたらってのを教える方がセンケツだろっ?」
「そうなの?」
「そうなの」
 テツの言動に責める含みが無いことにキスティスは安堵し、謝ることができて一つ身が軽くなった心地に解放感を得る。自然と笑みが浮かぶのを自覚しながら、長くなるからと座るように促し、自らも階段の段差を椅子代わりに座り込んだ。促されるままにテツはキスティスの隣に腰掛け、キスティスの説明を待つ。キスティスは虚空を見上げて言うべきことをまとめ、それを外に出す。
「この世に話し合いで解決できないことは無い。この駅長さんの持論、どう思う?」
「どうって、まあ、いい言葉だとは思うけど、結局それってあれだろ? 夢っつーか目標っつーか。現に――」
 お前らみたいなのもいるし、と言いそうになって、あわててテツは口をつぐんだ。キスティスはそうね、とそれを軽く受け流し、でも、と逆接する。
「例え叶わぬ理想だとしても、それを持っている人はその理想にとても忠実に生きてるわ。きっと駅長さんは死ぬまで武力による争いを起こそうとはしない。彼にはそれだけの覚悟があるから」
「覚悟……?」
「そう、覚悟。何が起ころうとも、誰を相手にしようとも、決して暴力に頼るまいとする強い意志。あの人なら、モンスター相手にでも力による排除を拒むと私は思う」
「へぇ〜〜」
 テツは感嘆のため息をこぼしてからはたと動きを止めて考え込み、疑問の声をあげる。
「んで、それと人とモンスターの違いってのと、どうつながるんだ?」
「つまるところ覚悟の話。駅長さんの覚悟を正反対にすればそれが私達の覚悟になるの」
 分かる? とテツを覗き込むと、テツは眉間にしわを寄せて果てしなく深い不理解のうめきを発していた。そのテツの様子に、キスティスは苦笑して肩を軽くすくめる。ふむ、と一つ唸って別のアプローチを探りあて、テツに声を掛けて注意を自分に向けさせる。
「そうね、例えば、あなたが今銃を――別に剣でも矢でもなんでもいいから、とりあえず武器を持っていたとして、相手の反撃はないものと仮定した上で、それでもって誰かを殺せるかしら?」
 無言で首を左右に振るテツに頷いて、続ける。
「じゃあ、モンスターはどう? 前方にモンスターを見つけたとして、先手を取って殺そうと動ける? もちろん、これも相手の反撃はないとした上で、ね」
 今度は少し間をあけて、テツはぎこちなく否定の動作を見せる。
「そうすると、あなたはよほどのことでもない限り人もモンスターも殺せないということになる。OK? それが分かったところで聞くけど、人を殺すこととモンスターを殺すこと、両者に違いはあると思う? あるとしたら何だと思う?」
「ん〜、つまり、相手に区別はないと、そういうことなのか?」
「まあそんなところ。結局、人を殺す覚悟のない人はモンスターを殺せないし、その逆もまた当然なの」
「ふ〜ん?」
 首をかしげたテツの理解半分の中途半端な納得の声に、キスティスは「駅長さん達を見ていれば、いずれ分かるわ」と付け足し、大きく伸びをして話の終わりの合図にした。立ち上がって数歩歩き、清々しい気分で夜空を見上げ、ゆっくりと反転し、テツを視界に収める。腕を組んで今の話を噛み砕いてまとめているテツの前に立ち、手を差し伸べる。
「さ、もう遅いから、戻った方がいいわ」
 テツは頭上に差し伸べられたキスティスの手には気づかず、腕を組んだまま「そだな」と短く答えだけを返して立ち上がった。すぐさま反転し、気づかれなかった手を見つめて微苦笑しているキスティスに背を向けて階段を上っていく。
「テツ君!」
 後ろから呼び止められ、振り向く。テツと目が合ったキスティスは、柔らかい微笑みを浮かべて、フルートを手に持ち告げる。
「コンサート、見に来てね?」
「知るかっ」
 キスティスの笑顔に頬が赤くなるのを感じて、テツは吐き捨てるように叫んで足早にその場を後にした。
 それを見送り、キスティスは自分も帰ろうと一歩を踏み出しかけて、フルートに目を移し、少しの思案の後、
「……ラスト一回、ね」
 呟き、そっとフルートを口元にそえた。

















壁紙&イラスト:安茂



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