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by にじます
白さ際立つ一部屋にて、久しく帰ってなかった主が、背に中天の日ざしを浴びつつ、あぐらをかいていた。 任務に追い立てられるのを常とするSeeDは、生活臭で個室の白壁を汚す暇もない。加えてここに住む人物は、見てくれとはギャップがあるのだが非常にきれい好きであった。 部屋の奥が一面窓となっていて、新品と見紛う乳色の壁紙よりも、まぶしく白い光が照っている。外は上々の天気だ。 彼はうずうずしながらも、お天道様の誘惑に負けまいと後ろ手で乱暴にカーテンを閉めた。ギターの弦に残されていた片手が、その拍子に不協和音とも呼べない間の抜けた音を奏でてしまった。 「ちっ……久々だからな、中々勘が取り戻せねえ」 舌打ちしたものの、間違いながらも、どうにか楽譜をひととおりさらえた今、彼にはあまりやる気がない。同じガーデンの同じ学生寮にいるある人物に内緒の計画ゆえ、閉めきりでギターを爪弾いていたのだが、練習初日とはいえ午前中いっぱい頑張ったのだ。落ち着きがないだの賑やかだのと言われがちな人間しては、よく頑張っている方だと我ながらゼルは思う。 いくら現在暇な身とはいえ、仲間を励ますためとはいえ、お祭り騒ぎは嫌いじゃないとはいえ。日々生死を賭しているSeeDが、学園祭なんぞにかかずらっていいものだろうか? 根が常識派のゼルは、そんな疑問も抱いていた。 「いけねいけね、スコールの孤立的で暗ーい思考がうつっちまったか!? もしかして本物の伝染病か、それとももやもや病か!?」 戯れのひとりごちに、インチキくさくもしっかり実在する病名を挙げてみせるところが、物知りゼルぶりを発揮している。 「……もう、いっか。あとは合わせてやんのが一番だろ。やっぱセッションでないと、盛り上がらないよな」 そうして、煮詰まった――スコールと比べれば、煮詰まり具合は天と地の差、それこそこちらが風邪ならあちらは肺結核ほどの違いがあれど――ゼルは、戸棚の隅から掘り返したばかりのギターを放り出し、外へと飛び出した。 若干年をくったとはいえ、彼こそはかつて太陽の祝福をいっぱいに受けし、腕白小僧の称号を戴いた者である。休日の、突き抜けるようなピーカンに心が躍らぬ筈がなかった。 ◇ ゼルが走り行くその先には、現役の腕白小僧が佇んでいたりする。 「ちっくしょー……」 接岸されたガーデンとF.H.(フィッシャーマンズ・ホライズン)の端を占める大工場、二つを結ぶ通路上に、細い鉄階段がある。でかさを競い合う建造物の間に挟まれて、肩身を狭くしているわけではなかろうが、人二人がいっぺんに通れるかもあやしい。その踊り場――ここの広さもまた猫の額だ――に、彼は足を投げ出し座っていた。 「こんちくしょー……」 恨みがましい、しかしどことなくその切っ先は鈍った視線を、敵の本拠地であるバラムガーデンと、それを修理しているF.H.の大人たちへ注いでいる。昼食のパンをほおばる口が、元々きりっとつり気味の眉が、苛立ちでひきつっている。 この少年・テツが昨日あれだけ意気ごんで画策していた、『ガーデン撃退作戦』は、いまだ日の目を見ていなかった。 「だあぁっ、カモが通りかからねえじゃん! 奴ら、なにをノンビリしてやがんだ、時間もったいねえだろうがよ〜。ヒマなのっていっちばん嫌いなんだよオレは!」 なかなか八つ当たり加減もばっちりな、勝手な言い分である。たしなめる相手がいないのをいいことに、テツは増長してボルテージを上げてゆく。 「オレがみんなと遊べねえのも、機械いじりできねえのもみーんなSeeDのせいだ! 今に見てろよ、このテツ様がぎたんぎたんのけっちょんけちょんにしてやらあっ」 彼の遠吠えは、工具のぶつかり合う金属音やドリルの擦過音に凌駕される。見事な働きっぷりを披露しているF.H.職人軍団に、テツは苦々しく悪態をついた。 「てきとーでいんだよ、そんな仕事」 聞こえないからこそ言える台詞であった。職人としてはまだ半人前のテツにだって、腕と誇りにかけて仕事に手を抜く理由があってはならないことは承知している。 ――だが、それは独り言では済まなかった。 「おいおい、そりゃ聞き捨てならねえな」 声がした時点で、背後から影が被さってきていたのに気づき、テツが階上をふりあおぐ。 真昼の陽光をさえぎるのは、そそり立つ金のトサカ。左の頬骨あたりから、おでこ、頬、あごにかけて走る曲線は、イレズミ。