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by 侑史
僕の声が聞こえるかい? みんな元気に過ごしているのかな? ここから見える景色は、最高さ! エスタでもガルバディアでも、何でも見渡せる。 まるで神様になったような気分だよ。 あ、ほら、坊やが転んだのが見えたぞ! 大丈夫? 一人でも立てるかい? ほらほら、泣いたらダメだよ? 君は強い子なんだろう? でも、どうしても立てそうになかったら、 その時は、いつでも僕に言ってごらん。 あの まん丸いお月さまに帆を立てて、 星の河をわたって、すぐにでも君の元へ飛んでいく! どこにいても、 どんな時だって、 きっときっと、僕は飛んでいく! それから、君に手を差し伸べよう。 それから、君に魔法の言葉をかけてあげるから。 ……そう、みんなも、君も知っている、 一番元気の出る、あの言葉さ! 準備はいいね? さあ、いくよ! ─── せーの! ─── ◇ 長く、長く、果てしなく長く、続く。海上に敷かれた、F.H.とエスタ大陸とを繋げる線路の上で。 少年はただ一人その場に寝そべり、ぼうっ、と空を、眺めていた。その傍らには、ここまで来るのに使った古ぼけた───とは言っても毎日きちんと整備しているので、それほど傷んではいない───自転車と、必要最低限の水や食料を詰め込んだ、一抱えくらいの大きさのリュックサック。そして先程からつけっぱなしの、実習授業の時に自分で造ったご自慢のラジオらが、もしもここが街中ならば「どうぞ御自由に盗んでください」と言わんばかりに無造作に置かれていた。しかしここならば確かに、そんな心配は無用のものなのである。 F.H.とエスタ大陸。それらの間にある、何千キロにも渡る膨大な距離を繋げているこの線路は、もはや死んでいるのだ。かつてエスタが『沈黙の大国』と呼ばれていた時代は、この線路を歩いていくなどという馬鹿げた方法が最良だと言われていたものだったし、エスタが世界に向けてその固き門を開いた今となっては、長々距離間の移動は飛空艇で行うのが主流となっている。それ故、今となってはこの道をわざわざ好き好んで使おうなどと考えるものは、もうほとんどいなくなっていた。いるとすれば、それは、バカでかい単車を転がして世界一周を夢見るバイク野郎か、よほどの変わり者かの、どっちかだ。 延々と続いていく線路、そして、周りにあるのはただただ広い海。延々と奏で続けられる、波の音……。そう、ここならばまず間違いなく、誰にも会うはずがなかったのだ。 ───普通なら。 「おおー? ぐーぜーん。こんなところにいたのかぁ」 ……まさか。まさか、こんな何もない場所から自分を呼ぶ声が聞こえてくるとは塵にも思っていなかった少年は、突如耳に入ってきたその声に、びくり、と体を震わせた。それに注意を傾けると、声の主はF.H.の方向からやってきていたのがわかる。 (やば……見つかった……?) その瞬間、焦りで体温が一気に高まり、少年は地面と接している背中が吹き出してきた汗によって湿っていくのを感じた。逃げるが勝ち、と判断した少年は、心の中で三つ数えた後にがばりと跳び起きて、自転車に跨がるが───その『追っ手』が乗っている獲物を見て、 「……あ…」 と、力無い、諦めの言葉を漏らさざるを得なくなる。 「へへへ〜……よっ」 そうおどけながら、にっこりと、伸びやかな笑みを浮かべて朗らかに手を振る、自らが通う小学校の担任の『せんせー』が跨がっていたものは、自分が乗っている自転車の何倍ものスピードで走るはずの、バイクだったのだ───。 「聞いたぞー? 家出、してきたんだって?」 「…………」 「今日、いーい天気だよなぁ〜」 「…………」 「……ほんっと、なーんもないなぁ? この辺。なんか店でも出したら、か〜なり儲かると思うんだけど……」 「…………」 「……てゆーか、あの、話聞ーてます?」 「…………」 二人は線路の端から足を投げ出して、海の上でぶらぶらと足を遊ばせながら、そうやってしばらくの間『せんせー』の一方的な語りかけを続けていたものの、背を向けたままだんまりを決め込んでいる少年に、 「……なんだか、つれないっすねー、ニイサン。ぼかぁ悲しいなぁ」 と言って、とうとうかっくりとうなだれてしまった。だが、そう言いながらも、ちっとも残念そうではない、どこか芝居がかった『せんせー』のその様子に、少年は次第に苛立ちを覚え始める。どうにも我慢ならなくなり、『せんせー』の方へ振り返ると、 「あーもーっ! 静かにしてよ! ラジオが聴こえないじゃんか!」 と一喝すると、しかし『せんせー』が浮かべた表情はけして不快を感じたものや、ショックを受けた風ではない、口を横いっぱいに広げて喜ぶ、笑顔であった。 「おおっ? 反応したな? うんうん、そうこなくっちゃあ。教師と生徒って言ったら、やっぱ一番大切にしなきゃならないものは、コミュニケーションだものなあ」 うんうん、としきりに頷きながら、嬉しそうにそう語る『せんせー』の姿に、少年は今度こそ、諦めの溜め息をつかずにはいられなくなってしまっていた……。 この『せんせー』は、人気者だ。 学校の中で一番好きな先生は誰? という質問に、恐らくは彼が通う小学校の生徒達のほとんどが、この『せんせー』の名を挙げるはずだった。いつだって面倒くさがらずに子供達の話を聞いてくれるし、休み時間も一緒に、泥だらけ汗だらけになって、遊んでくれる。ルックスもそこそこで、女子の悩みや相談事にもとても真摯にのってくれるため、クラスの女子のハートのほとんどが、『せんせー』のものになってしまっているというのは、公にはされてはいないが、しかし確かな事実なのだ。男の子にも、女の子にも平等に好かれる教師。───しかし、それだからこそ、少年はこの『せんせー』には、心を許せないと思っていた。その思いの正体を言葉にすることは難しかったが……とにかく少年にとって、この『せんせー』は油断のならない人物なのだ。 少年はとびきりの警戒心をこめて、じっ、とその“危険人物”を睨みつけ、 「……ぼくのこと、探しにきたんじゃないの? 街の人とかに頼まれて」 ぽつりとそう呟いてみせる。しかしその言葉にも、『せんせー』はちっとも不機嫌そうな顔を見せずに、うっすらと微笑ましげに目を細めすらして、「ぜーんぜん?」と、肩を竦める。 「確かに頼まれはしたけど。でも、ここに来たのは、また別の理由でーす」 「? なに、それ?」 想像していたリアクションと違い、何だか拍子抜けしてしまった少年は首を傾げてしまう。『せんせー』はニッ、と大きな笑みを見せて、 「君とおんなじ。───それだよ」 と、顎で、少年の自作のラジオを指す。そこから流れていたのは─── 『さて、残り時間もあと、一時間を切りました! 