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〜 【Relational Novel】 〜

【競作リレー】 FFVIII ・Stand up!

(四日目) ニーシュウ





by 朱夏





 それは、ガーデンがF.H.に衝突したその日から始まった・・・。

 学園長のシド、キスティスと共に、シュウは今後のことについて話し合っていた。停泊する間の食料・物資の確保・補充、不安にかられる生徒達の心のケア等、SeeDを中心にそれぞれ担当部署を決め、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、後回しにしていた最重要問題『ガーデン操縦士』の選考に頭を悩ませる。ガーデン全ての人命を預かる役職となるわけだから人選は慎重に行わなければならないが、とにかく時間がない。修理が済み次第、ここを出て行く約束なのだから。

 三人の溜息と唸り声はエンドレスし、一歩も話が進まないまま、ただ、時間が流れていった。

 もう一度シュウが唸りかけた時、キスティスが立ち上がりそれを遮った。これから事前に何度か聞かされていた『例の計画』とやらの打ち合わせがあるらしい。シドは笑顔で了承し、シュウもキスティスが去り際に見せたこめかみを押さえるようなしぐさが気にはなりつつも、努めて明るく彼女を送り出した。


「さて…と」

 後のことは自分達に任せろとは言ったものの、いくら頭のキレるシュウとてSeeDを含むガーデン生全員のデータを把握しているわけではない。ここは端末を操作してデータを収集したほうが早い、とシドにその旨を告げて階下へと降り、アッという間にリストを作って学園長室に戻ってきた。







 時計の針が一回りした頃、シュウは両手に一枚ずつデータを持ち、どちらにするか決めかねていた。

「うぅーん…」

 シドはデータを覗き込み、「どちらもとても優れた人物のようですねえ…。でも…」と、持っていた一枚のデータをテーブルの上に置いた。

「彼なんかどうでしょう…?」

 そこにはつい先日SeeDになったばかりの男子生徒の名前が記されていた。データ一覧に出てきたこともあり、ライセンスは未取得だが飛行成績も技術もそこそこいい。だが、シュウが選んだ二人と比べると……。

「失礼ですが学園長。私の選んだ二人の方が彼よりも数段優れていると思われます。何故、学園長が彼を操縦士として推されるのか、理由を聞かせていただけませんか?」

 シュウが尋ねると、シドは「『眼』ですかね」と満足そうに頷く。シュウは再度データに目を通すが、記載の写真からはぼやんとした雰囲気しか読み取れなかった。

「会えばわかりますよ」

 シドは大きな口を弓状に弛ませにっこりと微笑んだ。

 シュウにはわからなかった。何故シドが彼を推すのかが。『理由は眼だ』なんて言われても、この写真を見る限りでは何も伝わってこない。シドの持つ直感が彼を操縦士として認めたのだろうか? もし、そうならば、彼に会ってみないことには…。

「では、時間もないことですし、早速彼を呼び出すということで。宜しいでしょうか?」

 シドが頷くのを確認し、シュウは技術者達でごった返すブリッジへと上がり、『学園長ご推薦の彼』を呼び出す放送を始めた。







 駐車場内のガーデン車両の下で修理作業に追われていると、いきなり友人に呼ばれた。手を休めずに「なんだ」と返事をすると、館内放送で俺に呼び出しがかかっている、と言う。「このクソ忙しい時に冗談言うなよ」と返すとヤツは憤慨し、「いいからさっさと出て来い!」と俺をどやした。

「…ったく。これだから気の短いヤツはヤなんだよな…」

 ブツクサ言いながら下から這い出し、問題の放送に耳を傾ける。だが、駐車場内のスピーカーはF.H.にぶつかった時の衝撃で壁から外れてぶら下がり、ノイズが多くて聞き取りにくかった。

「なぁ、これって俺と同姓同名の誰かのことだよな…?」
「お前なぁ…、自分の生徒ナンバーも覚えてねえのかよ」
「いや、覚えてるけど…」

 ヤツはのんきな俺にジリッときたのか、「あーもう、ここはいいからさっさと行けよ。あの先輩怒らせたら後が怖いぜ?」と追い払うように手を振る。

 確かにヤツの言うとおりかもしれない。スピーカーから聞こえた聞き覚えのある声は、俺の中で苦手な部類に入る女性先輩SeeDだ。美人だけど、口が悪いのがいけない。直接被害にあったことはないけれど、別のクラスでこっぴどくやられたってヤツがいたっけな。

「何やったかしらねえけど、頑張れよ!」
「あは…。俺は心当たりがないっつーの!」

 そう返すと友人はニッと笑って片手を上げ、元居た車両の下へと戻って行った。







 エレベーターの扉が開いた瞬間、彼は面食らった。苦手な先輩SeeD、シュウに加えてめったに会うことがないシドまでもがそこにいたからだ。


―― ど、どうなってんだ…?


 キョロキョロと視線を泳がしていると、シュウと目があった。人を射抜くような視線に彼は縮み上がるが、すぐさま敬礼の姿勢をとる。

「…5分39秒。まぁまぁ…ってとこね」

 シュウはぼそりと呟き、腕時計から視線を戻して彼の頭のてっぺんから爪先までじろじろと眺める。

「あ、あのっ…」

 シドはシュウを制し「よく来てくれましたね」と、この状況に戸惑い気味の彼を温かく迎え入れた。

「いきなり呼び出されて、驚いたでしょう…? 自分が何故呼び出されたのか、わかりますか?」
「いえ…。心当たりがありませんので」

 彼が思ったままを伝えると、シドは「正直でいいですね」と微笑んだ。

「実は、学園長として君に話がありましてね…。ガーデンに操舵室ができることは知っていますか?」
「あ。は、はいっ。知ってます」
「それで…ですね。ニーダ、君を今日からガーデンの操縦士に任命したいと思います」
「俺が…ガーデンの操縦士。…え、えぇぇぇっっ!?」

 ニーダのマヌケな声がホールに響き渡る。

「期待してますよ」

 シドはポン、とニーダの肩を叩いた後、「ちょっとカドワキ先生に呼ばれてましてね…」と申し訳なさそうに言い、エレベーターに乗り込んだ。

「ちょ、ちょっと待って下さい。いきなりそんなこと言われても…っ!」

 ニーダが後を追いかけるとシドはくるりと振り返り、「SeeDは何故と問う無かれ。大丈夫、君ならできますよ」とにっこりと微笑んだ。シュンッ、と音を立てて扉が閉まり、シドの姿が階下へと消えると、ニーダは奇妙な声を発しながら頭を抱え、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。