目つきは悪い、相当、至極、筋金入りな感じで悪い。背筋が寒くなったところを海風が吹きつけ、テツは身震いした。 (ヤバいっ……ヤバすぎるぜコンチクショー!) いかにも危険人物、まさしく悪の親玉な容貌である――テツの色眼鏡 + 逆光の効果が、ゼルをそう仕立てている。 (昨日のSeeD……よりによってコイツが最初かよ! くそ、気配を殺してくるとはっ。やっぱタダ者じゃねえんだな。先手取られたからってビビるな、オレ! いざとなったら目潰しでずらかるか!? いや、まだ駄目だ、様子みないと。大丈夫だ、あんな奴怖くなんかない、安心しろ、そうだよ、たとえば……) 「ちょっと背丈 「坊主……何でも口に出して墓穴掘るタイプだろ」 とうとう標的と遭遇し、テツ少年の戦いが幕を開けた瞬間であったが、いささか緊迫感に欠けるものとなったのは、この二人の面子 いきなりの失礼な物言いにもかかわらず、ゼルは怒らず、苦笑してみせただけだった。 「こんなツラでも、別に取って食いやしねえって」 彼は直情径行だ、サイファーの挑発にもすぐ引っかかる、しかし目下 「お前んとこの町に居座っててすまねえな、修理が終わったらすぐ退散するよ」 「……」 「?……ああ、もうここでは戦ったりしねえから安心してくれ、なっ」 「……」 「……そんな警戒すんなよ〜」 だまされるもんかオーラを発しだんまりを貫くテツだったが、オーバーアクションでうなだれるゼルに、少しだけおかしくなる。 (大の男が、しかもコワモテのあんちゃんが、なーにやってんだか) わざとではないといえ、F.H.に激突してきた挙句争いの騒動を起こしたガーデンの奴らに、不信の念はいっぱいなものの、どちらかというと今の場合は、これからどう出ようか、さてどうしてくれようかと思案しての沈黙だったりする。 (よぉし、泳がせて尾行、タイミング見計らってイタズラ五連発テツスペシャル・ファイナルクラスターバージョンといくかな♪ 待てよ、先回りして罠を張る方がいいか、ふっふっふ〜) 単独で大勢に立ち向かう時、各個撃破はもちろんのこと、ゲリラ作戦は鉄則である。シャツを泥と汗まみれにして遊んでいる男の子なら、誰でも知ってる戦術だ。特にテツは、島オニという独自の陣取りゲームを考案した知恵者である――どうも彼の頭は、学校の勉強とはまったく別の世界でフル回転するようにできているらしい。 「通せんぼしてるわけじゃないよ。行ったら」 テツは促した。ゼルは従った。本当は何か言いたそうだったが、呑みこんで、テツの横を通り過ぎようとした。 その時、ゼルが小脇に抱えたものに何気なく目をやったテツは、思わず叫んでいた。 「それっ、Tボード!?」 好奇心が使命感をあとかたもなく追いやってしまった。丸っこい黒目をぐぐっと寄せ、テツはゼルに迫る。 「しかも最新のモデルかよ! F.H.だって技術は負けちゃいないけどさ、玩具 我に返ったテツが見たものは、得意気そのものといったゼルであった。 「詳しいんだな、坊主。そんなに興味あるならちょっと乗ってみるか? 古い型のとは断然速さが違うから、いきなり一人乗りは無理だけどよ、コイツの馬力は、二人でもカッ飛ばしてくれるぜー」 「ややややや、いいよ! 遠慮シマス辞退シマスっ!」 敵とタンデムなんて、冗談ではない。言いなりになってTボードに足を乗せたが最後、恐らく自分は心からエンジョイしてしまうだろう。 (断じていかん、いかんぞテツ。こんなトサカ野郎にかいじゅーされてはならんぞえ! かいじゅー(怪獣)にかいじゅー(懐柔)!? こいつはお後がよろしいようで、ってちげーよ!!) 鼻面に人参をぶら下げられた馬の態だったがために、多少思考回路の混乱はあれど、テツにはまだぎりぎり理性が残っていた。 「なんだあ? 盛り上がっといてそれか。じゃ、まあ、せめて拝ませてやるよ、コイツのパワーをな。あばよっ」 「えっ!?」 しかし、たっぷりと未練も残っていた。 おまけに、Tボードであっという間に行かれては見失ってしまうではないか。さも乗りこなしている風に片足でボードを押さえつつ、起動スイッチを入れたゼルの背に、小さな手が伸びる。 ほとんど反射であったといえよう、考えなしにテツはベルトの端っこをつかんでいた。すると。 フィン、と独特の回転音が鳴り出したかと思うと、ボードが浮いた、浮いたならばもうひとところに落ち着いてはいない。子供一人分の重りも何のその、猛烈な勢いで、階 「わっ、坊主っ……うわぁああああ!」 「うっ……ひゃぁああああ!」 