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〜 【Relational Novel】 〜

【競作リレー】 FFVIII ・Stand up!

(三日目) リノア





by SORA






 見渡す限り、青に囲まれた町。

「気持ちいい。」

 塩気を含んだ風が通り抜けていく。潮風にさらされた私の肌の至るところがベタベタしていたけれど、すっきりとした潮の香りを運んでくれることを思えば、全然不快じゃなかった。日射しは柔らかだけど、それを照り返す水面が眩しい。
 歩くたびに、足下でカツン、コツンと硬い音がする。この町の人々によって造られたこの道路は鉄筋でできている。年季の入った柵や階段も潮風のせいで、すっかりとさび付いてしまっているものが、いくつかあった。もちろん技師さん達が手入れをしてくれてはいるんだと思うけれど・・・古いから、壊れちゃって海にダイブ、なんて事にはならないよね?
 海の真ん中に作られた町、フィッシャーマンズ・ホライズン。この町は私にとって、不思議に思うくらいに、とても居心地のいい場所だった。緑に囲まれてたティンバーの気持ちよさとも、ガーデンに行ったときに立ち寄った港町のバラムの空気とも、生まれ育って慣れ親しんだデリングシティの心地よさとも違う。バラムだって海が近くにある点では同じなのにね。本当、不思議。
大きなミラーパネルを横目に見ながら、線路沿いに歩いてみる。元々は駅だったのかな。今は鉄道が走ってる気配は全然ない。ティンバーを思い出すなぁ。みんな、元気かな。
 町の中に入っていくと、うっすらと油の匂いがする。町中に満ちた潮の香りのおかげで、そんなに気になる訳じゃないけど・・・その臭いはやっぱり、デリングシティの空気に少しだけ似てる、と思った。あそこは油じゃなくて、車の排気ガスだけど。
 頭のずーっと上の方で海鳥たちがせわしなく鳴いてる。足を止めて上を見上げると、日射しはやっぱり眩しくて目を細める。海鳥たちは青い空の黒い点にしか見えない。バラムにも海鳥がいたんだっけ。
 線路沿いに歩いてくと、広場。広場は人が集まるところらしくて、女の人の話し声や、子供のはしゃぐ声がする。近くの民家の洗濯物が風にはためく音が聴こえて、その少しくぐもった音に、思わず安堵を覚えた。
 町中の音に紛れて、遠くでガーデンの修理してる音がする。普段はきっと、町中であんな音がしてるんだろうな。それがこの町の当たり前の姿なのかも。ずぅっと前に読んだ小説に出てきた町みたい。

「───?」

 広場の隅に腰を下ろしてのんびりと、空を仰いでいた私の視界の端に、何かがひっかかったような───気が、した。何気なくそちらの方へと視線を移してみると、F.H.の技師さん達の工具らしきものの物陰に隠れて、独りでぶつぶつと何か喋っている男の子の姿があった。
 ───・・・なんだか・・・アヤシイぞ〜?
 たちまちの内に好奇心とでも呼ぶべきものが、私の胸の内にムラムラと湧き立つのを感じて、私は音を殺して立ち上がり、ゆっくりとその男の子に近づいた。年の頃は、十歳くらいだろうか。黒い髪の毛をつんつんに立たせた───きっと、ろくに手入れなんかしていないボサボサ髪───男の子は、私に背中を向けたまま、尚もぶつぶつと独り言を呟いている。

「・・・コイツもガーデン(のヤツ)なんだろーな・・・うーし、昨日のゼルん時はチョーシ狂っちまったけど、気合入れなおして今回こそはっ・・・」

 ふふふ、と不気味な含み笑いすら浮かべるこの男の子は、まるで私のことなんかに気づいていないようだった。私はうーん、と一つ唸った後、
「・・・ねぇ、何してるの?」
 と、驚かせないようにできるだけそっと声をかけたつもりだったんだけど───
「っ!? だーーっびっくりしたぁっ!!」
 男の子は想像していた以上に大きな声をあげて、想像していた以上に大きなリアクションを、返してきたのだった・・・。
「びっくりした〜。脅かさないでよ。」
 バクバクしてる心臓を押さえて男の子に言う。
「そ、それ、こっちのセリフだって! っぷはぁ〜・・・シンゾー止まるかと思った・・・」
 男の子も私とおんなじ、心の底からほぉっ、としたように、息を吐いた。
「ごめんってば。で、何してるの?」
「え? い、いやー、べ、べっつに〜っ? オレは、ホラ、あれよ。そーそー、ただの通りすがりのモノですから。……そ、それよりもっ、ネーちゃんの方こそ、何してんだよ?」
(・・・『ネーちゃん』。)
 あんまり聞かれたくない質問だったのかな。男の子はかなり露骨に誤魔化そうとした後、逆に質問をしてきた。……てゆーか、私も『ネーちゃん』だなんて呼ばれたの、あんまりに久しぶりだったから戸惑い気味だったりして……。ティンバーの子供達の面倒を見た時以来かも。それに、ガーデンの人間、って訳じゃないんだけどなあ。SeeDじゃないし、生徒でもないし。でも、ここの人から見たら同じか。
「何って・・・」
 そう言われてみると・・・何してる、なんていえるほど何もしてないぞ。パッ、と浮かぶ答えが見つからなくて、うーん、と腕組みして考えてしまった。仕方なくなって、
「暇つぶし、かな?」
 へへ、って笑いも付け足して言ってみたけど、男の子の表情は・・・なんだか、疑いの眼差しなカンジ。何となく気まずくなるのを感じて、ついつい、ここにいる経緯までもを話し始めてしまう。こういう時に続ける言葉は、何となく言い訳がましく聴こえちゃうのは、何でだろう?
「実は、ガーデンにちょっと居づらくて。」
「いづらい? ・・・ん〜? なんで?」
 男の子が首を傾げるのを見て、私は続けた。
「実はね・・・」