今より十年前、エスタ宇宙ステーションがラグナ・レウァール大統領自らによる指揮のもと、世界に向けて発案したラグナロク・プロジェクトの要となる飛空挺ラグナロク二世号のテイク・オフが! この世紀の瞬間が! もう、目前にまで迫って来ているのです! このプロジェクトは、近い将来に再来すると言われている、あの災厄、月の涙現象の対抗策として打ち出されたもので……』 ───今、世界中が注目している、エスタ宇宙ステーションの打ち上げの模様の一挙手一投足を伝える放送だった。少年が「あ」と小さく声を漏らすと、『せんせー』はうん、と力強く頷いて、 「そう。飛空艇の打ち上げ! なんてったって、歴史に残る出来事だからねえ。君を探すのは───そのついで……だなぁ」 笑いながら言ったその言葉に、少年はむくれたように頬を膨らませて、抗議をする。 「……そのセリフ、とても“先生”のものとは思えないんですケド」 冗談のつもりで言った言葉に、手痛いお返しを戴くこととなった『せんせー』は思わず苦笑をして、「あイタタ、まいったなぁ」と、ばりばりと頭を掻く。さらに、 「───『あイタタ』ってゆーリアクションも、ありえない。イマドキ」 今度こそ、本当に痛いツッコミをずばりと入れられてしまい、『せんせー』に先ほどまでは確かにあった大人の余裕はなくなり、動揺にこめかみをぴくぴくと震わせながら、「あ、はは、はは〜……反省します……」と、少し強引な笑顔を浮かべて見せたのだった。 ───青空と蒼い海は、遥か水平線の彼方で溶け合い、一つとなっていた。『せんせー』にはそれがまるで、いつかやってくる“未来”と立ち戻れない“過去”と、そしてそれらを繋げる“今”という時間を象徴するもののように思えた。絶え間なく繰り返す波の音が、彼の体感時間をさらに曖昧なものにしていき───さらに、無愛想な少年のその姿が、彼の過去の記憶を、掘り出していく……。 「そういえば、ずっと昔にいたなぁ。……君みたいな子が」 「───ぼくみたいな?」 懐かしくなり、思わずぽつり、と発した『せんせー』のその言葉に、少年は怪訝な表情を浮かべる。その仕種にすら見覚えのあるものを感じて、『せんせー』はくすりと微笑みすらしながら、空を仰ぎ、ぽつり、と呟いた。 「打ち上げまで、一時間か……。 ───あのさ、ちょ〜っとだけ、おじさんの昔話に付き合う気、ないかい?」 パッと振り向きながら言った『せんせー』のその言葉に、しかし少年はあっさりと手の平を突き出して、首を横に振り、 「イヤ、けっこーです」 と、これ以上にないというくらいに、きっぱりと断ってみせた。『せんせー』はそれを見て、またも懐かしげにふわりと微笑んで─── 「あれは……今から二十年も前のことだったか……」 と、勝手に感情移入すらしながら語り出す。少年はがっくりと盛大に肩を落としながら、 (じゃあ……聞くなよ……) と、憤りを越えて、悲しくすらなりながら、思うのであった。『せんせー』はそんな少年の様子に気づいているのかいないのか、目を閉じて、口元には笑みすら浮かべながら、空を仰いでいた。目を閉じている彼の瞼の裏には、二十年前の『あの頃』の光景が浮かんでいるのだろう───。少年はそう分析したが、しかしそれはまだ幼く、今の所は彼を邪魔者としか思えていない少年にとっては、本当に、心の底から“うざったい”ものだった。 だが悲しいかな、面には出さないものの、他の生徒達と同様に少年もまた、性根の部分ではこの『せんせー』を気に入っているのだ。調子っぱずれで、不真面目で、でもやっぱり真面目な『せんせー』に、抵抗しても、拒絶しようとしても、どこかで許し、受け入れてしまう。───そう、少年が“油断ならない”と彼を警戒しているのは、そんなところに起因しているのだ。そして今回もまたその例に漏れず、気がつけば少年は苦々しげに表情を歪めながらも、しっかりと『せんせー』の話に耳を傾けてしまっている。そのことをやはり悔しく思う少年だったが───しかしこの後、少年は『せんせー』が語るその昔話に、すっかり聞き入ってしまうこととなる。 飛空艇が打ち上げられるまでの一時間が、 光の速度で走り去ってしまったかのような気がしてしまうほどに……。 ───澄み渡った、青の世界で。 二人だけがいる、この場所で。 その青年は、静かに語り始めた。 「───あの街には、ある男の子がいたんだ───」 ───これは、そのたった一時間の間に語られた、 たった一週間の、物語───。 気ままにSentence 10万ヒット記念リレー小説 『Stand up!』 from FINAL FANTASY[ □■□■□■□■□■□■□■□■ ◇ 「───釣れんのうー……」 それから時は遡り、二十年前───。 この日もまた、F.H.は相変わらずな天気の一日だった。 F.H.周辺の海域は気候が安定しているため、一年中ほとんど天候は変わらない。少し暑いくらいの、しかしあくまで穏やかな春のような日差し。天を仰げば、薄いスカイ・ブルーが遥かハルダウンの先まで続いていて、そうしたまま爽やかな潮の匂いのする柔らかな風に吹かれていると、まるで空に抱かれているような気持ちになってくる。 ───今日は釣り日和ぢゃ。と、老人は今朝方に思い───万年同じような陽気の中の、どこで釣り日和なのかそうでないかを決めるのか、それはよく分からないのだが───こうして見つけた穴場の釣りスポットで、かれこれ二時間ほど糸を垂らしているのだが……何故だか、今日に限って曳きが悪い。 ───ふーむ……良いポイントかと思っていたんじゃが……こりゃあ、ボウズかのう? 苦虫を噛み潰したような顔でそう思い、穏やかに波を立てる海を睨んだ。老人はこの、獲物がかかるのを待つ時間を釣りの醍醐味としているつもりなのだが……しかしまるで成果がない、というのには、少々腑に落ちないというか、納得のいかないものがあるような気がしてならない。流れていく雲を見つめ、カモメ達のお喋りを聞き、F.H.の基盤に打ちつける波音の揺り篭に身を委ねる……。『待つ時間』のそんなところを老人は好いているわけなのだが、だがしかし、引っ掛からないものを待っているのは(ひどく子供じみてはいるが)、やっぱりなんだか面白くないのだ。 と、その時。 「じーちゃん、いるー?」 カンカンカン、と鉄骨を踏み鳴らす、軽い足音。そして、慌しく駆けている様子などから、足音の主は子供なのだと容易に想像することができる。もはや耳慣れた足音だ。老人は一息つき、“今日一日の平穏よ、さようなら”と、心の中で呟いた。───この少年が来ると、途端に騒々しくなるものなのだ。不安定な足場を軽快な足取りで跳び、背後にまで近づいてきたその少年に企みを実行しようと、にやり、と老成した渋みのある笑みを浮かべて、ごく低い、老人独特の掠れた声で、こう、言うのだった。 「今日は“ボウズ”かと思っておったら、偶然ぢゃ。“坊主”が来おったわぁっはっはっはっは……」 …………ひゅうぅぅぅうう〜〜……っ。 ……ともあれ。老人はそう、ダンディズム溢れる声で呟いた後、声を発してから数秒経っても全く反応を示さない少年の方へ、そこでようやく振り返り、 「……えーとな、テツや。