―― 『SeeDは何故と問う無かれ』
そりゃそうだけど、なんで俺なんだ? もっと他に適任者がいるだろ? ガーデンにいるみんなの命を預かるなんて、重大責任だぞ? あ、あぁ……もう、どうすりゃいいんだ……。


「どうするの? やるかやらないか二つに一つ、はっきり決めてちょうだい」

 ニーダがのろのろと顔を上げるとシュウは腕を組み、冷たい目で彼を見下ろしていた。

「キミがダメなら代わりはいくらでもいるんだからねっ」

 言い方に棘があった。ニーダは自分が彼女に疎まれているような気がしてならなかった。

「少し、考えさせて下さい…」
「考えるっ!? 学園長命令は絶対だって、わかってるのっ?」
「わかってます。でも…」
「もうっ! さっきからウジウジウジウジっ! 学園長が推すからどんな凄い子かと思ってたのにがっかりしたわ。まっ、一口にSeeDと言っても色々いるしね、しょうがないか。柔な根性のキミにガーデンの操縦士なんて荷が重過ぎる話だよね。中にはいるんだよねぇ、運だけで試験に受かったって子。キミもそのクチかな?」

 言いたい放題言われ、ニーダは悔しくて唇を噛んだ。


―― アンタに何がわかるってんだ。
確かに俺はパッとしないさ、ウジウジしてるさ、悪かったなっ! でもな、こんな俺でも自分の夢を叶えるために努力してきたんだぞ。何やっても報われなくって、やめちゃえば? なんてみんなに言われても、諦めずに頑張ってきたんだぞ。SeeDになれたのは今まで努力してきたからだって思ってる。アンタもSeeDなら、それくらいのことわかるはずだろ?


「やる気がないなら、帰っていいよ? 学園長には私から『半べそかきながら帰りました』って伝えておくから」

 シュウがふふん、と鼻で笑うのを見て、ニーダの闘争心に火がついた。

「断るなんて言ってないだろっ!」

 ニーダは憤然と立ち上がり、怯んだシュウに挑戦状を叩きつける。

「やってやろーじゃん。俺のこと、気に入らないかもしれないけど、絶対・・認めさせてやるからなっ!」

 シュウはちゃかすようにヒューッと口笛を吹いた。キッ、と睨み付けると「そんなに睨まないでよ」と彼女は苦笑し、ニーダの手を取る。

「あらためて自己紹介するわ。私はシュウ。よろしくね、ニーダ」

 ギュッ、と強く握りしめられ、ニーダは戸惑った。

「…い、いいんですか? 俺が操縦士やっても…」
「認めさせてやるって言ったの自分でしょう? その言葉が嘘にならないよう、頑張ってね」


―― さっきみたいにまた噛み付いてくると思ってたのに、なんなんだこの展開は。


「早速だけど、今日からレクチャーを受けてもらうから。今、F.H.の人達が訓練用のシミュレーターを作ってくれてるの。半日で出来上がるって言ってたから、そろそろいい頃だと思う。一度部屋に戻って着替えたら、一階ロビーに集合。わかった?」

シュウはニーダを指差してふぅ、と溜息をつき、いつの間にか戻ってきていたエレベーターの開閉ボタンを押した。

 駐車場からここに直行したニーダの服は、オイルで汚れて悲惨な状態だった。ニーダはシュウに一礼をし、エレベーターに飛び乗ろうとした…のだが。すでにシュウは開閉ボタンを離してしまっていたらしく…。ニーダは扉に思いっきり体を挟まれ、またしても情けない姿をさらしてしまったのだった。

 ニーダの姿が見えなくなると、シュウは大声をあげて笑った。


―― なよっとしてても結構言うじゃない。おまけにさっきのアレ…っ!


 こんな時にこんなことを思うのは不謹慎かもしれないけれど、これからある意味楽しくなりそうで、シュウの胸は躍った。




「うわぁっ…、これホントに半日で作ったんですか?」
「ったりめーよっ、俺達を誰だと思ってんだ?」

 ロスと名乗った男は「そこいらの普通のおっさんじゃねえんだぞ」とニーダを小突いた。目の前にあるシミュレーターはえらくすっきりとしたデザインで、真ん中ににょっきりと突き出した舵だけがその存在をアピールしている。

「すっげぇ、透き通ってる…。こんなの俺、初めて見た…」

 一般的な飛空艇のデザインは無骨で、計器も操作性優先の物が多い。だが目の前にあるそれは操作性はもちろん、デザインもバツグンで、ニーダは一目で気に入ってしまった。
 続いてロスが舵の根元、右側の床をグイ、と踏み込むと、小さなペダルが現れた。こちら側でも計器の操作ができることを説明され、ニーダは再び感嘆の声を上げる。簡易シミュレーターとはいえ、この精巧な出来に、改めてF.H.の技師達の技術力の高さを思い知らされたような気がした。

「俺、こんなすごいもん操作できるんだろうか…」

 するとロスはガハハッ、と豪快に笑い、「そりゃ、兄ちゃん次第だな。頑張れよっ!」とニーダの身体をバシバシと叩いた。

「いい? ニーダ。キミは余計なことは考えなくていいから、このレクチャーだけに集中して。今日は初日だから私もついて来たけど、明日からはキミ一人で通えるよね? 迷子になったらその辺の人にちゃんと聞くんだよ?」

 シュウに子ども扱いされニーダは心の中で憤慨するが、言ったが最後ぶっ飛ばされそうな気がして、あはは、と笑ってごまかしておいた。




 ギィィーッ、とドアの開閉する音がし、ひょっこりと少年の顔が現れた。彼はキョロキョロっと辺りを見回し、スーッと足音を立てずに中に入り、壁際に腰を下ろす。
 シュウは壁に寄りかかりそれを見ていたが、なにか事情があるのだろうと思い、知らん振りして様子を見ることにした。


―― ふぅん…、コイツがロス達が作ってやったシミュレーターかぁ…。半日で仕上げたって割にはよく出来てるよなぁ……んっ?