 2日前。
 F.H.のミラーパネルの真ん中で、セルフィ、アーヴァイン、ゼル、キスティスと集まった。
 そこでセルフィが嬉しそうに、楽しそうに切り出した。
「みんなにプリント、ちゃんとまわった〜?」
 手元のプリントに目を通す。
 この時の話の内容をちょっと分かりやすくすると、F.H.の人たちが壊れちゃった学園祭のステージを作り直してくれることになったから、スコールの指揮官就任祝いとガ−デンのみんなに元気出してもらおうってことでコンサートやろうっていうこと。
「おっもしろそ〜」
 演奏者は私たちって言われて、大興奮。コンサートやるなんて初めて。楽器なんて演奏できるかな、なんて不安もちょっぴりあったけれど、やっぱりそれ以上にドキドキとか、ワクワクとかの方が大きくて。(う〜っ、楽しみ〜!)って思ってたら、
「あ、ごめん。リノアメンバーじゃないの」
 って、申し訳なさそうに言ったセルフィの言葉が、思いがけないくらいの威力で私の胸にぐさり、と突き刺さってきた。
「えー、仲間はずれ?」
 ……演奏、できると思ったのになぁ。すっごく残念で、首を傾げて聞いてみる。私もみんなと一緒にやりたかった!そんな私の気持ちを察したのか、
「ううん。リノアにはもっと大事な役やってもらうから」
 って、ウィンクも一つ交えながら、セルフィはそう言った。……大事な役。はて? どんな役なんだろう。やっぱり首を傾げるしかない。・・・会場整理、とか?他にコンサートで大事な役・・・宣伝係?なんだろう・・・
 考えてるうちに話はドンドン進んでいっちゃって。曲が決まって、みんなの楽器も決まって。本番は1週間後。
「一週間、かぁ〜」
 ゼルがそう呟くのを、しょんぼり聞いていた。私の役割、まだ聞いてないんだけどな。みんなばっかり盛り上がって、いまいちついていけなくて寂しい。一緒にやりたいんだけどなぁ。
「だ〜いじょうぶ! リノアにはちゃ〜んと、大切なお仕事用意してあるからっ」
 セルフィが近寄ってきてそう言ってくれた。やっぱり私も仲間で、一緒に出来るんだ! そのお仕事がバンドとして参加できるのか、それとも他の何かなのかはわからないけれど、それでも企画を聞いただけで皆が笑顔になれちゃうような、この素敵な出来事に参加できる、っていうだけで、何だかとっても嬉しい。
「な、なんかドキドキするなぁ」
 そう言いながらも、ついつい口元が緩んじゃうのを見て、セルフィも満足そうに頷いた。それから皆に向かって、
「時間、ちょ〜っとしかないけど、一生懸命がんばって、みんなでとっても、とっても楽しいコンサートにしよう〜〜!!」
 元気いっぱいのセルフィの言葉におう!って返事して、ゼルとキスティスがガーデンに戻っていく。
「ね、セルフィ。」
 体の中にすっかりと広がってしまった“うずうず”にもう耐え切れなくなって、気になって気になってしょうがなかったことをやっと聞いてみる。
「私の“大事な役”って何?」
 それには、ニッと笑って返してくれるセルフィ。
「リノアには、当日スコールを、コンサート会場へ連れてきてもらう役をやってもらいまーす!」
 アーヴァインが意味深な笑みを浮かべながらセルフィの後に続く。
「コンサートを聞いて、リノアと話してスコールは元気に。リノアもスコールと仲良くなって一石二鳥ってわけさ〜」
「え?」って小さく声を漏らして、それからすぐにアーヴァインの言葉の意味に気がついて。
「違うの!別に、私そんな・・・」
「いーからいーから。」
 私の抗議の声はセルフィに軽く流されて、
「あ、スコールにはぜーったい内緒ね!」
「そうそう。内緒にしてた方がもっと驚くだろ〜?」
「・・・はあい。」
 内緒かぁ。隠し事、ってあんまり得意じゃないんだよね。顔に出やすい、ってよく言われたっけ。
「もしスコールに話しちゃったら・・・覚えといてね、リノア。」
 いつもの笑顔でさらりと言うセルフィ。あの、ねぇ、もしもし?目がマジだよ?・・・言っちゃったら、何されるか分かんない。絶対絶対言わないようにしなきゃ!
 いつの間にかガーデンに戻っていくセルフィとアーヴァインの背中を見ながら、小さくガッツポーズして「よしっ!」と気合いを入れた。