今のギャグはな、釣りの用語で全く釣れない状態を表す“ボウズ”と子供の“坊主”をかけたものでぢゃな……」 と、突如極寒のトラビアにまで連れ去られたかのような寒気に襲われて凍りつく少年───テツに向かい、ジェスチュアも交えての解説を行おうとする。が、テツはハッ、と拒絶反応を示すかの如く意識を取り戻し、 「ぎゃぁぁっ! ウケなかったギャグの解説すんなぁぁっ!」 ずざざっ、と後退りすらしながら言うと、老人はガーン、と少々傷ついたように「……自信作ぢゃったのに……」と、呟き、意気消沈といった風に、背中を丸めて再び糸を水面へと垂らした。 だが、老人もテツも、お互いこうは言いながらもその実、こういったやりとりを楽しんでいるのだ。遥か上空では、鳥達がじゃれあう姿が見えた。 「っくあぁ〜〜……い〜い天気ぃ〜……」 そんな大欠伸の後、老人が釣りをするその後ろで、両手足をだらしなく投げ出して寝転ぶテツに、老人は、テツのところどころが油で黒く汚れたショルダーバッグに目をやり、 「……今日も学校をサボってきたんじゃな?」 と、けして咎める風ではなく、しかしジロリ、と鋭い一瞥を投げかけながら言う。 「なんだよー、せっかくじーちゃんと話そうと思ってきたのに、説教ー?」 しかし、怯むことなくむくれるテツに、老人は笑い、続けた。 「またロスのヤツに怒られるじゃろうに」 しかしテツは、寝転んだまま頭の後ろで手を組み、頬を膨らませながら、 「てかさ、ガッコ行ってもつまんねーんだってぇ〜っ」 と抗議を始める。鉄骨から足を投げ出し、ぶらぶらと行儀悪く揺らしながら。 「オレ、やっぱショーライ技師になるだろ? で、ロスよりもっと、もっともっと、もぉぉっっ〜〜とすっげぇ腕のいい技師になって、『百汽長』になるわけだし」 ───百汽長。かつてのエスタで、百人の技師達を束ねた、優秀な技師に与えられた名前のことだ。F.H.の技師達の間では、最早この言葉は使われなくなっていたのだが、歴史の授業の際に子供達はこの言葉を覚え、その名の響きと百人もの一筋縄ではいかない技師達を束ねた、という実績とに強烈な憧れを覚えた子供が多く、最近では技師を目指す子供の内二人に一人は、『百汽長を目指す』と口にするものだった。 自身の将来の目標を、臆面もなく、疑うことなく(ついでに遠慮もなく)語るテツに、老人は「へー、そうなの」と、いかにも適当に相槌を打つ。彼のこの話は、もう耳にタコなのだ。しかしテツはそんな老人の様子には気づかず、がばり、とテツは起き上がり、老人に向かって正座なんぞをしてみせながら、さらも続ける。 「でさ、でさ? じーちゃん。ここからがとっても重要なおハナシなのですヨ。 ほら、オレのショーライって、もう決まってんじゃん? だったらさあ、ガッコなんか行って、社会だとか国語だとか、全っ然カンケーねーことやるより、とりあえずロスの仕事手伝ってた方がいいと思うんでございマスよ。その方が、仕事の“ノーリツ”ってもんも上がる、ってもんだし……」 「『そっちの方が楽しいしー♪』……かのう?」 唐突に、テツの口真似をしながら言葉を挟んできた老人にテツは「うっ!?」と、本心を見抜かれた! とでも言わんばかりに驚く。そんなテツに老人は、 「ロスも、とんだきかん坊をもらったもんぢゃ」 と、たまらずに笑い出した。するとテツは顔を真っ赤にして、 「うっ、うっせーなぁ〜っ、もうっ。あんだよ、じーちゃんまでさーっ」 と立ち上がり、頬を膨らませながらすたすたと街の方へと戻っていく。そんなテツに老人は、 「なんぢゃ、こんな寂しいところにジジイを一人置いてゆくのか〜」 わざと変に苦しそうに声をあげてふざけると、梯子を上りかけたテツはそれを見て、先ほどまでの不機嫌な顔はどこへやら、 「なんじゃ、そりゃ」 と吹きだして、今度は顔中を口にして笑うのだった───。 テツが去り、一人残された老人は、 “学校がつまらん、かー……。悪くはないが……良くもないのう。” 若さじゃのう、と苦笑し、再び釣りに集中しようと、改めて糸を水面へ落とした。だが、再開したはいいものの、やはりどうにも獲物がかかる気配がないように思えた。ここは穴場だと思っていたんだが───選択眼が鈍ったか? と、老人は溜め息をつき、 「調子があがらんの〜」 と、心底つまらなそうにボヤく。やはり釣りの醍醐味は待つ時間よりも、釣ってなんぼのものかもしれない、とまで思ってしまう。 「こう……『どかっ』と大物が来んもんかの」 麦藁帽子を被り直しながらそう呟き、老人が本日の釣りを諦めようかと思っていた───その時。 ゴォッ……!! ふと、気が付くと。陽光をその蒼くなだらかな壁面で反射させながら近づいてくる、巨大なガーデンという名の『大物』が、老人のすぐ目の前にまでやってきていたのだ。その巨体でF.H.の灯台、風力発電塔など、触れるもの全てを薙ぎ倒しながら迫り来るそれを見て、老人は状況が把握できず、きょとん、として……その後、呆然とした様子で───そのすぐ後に、死ぬ程大騒ぎをする破目になるのだが───呟くのだった───。 「……なんぢゃ、そりゃ……」 ◇ ───バラムガーデン。 これまでに数多くの優秀な兵士を育て上げてきた、港町バラム近隣に位置する兵士養成学校。だが紆余曲折を経て、ガルバディアを手中に収めた魔女・イデアの手により、ガーデンはガルバディアの大陸弾道ミサイル攻撃に遭ってしまう。しかし、帰還したスコール・リノア・キスティスらの活躍により、ガーデンは秘めていたシェルター機能を解放後、『空を飛ぶ学校』と化し、何とか危機を脱することに成功した。 だが、制御方法がわからないスコール達にコントロールできるわけもなく、ガーデンは風の向くまま波の向くまま、といった風に、しばしの間、海を漂流することになる。その間も、先に起こったガーデン内の内紛の後処理、マスター・ノーグとの衝突、イデアのSeeDと名乗る者達との遭遇など、数々の出来事が起こり、自然、ガーデンの生徒や教師達───特にスコール───は、表層上はどうあれ、確実に疲弊していったのだった……。 そして、漂流し始めてから数日後。 衝突という形でガーデンはエスタの技師達が住む海上都市、フィッシャーマンズ・ホライズン───通称F.H.───に漂着する。争いを毛嫌いする、F.H.の『駅長』ドープに、早々に立ち去るようにと通告されてしまうが、それと同時に突如F.H.を襲ってきたガルバディア軍を、軍事力を持たないF.H.に代わり撃退、その際に別行動をしていたセルフィ、アーヴァイン、ゼルらとの再会を果たす。 ドープ駅長は、しかしガーデンのことを認めることができず、一刻も早くに立ち去ってもらうためと、ガーデンの修理・修繕をF.H.の技師達に命じた。 その工期は、一週間であった───。 ◇ 「─── 一週間、か」 穏やかな光の差し込む、SeeD専用個室の中、スコールはベッドに横たわったまま、そう誰にともなく呟いた。ガーデンの修理、修繕が終わるまで、一週間もの時間が、かかるのだそうだ。