 彼は自分の父親とその仲間の技師達に囲まれ説明を受けているニーダに目を止めた。


―― 誰だ、アイツ。


 彼はしばらくニーダをじっと見つめていたが、マニュアルを広げあれこれと説明を受けている姿から、どうやらアレ・・が操縦士らしい。と理解した。


―― アイツが操縦士? ってことは、SeeDなのか? SeeDっつったらガーデンの中でもいっちゃん強ぇーヤツらなんだろ? でも、アイツはなぁんか頼りなさげーで、ニブそーな感じ。


 なんだか釈然としない彼ではあったが、すぐにある結論に辿り着く。


―― …あっ、そうか。強ぇーヤツらはみんなどっかに行っちゃってて、こんなのしか残ってねーんだな、ウンウン。それよりあれ、どうなってんだろ…。


 操縦士が誰だろうと自分には関係ない。今、興味があるのは目の前にあるコイツシミュレーターなんだから。

 父親と仲間の技師の会話に出てきたガーデンのパイロット・シミュレーター。あの時は、話をはぐらかした父親にムカついて気にも留めなかったが、自宅へ向かう途中、会話に出てきたパネルがここへ運び込まれるのを、彼は偶然見てしまった。『百汽長』を目指す彼にとって目の前のソレシミュレーターは、忍び込んででも見たいと思わせるほど、魅力的な存在だった。


―― へえぇーっ…なるほどねえ。舵にもなんか色々ついてるみたいだけど、あれ、なんなんだろ…。


 彼はもっとよく見てやろうと近くの木箱の上によじ登るが、距離があるのでそれがなんなのかはわからなかった。


―― くああぁっ、もっと近くで見てえーっ!!


 黙って聞いていたニーダは、ロスに「やってみろ」と言われて舵を握る。ウィンドウパネルに地上の景色が浮かび上がり、指示どおりに手元のボタンを弄ると小さなウィンドウが開き、真っ青な空が現れた。

「さっきと同じだ。焦んなくていいからな」

 ニーダはハイ、と返事をし、徐々に高度を上げていく。

―― だが、

「あーっ! ダメだダメだっ!! それじゃダメだってさっきも言っただろっ!」

 機体を安定させる前に舵を動かし、怒鳴られて慌てたニーダは思い切り舵を倒してしまい、不安定になった機体はまっさかさま、地上へと墜落してしまった。


―― あ、ああぁっ、ナニやってんだよ、だっせーな、もうっ!


 真っ青な顔で謝るニーダを、ロスはバリバリと頭を掻きながら慰める。

「…ま、初日だしな。誰でも最初は…」
「なっさけねーっ。オレならもっとうまく操るぜ?」

 振り返り、壁際に立つ少年を見てロスは目を丸くした。

「テツ! お前、こんな所でなにしてんだ!学校はどうしたっ!」
「学校よりもこっちの方が面白そうじゃん。ちょっとやらせてみ? そこのヤツよりうまく操ってやるからさっ」
 ポケットに手を突っ込み、テツはシミュレーターの前へと歩いてくる。一度も操ったことがないのにこの言い草。自意識過剰気味な息子にロスは腹を立て、「遊びじゃねーんだっ、ガキは引っ込んでろっ!」と怒鳴った。

「にゃろうっ !遊びじゃねーとこ、見せてやろーじゃんっ!」
「やれるもんならやってみやがれっ!」

 ニーダをドン、と突き飛ばしてテツは舵を握る。
 息子の負けん気の強さは誰よりも自分がよく知っている。ロスは少しだけテツにやらせて無理だということを認めさせてやろうと、シミュレーターのスタートスイッチを入れた。
 しかし、意外や意外。ほんの少しのアドバイスしかしていないのに、テツは先にレクチャーを始めたニーダよりも飲み込みがはやく、あっという間にニーダに教えた分はマスターしてしまった。

「…は、こりゃまいったな…」

 苦笑するロスにシュウが提案する。テツも一緒にレクチャーを受けさせてみてはどうかと。

「将来これが彼の役に立つ時が来るかもしれませんし…。ねっ、テツくん?」

 テツが二つ返事で同意すると、シュウは内心“これでよし”と拳を握った。テツには悪いが、ニーダを一週間で操縦士として仕上げる為にもライバルが必要なのだ。追い込まれた時にこそ、ニーダは実力以上の物を発揮できるのではないかと思ってのシュウの判断だった。

「アンタよりオレのがセンスあるってとこ、見せてやるからっ。どんどん参考にしてちょ〜だい?」

 自分より年下のテツにこんなことまで言われたニーダは、「お前みたいなガキんちょにゃ、絶対負けねぇからなっ!!」と、ライバル心を剥き出しにする。


―― うん、いい傾向。


 シュウは頷き、もう一度ロスをはじめとする技師達全員に、ニーダのことを宜しく頼むと頭を下げる。
 テツはテツで、


―― うしししっ…。コイツ、ちょっとからかっただけなのにムキんなってやんのっ。よ〜し、これからどんどんからかってやっからなっ!! あ〜、面白くなりそ〜っ!!


と、この状況を楽しんでいた。


 かくして、ニーダとテツの 戦い レクチャーは幕を開けたのだった。









「釣れんのうー……」

 垂らした釣り糸を引き上げ、老人は針先のエサを外し新しいエサと付け替える。そのすぐ側にテツはしゃがみ込み、老人の行動をぼうっと眺めていた。

「ガーデンぶつかって、ここの魚、ぜぇんぶびっくりして逃げちゃったんじゃねーの?」
「…そうかもしれんのう……」

 ガーデンがF.H.に衝突して四日目。穴場と称されるここでさえも釣れる魚はほぼゼロに近い状態だった。ポチャン、と再び釣り糸が投げ入れられ、オレンジ色に白の縞模様がついたウキが水面でぐるりと回り、真っ直ぐに浮かぶ。

「テツ、学校は今日もサボったんかの…?」
「…ロスが午前中は休んでい〜って言ったもん。それにオレはガッコに行かなくても、違うオベンキョしてんのっ!」

 ふんっ、とむくれてテツは顔を背ける。

「おぉ、そうじゃったのう…。ところで、そのおべんきょ、とやらは楽しいのかのう…」
「学校より、楽しいに決まってんじゃん」

 あれから毎日テツは暇を見つけてはレクチャー場に通い詰めていた。初日同様スジは良かったが、たまに怒鳴られるとレクチャー場を飛び出すこともあった。もっとも、すぐにケロッとして戻っては来るのだけど。
 一方ニーダは、どれだけ怒鳴られても不満を口にすることはなく、少しずつではあるけれど、技術を身につけ始めていた。