 そして現在に戻る───
「───と、まあ、こーゆうわけなのですよ。だから、スコールに会いづらくて。ほら、もし会ってついポロッと話しちゃったら困るでしょ?」
 ついポロッと、が簡単に出てきそうで怖いんだよね。最近のスコールは、眉間の皺が、1.5倍増量キャンペーン中、って感じで。難しい顔してばっかりだから、楽しいこと話したいって思うでしょ?楽しい事って言ったら、やっぱりコンサートのことになるじゃない。私も言いたくてうずうずしてるし。
 そんな状態だから、ばったり会っても話が長く続かなくて、結局難しい顔してるまま。考えてるばっかりで辛そうなスコールの顔、見たくないのも本音だしね。
 ───どうしたものかなぁ。
 男の子の前でしゃがんで話してたから、足が少ししびれてる。ふうっ、と一つ溜め息をついてから立ち上がって、うーんと伸びを1つすると・・・
「・・・ねーねー、あのさー、ちょっとおネガイごとがあるんだけど……ってゆーか、頼みってゆーか、なんちゅーか」
 視線をふわふわと泳がせながら、男の子は訊いてきた。
「んー?なーにー?」
 と、うんと背が伸びるのを感じながら、息詰まったような声で答えると、男の子はパンッ、と両手を合わせて、
「ガーデンの中、見ちゃダメかな〜っ? ───ほら、オレってば『百汽長』を目指してるわけじゃん?」
「ヒャッキチョウ?」
「んー、だからぁ、とにかくすっげぇ技師のコト! ガーデンにはさ、機械とかそーゆーの、いっぱいあんだろ? だからぁ、勉強っちゅーか、えーと、こーゆーの何て言うんだっけな……」
 うーん、と頭を抱え始めてしまった男の子に、私もうーん、と一つ唸ってから、
「もしかして・・・“後学”?」
「そーそーそーそーっ!」
 パッ、と表情を華やいだものにして、男の子は何度も頷いてみせた。こんなことでこんなに喜んでもらえるっていうことも、あんまりないかもしれないなぁ。
「そのね、“コーガク”のために、ゼヒゼヒ社会見学させていただきたいのデスよ」
 と、彼が指差した先に視線を持っていくと、修理中のガーデン。
「・・・ダメ?」
「うーん・・・」
 と、首を傾げながら訊いてくる男の子は、私にはとっても愛らしく映ってしまって、ついつい頷いてしまいたくなる。でも、案内するのは全然構わないけど、ガーデンに戻ってばったりスコールに会っちゃうのも怖いしなぁ。かと言って、断るのも可哀想だし。スコールも、昼間は大抵寮にいるから寮に行かなきゃ大丈夫、かな?
「・・・まぁ、いいかなぁ。いーよ。行こう。」
「おおっ、やたっ! サンキュー、ネーちゃん!」
 と、私が元来た道を歩き出すと、男の子は歓喜の声を上げて、ちょっと後ろをついてくる。隣歩いてもいいのにな、そう思いながら、彼の歩幅にあわせてゆっくりとガーデンに向かうのだった。


 一方テツはと言うと。

(嗚呼、オレぁ、もう・・・天才だったりするワケですか・・・これは)
『とりあえずガーデンの中に忍び込む作戦』の成功に、一人感動しているのだった。とっさに考えついた言い訳にしては、我ながらかなり上出来、完璧、芸術的なものであった、と自負する。
 テツが考えている今日の作戦は、言ってみれば斥候だった。害の無い子供の振りをして敵地に忍び込み、コンサート組(←便宜上、テツが勝手につけた)の弱点やら何やらを探し出す。だが、昨日とは違い、今日はその二つの目的を、難なく遂行できそうだった。第一に、目の前を歩くこのネーちゃんは、テツのことをちっとも怪しく思っていない。このままこのネーちゃんを隠れ蓑にすることで、部外者であるテツも難なくガーデンの中へ潜入できるはずだった。
 そしてさらに、コンサート阻止作戦開始以降、最大の収穫があった。それは、『スコール』という人物の存在。どうやらあのコンサートは、『スコール』を何だかよく分からないけれど、喜ばせるためのものらしい。先にネーちゃん自身が言っていたように、そのことが『スコール』にバレたら、せっかくのコンサートが、台無しになってしまう・・・。
 となれば、テツの方針も自然と決まるもの。ガーデンの中へ潜入し、敵地偵察。そのうえで『スコール』なる人物を見つけたら、コンサートのことをばらす!
(昨日はトサカ頭のせいでチョーシ狂っちまったけど、こりゃ今日は楽勝ちゃんかなぁ〜♪)
 テツはこの作戦の成功を固く信じ、鼻歌なども歌いながら、ネーちゃんの後をついていくのだった……。