作業は既に始まっているらしく、ガーデンの蒼い、緩やかな曲線を描く壁面に巨大なクレーンを寄せている姿が窓の外から見えたり、また、ガーデンの中に何人もの男達がやってきては、あちこちで工事の騒がしい金属音を立てている。 ─── 一週間……長いな。 ちっ、と短く舌打ちをして、スコールはシーツを頭から被ってしまう。ガーデンが動かせるようになるまでは、との自由時間を与えられたものの、自由に、と言われても、一週間も何をしていればいいのだろう? こうしてじっとしていると、考えたくもないのに、悩み事ばかりが頭の中をぐるぐると回り始めてしまう。 ───なんで、俺がリーダー……。 バトルはともかく、他人の面倒を見るのがな……。 さっさと魔女とのバトルに持ち込んで終わらせるしかないよな。 ─── ……!? 魔女ってシド学園長の奥さんだろ? その人を倒せって命令なのか? ……そんな命令出すのは、どんな気持ちなんだろう? ───イデアのSeeD……あいつら、なんなんだ? 実際に存在していた、魔女が狙っているエルオーネ…… 『過去』を変えたいって? 何のことだ? そこまで知らぬうちに考えてしまい、ハッ、とスコールは我に返る。───ダメだ。自分の頭なのに、まるで底なし沼のように堕ちていってしまう。ふと、時計を見つめると、こうしてベッドにもぐりこんでから、まだ五分と経っていなかった。改めてスコールは溜め息をつき、陽だまりの中、もう一度呟いた。眉間に刻まれた皺に実によく似合う、不機嫌な声で。 「─── 一週間、か……」 ◇ 「てかさ、ロスー、聞いてんのかよーっ?」 ガーデン外の作業場にて。 少し暑いくらいの陽射しに包まれながらの作業で、壁面に張り付き、命綱一つで作業をする者もいれば、巨大なクレーンを操作する者もいる。皆額に汗の粒を浮かばせて、騒々しい物音を立てながら、黙々と仕事をこなしていた。 そんな中、テツは薄汚れたクレーンに足だけを引っ掛けて、逆さまにぶら下がりながら、先のようなひどく不機嫌な声出していた。テツのまだ少し幼く、少し掠れた声は、工事による騒音などものともせずに、いともたやすく目標の男の耳へと辿り着く。数名の技師達に指示を出している、油で汚れたバンダナを、テツとそっくりの黒髪のボサボサ頭に巻いた屈強な大男───ロスは、テツの声に顔を真っ赤にし、 「てめぇっ、バカテツっ! 名前で呼ぶなって何回言やわかるんだ!! 俺はお前の父親なんだぞ? もっと敬意を込めてだな、せめてアレだ、オヤジだ、オヤジ! そんな感じで呼べっつんだよっ!」 それを聞いたテツは、何をくだらないことを、とでも言うように深く深く溜め息をつき、肩を竦めながら、 「だってさぁ、なんかロスってオヤジ、ってカンジじゃねーんだもんなー。ダチとかそーゆー感じがすっし、それにさ、ロスはロスだべ? ロス、って名前なんだから、そりゃトーゼン、ロスってきちんと名前で呼んでやるべきなんですヨ、ウン。だからオレはロスのことをちゃーんとロスって───」 まるで教鞭を執るかのように人差し指を振り、講釈を述べる如く語るテツだったが……その後に目にしたものに、ハッ、と息を呑んだ。 「……今・何回・俺の事を・名前で呼んだ……?」 ゴゴゴゴ、という大気の震える音が聞こえてきそうなほどの怒気を全身から立ち上らせるロスの様子に、テツはこれから起こることを察し、さぁっ、と顔色を変える。そう、目の前にいる猛禽類の目をした男は、もはや父ではない。テツにしてみれば、獣かまたは、鬼に等しい存在なのだ。 調子に乗って彼の『鬼』の名を呼び過ぎてしまったのが、そもそもの過ちであったが、それを悔いてももう遅い。慌てて弁明を述べようとするも、しかしロスの勢いは止まりそうもなかった。 「ちょ、ちょ、ちょいタンマ、タンマだって!」 「待たねェ」 「ごめんすまん悪い親父、いや親父殿、いや親父様!!」 「もう遅ぇんだよバカテツっ!!」 「ああああああ!!」 < しばらくお待ちください。> 「……ずびばぜんでびばぼ父上……」 ほろり、と涙を流しながら相変わらずにクレーンにぶら下がるテツであったが、その顔はロスの鉄拳制裁により、見るも無残に膨れ上がっていたのだった……嗚呼テツよ、哀れなり。一方ロスはというと、先程までの出来事などまるでなかったかのように、仕事に打ち込んでいた。 「……んだよ、ロスのヤロー、手加減しろっつんだよ〜」 ロスの気が自分から逸れたと思った途端、テツは反省の色など全く見せず、そうぶつぶつと呟きながら腫れた頬を擦っていると、テツの頭上から───つまり、地面の方から───工事の騒音に紛れて、ぱんっ、という、何かが破裂するような、微かな音が聞こえた気が、した。テツはほとんど反射的にぐい、と無理矢理顎を上げてそれが聞こえた気がした方向を見やると、そこにはクレーンの操縦席に座り、ガーデンを見つめる少年の姿があった。少年はゆっくりと顎を動かしていると、不意にその尖らせた唇から、ピンク色の大きな風船を作り出し、やがてそれは空気の内圧に耐え切れず、ぱんっ、と軽薄な音を立てて、破裂する。───先程の音の正体は、ガムで作った風船が割れる音だったのだ。少年はそのテツの視線に気づき、自らも顔を上げて改めてテツの顔を見ると、 「───痛そー」 ぼそっ、とそう、無感情に呟くのだった。テツはにわかに顔をしかめて、 「痛そうって、おめー……。エド〜〜……、見てないで助太刀しろってー」 ガムを噛んだ少年───エドに向かってそう言うと、しかしエド自身は何も言い返さないまま、より不機嫌そうにぶすっ、と頬を膨らませて、ガーデンへと視線を戻す。なんだよー、言いたいことあんならハッキリ言えよなー、と怪訝な顔をするテツに、「ぼく…」と言いかけたまま、しかし結局は何も言わずに、エドはさらに拗ねたように唇を尖らせる。そうして、ぽつり、と、 「……テツこそ、言いたいことがあったんじゃないの?」 呟くように言うと、テツは「あん?」と眉をひそめて、少しの間考えを巡らせた後、ハッ、と目を見開いて、 「おおっ、そうだ、そーだよ!」 と、まるでエドの声のボリュームの小ささをカバーするかのような、大きな声で答えた。エドは大きすぎるテツのその声に、一層に不愉快そうに表情を歪める。テツはクレーンの天辺に立ち上がり、再びテツはロス達が修理する、ガーデンを睨みつけた。そしてすう、と大きく息を吸い、 「おい! ロ……」 「あぁんっ!?」 “……ス。”と、名前を呼ぼうとした瞬間、再び殺気のこもった目でギッ! と睨みつけられて、一瞬たじろぐテツ。しかし、今のテツはこれしきのことで臆したりはしなかった。何故ならば、自分達には何としても主張しなければならないことがあるからだ。テツはぐっ、と腹に力を入れて、確固たる決意を持って、もう一度、大声を張り上げた。 「おい! ……えーと……ォ、『オヤジ』!!」 ……もちろん、この部分だけは訂正することは、忘れずに。 「だからぁ、オレらが言いたいのはさ……なんでガーデンの修理するんだって! ガーデンのヤツらって、悪いヤツらなんだろー? なんで、助けるんだよー!」 ───そうなのだ。説明をするのが随分と遅くなってしまったが、これが、テツとエドが今ここにこうして集まっている動機だった。テツやエド達は、街の大人たちがガーデンの修繕に関わることに反対をしているのだ。 ロスは呆れたように溜め息をつき、 「まぁたその話か? 別にいーじゃねぇか、壊れたモンを直す。それが俺達の仕事だろ」 と返すが、しかしテツは、 「良くないって! だって、なんか……カッコ悪いじゃんよ〜。あいつらにヘコヘコしてるみたいでさぁ〜っ」 ガーデンの方を指差しながら、駄々をこねるようにそう言うと、ロスは一度その指差すほうへ目をやってから、少し疲れた様子で首を横に振る。 「別にヘコヘコなんてしてねーだろが。それと人のことを簡単に悪いとか言うんじゃねーよアホ」 頭をバリバリと掻きながら、もはや半分面倒臭そうに───もうさっさと仕事に戻りたいのだ───そう言うが、テツの攻撃はそれだけでは収まらない。さらに、 「駅長だって、あいつらのこと悪いヤツらだって言ってたんだぜ〜?」 と、胸を張って言い返すが、しかしロスはハン、と鼻で笑い、 「ほー、そうかい。……じゃあ、駅長はこんな風にも言ってたんじゃねぇか?『学校へはサボらずに行きなさい』ってな」 と、軽くあしらうように、反撃も兼ねてそう言うと、テツはその言葉にウッ、と一瞬怯む。学校へはサボらずに行くべし、が、日々ロスから言われている言葉の一つだったからだ。ロスは頭をバリバリと掻きながら、今度は至って真面目な口調で、言った。 「───テツよ。オメーが技師になりたいっつー気持ちはわかる。俺もオメーに仕事手伝ってもらえりゃ、そりゃ多少は楽だわな。……だがよ、学校だけは出ておけよ。技師としてのワザだけじゃねぇ、他の事も勉強することでよ、オメーには俺にはできなかった、もっと広い世界がある、ってことを知ってもらいてーんだ……」 「───……っ」 目を細め、ぐいと天を仰ぎながら言う、思いもよらぬほどに真摯に響いた父のその言葉に、テツはぐっ───、と、それまで軽やかに動いていた口をつぐみ、胸が少し痛むような、テツ自身もよく分からない気持ちを覚えていた。普段から学校にだけは行け、と言われてはいたものの、改めてこうしてその意図を聞かされると───少々、胸に来るものがあったのだ。 ……だがしかし。 テツはじろり、とロスを睨み、 「……ってオヤジ。……まさか今の話でガーデンのことはゴマカせたとか、思っちゃねーだろな」 と呟くと……つい先ほどまではそこにあった、ロスの誠実な眼差しはあっという間に崩れ、やさぐれた様子でぼそりと言うのであった。 「……ちっ、気づきやがったか」 「だぁぁっ、やっぱりかテメーっ!」 危うく、ロスの言うことを真面目に聞きそうになったテツは、そんな自身に顔を赤らめながら、地団駄を踏んだ。 ───そうだ、今は学校なんかよりも、ガーデンの問題のが『ユーセン』なんだっつの! ───学校の、いつかの朝礼で、ドープ駅長が言っていた。話し合いで解決できないことは、この世にはない。争いで物事を解決するような者達は、ろくなものではないのだ、と。 テツは子供ではあるが、だがこれを真に受けることはなかった。確かにこの世には話し合いで解決できる(または、すべき)ことが、多くあるのだろう。もしそれが続けられるのであれば、一番だ。だが、やはりそれは理想論で、現実はそう上手くはいかない。話し合いで済むこともあれば、そうもいかない時だってある(現にロスとの日々のケンカも、その一つだ)。子供にしては少々達観した視点を持っているテツには、ドープ駅長の言葉は正直、奇麗事に聞こえたものだったのだ。 しかし、その後の言葉。 基本的に武力によって物事を解決へ導こうとするガーデンは、争いを呼ぶ危険な存在だ、とも、駅長は言っていた。 これに関しては、テツは何とも考えることが出来なかった。単純にテツはガーデンを知らなかったので、その言葉が正しいのかどうか、判断することが出来なかったのだ。故に、その時点でのテツのガーデンへの評価は、保留にされたままだった。 しかし、そこで起こった先の出来事。 ガーデンは漂着の際、F.H.の様々な施設を破壊し、尚且つ連中がやってきたその途端に、ガルバディアも進軍してきた。奇しくも、ドープ駅長の言葉通りになったのだ。それを撃退したのは、やはりガーデンではあったが、だがこれでテツの中での、ガーデンの評価が決まった。F.H.に漂着した際に彼らが破壊したものは、例えそれが些細なものであったとしても、それまでのF.H.の短い歴史の中で、しかしそこに住む自身達の夢のため、必死になって創ってきたものだったのだから。 ともあれ、そんないきさつもあってか、テツを中心とする子供達はガーデンの手助けとなる修復・修繕作業に断固反対、という姿勢を見せていた。武装集団と呼ばれるガーデンの者達の暴力に、自分達の尊敬する誇りあるF.H.の技師達が負け、いいように従属させられているような気がして、我慢ならなかったのである。 しかしいくらテツ達が言っても、大人たちは聞き入れようとはしてくれなかった。そこで技師達の中でもかなりの影響力を持っているであろうロスに(ロスは自らが経営する修理工場の長だから技術者にも顔が利くし、何より街の人々に慕われているのだ)話してみよう、ということになったのだが───どうやら頼みの綱の彼の反応も、それまでに説得を試みてきた先人達と同じもののようである。確かにロスは人情に厚い男であったが、この場合にはそれは適用されないようであった。 ロスはもうこれで終いだ、とでも言うかのように、手の平をひらひらとさせながら、 「とーにーかーく。オメーみてーなガキにゃわかんねぇイロイロな事情が大人にゃあんだよ。ほれほれ、わかったらとっとと学校に行け!」 と言い、そのままガーデンの方へと戻っていってしまうが、その背中に向かってテツは、 「あ〜っ、あんだよテメ逃げんのかよー! ……てか聞けっつの、コラ〜っ!」 と、テツは諦めきれない、とばかりに悔しそうに頬を膨らませるが、どうやらロスは本当にもうこれで話を打ち切るつもりらしく、けしてこちらを振り返ろうとはしない。そこへ、 「おーい、ロス! ちょっとこっちの方、見てくれやー」 同じくガーデンの修繕に取り掛かっているはずである、技師の一人がロスに声をかけた。ロスは頭に巻いていたバンダナを締めなおしながら声をかけた技師と共に、「ガーデンのパイロット・シミュレーターに使うパネルなんだけどよ、あれ17じゃ代えらんねーかな?」「あァ? 18号タイプあったろが? ちゃんと見たのかよ?」と、語りつつ、ガーデンの中へと去ってしまうのだった───。 あまりに一方的に話を終わらせられてしまったテツは、憤慨する思いを抑えきれずに、顔を真っ赤に染めて鼻息を荒くして、 ───にゃろう〜〜っ。 と、心の中で憎々しげに唸ると、テツは憮然とした様子で「とうっ!」と、腹立ち紛れにクレーンの天辺から飛び降り、見事な運動神経でガーデンへ架かる即席の鉄橋へと着地した。