示し合わさずとも、声変わり前のメゾソプラノと掠れたテナー、二つの悲鳴はきれいに重なった。 テツの足が振り回されるがままに宙ぶらりんだったのが、最初のカーブでは却って幸いであった。階段の手すりより高くで空 「ひゃぁああああ!」 「坊主、耳元でわめくな!」 「お、オレはぼ、坊主なんかじゃねええ! テツってれっきとした名前があ、あぁぁあああ!」 「だから、うるせえんだって……おっと、おい、舌噛まねえでつかまってろよ!」 ゼルの溜息、テツの恐怖も振り切って、張り切ってボードはひた走る。工場の外壁を囲む、階上の通路を抜けると、備え付けの昇降機を使わずして直に地上へダイブを果たした。それでも、勢いは全然衰えない。 「いけね、このまま真っ直ぐだと……ステージに行っちまう」 なんとか体勢を立て直せたゼルが、まばらな通行人をうまくかわしつつ、状況判断を下した。 (おお、そっか。確実あの目ざわりなステージに突っこむよな。ラッキー……じゃねえって!! オレだってバラバラになっちまうよ〜!) 「止めてくれ〜! トサカ頭!!」 「俺にもゼルってれっきとした名前が、あるんだ……よっと!」 かけ声と同時に体をひねる。推進する力を殺そうとふんばっていた両足を、ボードの左半分に叩き付けるようにして、ゼルは跳んだ。片側だけに衝撃が加わったTボードが、ウィリー走行となったのは一瞬のこと、均衡を失いきりもみ状態となって空中を舞う。その軌道はミラーパネル方面をからくもそれていた。 「よっしゃあ!」 快哉を叫びながらも、ゼルは受身をとるのを忘れていない。むろん懐に少年をかばいながらである。テツはといえば、何が起きたのか把握しきれず放心したっきりだ。 ミラーパネルを突っ切る廃線のレールを、ごろごろ転がること数回にして、彼らはやっと風を切るスピードの世界から脱せたのであった。 脱出成功はしたものの、そう遠くないところで嫌な音がしたのをテツの聴覚はとらえていた。具体的に表現するならば、商店街のあたりで、「うむ、カタチあるものはいずれ壊れる」と頷きたくなるような音だった。ちなみにこの台詞は、大変頻繁にものを台無しにする壊し屋 (ヤ〜な予感すんなあ……) 「坊主、ケガないか?」 「あ、あれくらいへっちゃらだっつうの。そんなことよりも! 物覚えの悪ぃあんちゃんだな、オレの名はっ……」 「わっ、うちの店があぁぁ!」 「……予感もボードも大当たり、ってか……」 どこからか男が悲痛に嘆くのが聞こえ、彼らの会話は中断を余儀なくされた。 首から冷や汗が一筋流れる間、立たせた前髪までもこころなしか硬直させていたゼルだったが、ふんぎりをつけるのは早かった。 「テツ」 「お? お、おお」 わかってんじゃねーかよ名前、いきなし呼ぶなよ、びびんだろ、などとぶつぶつやってるテツにはお構いなしに、ゼルが尋ねた。 「今のが誰だかわかるか? 謝ってこないとな」 「あー……たぶん、ホテルのおっさんじゃねえかな、あのけたたましいキンキン声は」 「そうか、サンキュ」 埃を払って立ち上がる、そのついでに針金みたいなテツの頭をくしゃっと撫でて、ゼルは駆け出した。一人で詫びを入れようというのか、テツに何の断りもなく行ってしまう。 (……なんだよ。それでいいのかよ。原因オレだろ、責めなくていいのかよ) 口をもぐもぐしていたら、急にこちらを振り向かれたので、テツはどきっとする。 「お前、本当に大丈夫だったか?」 「あ、あたぼうよ!」 どもるあたり、強がりが見え見えなのだが、少年のせいいっぱいの虚勢がゼルを微笑ませた。 「これに懲りなきゃ、また乗せてやるよ。今度は安全運転にすっから。じゃなっ!」 いまだ尻もちをついていたテツに、がぜん燃え盛る闘志が湧いてきたのはこの時だった。 「……なんだよっ」 (まるっきりガキみたいなツラしてカッコつけやがって、余裕かましやがって。オレだって、オレだってなあ、負っけるもんか!) 「ちょっと待て、トサカ……もといっ、ゼル!」 ◇ なりゆきで。正確には、男としての悔しさから、テツはにっくきSeeDと一緒にキンキン声の叱責をくらい、壊した看板の修復にあたっていた。一枚板に店名を浮き彫りにした、素朴だがあたたかみのあるホテルの顔は、ひどい有様だった。かつて文字であったものの破片が、そこかしこにばらけてしまっている。凶器であるTボード――こちらも折れる寸前の無残な姿だ――にも、むろんそれらは積もっている。 「こっりゃあ……まるでパズルだぜ。