 でも・・・もう一度だけ、言っておこう。

 このテツ少年は、『手段のために、目的を選ばない』少年なのだ・・・。

 






 F.H.との行き来に使用される非常口のドアが、シュンと軽い空気音を立てて開く。
「どーぞ。」
 って、にっこりと笑いながら言ったものの・・・私がこんなこと言うのも変なのかな。そう思いながら、男の子を先にガーデンに招き入れた。彼は、キョロキョロと見回しながらガーデンに入っていく。彼に続いて私も。
「おお・・・おお、おお、すっげー」
 そう言って何の変哲もない廊下を、彼はしげしげと眺めてる。珍しくもないと思うんだけどなぁ。私が通っていたデリングシティの学校もこんな感じだったから、彼の学校とも雰囲気は似てるんじゃないのかな?
 にしても、男の子にとってはどこもかしこも珍しく見えるらしくて、興味津々! といった感じで、始終きょろきょろと首を動かしてて、全然先に進まない。目と鼻の先にある教室へも辿り着けないものだから、私はドアの前で立ち止まってて、男の子の行動をじっと観察していた。彼は廊下をぐるりと見回したかと思うと、廊下の壁に駆け寄っていって、反対の壁にも駆け寄っていって、非常用防災扉にも惹かれていって。
 瞳をきらきらと輝かせながらの、彼の行動が面白くて、笑いを含んだ声で聞いてみる。
「そんなに珍しい?」
「え? ・・・あっ、いやっ・・・べ、べつに?」
 ハッと我に返ったように、男の子は唇を尖らせて、バツが悪そうにしてしまう。慌てて私は、
「ごめんごめん。そう言う意味じゃないの。ガーデンは広いから、もっと楽しいとこもあるよってこと。他のとこも見に行こう。」
 そう言いながら手を取って歩き出そうとすると、急に顔を赤くした男の子にバッと手を振り払われた。え、って面食らってる私に彼が、慌てたように言う。
「ヒッ、一人で歩けマスからっ! そ、それに手なんかイマドキ繋がないっつの! ダセーっ! ……ああぁ、ダセーっ!」
 最初の「ヒッ」が裏返っていたことを指摘する間もなく。男の子は早歩きで、道も分からないのに先へ先へと進んでいってしまう。これは・・・照れてる・・・んだよねえ? その、男の子の言動が、あんまりに微笑ましくて。私は思わず、笑みを零してしまうのだった。







 ガーデン2F 教室。
「ここが普段みんなが勉強してるところ。」
 教室に入りながら説明する。その目はしっかりと中にいる人々を見回していて、中にスコールがいないことが確認されてから続ける。
「もっとも、今はガーデン内は大騒ぎで授業どころじゃなくて休講中。でもみんな自習してるんだね。」
 そう言いながら振り返ると、彼は口をあんぐりと開けて教室の中を見回していた。その姿に吹き出しそうになるのを堪える。
「すっげー。ひろ−。パソコンもいっぱいじゃん。うあー、欲っすぃ〜〜」
 子供らしいリアクションが、可愛いなぁ。やっぱり子供だなって思える。
「下にも行ってみよっか?」
 少し腰をかがめて、彼の顔をのぞき込むようにして聞いてみる。
「うんっ! 行きたい、行きたいぞ!」
 今度は素直な返事。うんうん、やっぱ可愛いなぁ。