「じーちゃん、アイツさぁ、すっげ〜ニブいんだ。未だにオレの半分もマスターしてね〜しさぁ。怒鳴られてもヘラヘラしちゃって、見てるとムカつくんだ。なに考えてんだろ〜な、アイツ」
「いろんな人間がおるからのう…。本人のことは本人にしかわからんよ」
「まぁ、そう、なんだけどさ…。でもさぁ、アイツといると調子狂うって言うか…」
「何かあったかの…?」



 それは昨日のことだった。

 珍しく朝早く目が覚めたテツは、今日はどんな手でニーダをからかってやろうかとあれこれ頭をめぐらせながらレクチャー場に向かった。

「いっちばん乗り〜っ!」

 勢いよくドアを開け中に飛び込むと、そこにはすでにシミュレーターの舵をとるニーダの姿があった。


―― はっえぇっ! こんな朝早くからやってんのかよっ…!


 ニーダはテツに気づくと練習をやめ、シミュレーターから離れた。そして壁際に寄せられた木箱に腰掛けると、マニュアルを眺めながら朝食らしいパンを頬張りはじめた。


ゴクッ…。


テツの喉が鳴る。

 テツの朝食は、たいていはパンとミルク。時々はゆでたタマゴがくっついてきたりする。育ち盛りのテツにとってそれは十分な量ではないが、文句は言わない。忙しいロスが自分のために食事を作ってくれることは、ありがたいことだと思っているから。

 それでも、物欲しそうな目で見ていると、チラ…、とニーダがテツを見た。とたんにテツはむっつりした顔になり、思い切りふんっ! と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


―― へんっ! 朝飯ぐらい、ちゃんと食って来いってんだ! こんなところで食うなよ、バ〜カッ!


 テツは虚勢をはるが、ニーダが別のパンの包みを解いた時、それは脆くも崩れ落ちてしまった。漂ってきたベーコンの旨そうな匂いに腹の虫が騒ぎ出してしまったのだ。

「腹、減ってんのか…?」

 差し出されたパンを受け取るか受け取るまいかテツが躊躇していると、ニーダは差し出した手を引っ込めレクチャー場から出て行ってしまった。


―― なんだよ、見せびらかしたいだけだったのかよっ! 感じワリーっ!


 ガツン、と言ってやらなきゃ気がすまねえ、と後を追うと、ニーダは手にしたパンで野良猫を呼び寄せていた。猫が包みに鼻先を擦り付けて匂いを嗅ぎ、ニャアーン、と嬉しそうに泣くと、ニーダは「よしよし、ちょっと待ってろよ…」と包みを解く。


グゥゥゥーーーーーッ。


 テツの腹の虫が再度喚いたが、ニーダの耳には届いてない。パンは再び猫の鼻先へ出され、猫は『いいの?』なんて尋ねるようにニーダを見つめている。

「いいんだよ、食べても。テツは『いらない』らしいから…」
「いらねーなんて一言も言ってねえだろっ!」

 テツは駆け寄り、ニーダの手からパンをむしり取って勢いよくかぶりつく。

「…なんだ。やっぱ腹、減ってたんだ?」
「うるへー! おべばそばひざかひたぁんだオレは育ち盛りなんだ!!」

 怒鳴った瞬間、パンが口から飛び出しそうになり、テツは慌てて口を押さえる。ニーダはククク、と笑いテツの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「そんなに慌てなくていいって。…明日からテツの分も持ってきてやるな」
「う…?」

 ぽかん、とした顔でテツはニーダの顔を見る。

「…余計なお世話、だったかな…?」
べ、べふにっべ、別にっ…!」

 真っ赤な顔をして、テツは残りのパンを思い切り口に詰め込んだ。

「あ、お前まだ…」

 口の中にパンがまだ入っている状態でまたパンを押し込んでしまったテツは、思い切りむせ返り、げほげほと苦しそうに咳き込む。ニーダは慌てふためきながらもテツの口をこじ開け、中のパンをかき出した。
 地面にしゃがみ、はぁ、はぁ、と大きく息を吸い込むテツの背中をニーダはゆっくりと擦る。

「落ち着いたらこれ、飲んどけよ。カルシウムが不足すると、イライラするらしいからな」

 ポケットからパックに入ったミルクを取り出してテツの手に握らせると、ニーダは足元の吐しゃ物を片付け、鼻歌まじりでレクチャー場へと戻っていった。




―― …あのパン、リノアにも食わせてもらったけど、めちゃめちゃうまかったよなぁ…。

「なんぢゃ、テツは猫と同じでパンにつられたんか」
「ちっ、ちっげーよっ! オレはな、じーちゃん。ライバルに施しをしてやるなんて、人が良すぎるって言いたいのっ! パン一つもらったくらいで誰が懐くかっつーの!」

 いつになくムキになるテツを見て、老人は目を瞬かせた。

「ほーっ…。つまりはその、テツはあの兄ちゃんのことが好きになりかけとるんじゃの?」


――― !!


「な、な、な、なんであんなヤツ好きになんなきゃいけないんだよっ!」

 テツは頭のてっぺんから湯気が立ち上りそうなくらいに真っ赤になり、怒る。

「ほっほっほっ、ムキになるのは図星の証拠。ぢゃのっ」
「うぐぐぐっっ……、じーちゃんの、ば・か・や・ろーーーっ!!」

 大声を上げながら逃げていくテツを、老人は優しい眼差しで見送る。

「どっちもいい方向に転がると良いがのう…」



―― なんでオレがアイツのこと、好きになんなきゃいけねーんだっ。だ〜れがあんなニブくてトロくて、ヘラヘラ笑ってるようなヤツのこと好きになるかってんだっ!

 プリプリ怒りながらリフト乗り場へ向かい、顔馴染みの男に声をかける。

「おうテツ! 今日は機嫌悪そうだな。腹でも減ってんのか?」
「うるせーっ! ごちゃごちゃ言ってねーで、さっさと降ろせっ!」

 男は「怖い、怖い」と笑いながらリフトを操作する。


―― 腹が減ってるからイライラすんのかな。あ、でも、カルシウムが足んねえと…


 ガンッ! とテツは扉を蹴っ飛ばした。


―― クソッ! カルシウムが足んねーんじゃなくって、オレは腹が減ってるんだっ! うおぉーし、腹いっぱい食ってやるぜっ!!