緑とオレンジ、区別しやすい色塗ってあってまだ助かったけど」 「ああ。そうさな、まずは色分けをして、じっくり当てはめてくしかねえか。テツ、お前なら文字の感じとか覚えてるだろ? 俺が探すから、貼り付けるのは任せるぞ」 「あのさぁ、ホテルの看板なんてふだん注意して見てると思う?」 「お前の記憶力だけが頼みの綱なんだよ。とにかく、やるしかない。なっ?」 「まあ、やるしかないよなぁ……よっしゃ!」 いざ行動となると、作業は流れる如くこなされていった。ひびが走っている点を除けば、元のものに限りなく近い形へ再生されようとしている。看板に集中する二人に玉の汗が一つ、また一つ浮かんでくる度、徐々に清々しい気分が胸を占めてくる。それは、ガーデンを直しきった暁にテツの父親らが味わうものと、なんら変わらぬ達成感というものであった。 「これは、ここじゃねえか? よし、ハマったぜ!」 「これで、Fの完成だな! ちょっと、あんた」 「なんだ、坊主 「……ゼル。継ぎ目が目立たなくなるように色塗ってくんない?」 「了解、テツ」 「そこの工場でオレ、塗料もらってくるわ」 言うが早いか鉄砲玉となってテツはダッシュしていく――さっさと終わらせたい癖して、完璧な仕上がりを求めてしまうという矛盾にはてんで思い至らずに。 二色のペンキと刷毛を手にして戻ってきた頃には、ゼルはさぼることなく、残っていた三文字をのりづけし終えていた。 「お帰りさん」 「ふーん」 「なんだあ? 意味深だな」 「ゼルってけっこう器用じゃん」 「おお、まあな。地元じゃしょっちゅう車の整備手伝ってたし、彫金っつーのか? 自分で指輪こさえたりもするんだぜ、好きでよ、そういうの」 「シロートにしちゃ、まあまあかな」 「生意気だねえ。ま、お前も言うだけのことはあるけど」 「あったり前さぁ、オレは将来『百汽長』になる男だよ!? こんな手仕事は朝メシ前だぜ!」 「おまけに、よく口も回りやがるぜ……」 「ふっふーん!」 テツが自慢げに人差し指で鼻の下をこすってみせると、肌より濃い橙の跡がつき、ゼルをふき出させた。 ――ウェディングケーキのカットが例ではないけれど、共同作業を乗り越えて、人と人とは結びつく。 「……ふん。出来が悪きゃいっそのこと一新しようと思ってたんだがな。まだ使えそうだ」 そう発言した人物は器物損壊の被害者なのだから、これは最大級の賛辞といえよう。ホテル支配人のやせっぽっちの背中を、盗み見る二対の瞳が、笑みをふくんだ。頭を垂れたまま、どちらからともなく視線を合わせると、笑いが面 「ヘへ……とことん付き合ってもらっちまったな。礼に冷たいもんでもおごるぜ」 左手でせわしなくシャツの襟元を振って空気を送りこみながら、ゼルが八重歯をのぞかせた。 「そうこなくっちゃ! F.H. 指を鳴らし、テツは桟橋へ歩いていく。よそ者にはガラクタにしか見えない錆びたパネルを、手慣れた様子で操作すると。かすかなモーター音に続いて、傍らでさも粗大ゴミ然としていたクレーンが、動き出した。体を軋ませつつ水面から引き上げたのは、丈夫な漁師網にくるまれた瓶の数々である。 「じゃーん! 海の底が冷蔵庫ってわけさ。どの店でもこうやってんだ。知らなかったろ?」 「おお、飲む前にびっくりしちまったぞ」 感心されればご機嫌にならざるを得ないし、だます気も失せてくる――無料 「ココはあのホテルの売り物なんで、支払いは、その〜……」 「任せとけって! なに不安になってんだよ、俺じゃそんな頼りないかあ?」 「や、そういうことじゃなくってさ」 「じゃあ遠慮はナシだぜ。俺はコーラな。テツは?」 「あーっと……オレもそうすっかな」 網の口からコーラを二本引っこ抜こうと、かがんだところでらしくもないため息がもれた。 (どーも調子狂っちまうぜ、むむむ) テツは敵の――敵であるはずなのに打ちとけつつある男の――分析を始める。 (オトナなら、いくらでもやりようあんだけど、ゼルはなぁ。情けねーと思ったらしっかりしてたりするし。オレのこと子供だからってかばったりする割に、なんつーか……オレと、変わんねんだよな。やれやれだ、まがりなりにもSeeDがそんなんでいいのかよ!?) 含みのある視線を肩越しにゼルに向けてみた。テツの予想どんぴしゃなまでに、彼奴 「……ほいよ」 「おわっ、投げるなよ、炭酸だぞ! どうしたテツ、元気ねえな。疲れたのか?」 「……べつに」 「うわ、やめろよそれ! 俺の仲間で一言目にはそう返してくるのがいるんだけどな、やっぱよくねえと思うぜ。