 ガーデン2F エレベーター前
「うわ、エレベーターまであんのかよ!」
 大きな目を更に大きく見開いて、男の子が叫んだのを聞いて・・・私はまた不思議に思い、尋ねてみる。
「? きみの学校にはないの?」
 という私の質問に対する男の子の答えは、まずは、「はぁ!?」とでも言いたげな、呆れ顔だった。それから、
「・・・ネーちゃんちって、ひょっとしてお金持ち系だったりする?」
「え? なんで?」
 確かに・・・まぁ、一応“アイツ”、軍の大佐だし、家もおっきいから・・・まぁ、お金持ち、なのかなぁ? あんまり家に帰っていないから自覚がないけれど、私はとりあえず縦に頷いてみせた。すると男の子は、はぁ〜、と大袈裟に溜め息をついて、
「やっぱなぁ。なーんか、そんなカンジだもんな、ネーちゃんって。あのな、そーゆーのがついてるのは、お金持ちが行くよーな学校だけなんだって。オレらみたいなフツーのヤツらが通うのは、エレベーターもついてないし、パソコンもチョロチョロっとしかない、フツーの学校なの」
 と、解説してくれる。そんなカンジ・・・なのかな、私? でも、ふーん、普通の学校にはないものなんだ。便利なのになあ。
「それと。」
 男の子のが付け加える。
「きみじゃなくてぇ、テツっつー名前があんだけどね。・・・一応。これ、マメ知識な」
 っていう男の子の言葉がおかしくて、私は吹きだしてしまいそうになる。でも、そこをぐっと堪えて、にっこりと笑みを浮かべながら、
「そっか、自己紹介してなかったね。私はリノア。よろしくね、テツくん。」
 右手を差し出して言うと、チン、と音がしてエレベーターのドアが開いた。テツが、「だからぁ、女と手ぇ握ったら友達に笑われんだっつの・・・」と、ぶちぶちと何かを呟きながら、私の握手には応えずにさっさと乗り込んでいく。
 あ。
 これって、誰かに聞いた誰かさんに似てるなぁ。そう考えたら、思わず笑っちゃう。
「何だよ、急に笑って。」
 頬を膨らませてそう訊くテツくんの隣に立つと、1Fのボタンを押した。
「なんでもないよ〜。」
 そう言ってにこにこ笑う私を、テツくんは怪訝そうに眺めていた。







 ガーデン1F エレベーター前。
 再びチンと音がしてドアが開く。
「おおーーっ、1階も広〜〜っ! てゆーかスゲぇっ、水が流れてるぞ、水!」
 テツが先に出ていって、上をキョロキョロ、左右にキョロキョロ。すこしもじっとしてない。
「本当だよね。私も最近案内してもらったばっかりだから、まだたまに迷っちゃうんだ。」
 彼に続いてエレベーターを降りて言う。
「・・・じゃあなんで案内するなんて、言い切ったんだ、さっき・・・」
 と、不安そうに眉間にしわを寄せるテツ。───あ、そっくり。
「大丈夫!ちゃんと覚えてるはずだから。」
(・・・たぶん、だけど)
 心の中で言い訳を一つ添えながら、きっぱり言い切って先に階段を下りていく。後ろから、彼のパタパタと落ち着きのない足音がちゃんと聞こえてくるのを聞いて、安心を覚えた。







 ガーデン1F 図書館。
「ここが図書館。読みたい本があれば、だいたいここで見つかるよ。・・・って聞いてる?」
「うおー、すっげ! すっげぇ数! 何冊あるんだこれ!?」
 私の説明なんて全く聞かずに目を輝かせるテツ少年。
「ちょっと、シィー!!」
 慌てて人差し指を唇の前にたてて注意したけど、テツくんはお構いなしで本棚に向かっていく。回りからは冷ややかな視線。それに耐えられなくなって、そそくさとテツくんの元に駆け寄る。
 本棚の前で、分厚くて文字がたくさん並んでる本を開いて楽しげなテツくん。
「何読んでるの?」
 上からその分厚い本をのぞき込む。
「・・・何これ?」
 びっしり並んだ文字と、機械みたいなものの図。その図にも、もちろんびっしりと文字が書き込まれている。
「ドールのシエスタ社の4気筒38型エンジン。ドールでけっこう人気あるクラシック・カータイプによく積まれてるやつなんだけど、オレがチューンする時、これがなかなか車体と馴染んでくんねーんだわ。コツみたいなの、なんかあるかなー、って思って今見てたんだけど・・・」
「こんな難しい本読むの?」
 テツくんの説明を聞いても、ちっとも本の内容を理解できないでいる私に、瞳をきらきら輝かせて、
「難しくねーよ。おもしれーんだって!」
 と、テツくんはぱらりとページをめくって、本から目を離さずに応える。
「いーっつもこんなのばっかり読んでるの?」
「ん。こーゆーヤツ、ロスが買っててけっこー家にあるかんなー」
「ロスって?」
「うちの親父。口うるせー野郎でさぁ〜、まいるゼ、ほんっっと」
「仲良いんだね。お父さんと。」
 そう言ってはいるけれど、テツくんの口調からは、何だか温かいものを感じた気がして。私がそう尋ねると、テツくんはうーん、と唸ってから、バツが悪そうに、
「・・・んー、そだなぁ、なんだかんだで、悪かないんじゃん? ───んで、ネーちゃんのトコは?」
「うち? うちは最悪。あの人、嫌いなの。」
 そう言ってから、私は後悔した。こんな話、しても仕方がなかったのにって。そう思って、テツくんに視線を向けると、彼は本に釘付けになっていて、私が言ったことをあんまり聞いていないようだった。すごい集中力。
 なんとなく目の前から本を1冊抜き取ってぱらぱらとめくると、それはテツくんが読んでるのと同じような本で・・・内容は、やっぱりさっぱり分からなかった。
「小説とか読んだりしないの?」
 諦めて元あった場所に戻す。
「あ、それはパス。目次読んだだけで寝れる自信、アリだぜ」
「目次・・・」
 さすがにそれは早過ぎじゃないかな、と、苦笑して、呟いた。
「私は、好きなんだけどなぁ。」