リフトが下につくやいなやテツは駆け出し、行きつけの雑貨屋に飛び込んだ。

「おや、テツ。これからかい?」

 店員にウン、とだけ返事をし、奥に足を進めると、そこには見覚えのある黒い制服を着込んだ集団がいた。


―― ガーデンのやつらだ。


 人数にして10人程度。年長者らしい女性SeeDが、別の店員に食料と物資の調達に来たことを説明していた。


―― そういえば、ガーデン以外でコイツら、見たことないよな。外に出ちゃいけねーとか言われてんのかな?


 テツがパンを物色していると、後ろに移動してきた女生徒達のなにげない会話が耳に入ってきた。


―― うぅんっ?


 呆れることに彼女らは、誰がガーデンの操縦士なのかを知らないらしい。

「こらそこっ! なにやってるっ! 私語は慎むようにっ!」

 テツは棚の反対側に移動し、こっそりと様子を伺った。
 先輩SeeDらしい生徒が騒いでいた理由を問いただすと、操縦士の名前すら知らなかった彼女達はシュン、と肩を落とした。先輩SeeDがニーダの名を告げ、「人選は学園長とシュウだからなんの問題もない」と言い聞かせ、別の先輩SeeDが「初めて触るのに、よく頑張ってるらしいよ」と付け加えると、女生徒達は真っ青な顔になった。
 突如、一人の女生徒が「たった一週間でなにが覚えられるって言うんですかっ!」と泣き叫びながら外へと駆け出していった。続くように、その場にいた生徒が一人、二人と彼女の後を追い、騒ぎは他のSeeD達にも広がり、店内はてんやわんやの状態となった。

 テツはたまらず、生徒達の間を突き抜け、店の外へと飛び出した。


―― …んだよ、アイツだってなぁ、アイツだって、すっげー頑張ってるんだぞ! そりゃ、最初はもうドンくさくって、オレよかゼンッゼン下手っぴだったけどさ……。それに、なかなか上達しねーし……。でっでもっ、あのロスに怒鳴られてめげない奴なんて、めったにいないんだからなっ!

 自分でもニーダを褒めてるんだかけなしてるんだかわからなくなって、テツは腹立ち紛れに店に向かって「バカヤローッ!」と走りながら振り向いて叫んでいた。




「バカヤローッ! そうじゃねぇって言っただろっ!」

 テツがレクチャー場のドアを開けると、いつものようにロスが怒鳴っていた。今日もまた、ニーダはつまらないミスをしたらしい。「あぁ、またやってら」と、呆れながら荷物を降ろした時だった。

「…俺だって、俺だって一生懸命やってるんです!」
「あぁん? 失敗しといてなんだ、その言い草は。教えてもらってる分際で、生意気言うんじゃねえよっ!」

 珍しく反論したニーダだったがロスにガツン! と言われ、黙り込む。

「―― チッ。やめたやめたっ! 俺はもう知らねえからなっ!!」

 ロスは技師達を引き連れ、レクチャー場から出て行ってしまった。


 ニーダはしばらくその場に突っ立ったままだった。
 両の拳をギュッと強く握り締め、小さく肩を震わせて。




「―― んだよ。泣いてんのかよっ?」

 ニーダはテツの声にパッと顔を上げ、目元を袖でぐい、と拭った。

「…なんだ、居たのか。情けないとこ見られちゃったな」

 ハハッ、と笑いながらニーダはテツの横を通り過ぎ、木箱の上に置いた自分の荷物の中からタオルを取り出し、ゴシゴシと顔を擦る。そして足を抱えて座り、長く息を吐き出した後、ポツリと呟いた。

「…俺、やっぱ向いてないのかもしれないな」

 テツはギョッとしてニーダを見た。

「テツにはずっと言われてたけど、やっと自覚した」

 テツはレクチャーが始まって以来ずっと、ニーダに「ヘタクソ」だの「センスがない」だの「向いてない」だのと言い続けてきた。確かにそれは本心だったが…

「物覚え悪いし。何度も何度も同じこと、それこそ耳にタコができるくらい言われても、ちっとも身についてないし…。そんなんじゃ、教える方も腹立つよな…」

 ニーダはマニュアルを手に取り、パラパラパラッ…と捲る。

「やめるんなら…早い方がいいよな。迷惑かかっちゃうし…」

 しょぼん、と肩を落としたニーダからは、いつもの覇気が全く感じられなくなっていた。

「バッカじゃねーのっ!?」
「テツ……」
「いつもよりちょっとキツく言われただけだろっ? なのにやめるとかって、なんだよっ! 」
「だって俺……」
「あーもういいっ! もうちょっと根性のあるやつかと思ってたけど、俺の思い違いだったみてーだなっ! オマエの顔なんかもう見たくねーよっ! さっさとここから出てけっ!!」

 テツは無造作に積み上げられた機械の部品やガラクタ類を手当たり次第にニーダに投げつける。

「やめろ、テツ! 危ないだろ…っ!」

 ニーダは腕で頭を庇いながら近づいていき、がばりと肩に抱きついて後ろに押し倒し、テツの両手両足の自由を奪った。

「離せっ! 何しやがんだっ!!」

 テツは両手と両足をジタバタと動かし暴れる。

「人に物を投げちゃダ…あ、う…っ!」

 ニーダは顔を押さえて横に転がった。テツが隙をついて顔面に思い切り頭突きを食らわしたのだ。

「やっぱオマエ、へっぽこSeeDだな。これっくらいのこともかわせないのかよっ」


―― 注意力が足りないことは担任にもよく叱られた。詰めが甘いってことも。この三日間一緒に過ごし、テツのことは侮れないとイヤというほどわかってたハズなのに。


「これももう必要ねーよな」

 テツはマニュアルをつかみ、ドアへと向かう。

「待てよ、それは大事なものなんだ!」
「アンタ、操縦士やめるんだろっ!? 俺がもらっといてやるよっ!!」

 バンッ!、と大きな音を立ててドアが閉じる。とたんにシ…ンと静まり返ってしまったレクチャー場に寝転がったままのニーダの、長い長いため息だけが響いた。




「忘れ物、ないよな…」

 荷物をまとめ、レクチャー場を出る前にもう一度ニーダはシミュレーターに触れる。今日まで付き合ってくれたシミュレーターとの別れは古い友人との別れのように思えて辛かった。舵を掌で愛しむようにゆっくりと撫で小さなボタンを押すと、フウォン、と音を立て計器類がウィンドウ上部に浮かび上がった。