単に無愛想であって悪気はないにしろ、マジに心配してる奴の気持ちはふみにじられるし、第一誤解されるってもんだ。ああ、そいつも悪い奴じゃないんだ、頼りになるしな、それに……」 脱力していたテツが、慌てて遮る。「SeeD連中の話なんぞ聞きたかないわー!!」とわめきたいのをぐっとこらえて、こう言った。 「べつに平気ってこと! 気分のモンダイ、ちょっと頭がぐんにゃり、軟体動物 逃げるようにゼルの横を抜け、ホテルへ急ごうとしたテツの耳に。しゅぽん、というなんとも小気味よい響きが届いた。 「なに……なんで開いてんの、ソレ」 腰に手を当てコーラをあおる体勢だったゼルが、きょとんとしてみせる。造作もなく小走りに寄ってきて、テツの握っていた瓶を取り上げると、これまた苦もなくブリキ製の蓋をはじき飛ばしてしまった。 その手にグローブをはめているものの、指は素肌むき出しである。 「ほら」 渡された瓶の飲み口からは、冷気が漂っている。ニカッとしている人間栓抜きとコーラとを、交互に見やっていたテツが、驚愕を隠すことなくまくしたてた。 「すっげええ!!! 爪割れたりしないのかよそれで! どーいう鍛え方するとそーいう芸当できるわけ!? も、もう一度やってみせてくんねーかな、な、な、な!」 一気に桟橋まで戻ると、両手に瓶を持てるだけ持ち、取って返す。 「なっ!」 目の前で瓶を差し出す少年のマナザシは、きらきらを通り越してぎらぎらのらんらんに青光りしており、期待に満ちている。この反応にゼルはたじろいだ。日常何気なくやってる動作が、Tボード並みに受けるとは。 ゼルがリクエストに応えてやらない理由もなく、三本目のコーラを受け取ると親指のスナップを軽く利かせる。 しゅぽん。王冠が空に舞い上がった。 「どわーっ! ハヤワザすぎだよ、もっぺん!」 しゅぽん。 「はー、面白れえもんだなー」 しゅぽん。 「ひゅー、なんか爽快って感じ?」 しゅぽん。 「ひょーっ、ひゃーっ」 も一つ、しゅぽん。 「よっしゃあ!」 しゅぽん、しゅぽん、またしゅぽん。 ……とことん乗って、とことん乗せられ、とことん開けられて。 「わっ、わっ、うちの品があぁぁ!」 男がまたも――キンキン声にて――悲痛に嘆く、そして彼らは中断する。といっても既にすべてが開封済みであったから、中断というのは正しくないのかもしれないが。 ◇ どうしてこんなことになってるのやら。テツは半眼で、休憩している地元の男衆を見渡す。 「じゃ、かんぱーいってか! みんな、この兄さんの差し入れだ、礼言っとけよ!」 現場の脇に集まった技師たちが、野太い低音でロスの声に唱和した。いっせいに傾けられたガラス瓶が、日光を反射して目にも賑わいをもたらす。 (F.H. 弁償はしたものの、山ほどのジュースを前に途方に暮れていたゼルが、不意に名案をひらめいたのはつい先程のことである。 「俺らだけじゃ飲みきれるもんじゃねえよ、この量……うーん、勿体ねえぜ。お、そうだ! せっかくだから、ガーデン直すんで働いてもらってる人にあげりゃどうかな。お前の父さんもあん中にいるんだろ?」 「んー……」 「なんだよ、テツ、生返事して。お前、時たまおかしくなるな」 (誰のせいだと思ってんだ……んにゃ、そもそもオレがこいつに変なのは当たり前だってのに、あーもう! オレは邪魔しなきゃなんねんだよ!! なのにペース崩されちまってるし、シンボク深めてどうすんだよだしっ!) 「なんだよ、テツ、隅っちょでくすぶって。お前にしちゃおかしいな」 ゼルと似たようなことを言ってきたロスが、少年のささくれだった神経を逆撫でする。 「るっせえなあ! オレは今気が立ってんだ、近寄るとケガするぜ……うわっ!」 「だーれーが、怪我するってえ、あ? オラオラ、親になんて口の利き方しやがる!」 足首を捕らえられたと思ったら、次の瞬間いとも軽々と逆さまに吊り上げられている。働き盛りの筋力、恐れ入るべしである。 「わわっ、は、離せよロス〜!」 「解放して欲しかったら父さんと呼べや! せめて親父だ、親父!」 「ぐぐぐ、い、言うもんかあ!」 「オトウサマの五文字でいいんだぞ、それで地獄のタコ殴りおしおきスペシャル・ファイナルクラスターバージョンから逃れられるんだぞ〜」 親子の争いを見かねたゼルが、意地の張り合いが佳境に突入するのを阻止する。 「ま、まあまあ親父さん。