 ガーデン1F 訓練所前。
「えーっと、ここが・・・」

 テツくんに紹介しようと思って、パッと訓練所の方に目を向けたとき。
 ───1番会いたくない人の姿が目に映った。

「お? ここが、なに?」
 テツくんが何か言ってる気がする。よく聞こえない。自分の心臓の音がうるさい。
 額から左頬まで、鼻筋を斜めに横切る傷跡。柔らかそうな茶色の髪。髪に隠れた青い瞳。いつもの革ジャン姿で、いつもより険しい眉間のしわ。
「・・・スコール」
 思わず声に出して呼んでしまった。視界の端で、その名前に反応するテツくんの声が聞こえたけれど、それはどこかずっと遠くでの出来事のようで、私はすぐに反応できないでいる。
「リノア。」
 無愛想な声。やっぱり、いつもよりもずっと疲れて見えた。
「お、おハロー。何してるの?」
 と、何とか無理矢理に笑顔を作ってのご挨拶を送る。なんだろう、さっきテツくんにコンサートのことを詳しく話したせいかな。いつにも増して、コンサートのこと話しちゃいそうだよ・・・。
「別に・・・」
 何度も聞いた、彼お決まりのセリフ。いつもなら引っかかるけど、今はそんなこと気にしてられない。
「そ、そう。じゃあ、私急ぐから。じゃあね、行こうテツくん。」
 スコールに何か話し掛けようとしていたテツくんの手を有無を言わさず掴んで、早足で歩き出す。テツくんの抗議の声が、また聞こえてきたような気がしたけれど、私の脳はそれを正確に受け止め、判断することはできなくなっていた。
 なんでなんでなんで?スコール、昼間はいっつも自分の部屋にいるじゃない。誰にも会いたくないって。いつも訪ねていって、コンサート以外の話題がなくなると気詰まりだったじゃない。なんで今日に限って訓練所にいたの?あーもう!あんなに露骨に避けちゃったら、さすがのスコールも変に思うよね。コンサートのことばれちゃったかな?それとも、私のこと嫌いになったりとか・・・?けど!!あんまり長く話してると、本当にポロッと言っちゃいそうなんだもん。それにしても、スコール、顔色あんまり良くなかったな。一人で何でも抱え込み過ぎなのよ。少しくらい、話してくれたって良いのに。ああ、早く元気付けてあげたいなぁ。コンサートまで4日・・・ううっ、長いなぁ。

「───あれ?」

 ふと立ち止まって、両手の平を見つめる。・・・確かに、掴んでいたはずなのに。それから、ゆっくりと後ろを振り返って・・・

「テツくんは・・・?」

 手を引いて来たはずなのに、いつの間にかテツくんがいなくなってる。
辺りをグルッと見回してみても、テツくんのツンツン頭はかけらも見えない。どーしよう・・・はぐれちゃったんだ。
「どこ行っちゃったんだろう・・・」
 図書館でまた本読んでる?それとも、まさかさっきの訓練所に入って行っちゃったんじゃあ・・・まさか、まさかね。でも、好奇心の固まりみたいな子だったし・・・・
 早足で歩いてきた廊下をダッシュで駆け戻る。もしかして、モンスターに襲われて怪我してたり、最悪・・・
「お願い、無事でいてっ!」