―― あぁ、コイツを初めて見た時、俺、ワクワクしたんだよな。


 これまでのことをニーダは一つ一つ振り返っていく。
 いきなり学園長から操縦士に任命されたこと、反対していたシュウが何故か頑張れと言って励ましてくれたこと、最悪だったテツとの出会い、怒鳴られてばかりだったけど、やりがいのあったレクチャーのこと。

「一生分、ここで怒鳴られたような気がするな。お前もこんな俺に操られて、腹立たしかっただろ…?」

 問いかけても当然の如く、シミュレーターはなにも答えてはくれない。フッ、とニーダは笑みをもらし、

「なぁ…、途中で投げ出すのって、なんか、すっごく悔しいな。これまでやってきたことが、全部パーになるんだもんな…」

舵をギュウッと抱きしめた。




『認めさせてやるって言ったの自分でしょう?』
確かに言ったけど…

『その言葉が嘘にならないよう、頑張ってね』
でも…、今の俺じゃ…

『大丈夫、君ならできますよ』
俺なら…? …俺ならってどういう意味なんだよ…っ、わかんねーよっ!

『もうちょっと根性のあるやつかと思ってたけど、俺の思い違いだったみてーだなっ! お前の顔なんかもう見たくねーよっ!』
テツ…っ…



 ニーダはコントロールパネルに、シミュレートナンバーを打ち込んだ。ロスを怒らせる原因になったシミュレートだ。パネルにホークウィンド平原、アルバトロス諸島、アルクラド平野のマップが表示され、続いて航路が赤いランプで示される。


―― ホークウィンド平原を出発、アルバトロス諸島とグアルグ山脈の間の海上を進み、アルクラド平野を横断してラハ岬に到着の予定。


 ニーダは航路を頭に叩き込んだ後、マスタースイッチをオンにする。舵に取り付けてあるボタンで補助翼、昇降舵、方向舵と切り替え異常がないか確認し、続けて各計器のチェックを行う。

「よし、どれも異常無し」


―― 天候は最悪。強い雨が降り、山間にも海上にも濃い霧が出ていて、視界までもが最悪。失敗すれば海中へ沈むか岩肌へ激突するか。とにもかくにも、最悪な結果になることだけは避けたい。


―― こういう場合は自分の持つ五感と、「鳥になりたい」と思いながら練習し続けることで開発される、第六感だけが頼りだってロスが言ってたな。


 離陸は速度がないので安定せず、フライトの中でもっとも難しいと言われている。ニーダは現在地から何フィートまで上昇するかを頭の中ですばやく計算し、昇降計をチェックしながら一定の上昇率を維持し、ガーデンを上昇させる。


―― 焦るな。俺のペースでいけばいい。


 海上に入った。視界が良ければオートクルーズに切り替えるところだが、こう視界が悪くてはマニュアル操作でいくしかない。サブウィンドのマップとコンパスを覗き、航路にズレがないかをチェックする。グアルグ山脈とアルバトロス諸島の間の海上は小さな島が多くて普段でも注意が必要な場所だ。ニーダは細心の注意を払いながら海上を進んで行った。

 アルクラド平野に差し掛かった頃からだろうか。雨が止み、霧が徐々に薄くなってきた。


―― 目的地まで、後、少しだ…!


 突如、光がサアァッッ…と射し込み、視界が開けた。
 ウィンドウパネル全面に青く澄んだ大空と、懐かしいバラムの町の景色が広がる。


 ニーダは舵を握りながら、涙が止まらなかった。シミュレートが成功した喜びはもちろんのこと、懐かしい故郷の美しい景色を見たことで、心の中に再び潤いが戻ってきたような気がして。


―― 俺、もう一度、頑張れるかもしれない。


―― 誰のためでも無く、俺自身のために……







 F.H.ホテル前の桟橋の隅でテツはあぐらをかき、ぼうっとしながら海に向かって石を投げていた。ボートに乗って釣りをしている少年は何度もやめるように注意したが、テツの耳には届いていないようだった。

「はぁぁぁぁっ……」


―― 俺が落ち込むことないだろ。アイツが勝手にやめるって言い出したんだからっ!


 憤然と立ち上がって投げた石は海とは逆の方向に飛び、ジャンク屋の前にいた店主の頭にぶつかった。店主は石の当たった場所を押さえながらぴょんぴょんと飛び跳ねているがテツは気がついていない。


―― アイツ…、操縦士やめてどうすんだろ…。明日から代わりのヤツが来んのかな…。って、どうなろうと、オレには全然カンケーねーじゃんっ!


 テツはぶんぶんと頭を振り、『自分には関係ないこと』を追い出そうとする。

「こンのイタズラボウズめっ!!」
「…へっ!?」

 物凄い形相で自分の方に向かってくるジャンク屋の店主の手の内には大きな石が握られていて、テツは即座に今の状況を理解した。

「今日という今日はぜ〜ったいに許さんからのぉぉぉっ!!」

 テツが駆け出すと、店主も駆け出すが、それは走るというよりは早足の領域だった。

「へっへん。こちとら毎日島オニで鍛えてんだ。捕まえれるもんなら捕まえてみなっ!」

テツは余裕で立ち止まり、アッカンベーをした後、オシリペンペンまでやって見せる。

 店主は地団駄を踏んで怒り、F.H.駅方面から駆けてきた男に助けを求めた。
 「う…ん?」とテツがゆっくりと振り返ると、さっき絶縁状を叩き付けたばかりのニーダがきょとんとした顔で、「お、俺ですかっ…?」なんて言いながら自分の顔を指差しているのが見えた。


―― やべっ! こ〜いう時は、逃げるが勝ちってなっ!!


 ここで捕まるわけにはいかない。今度いたずらをしたら、ロスにこれまでしてきたいたずらの全てをばらす、と店主に脅されているのだ。テツはくるりと踵を返し、ダッシュでその場から逃げ出した。途中で両手を広げて自分を待ち構えていたジャンク屋の店主を軽くかわし、テツはまたもやアカンベーをする。

「待ってくれ! 話があるんだっ!」

 ニーダは尻餅をついたのジャンク屋の店主に寄り添い叫ぶ。しかし、テツは振り返ろうともしなかった。


―― あれだけ泣き言言っといて、まだ言う気かよっ!