俺が言うことじゃないですけど、テツも照れくさいんじゃないかな、大勢が見ててさ、よそ者の俺もいることだし」 またじゃれ合い喧嘩をおっ始めやがったなという雰囲気の中で、生真面目に諭そうとする青年の純真な鈍感さが、男気溢れるロスの気に入った。 「兄ちゃんは、いい奴だねえ。……午前中顔を合わせた半人前の操縦士といい、どうも実際のSeeDは、ガチガチの傭兵!ってなイメージとかけ離れてるな」 「ロスさん? どうかしたんすか」 「いやいや、こっちの話さ。とにかく気に入ったぜ……なあ、どうだい、テツが世話になったようだし、今晩メシ食いにうち来ねえか? 男所帯でろくなモン用意できねえがよ」 「なぁんですとー!?」 逆立ちのまま頭に血が上った状態で声を張り上げたものだから、直後にテツの視界はホワイトアウトしたのだった。 「おい、テツ、しっかりしろ!」 「か弱いご令嬢じゃねんだ、放っといたってすぐ目覚めらあ」 「そ、それはそうですけど……」 「それより、そこに背負 「え? あ、はい」 「ものはついでだ、直してやるよ。どうせこのテツが絡んでんだろ、それがオシャカになったのも。我が息子とはいえ、無茶しっぱなしでほとほと困ってんだよな」 「確かに、大変でしょうね。俺もガキ大将だったけど、テツは……トラブルメーカーってんですか? ま、本人はちっとも苦にしてなくて楽しそうではあるけど、ははっ」 (ひとが意識ないのをいいことに、好き勝手ほざいてるな、こいつら。くっそう、ロスめーっ、それと……) 「いい年こいてオレと同レベルのおめえに言われたかねんだよ、トサカ頭ぁ!……あ?」 テツとしてはあくまでモノローグのつもりだったのだが、目覚めと同時に喋ってしまっていたらしい。 「……ほっほーう」 「あ、あれ? お早うございまーす、オレ、寝ぼけて何か口走っちゃったかなぁ?」 指の関節をバキバキ鳴らすゼルには、もはや言い訳が通じない模様である。 (嗚呼、あの手は瓶のフタをはがした馬鹿力っ! テツ様大ピーンチ!!) 「ににに、逃げるが勝ちっ!」 「こぉら、待て、テツ!」 かくして、黒のひよこと金のにわとり、ガキと若造の追いかけっこが始まった。 「いけ、あんちゃん! この街きっての悪童を懲らしめてやれや!」 「元気有り余ってんなぁ、ちったあこっちにも分けてほしいもんだ」 「テツ、捕まるなよ、まいちまえ! 俺はお前に賭けるからな!」 「お、一口幾らにするよ?」 ――幾分乱暴で、多分に無責任、ほんのちょっぴりあたたかい声援を受けながら。 「やーれやれ。こりゃ、兄貴みたいなのができちまったな」 最後にこうぼやいたのは、ロスであった。 ◇ さっきTボードでぶっちぎった下り階段を、二人して全力疾走する。 「このゼル様から逃げ切れると思うなよ!」 「ふん、甘い甘い! 地の利はワレにありっ……とね!」 言ってテツは、早速せまっくるしい路地へ入り込んだ。ただでさえ窮屈な道なのに、両脇を鉄パイプや木材の山が埋めていて、子供でなければそう易々とは通れない。すばしこいテツが、悪戦苦闘するゼルとの距離をぐんぐんあけてゆく。 「くっそ〜」 追っ手が歯噛みしているのが伝わって、追われる側としてはある種の快感を覚えてしまう。頬にえくぼを作りながら、テツは調子に乗った。 「どうやらハンデが必要だったようですなー、ぬははは!」 「なにぃ! 待ちやがれ、あ痛てっ!!」 「ほ〜らほら、足下にお気をつけ下さ〜い」 ゴミバケツを軽やかに飛び越えながらの注意である、ゼルが悔しげにうめいて返す。 「ここまでおいでー♪ よっと」 薄暗い場所を抜けると、お馴染み、駅前広場がひらけている。更なるアドバンテージのため、よりよき悪路を求めきょろきょろしていたテツに。 「テツーっ!」 いつもの顔ぶれが揃って声をかけてきた。 「よーっす、ノブ、ナオ、ジュン、んじゃなー」 「え、遊んでかないのかよ?」 「ていうか、どうなってんの、あのミッション」 「SeeDの妨害は……ああっ!?」 テツの来た路地からよろばい出てくる人影に、彼らはおののいた。土埃を取り巻いて、蜘蛛の巣を額に付けての必死の形相が、凄みを倍増させている。 「待ーてーぇっ!!」 「待てって言われて待つ馬鹿がいるかよっ」 ゼルの命令をみなまで聞かず、テツはとんずらの体勢に入った。器用にもお尻ペンペンをしながらの逃走である。 「テツ、頑張れ!」 「テツ、負けんな!」 「テツ、……行っけえぇー!」 熱のこもった仲間の応援に、片手を挙げて応えつつ、テツが足を動かす、動かす。それはもう大車輪に。 (なんかこれって……結果オーライじゃん?) ちっともコンサートの破壊工作が進まず、腐っていた感があったテツなのだが、今己が立たされている状況を振り返ってみると。 (オレ、立派にSeeDとやり合ってるっぽい? ぽいなんてもんじゃないかあ?) 都合のいい解釈をすれば、ゼルを翻弄しているとも言えるわけで。 (つまり、あいつらの労力を一人分そいでるんだし、なあ?) よっしゃな方向に気分を持っていったところで、テツの脚力がにわかに冴えてくる。 「こらああぁっ!!」 「へっへーん!!」 F.H.中の子供と犬猫しか使わない道を駆使して、うまく隠れては追跡者を撒いて。それから小一時間、テツは逃亡を繰り広げたのだった。 しかし、「カタチあるものはいずれ壊れる」ように、何事にもすべて終わりというものが待っている。いかんせん、障害物がない場での勝負でテツがゼルに敵う筈はない。 夕空のもと、やわらかいオレンジの紗に包まれ、彼らは真剣な鬼ごっこを続けた。真っ直ぐな道を、黙って息を切らして、そうしてとうとう。 「終了ーっ、と!」 テツの首根っこを掴んだゼルが、ぜいぜいしながらも高らかに宣言した。襟元が絞まり、シャツがのびるのも厭わず、テツが全力を尽くして四肢でもがき、あがく。 「往生際が悪いぞっ、テツ!」 めちゃくちゃに暴れる少年を引きつけ、ゼルはてきぱきと右手をその顎に、左手を腹に回した。テツの両手も左腕一本の閂が引っ括 「いてっ」 至って淡白な反応で、テツも拍子抜けしてしまう。泣き叫べとまでは望まないが、これでは――つまらない。 (血が出るほどかじってやったのになあ、痛さ感じないんかいコイツ……あれ?) 口を離して噛み跡をまじまじ見つめるテツに、ゼルはぽつりと一言告げた。 「ありがとな」 「はあ?……ま、まさか。マゾだったとか!? うわ、えんがちょ!」 「あのなぁ……お前、本当その性格は何とかした方がいいぞ」 「なにそれ、どゆこと?」 「早合点でも何でも口に出して墓穴掘るタイプ。ま、それは置いといて」 「勝手に置くなよ。聞き捨てならねえなー」 ふくれるテツに自分の過去を重ね。今まで来た道を思い、ゼルがちょっぴり神妙な心持ちで笑う。 「最近回りで起こることにふりまわされてばっかしだったんだけどな。日が沈むまで喉枯らして遊んだら、すきっとしたわ。一度頭からっぽになると、自分がいかに焦ってばっかでそもそものことを見失ってたか、わかった気がするよ」 「……」 テツは茶々を入れられない。入れるべきではない、と彼の芯が止めるのだ。上辺 「童心に返るってのもいいもんだ、おかげで思い出したよ。楽しい日がたくさんあった、それで俺は皆にも楽しい日をたくさん送って欲しいんだってことを」 憮然としたテツに気づかず、若干高揚ぎみのゼルが、夕日に向かって叫んだ。 「そのためにSeeDになったってのにな!」 テツの顔色が、変わった。朱に染まったが、残照でゼルにはそうと知れない。 かっと血が上る。双の拳骨を作る。――そう、血だ。そして拳なのだ。 噛みついた際、金 無邪気な姿と結びつかないが、確かにゼルは暴力と隣り合わせに生きている人間なのだ。 この時のテツの実感は、失望と等しかった。 「初心を忘れててどうするって話だよな、へへ……さてと。そろそろ帰るか、テツん家はどこらへんなんだ?」 「……教えねー」 「ん?」 「あんなのは! ロスのその場限りの話で、ウチに招待した覚えなんてねーからなっ!」 突然の剣幕に、今度はゼルが聞き役に徹するしかない。 「大体ずーずーしいんだよ! 皆にも楽しい日を、だって? ここで海賊みたいなことしといてよく言えるな……楽しんでんのはテメエらだけじゃん! 人の街荒らして、人に修理させて、あんなステージまで建てさせようとして。いい加減にしろってんだ!」 テツの怪気炎は止まらない。馴れ合って、しかもそれをすごく楽しんでしまった自分を戒めるのもあって、殊更語調がきつくなっていた。 「SeeDなんざなあ……平和どころか、なんも作り上げられない、害虫 刹那、ゼルの全身から怒気がふくれ上がり、テツはびくりとする。本気の迫力にひるんだのが理由の全て、ではない。やはり最後のは言い過ぎだったと確かめられて、心の奥がわずかに震えた。 更に一刹那、ゼルの双眸にえもいわれぬ寂しさがよぎり、テツはどきりとする。心の奥は、もう微震どころか激震だ。せっかく作った垣根を、これでもかと揺らしてくる。 (息が、つまりそうだ……たった一言でも、人のことすげえ傷つけられちまうんだな。オレらの間にあった、あのイイ感じもどっか行っちゃった……いや、いいんだろ、それで。