 そんなリノアの早とちりな心配をよそに。
 1人はぐれたテツはガーデン探索を1人で続けていたのでした。もちろん、怪我1つなく元気そのもので。







 ガーデン1F 校庭。
「まーったく。なんなんだよ、いきなり!」
 プゥと膨れたテツが不満を漏らす。
「いきなり歩き出したかと思えば、さっさと行きやがって。手ぇ繋ぐなってあれほど言ったのに繋ぐしさぁ。つーか、勝手に引っ張っていって、勝手に置いてくってどーゆーことだよ・・・」
 はぐれたのを機に、さっきに『スコール』を探そうとしたのだが、広くて同じような風景が並ぶガーデン内は紛らわしくて。いつの間にか校庭に出てきていたのだ。
「よお、テツ。何やってんだ、こんなトコで。」
 テツに声をかけてきたのは、ロスの仕事仲間、つまりはテツとも馴染みの技師だ。
「べんきょだよ、べんきょー。社会見学ってヤツ?」
「ここで悪さしてっと、またロスに怒鳴られても俺は知らないぞ。」
「なあ、何やってんの?」
 技師の忠告もよそに、テツが問う。
「ああ、アレ解体してんだよ。」
 技師が指した方には、解体中の何か。よく見ると、ステージだったものらしい。すでに壊れた後で、解体も進んでいるからほとんど原型は留めていないけれど。
「いつもやってんだろ?解体して、それを組み直す。じゃあな、あんまり悪さすんじゃねーぞ。」
 テツの頭をクシャっとなでて、技師は校庭を出ていく。
 他の技師達がステージだったものを解体していく。解体して、材料別に分類。別に特別珍しくもない、当たり前の光景。なのにテツは、目が離せなかった。
 ガーデンは『壊す』やつら。なのに、『造る』ことも知っている。その事が、テツの頭の中で大きく渦をまく。

(昨日のトサカ頭と言い・・・もしかして、もしかすると、あいつら・・・)

 テツの中で、ガーデンに対する思いが変わっていく。その兆しが垣間見えた。まだはっきりしない、もやのようなもので、テツは自分の感情ながら少し苛立ちを覚えた。 







 ガーデン1F 保健室
 テツが次にやってきたのは、隣の部屋。中から騒がしいやりとりが聞こえてくる。
「んんっ? やけにうっせーなぁ。」
 ドアの前に立つと、シュンッとドアが開く。
「だーかーら、大丈夫ですって! ・・・って、あーっ、テツくん!?」
 大声を上げたのは、リノアだった。
「な、なんだぁっ? ど、どーしたんだよっ?!」
 テツが慌ててリノアに駆け寄った。それもそのハズ、リノアは傷だらけになっており、保健室の椅子に座らされ白衣を着た保健婦に有無を言わせない格好で治療を受けていた。
「ううん、なんでもないの。・・・はぁ〜・・・テツくん、無事でよかった。」
「何でもねーわけねーだろぉ? どーしたんだって?」
 自分のことを省みず、安堵の溜め息すらつくリノアにテツが半分怒り、半分呆れながら訊いた。
「全く、バカな話さ。」
 手を休めずに、保健婦が口を挟んだ。テツは思わず彼女を見上げる。
「連れの子供がいなくなった。もしかして訓練所に迷い込んでモンスターにやられてんじゃないかって早とちりしてね。自分も何の 装備もしてないって言うのに1人で訓練所に入っていって。子供はいなかったから良かったって言いながら、自分は傷だらけ。それで保健室にも来ずにフラフラしてるから、ここに連れてきたんだよ。」
保健婦の言葉にテツは「あ」とい小さく声を上げ、それから俯いてしまった。
「カドワキ先生!」
 もう、とリノアが頬を膨らませる。
「大丈夫だって言ってるじゃないですか。これくらい平気ですって。」
 まったく取り合ってくれないカドワキ先生に抗議するリノアは、ふと目の前のテツに気付いた。俯いて、ジッとしている。
「テツくん?」
 呼びかけてみても返事がない。
「おーい。テーツくーん?」
 目の前でひらひらと手を振ってみると、テツが急に顔を上げた。
「わっ!」
「オレの、せい・・・だよ、な。」
 急に顔を上げたのに驚いたリノアに、テツが苦しそうな辛そうな表情で呟くように言った。
「え?違うよ。テツのせいじゃないってば。それに、ホントに大したことないんだよ。カドワキ先生が大袈裟なのよ。」
 元々小柄なテツが一回りの二回りも小さく見える。それだけ落ち込んでいるらしい。そんな彼の様子を見て、リノアが元気付けるように何でもないように振る舞う。実際、リノアの怪我は大したことはない。モンスターに襲われた時の怪我、ではなくモンスターから逃げ回るときに転んだりぶつけたり擦ったりして作った怪我だ。
「カドワキせんせーい!」
 ドアが開いて、ドヤドヤと数人の生徒たちが入ってくる。
 カドワキ先生は、リノアの手当に使ったガーゼや薬品を片づけながら彼らと話し出す。
「行こうよ。先生、忙しそうだし。」
 そう言ってリノアが立ち上がり歩き出す。少し遅れて、テツもそれについてく。
(さあて、どうしようかな・・・テツくんのせいじゃないんだけど、すごい落ち込んでる。んー・・・そうだ!!)
「ねえ。」
 保健室を出た廊下で、リノアがクルリと振り返る。テツは思わずビクッと体を強張らせた。
「お腹空かない?」
「・・・へ?」
「イーとこ連れてってあげる。」
 テツの手を取って、リノアがゆっくり歩き出す。今度は、手の中の小さなぬくもりが消えないように、ゆっくりと歩幅をあわせて。