「きゃ…っ!」

 途中、ドン! と強い衝撃を体に感じたが、テツは止まりもせずにそのまま駆け抜けて行った。




―― な、なに…?

 シュウは自分の身になにが起きたのかわからなかった。レクチャー場に向かう途中でショーウィンドウに飾ってあった精巧な作りの銀細工に夢中になっていると、いきなり腰部に強い衝撃を受け、あっ、と思った時には目の前をヒラヒラと書類が舞っていた。


―― あの後ろ姿は…テツ…?


 カツカツと石畳を蹴りつける足音に振り向くと、ニーダが駆けてくるのが見えた。

「先輩! テツ、見ませんでしたか!?」

 ニーダはシュウの姿を見つけて足を止め、両膝の上に手をついて背中を丸めてぜいぜいと肩で呼吸をする。

「見るもなにも…。人にぶつかっといて謝罪もナシにあっちの方向に走ってったわよ? それよりこんなところでなにしてるのっ!? レクチャーはっ!?」

シュウが怒鳴ると「すみません、俺、急いでますから…っ!」とニーダは再び駆け出していく。

「ちょっと! もうっ! レディが尻餅ついてんのよっ!? 抱き起こせとは言わないけど、優しい言葉の一つっくらい、かけなさいよねっ!!」




 はぁ、はぁ…っ…。あちこちを走り回り、体が鉛のように重たい。

 テツは額の汗を拭い、荒い息の合間に唾を飲み込んだ。つい二日前にもゼルにも追いかけまわされたばかりで、テツは我が身を呪った。


―― くっそ〜っ! なんでオレばっか、こんな目にあわなきゃなんねーんだよっ! ガーデンじゃ追いかけっこがはやってんのかっ!? あ〜もうっ! こういう時、Tボードに乗れりゃ、あんなヤツぶっちぎれるのにっ!!


 ゼルにもらったTボードはまだまだ乗りこなせず、今日も部屋の壁に立てかけたままだ。他になにかいい方法はないかとテツは必死で頭をめぐらせる。


―― そうだっ…!


 ピン、とひらめいたテツは工場地帯へ向かい、大あくびをしていた男に声をかけリフトに乗り込んだ。


―― 作戦変更! よくもオレを追い掛け回してくれたなっ! たっぷり礼をしてやるぜっ!


 えっへん! と腕組みをし、「オレってば冴えてるじゃん?」と悦に入ったその時だった。

「テツ!!」

 ハッ、と顔を上げると、ニーダがリフトのすぐ側までせまってきていた。

「へっへーんだ。ここまできてみろってんだ!」

 テツはベーッ、と思い切り舌を出し、耳の横で両手の指を細かく動かしてニーダを挑発する。

「は…っ…!!」

 掛け声からやや遅れて、両手がリフトの床にかかった。

「うわわっ、オ、オマエなにやってんだよっ!!」
「オ・マ・エに話があるんだよっ、と、とっ!」

 ニーダは男が止めるのもきかず、上昇するリフトに飛びついたのだ。しかし、時折吹く強い風のせいで上にあがることはできず、つかまっているのがやっとの状態だった。



「…どこ行ったんだ?」

 リフトの側にいた男に手を借り上に這い上がったのはいいが、テツの姿はどこにもなかった。

「まいったよなぁ〜…」

 トボトボと歩きながら行きそうな場所を考えてはみるが、この先にはガーデンしかない。


―― 下は海だし、あのテツが、わざわざガーデンに逃げ込むようなことはしないだろうしな。


 はぁ、とため息をつき、手すりにもたれかかった時だった。

「追いかけっこはもう、おしまいか〜っ!?」
「…テツ?」

 キョロキョロと辺りを見回してみても、テツの姿はどこにもない。

「ここだよ、こ〜こっ!オマエの下っ!!」

 手すりから大きく身を乗り出し下を覗き込むと、いつかロスが言っていた『釣りの穴場』と称される場所に続くはしごにテツは居た。『釣りの穴場』は海に沈んだ古いクレーンのアームの先端で当然柵もなく、慣れない者にとって危険な場所らしい。ニーダはまだそこには行ったことが無かったが、レクチャー場に向かう途中で、何度か釣りをしている老人の姿を見かけたことがあった。

 テツは途中の手すりに上り、楽しそうに笑いながら両手でバランスを取って歩いていく。ニーダは思わず眩暈を覚えたが、しっかりしろ! と自分を叱咤した。

 ニーダは通路の端の小さな出入り口に目をとめた。

「……! ここから降りたのかっ!?」

 ニーダは下に向かって駆け下りる。だが、逸る心には勝てず、途中で足を滑らせ、ダダダダダッとそれはそれは見事に下まで一気に滑り落ちてしまった。

 うずくまるニーダを見て、テツは呆れたように溜息をついた。

「…だっせ。あれでSeeDってんだもんな。信じろってほうが無理だ」

 カンカンカン、と小気味よい音を立ててテツははしごを登っていく。

「テーツ! そっちに行くなーっ! 危ないぞーっ!」


―― へっ! これから危ない目に合うのはオレじゃなくって、オマエの方なんだよっ!


 下が海でも、テツには関係ない。今よりももっと小さな頃から慣れ親しんできた海は、テツにとって陸にいることとなんら変わりはないのだから。

「アイツ…っ!」

 ニーダは痛む足を庇いながら立ち上がり、テツの後を追いかけた。



「あーあ、じーちゃんパラソル忘れてらぁ…」

 テツはパラソルを取り込もうとクレーンの先へ足を進めた。

「危ないっ! 今、行くからなっ! そこ、動くなよっ!!」

 やっとのことで追いついたニーダは、緊迫した表情でクレーンの先へと足を進める。

「…んだよ、こんなとこまで追いかけてきやがってっ! ウゼーんだよっ!」


―― さあ来い! オマエをここから突き落としてやるぜっ!


「暴れるなっ! 落ちるぞっ!」

 テツはワザとらしく下を覗き、クラッ…と眩暈を起こしたフリをした。

 「テツ…っ!」

 ニーダは真っ青な顔をしてクレーンの先まで足を進めた。


―― チャーンス…ッ!