それに気づいたエドもまた操縦席から出てきて、相変わらずの淡々とした調子で、 「───あきらめて、帰る?」 と問うと、テツはふんっ、と大きく鼻を鳴らして、 「センジュツ的撤退と呼ぶべしっ! これ以上ここにいたってしゃーねーべ。一度引き下がって、作戦を立て直すのだ!」 語尾の辺りでは半ばやけになりながらそう答えると、テツはロスに向かって一度だけ憎らしげな顔を作ってみせ、すぐに背中を向けて駆け出してしまう。知らせを待っている同じ反対派の仲間達に、このことを報告しなければならないのだ。 エドもまたそれに続こうとしたが───ふと、足を止め、もう一度ガーデンを見上げた。そこで働く男達の背中を見て、ぎゅうっ、と、やはりテツと同じように───または、それ以上に───悔しげに顔を歪める。 「…………。」 やがて、後ろ髪をひかれるような思いのまま、エドは走り出す。もうずっと先の方へ行ってしまった、テツの背中を追って。 カンカンカン、とF.H.の鉄骨を踏み鳴らすその足取りは至って軽快だったが、しかしテツの表情は相変わらずに晴れないままであった。───気に入りませんねぇ……、と、不機嫌そうに一人ごちる。キッ、とF.H.の街並みを見つめ、足は止めぬまま、子供らしい、柔らかな頬を思い切り膨らませて、 「───今に見てろよ〜……」 いかにも少年らしく口を尖らせながら、そう、テツは誰にともなく呟いたのだった───。 ◇ 『うーんん……』 ……と、三人の唸り声が見事にハモったこの場所は、ガーデンの元・学園長室。MD層を解放してからは、突如現れた機械───F.H.の技師達の説明によれば、これがガーデンを動かせるようになった際のブリッジとなるそうなのだが───のおかげで学園長室としての機能はすっかりと果たせなくなってしまった。しかし、そうは言うものの他に行く場所もないので、その部屋の隅にあるソファにシド、キスティス、シュウらは座り、部屋の中に出たり入ったりを繰り返しては作業を続ける技師達の背中を見つめ、同じような溜め息をついていたのだった。抱えている悩みの種は、どうやら三人ともが同じものらしい。 『……うーん』 と、もう一度同じタイミングで一同は溜め息をつき───「まいっちゃったわねぇ」と、まず切り出したのは、シュウだった。 「まさか、ガーデンの操縦士が必要になるとは……考えてみれば、トーゼンのことなんだけど」 ───そうですねえ、と、シドもまた天井へと伸びるブリッジが作られている様を見つめて、相槌を打つ。 「あらゆる乗り物の操縦訓練は行ってはいましたが…ガーデンの操縦となると、前例のないことですからねぇ」 「だーれが適任かなぁー……」 シド、シュウは技師達から渡された、操縦マニュアルをぼんやりと眺めながら、力なく呟いた。今こうしてざっと目を通しただけでも、細かなところで非常に複雑な技術とセンスが要求されるであろうことが理解できる。誰しもが出来る、という代物ではないことは、まず間違いない。それより何より、ガーデンにいる全ての人たちの命を預かる役職となるわけだから、容易に決めることはできなかった。一同は脳裏に次々とドライバー候補達を思い浮かべてはみたものの、どの顔もいまいちピンとくるものがなくて……。 『……うううーーんん……』 ───と、もう一度唸りかけた、その時。ふと、キスティスは腕時計に目をやり、 「───あ、いけない」 と、少し唐突なタイミングで言う。シュウが「お、どうしたの?」首を傾げていると、キスティスは申し訳なさそうに両手を胸の前で合わせる。 「ごめんなさい、これからちょっとアーヴァイン達と打ち合わせをしなくちゃならないの」 「あー……もしかして例の『計画』、ってヤツ?」 事前に何度かキスティスからは話を聞いていたため、『打ち合わせ』の内容をすぐに察したシュウは、意味ありげな笑みを浮かべてそう言った。キスティスが薄く微笑んでそれを肯定すると、シドもまたにっこりと口元で大きな弓形を作り、 「わかりました。あとは私とシュウとで考えておきます。───どうぞ、行ってらっしゃい」 シドの、年の割に少し高く、そして掠れている声を聞き、キスティスはどこか、安堵を覚える。───この人の声には、何となく安心させられるような気がするのだ。キスティスは軽く会釈をし、 「ありがとうございます。打ち合わせが終わり次第、すぐに戻りますから」 と、二人の背中を押してくれるような笑顔に感謝の意を示し、彼女らしく颯爽と、去っていった。だがその時のキスティスの、こめかみを押さえるような仕草を───シュウもシドも、見逃さなかった。 「がんばってね〜」 と、陽気にその背中を見送っていたシュウは、キスティスがエレベーターの中に消えた途端、ふっ、と小さく嘆息をつく。キスティスの分のマニュアルが開かれたままの机の上で腕を組んで、未だにエレベーターの方向を見つめたまま、言った。 「……疲れてるなぁ───キスティス」 恐らくはシドに向かって呟いたのだろうが、しかしそれはまるで独り言のように響いた。シドはその響きの中にシュウの、仲間を心から心配する心情を察し、うん、と力強く頷く。 「きっとそうでしょう。この数日は特に、いろいろなことがありすぎましたから。もちろん……それは、キスティスだけではありませんが───」 シドはそう言って、赤色が基調の学園長室の高い天井を見上げた。───確かに、この数日は本当にいろいろあった。皆、生来の明るさからか、元気に振る舞おうとはしていたが、やはり学園のそこここに疲労の色が滲み出ていたことは、否めない事実であった。自分自身もそれは、例外ではない。シドはアーヴァインやキスティス達の『計画』を、今後のガーデンの行方を想い、ぽつり、と呟く。 「万事、いい方向へと、向かうと良いですねぇ」 シドのその言葉に、シュウもまた心から素直に、頷くのであった。 ◇ ロスの元から立ち去った後。 テツとエドが、仲間達との待ち合わせ場所であるミラー・パネル中央の、駅長の家の前に向かっていた時のことだった。街からその場所へと続く、長い、なだらかな階段に差し掛かったところに、普段からの遊び仲間である、『反対派』の子供達───ナオ、ノブ、ジュンがいたのだった。 ───待ち合わせ場所は駅長ん家の前、だったよなぁ? その場所よりもずっと手前のところにいる彼らの様子に、うん? と首をかしげながら、テツは一同に、 「おーい、どしたんよー?」 と声をかけると、ナオ達はいずれも困惑した表情で、『テツぅ!』と、今にも泣きつかんばかりの声を上げて駆け寄ってくるが、しかしエドはその輪には加わらず、少し離れた所で立ち止まり、きまりが悪そうに立っているだけだ。テツはそれには触れず(彼の天邪鬼ぶりは、日常茶飯事のことなのだ)、「え? なに、なんだよ?」と、一同の様子からは事態を想像することすらできず、ただ戸惑いの色を浮かべるばかりであった。が、しかし─── 「───テツ、あれ」 視線の先にあるものに、ハッ、と驚いたように目を見開き、エドはミラー・パネルの中央を指差す。