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by 安茂
無数の幻光虫が、廃墟と化した街を漂っていた。 深夜といえる時刻だからであろうか。 いっそう幻光虫の数が増したように見える。 「リュックー!!」 街にユウナの声が響く。 しばらく耳をすませて待ったが、リュックからの返事はない。 少し呆れた顔で、ワッカがユウナに声をかけた。 「こっから呼んで聞こえんのか?」 「うん。街のはずれからでも大声なら聞こえるって、リュックが言ってたの。」 「ってことは、街からの声も聞こえんのか?」 「ワッカさんの大声もちゃんと聞こえてたよ。」 「げ。」 顔を赤くしたワッカを、ルールーがさらに追い込む。 「今頃気がついたの?あんたの愚痴、みんな聞こえてたわよ。」 「マジかよ?」 ユウナはおかしそうに笑ってから、再び従姉妹の名前を呼んだ。 やはり、返事は返ってこない。 心配そうに顔を曇らせたユウナは、身を乗り出して廃墟を見下ろした。 「リュック、どうしちゃったんだろう。」 「そんなに心配しなくてもいーんじゃねえのか?閉じこめられたってだけで、魔物がいるわけでもねえし。」 「……あんたは、気楽でいいわね。」 「あん?」 「なんでもないわよ。」 座り込んで休息をとっていたルールーは、武器のモーグリを両腕で強く抱きしめた。 長く長く息を吐いてから、そのままモーグリに頭を押しつけた。 時間が経つほどに、怨念に満ちた空気はルールーの体をむしばんでいた。 場所のせいだとは見当がついていても、出られない以上どうすることもできない。 「魔物はいない。だが、早く出た方がいい。」 「ここってそんなにヤバイ場所なのか?」 「キマリ達の食料は、今もっている食料だけだ。他にはない。」 「あっ……そりゃ……。」 一瞬のうちに顔を蒼白にさせて、ワッカは頭をかかえこんだ。 今のところ、食料を新たに手に入れる術は見つかっていない。 水が引いた後に小動物が迷い込んでいる様子はあるが、食料にするために捕らえられるほどの数はいないようだ。 「やっと、事の重大さがわかったようね。……ユウナ?」 「わたし、リュックを探してきます!」 ユウナは杖を手にとって、立ち上がった。 強い決意が宿ったユウナの目を見て、ルールーはため息をついた。 「ユウナは残りなさい。」 「でも、なにかあったのかも!」 「いいから、ユウナは残ってなさい。リュックはワッカが探してくれるわ。」 「おっ、おいっ、ルー。」 情けない表情を浮かべて、ワッカは肩をおとした。 ルールーほどではないにしろ、一日中死人を探し回っていた一行は疲弊しきっている。 再び探し回る余力は残っていない。 一人をのぞいて。 「俺が行く。」 「アーロンさん?」 今まで無言で仲間のやりとりを見守っていたアーロンが、ゆっくりと背を預けていた壁から離れた。 「ふん。一人でも欠ければ、その分ここから脱出するのが遅くなる。」 「それなら、わたしも行きます!」 「俺一人で十分だ。」 「でも。」 「おまえは残って、あいつを呼べ。聞こえていれば、返事くらいするだろう。」 ユウナがうなずくのを確認すると、アーロンはいつものように太刀を肩にのせた。 サングラスを上におしあげながら、心の中でつけたした。 先刻の不吉な予感は、警鐘に変わっていた。 はっきりとはしないが、なにかが起ころうとしている。 もしかしたら、すでに起こっているのかもしれない。 アーロンはいつも以上に神経をとがらせて、古びた街へと降りていった。 X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X