 本当なら、ここでニーダを海に突き落としてやるはずだった。




「なにやってんのよっ!!」

 二人のことが気になって後を追いかけてきたシュウは、ニーダがテツを追い詰めているように見え、思わず我を忘れ、叫んでいた。

「う、わぁぁぁぁぁっっ…!!」

 シュウの声に驚いたテツは、ぐらり、とバランスを崩した。手に持ったマニュアルが風になびかれ、バサバサと飛んでいく。
 ガシッ、とニーダの腕がテツの腰をつかんだ。

「先輩…っ!!」

 ニーダはテツを抱き寄せシュウに託すと、その反動で代わりに背中から海の中に落ちていった。



 ゴボゴボと大小の白い泡が次から次へと上がってくるが、ニーダが上がってくる気配はない。テツは心配そうな顔をして、海面を見つめたままだった。

「ガーデンにカナヅチはいないはずなんだけど…。このまま上がってこなかったらどうしよっか…?」

 クスクスとシュウが笑うと、テツは「あんなヤツ、どうなったってオレが知ったこっちゃねーよっ!」と声を荒げた。

「そうだね。どうなったって、キミには関係ないことだよね。…お、上がってきた」

 シュウが大丈夫かと声をかけると、ニーダは片手をあげて答え、スイッと泳いでバラバラになったマニュアルを一枚ずつ拾い集めていく。

「なぁ、前から聞きたかったんだけど。アイツが操縦士に決まった時、みんな反対しなかった?」
「みんなじゃないけど…。一人はあのうじうじした性格が気に入らなくって、やめるって言ってくれないかなって思ってた」
「思ってた? 思ってたみたい、じゃなくて?」

 テツはシュウの顔を不思議そうに見つめる。

「そう。『思ってた』なの。あの『眼』を見るまではね…」


―― いくら学園長命令とはいえ、ニーダを操縦士として認めるつもりなんか、これっぽっちもなかった。見るからに頼りなくって、おどおどしてて、絶対に嫌だ!って思ってた。
 でも、ニーダの薄グリーン色の瞳が濃いグリーンに変わるのを見た瞬間。その思いは覆った。

『やってやろーじゃん。俺のこと、気に入らないかもしれないけど、絶対認めさせてやるからなっ!』


―― あんなに変わるなんて、思わなかった。ちょっと脆い所があるけど、彼ならきっと大丈夫だと思う。


「キミは、彼のことが嫌い…?」
「…オレ、まだよくわかんないんだ、アイツのこと…」

 テツはうつむき、膝を抱えて座る。

「そう? 彼は自分を作るようなことはしてないと思うよ? キミの感じるまんまが彼の個性、性格なんだよ…ってエラそうなこと言ってるけど、私も彼のことはつい4日前に知ったばかりなんだよね」

 シュウは名前だけはSeeD試験の時に見かけた、など云々は言ってもわからないだろうと思い、伏せておいた。

「じゃあ、オレと同じじゃん。たった4日で、なにがわかんだよ…」
「そうだね。でも、彼の真っ直ぐでひたむきな姿を見てたら…、私も自分の気持ちに素直にならなきゃいけないなって思った。…難しいかなぁー…キミには」



「テツ! どこかケガしたのかっ!?」

 ビショビショと水を滴らせながら戻ってきたニーダは、しょんぼりと肩を落としたテツに駆け寄る。

「オマエ、バッカじゃねーの? オレ、ここの生まれなんだぜ? この場所も、海も、オレの庭みたいなもんなんだぞ? ケガなんかすっかよ!」
「あは…。そっか、そうだよなぁっ」

 くしゃくしゃとニーダが頭を撫でると、テツはバッ、とそれを振り払って斜に構える。

「それよかオマエ、オレになんか話があったんじゃねーのかよ」
「あぁ、そうなんだ。オレ、操縦士やめるとか言ったけど、やめるのをやめる」
「はぁ〜っ!?」

 ニーダはテツがレクチャー場を出て行ってしまった後のことを身振り手振りをまじえて語った。

「たぶん、俺…、テツに言われたことが、一番悔しかったんだろうな」


―― ………。


「ふ、ふんっ! コロコロ変わりやがってっ! オマエみたいに優柔不断なヤツは、オレが根性叩きなおしてやるっ! いつものところで待ってっからなっ! 遅れんなよっ!」

 真っ赤な顔をして、ふんっ!と鼻を鳴らすテツを見て、ニーダとシュウはくすくすと笑った。

「笑ってんじゃねーよっ!!」

 カンカンカンッ、と足音高く、テツはアームの上を歩いていく。


「先輩、テツになんか言ったんですか…?」
「別に? なぁ〜んにも、言ってないわよ?」

 じぃーっと物言いたげにニーダはシュウを見る。

「…なによ。言いたいことがあるならはっきり言えば?」
「べっ、別にっ。俺、そろそろ行きます。アイツが待ってるし…」
「その格好で?」
「ええ」

 にっこりと微笑み、ニーダはテツの後を追う。
 シュウは潮風を深く吸い込み、青く澄んだ空を仰ぎ見た。


―― 頑張ってね、操縦士くん。




「あっ、バカッ! そこでギアいれたら、早すぎるだろ! って、おい! 言ってるはじからやんなよっ! …ったく、何回言っても飲み込みが悪ぃったらありゃしねえ。代われ! オレがお手本見せてやっから!」

 あはは、とニーダは笑い、テツと交代する。

「いいか? ここはな、こうやんだよ…っ!」

 ニーダはパチパチと手を叩き、「はぁ〜っ、テツ、やっぱお前すごいな。天才だよ」と褒めちぎる。

「へっへ〜ん、そ〜だろ〜っ! って、オレのこと褒めてる場合じゃねえだろっ。もっと努力しろ!努力っ!」
「これでも努力してるんだけど…」
「口答えすんなっ! 教えてもらってる分際でっ!」

 二人は同時に吹きだし、レクチャー場に笑い声が響き渡る。

「おっ…。やっと戻ってきたな、ボウズどもっ!」

 賑やかな声が届いたのかロス達も戻り、再びレクチャーが始まる。


―― まだまだ、やれる。


「いいか? なまっちょろい考えじゃ、ガーデンの操縦士はつとまんねえぞっ!? これからは今まで以上にビシビシいくからな、ついてこいよっ!?」


―― みんながいてくれるから。


「は…いっ!!」


―― 俺はまだまだ頑張れる。














壁紙&イラスト:安茂



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