つられてテツも、その方向に目をやると……そこには、驚くべき光景があったのだった。開いた口も塞がらぬまま、実に間の抜けた声でテツは呟いた。 「……なんデスカ、アレ……?」 ◇ 「みんなにプリント、ちゃんとまわった〜?」 F.H.の穏やかな太陽に良く似た、柔らかな音の声がミラー・パネル中央にいるリノア、ゼル、キスティス、アーヴァインの耳に、穏やかに響いた。いつもなら打ち合わせやら何やらというのは、きまって屋内で行われるものであったが、こうして青空の下で行うのは、ずっと気持ちのいいことなんだなぁ、と、セルフィは掌を太陽に当てながら思った。これから行う、素敵な『計画』のための準備にも、一層の楽しみが湧くというものである。 セルフィの問いかけに、一同は手元に回ったプリントを確認すると、にっこりと笑いながら一つ頷いた。それを見て、セルフィと共にここまでの準備をしてきたアーヴァインはこほん、と一つわざとらしく咳をして、 「どもども、みなさん」 と、相変わらずの人懐こい声を出す。 「えー、まずは学園祭コンサートの企画会議に参加していただいちゃって、ありがと〜。で、こちらがプロデューサーのセルフィ」 「えっへんよろしく!」 アーヴァインの紹介を受け、セルフィはむん、と胸を張り、満面の笑みで応えた。一同もまた、その様子に知らずと笑顔を零す。 「ガーデンの校庭にあったステージが、F.H.との衝突やら何やらで壊れちゃっだろ? だから学園祭、もうできないのかなー、ってセルフィ、落ち込んじゃってたんだけど……。僕らでF.H.の人たちに頼んでみたんだよ。ガーデン直すついでに、あのステージも直してくれって。そしたら、ここに特設ステージを作ってくれる、って言ってくれたんだ。いい人達だよね〜? とゆうわけで、晴れてセルフィプロデュースの学園祭コンサートが開催できるようになった、っていうワケ」 と、この広場に設置され始めたステージの骨組みを指しつつ、アーヴァインがこの企画がここに至るまでの経緯を話すと、セルフィはアーヴァインを肘でつんつん、と突き、 「おてがら、おてがら」 と言い、ひまわりのような笑顔を咲かせるのだった。それを見たアーヴァインは、ふぅっ、と息を吐き───、 “……良し、好感触〜!” と、内心でガッツポーズを決め、余韻に浸っている内に、セルフィはプリントの最初のページを開いて、今回の企画の説明を始めるのだった(さっさと次のステップへ移ってしまったセルフィに対し、アーヴァインは一抹の寂しさを覚えたことは、言うまでもない)。 「えーっと、今回のコンサートにはスコールの指揮官就任祝いも兼ねてまして、友達として、今回の演奏を彼にプレゼントしたいと思っています。んでんで、ほら、今ガーデンも、(あたしは知らへんかってんけど)皆で大ケンカしちゃったり、慣れない船旅とかで、なんだかヘロヘロ〜、ってなっちゃってるでしょ〜? だからこれで、みんな、みーんながにっこにこの笑顔になれるような、そんな元気をあげるコンサートにしよ〜! って、思ってます」 一度は実行不可能だと思われていた学園祭コンサートの夢が急遽叶ったせいか、セルフィの言葉は話していく内に次第に熱を帯び、こうして言葉を聞いているだけでも楽しくなれるようなエネルギーを発散していた。少し疲れた様子だったキスティスもその微笑ましい様子に目を細めて、 「たのしそうね」 と、素敵なコンサートへの期待に思わず胸を膨らませる。 「…………で、演奏者は誰だ?」 と、次に声を上げたのはゼルであった。当然と言えば当然の疑問に、アーヴァインは、 「いるでしょ、ここに」 と、にっこりと微笑む。しかしゼルは、それが誰の事を指しての言葉なのかに全く気づかず、「どこどこ?」と、本気で辺りを見回していたりする。そこへキスティスが「あ」と短い声を上げて、 「もしかして……私たち?」 目を見開いてそう訊くと、アーヴァイン、セルフィらはその通り、とでも言うかのように、力強く頷くのであった。───前にこの企画の話を聞いた時は、自分達が演奏するだなんて、一言も聞かされていなかっただけに、 「……できるかしら?」 と、少し心配そうにキスティスは呟く。だが、 「やってみないとわからないよ」 リノアはすっかりとセルフィの企画に乗り気になって、興奮で頬を紅潮させながら、そう言う。キスティスは確かに、と言うように頷き、微笑んだ。セルフィはぽん、と一つ胸の前で手を叩き、一同の注目を再び集めてから、 「ま、とにかく楽器と譜面用意したから、四人でメンバー組んで」 と言うと、リノアはたまらずに笑みを零す。 「おっもしろそ〜」 が、セルフィは慌てて手を振り、少しだけ申し訳なさそうに、言う。 「あ、ごめん。リノアメンバーじゃないの」 「えー、仲間はずれ?」 あれ? というように首を傾げて問うリノアに、しかしセルフィはにっこり微笑みを返し、 「ううん。リノアにはもっと大事な役やってもらうから」 と言う。その言葉の意図が分からず、リノアはますます、うん? と首を捻るのであった。その間にゼルは企画書、と題されたそのプリントのタイトルをじーっと眺めつつ、 「で、どーすんだよ? 楽器をポンっと渡されても、な〜にもできないぜ」 と問うと、しかしセルフィは自信満々、といった笑みを浮かべ、 「だーいじょうぶっ! みんなに渡したプリント、見て。中に楽譜が入ってるでしょ〜? これ、前の人がすすめてきた楽曲なんだけど、これをみんなでやろうと思うの」 「どんな曲なの?」 リノアがわくわくを抑えきれないように訊くと、アーヴァインが指をちっち、と横に振り、「それは聴いてからのお楽しみってヤツさ〜」と、キザったらしくご自慢のカウボーイ・ハットの角度を直しながら言うと、リノアは「何よ、それ」と、頬を膨らませる。しかし、そんなやり取りも楽しげに聞こえてしまう辺りからも、この企画への一同の前向きな気持ちが伺えた。 「で、みんなどの楽器をやりたいかな? 何か得意なのって、ある〜?」 とセルフィが訊くと、全員がしばし楽譜を眺めた後、まずはゼルが手を挙げた。 「どれかっつーと俺はギターがいいな。ダチといじったこともあったし」 「じゃあ、ギターはゼルね」 セルフィがそれのメモを取っていると、次に手を挙げたのはキスティスだった。そうして、順に決めていった演奏の役割は…… ゼル…ギター アーヴァイン…フィドル セルフィ…タップ キスティス…フルート それぞれ得意な楽器、または経験のある楽器などを選んで、セルフィらがそれぞれに希望の楽器を手渡すと、一同は何となく慣れない手つきで、それに触れていた。そこに、 「お〜し。あとは残った時間、めいっぱい特訓して、本番を迎えるのみ!」 アーヴァインはフィドルを適当に弾きながら───これがまだ慣れていないものだから、下手っぴいなのだが───そう言うと、ゼルはうん?と首を捻って、 「本番って、いつやるつもりなんだ?」 と問うと、セルフィはプリントを指差して、 「本番はねぇ、このステージが出来上がるのが、丁度一週間後なのね。