だけど、言葉だってそんないいことばっか呼び寄せたりしないんだよ、ドープ駅長!……って、なに八つ当たってんだか、ワケわかんねえ、オレ。頭がぐちゃぐちゃしてきた……でも、やっぱSeeDのオーボーは許せねえし……そうだよ、だから、いいんだよ別に!) テツの堂々めぐりに待ったをかけたのは、ゼルの静かな呟きだった。 「さすが、F.H.の子だな、平和主義か。でもな……」 どこまでがいい、悪いと線を引くのは難しいかもしれないが、何かを守るためには戦うことはやはり必要だ。とはいえ、ここで主張しても仕方がないと、ゼルは考えるだけにとどめておく。 「いや、いいんだ。それじゃあな」 踵を返した彼に、テツはかける言葉がどうしても見つからない。海に半分ほど浸かった入り日の赤さに、ゼルの姿がどんどん吸い込まれてゆく。 あっけない、別れとなった。 ◇ すぐに戻る気にはなれなくて、人気のない桟橋で膝をかかえ「オレは悪くない」と呪文をひとしきり繰り返してから、テツはのろのろと自宅へ進んでいった。二階の明かりが既に点っており、たくましい人影が窓を横切る。夕飯の支度をしているのであろう父の影を眺めているうちに、テツの顔はますます暗くなった。 だが、背中とくっつきそうなお腹が、空腹を主張してやまない。我慢は限界だった。当たって砕けろという覚悟で、テツは「ただいま!」と怒鳴り、突撃という風に玄関から階段を上がる。 「地の果てまで追っかけっこしてたのか、お前ら?……おーやおや、お一人ですかい」 迎えたエプロン姿のロスの言い草には、含むところがありまくりだ。テツは「あいつ、メシなんていらねえってさ」などと下手な嘘をつけなかった。 「あいつ、来たの?」 「あいつって、誰のことかな?」 いつになく意地悪なロスに、テツの唇がへの字となった。 「ゼルだよ! ガーデンのヤツっ。なんか、聞いたわけ!?」 「まーったく、お前はいちいち一言余計なんだよな」 「なっ?!」 「おまけに石頭で、ったく、誰に似たんだか」 「んなもん、テメーに決まってんだろがあ!!」 「俺のは一本気、お前のは融通きかねえってんだよ。……テツ」 ロスが突如として改まったのを受けて、テツは身構える。説教か実力行使か、いずれにしろ甘んじてかまされる気はない。 頑なな息子を一瞥すると、ロスが吐息をもらしつつキッチンの椅子に座り込んだ。 「あの兄ちゃんとはガーデンで鉢合わせしたが、細かいいきさつはなんも聞いちゃいないさ。俺はただ、これを預かった……いや、託されたまでよ」 四人掛けの食卓の下、隣の椅子から持ち上げたのは、紛れもなくあのTボードだった。今にも折れそうだったのが、軽量接着剤でしっかりくっついている。 「……ふーん、もう直したんだ」 「早業だろ? まあタービンに致命的な損傷はなかったからな」 仕事の具合をよく見ようとする小さな職人に、ロスがボードを投げてよこした。それから、頬杖をついてぼそりと呟いた。 「塗装は持ち主の好みがあるだろうから、お前に任せるってさ」 「はあ? それってどういう意味だよ……あ」 テツが絶句する。ロスが黙している。 「なんで……なんのつもりで、こんなこと……わっかんねえよ」 「まったくだ。お前にこんなのくれてやるなんざ、今後のF.H.の交通事情を危険にさらすようなもんだってのに」 茶化すな、と熱のある瞳で睨まれるが、ロスは動じない。 「なあ。お前の年でわっかんねえことが無いわけねえだろ……要は、うまく言葉で表せねえこともあるってことさ。おおかた奴 (……ことばじゃ、まとまらない、うまく言い切れないもの……) テツの中で、先の苦さが甦る。 「あるだろ、そういうの? たとえばテツ、今現在の心境をだな、こう胸から取り出したかのように言ってみろよ、無理だろう」 「……………………ハラ、減った」 「あのなあ……ごまかすなよ」 「ペコペコだけど、そのっ、夕飯前に、ちっと下で作業してくっから!」 下の工場へそそくさと去る子を、ロスがニヤリとしながら見送った。 貰ったボードと表せない気持ちを抱き、テツは考え事に没頭してみる。 (わかんねえ。なーんか、まだ、わかんねえ。わかろうとしない……わかってるオレもいるけどわかりたくないのか?) 「なんだよそれ、わかんねーよ! ったくよぉ」 本当は、唯一はっきり形になっている気持ちがある。脇にあるボードの感触を意識して、ようやくテツがそれを口にしたのだった。 「謝るか、お礼か……しないとなあ……」 |