光を放つ鉱石によって真夜中でも明るく照らされた街に、小さな人影が立っていた。 小さな人影は金髪を揺らしてあたりを見渡すと、がっくりとその場に座り込んだ。 「んっとに、どこにいるってえのさぁ。」 リュックは誰もいない街に向かって愚痴をもらした。 ほとんど休みをとらずに探しているのに、それらしい気配もない。 どこまでいっても、幻光虫に彩られた廃墟が続くだけだ。 リュックはいらだちの矛先を、ティーダに変えた。 「ティーダも一緒に考えるとか言ったクセに、ずっと気持ちよさそーに寝てるしさぁ!こーんなにあたしが必死で考えてるのにぃ!!」 一気にまくし立ててから、膝をかかえてため息をついた。 恨み言を言っても当の本人はこの場にいない。 ユウナに見守られ、今もいつ目覚めるともしれない眠りについているだろう。 唐突にアニキと父シドの声が、頭の中で響き渡った。 『どうなっても、知らねえからな!』 アニキとシドの声は、繰り返し繰り返しリュックに責めたてる。 なぜ、自分たちの言うとおりにしなかったのかと。 再び、リュックは深いため息をついた。 「やっぱ、ユウナんさらっちゃえばよかったのかなあー。」 その気になれば、何度も機会はあった。 たとえばマカラーニャ湖で。 あの場でアニキの方に寝返っていれば、もしかしたらユウナを「保護」することもできたかもしれない。 だが、リュックはユウナの「ガード」を選んだ。 「いまさら……だよね。」 事故で足止めされたとはいえ、ザナルカンドは目の前だ。 ここから脱出すれば、ユウナの旅はまた再開される。 ユウナを「イケニエ」にするための旅が。 ガガゼトを登りながら、「どうにかする」方法をずっと考えていた。 名案はなにひとつ浮かばなかった。 旅をやめさせるには、ユウナを説得しなければならない。 それは、なによりも難しい事だろう。 エボンの教えすらも超えた、『覚悟』と『決意』がそう簡単に崩れるとは思えない。 「あ〜〜〜もおっ、どうしたらいいってゆーのさっ!!」 いらだちと嘆きが混じり合った声が、少し余韻を残して消えた。 リュックはかかえた膝に顔をうずめた。 いっそ、このまま出られない方がいいのかもしれない。 少なくとも、究極召喚でユウナが死ぬことはない。 リュックの髪がうっすらと緑色に染まった。 街中をただよっていた幻光虫が、リュックのまわりを舞い始めた。 ぼんやりとした光は次々と数を増やし、リュックの座った場所を中心に廃墟を緑に染めあげていた。 いっそう濃い緑の中に、リュックよりも小さい人影が立っていた。 座り込んでいるリュックをじっと見つめると、唇のはしを上げた。 『見つけた。』 X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X
「たっだいまー!あれ、兄貴?」 機械だらけの家に、仕事に行ってるハズの兄貴が椅子に座ってた。 新しい削岩機のカタログを、テーブルの上に置いて「よお」って手を挙げた。 兄貴はオヤジと一緒に、鉱山で働いてるんだ。 オヤジは鉱夫としての腕は超一流で、その息子の兄貴もオヤジとまさるとも劣らないっていわれてる。 あたし、兄貴、オヤジ。 そんで、母さん。 それがあたしの家族。 「仕事は?」 「ああ、俺のノルマはとっくに終わったんだ。早めに切り上げてきた。」 「オヤジは?」 「まだ鉱山に残ってる。削岩機が調子悪くて思うようになんねえって。あの機械古いからな。」 「アレってあの旧式の?もっと効率がいいヤツあるのにぃ。」 「まだ使えるってさ。ったく頑固なんだからな〜、オヤジは。」 兄貴はおかしそうに笑った。 あんなコト言ってるけど、兄貴はオヤジをすっごい尊敬してる。 いつかオヤジを超えるのが夢だって、何度も聞いた。 「あれ?コレって。」 あたしはテーブルの上に置かれた、二枚のチケットを手に取った。 もしかして。 「やるよ。観たいって言ってただろ?友達といってこいよ。」 「えーっ、ホントぉ。だって、コレ、前日から並ばないと手に入んないって。」 大きな笑い声が後ろから聞こえた。 笑った顔の母さんが、部屋に入ってきた。 「ほんとうはね、お兄ちゃん仕事休んで並んだの。」 「母さん、ばらすなよ!」 兄貴は顔を赤くして、カタログを手にとってまた読み始めた。 耳、真っ赤だよ。 「兄貴。」 