ガーデンの修繕作業とかを優先してやっちゃうから、どうしてもそれくらいになっちゃうんだって。だから本番も今から丁度、一週間後、ってことー」 「一週間、かぁ〜」 その説明を聞き、ゼルは何となく今から緊張し始めたのか、こわごわとギターに触れながらそう漏らした。一人、未だに役割を与えられないでいるリノアだけが、少しだけ寂しそうにしていることにセルフィは気づき、さささ、と彼女の元へ近づいて、 「だ〜いじょうぶ! リノアにはちゃ〜んと、大切なお仕事用意してあるからっ」 「な、なんかドキドキするなぁ」 ……と言いながらも、やはり仕事を与えられて嬉しさを噛みしめるようにしているリノアに、セルフィは微笑を浮かべて、 「それじゃ〜あ〜、みんな〜っ!」 と、一同に向けて大きな声をかけると、リノア、ゼル、キスティス、アーヴァインもその声に耳を傾けた。プロデューサー・セルフィはこれから一週間後にやってくるステージの成功を祈って、太陽にそっくりの笑顔と一緒に、心からのエールを送るのであった───。 「時間、ちょ〜っとしかないけど、一生懸命がんばって、みんなでとっても、とっても楽しいコンサートにしよう〜〜!!」 ◇ 「……聞いたかね、諸君?」 正規のルートは使わずに、ミラー・パネルをぐるりと周り込んで駅長宅の物陰に隠れていたテツ達は、その話の一部始終の全てを盗み聞きしていた。まるでスパイのようなポーズをして言ったテツのその言葉に、仲間のノブは何度も首を縦に振り「う、うん、聞いた聞いた」と言う。ナオとジュンもまた、口々に「何だよ、あれ!」などと、不満を述べていた。 それにしても、と、テツは先ほどひどく驚かされた原因であった、作りかけのステージやガーデンの人間達を盗み見て、思う。それにしても、まさかガーデンの連中のために、ステージまで拵えるなんて! 大人の事情がどうのということは知らないが、いくらなんでもこれではあんまりだ。媚びを売っているようにしか思えない、と、テツは大人達のガーデンに対しての姿勢に、歯噛みした。 ───うーん、ガーデンの修理は止めらないのはしょーがないとして、なんか、こう……どうにか、あんちくしょう達に一泡吹かしてやることはできないもんかねぇ……。 そう悩むこと、約一分間。テツは自身の中で、何かの考えが生まれ、それが次第に正確な形を取り出すのを感じ始めていた。やがてそれは具体的なものへと変化していき─── 「…………んんっ?」 ピッ。ピッ。ピッ。ポーン。 「……お。……思いついたぁぁ〜〜っ!!」 ……少し古い表現なのかもしれないが、しかしテツは自身の脳裏に、正に電球が煌々と輝くのを感じた。───これは、いつかの発明王に勝るとも劣らぬ閃きだ! と、がばっ、と身を起こしながら言ったその言葉に、 「おおっ、テツ、また、なんか思いついたんか!」 「待ってました〜っ!」 と、ジュンとノブも、パッ、と表情を輝かせ、一同は驚きと感動にどよめく。テツはふっふっふ、と自信満々に笑い、その案を聞かせて欲しいと瞳をきらきらさせる三人に、説いた。 「みんな聞けいっ! ガーデンの修理は、もう止めらんねぇ。それはしょーがねーとしよう。確かにガーデンが直んなきゃ、あいつらはずーっとここにいることになっちゃうしな、ウン。……だがしかぁしっ! あの連中のコンサートは、阻止しても、なーんも問題はなぁ〜いっ!」 おおお……という一同のどよめきの中、テツはガーデンの人間達の死角から彼らを睨み、 「コンサートだぁ? オレらの庭で好き勝手やらせてたまるかっつーのっ」 鼻息も荒くそう言うと、ナオ、ジュン、ノブも、そうだそうだと声を上げた。テツは改めて一同の方へと向き直り、 「つーワケで、あの連中にチョチョイっと悪戯してやろーと思うんだけどよ……。───悪ぃんだけどみんな、ここはオレ一人に任せてくんねーかな?」 と、両手を合わせて、少し申し訳なさそうにしながらそう問うと、もちろんテツなら、というように、その場にいる誰もが頷こうとした。 だが、その時─── 「えっ」 という動揺の声は、その輪よりも少し離れたところから、聞こえてくるのだった。うん? とテツ達がそちらの方へ視線をやると───その声の主は、エドだった。彼らしくなく、驚いたように目を見開いて自分を見つめるエドに、 「なんだー? エド?」 と、テツが声をかけると、しかしエドは途端に視線を逸らし、「べ、べつにっ……」と、トーンダウンしてしまう。そのまま黙りこくってしまうエドにテツは、うーん、と一つ唸ってから無造作に近づき、 「───あのさぁ、エド?」 と、彼の肩をがしっ、と力強く抱いて、語りかける。ますます顔をしかめるエドであったが、そんなエドにさらに気を使ってテツはにこり、と笑って見せて、 「こいつはさ、エド君。極秘のミッションなんだよな。……ほら、何せあいつら、ケンカ強ぇーしさー、怒らせたら多分、すっげ怖いべ? だーかーらぁ、バレないように、単独行動でやる必要があるワケよ。まぁ、オレに任せてみろって! お前らの分まで、ぜってーウマクやってやっからさー!」 バシバシと自分の背中を叩いてそう、自信たっぷりに言うテツに、エドはぐっ、と押し黙ったまま、「…………うん」と、僅かに頷いてみせた。それを見てテツは満足げにうん、と一つ頷いて見せて、 「それじゃ〜あ〜、おめーらーっ!」 と、先ほどのガーデンの女生徒がやっていた言葉を真似てそう言うと、やはり他の生徒達の様子を真似て、一同も期待に溢れた瞳で、テツへと視線を集めた。その声に盛り上がる子供達や、ガーデンの生徒達、そしてテツを、エドはどこか他人事のような、だが、誰よりもそれらのことを身近に思う目で、ただじっと、見つめていた───。テツは胸いっぱいに空気を吸い込んで、握りこぶしなどを作って見せて、仲間達に向かい、言うのだった。 その拳を、力強く空へと、突き上げながら───。 「だっらしねー大人達に代わりに、このオレがあいつらをぜってー成敗 ───ガーデンのヤツらに一泡ふかせてやるために、さあ立ち上がれ!! ◇ ───さーて、何をしてやろっかなー? 仲間達と別れた後、今後の計画を詳しく練るために、テツは自宅へと向かっていた。そうして駆けている間にも、これから行う『ガーデン撃退作戦』の案が、次々と頭の中を駆け巡る。 ───えーと、アレもいいし、あ、コレもいいよな。……あ、そーだよ、こないだのヤツなんて、サイコーじゃんか! ああ、なんかすっげワクワクしてきたー!! ……ガーデンの撃退に期待していたノブ達には大変申し訳ないのだが。この時のテツは、ガーデンの者達をこらしめるよりも何よりも、「どんな悪戯をやろうか」ということの方へ、考えが向かってしまっていた。久しぶりにやってきたその胸躍る感覚に身を預け、愉しみすらも覚えながら、テツはF.H.の街を駆けていく───。 ───と、ゆーわけで。 このテツ少年のことを、F.H.の人々は、こう呼んでいたんだなぁ。 『手段のために、目的を選ばないヤツ』……ってね。 |