 ガーデン1F 食堂
「はい。」
 着くなりリノアはテツに待ってて、と言い残しカウンターに向かっていった。しばらくして戻ってくると、手に持っていたものをテツに手渡した。
「ここのパン、すっごくおいしいんだって。ゼルっていう友達がね、教えてくれたの。」
 普段は売り切れてしまう人気のパン、今日は運良く残っていたのを手に入れることが出来たのだ。
「お腹空いてると、元気でないよね。」
 そう言いながら、リノアは自分の分のパンの袋を破る。テツも渋々と言った様子でパンの袋破り、一口頬張る。
「・・・おおっ!? うめぇ!」
 みるみる表情が明るくなっていって、ついにはさっきまでの元気なテツに戻る。そして、またパンを口いっぱいに頬張った。
「そんなに慌てて食べなくても。」
 テツにつられてリノアも笑顔になる。そして、テツのように豪快に一口頬張る。
「・・・口、でっけぇ。モルボルみてぇ」
「ケチャップつけて言うセリフ?」まだ口をモゴモゴさせながらのテツの照れ隠しを込めた憎まれ口に、リノアは自分の右の口の横を指して言い返す。
「げっ」
 と、テツは慌ててシャツの袖で口元をゴシゴシ擦る。
「あー、ダメだって。服で拭いちゃあ。」
「えー? なんでよ? 別にいーじゃんよ」
 テツは全くの無頓着で、パンをまた頬張る。
「良くないよ。洗濯で落ちるかな?シミになるよ?」
「ほんなほひひしへーよ。」
 口の中がいっぱいなのでなんと言っているのか全く分からない。
「もう、汚い!お行儀悪いなぁ。」
 怒っているはずのリノアも、さっきまでしょんぼり項垂れていたテツも、いつの間にか笑い合っていたのだった・・・。







「そろそろ帰ろっかなー。」
「あ・・・そっか。もう暗いもんね。外まで送るよ。」
 何となく名残惜しい空気を引きずって、2人が並んで歩く。さっきにも増してゆっくりで、帰りたくない、別れたくないと言っているようだった。歩きながら、2人とも一言もしゃべらなかった。
「じゃあ、気をつけてね。」
 F.H.との行き来に使用される非常口の外まで来たとき、やっとリノアが口を開く。
「オレさ・・・」
 テツがバッと顔を上げてリノアを見つめる。しばらく黙ってから、意を決したように続けた。
「今日、いー勉強になった! ほっ、ほら、社会見学。さ、さ、さ───・・・サンキュなっ!」
 大声で怒鳴るように言ったのは、彼なりの照れ隠しだろう。それだけ言うと、鉄筋の通路の上をカンカン音を立てて走っていく。
「あと!」
 足音が止まると同時にテツが叫んだ。
「ケガ! ・・・早く、治せよな!」
 またカンカン音がして、薄暗い夕闇にテツの背中が消えていく。それを呆然と見送っていたリノアは、テツの背中が見えなくなった頃にクスクスと笑い出す。
「ほーんと。誰かさん、そっくり。」
 そして、両腕を頭の上に伸ばして伸びをして、気持ちを切り替える。
「さっきのこと、謝らなきゃ。それに、やっぱり放っておけないでしょ。」
 コンサートのこと以外に、楽しい話題が出来た。リノアはクルッときびすを返し、ガーデンに戻っていく。昼間テツを案内した道順を、今度はスコールを探すために辿っていく。







(・・・で、結局オレ、コンサート妨害すんの、忘れてんのな・・・)

 とほほ、と肩をがっくりと落としながら、テツは本日訪れた絶好のチャンスをモノにできなかったことを、落ち込んでいた。でも・・・不思議と、悪い気分じゃ、ない。この気持ちがどういうものなのか説明することは難しいけれど、ともかく、なんだかテツは、コンサートを阻止できなかったことに、何故だか少しの安心を、覚えてしまっていたのだった───。
(まっ、落ち込んでもしゃ〜ね〜よな〜)
 と、体を起こして、うんっ、と一つ大きく背伸びをすると、

(んじゃ、家帰るついでに、あの下手っぴいをからかいに行くか〜)

「ちったぁ上手くなってんのかあ? アイツ〜」
 お楽しみがまだもう一つ残っていた、とばかりに、テツはここのところ午前中、ほとんど毎日顔をつき合わせている人物を、思い描いてはくふふ、と楽しそうな笑みを零した。そうして家路につくテツの足取りは、作戦が失敗に終わったとは思えない程に、軽やかなものだった・・・。










「スコール。さっきは、ごめんね。あのね・・・」


 リノアがスコールの元にたどり着いて、彼によく似た少年の話が出来たのは夕日がすっかり沈んで、代わりにお月様が夜空に輝く頃でしたとさ。


















壁紙&イラスト:安茂



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