「べ、別にそれだけのために休んだわけじゃねえからなっ。」 「カタログ、さかさまだよ。」 「へっっ!?」 兄貴はあわてて、もってたカタログの上下をひっくり返した。 こーゆーとこはオヤジにそっくり。 素直じゃないんだからな〜。 「ありがと、兄貴♪」 あたしはチケットを手に椅子に座った。 ザナルカンド一って言われてる、歌姫のコンサートチケット。 観たかったんだよねえ。 あたしはわくわくしながら、チケットをすみからすみまで眺めた。 歌姫の写真だけのデザイン。 座席番号と日付は、裏側に書かれてる。 焦げ茶の長い髪ときれいなビーズ。 フリルのついた青いドレス。 わざと顔を見せないような写真つかってるけど、雰囲気はよくわかる。 やっぱり、カッコいいよねえ〜。 この、えと? ……? あれ? 「なに、ぼーっとしてるんだ?」 「あたし、ホントにこのコンサート、観たかったんだっけ?」 「観たいって、ずーっと言い続けてたじゃないか。」 「でも……あたし、この人の名前知らない。」 名前だけじゃない。 この「歌姫」がどんな顔してるのか、わかんない。 それって、変じゃない? ホントにあたし、この人のファンなの? 兄貴の顔が一瞬かたまって、すぐ笑った顔になった。 でも、ちょっと無理矢理笑ったような顔だった。 「なに寝ぼけてんだよ、リュック。あんなにスフィアモニターの前で騒いでたじゃないか。」 兄貴の手が、ぽんぽんとあたしの頭を軽くたたいた。 ……あ、そか。 そうだよ。 兄貴の手が頭に触れるたびに、記憶が鮮明になってきた。 確かにあたしは、ちょっと前にモニターにかじりついてた……ような記憶がある。 オヤジは『もっと離れて見ろ!』って、怒鳴って。 兄貴は『ブリッツの試合が見たかった』って嘆いて。 母さんは『よっぽど好きなのねえ』って笑ってた。 「ところで、リュック。おなかすいてるんじゃない?」 「ぺっこぺこ!」 「そう。待ってて、すぐ用意するから。」 母さんはキッチンの方に、戻っていった。 今日の夕食は、なんだろ。 ぼんっ! なっ、なにっ!! いまの音!! キッチンの扉が開いて、真っ黒な煙が居間に流れてきた。 母さんが咳き込みながら、キッチンから逃げてきた。 「どしたの!?」 「レンジ、壊れちゃった。調子悪かったのよね、最近。」 とびきり白い顔をすすで黒くして、母さんは困ったように笑った。 怪我はないみたい。 よかったあ。 「俺、なおしてこようか?」 「大丈夫よ、修理なら私でもできるわ。それより換気と掃除、お願いね。」 「あ、あたし修理手伝う。」 「……だったら俺が。」 「キッチンは狭いんだから!。兄貴よりあたしの方がいいの!」 母さんははっきり言って、ちょっと太めなんだ。 兄貴も背が高くて大きい。 この二人がキッチンに入ったら修理する場所がなくなっちゃう。 それにさ。 掃除なんて、まっぴらゴメン! 機械いじってるほうが、楽しいモン。 母さんは煙があらかた消えたのをみはからって、キッチンにまた入っていった。 えっと、工具箱、必要だよね。 あたしは棚から工具箱を取り出して、母さんの後を追った。 あ〜あ。 見事にレンジが煙ふいてる。 もう、だいぶ古いんだよね。 「リュック、アレとって。」 「うん。」 アレ、ね。 何度も修理を手伝ってるから、何が必要か言われなくてもわかってる。 「ありがと。」 「そろそろ寿命なんじゃないのかなあ、このレンジ。」 「そうね。」 「オヤジに頼ん……でもダメかあ。」 オヤジ、修理して使えるならギリギリまで使えって言うからな〜。 新しいの買ってもらうなんて、絶対ムリ。 へ? 母さん、なにくすくす笑ってんのさ? 「あのね、リュック。父さんが新しい削岩機、どうして買わないか知ってる?」 「まだ使えるから。」 母さんはまだ煙はいてるレンジを指した。 「コレを買い換えるため、みたいなのよ。」 「えええ〜〜〜!?あの頑固オヤジがあ?」 「『いつ取り返しのつかない事故が起こるかわからねえ』って、こつこつ貯めてるみたい。」 「は〜〜〜。でも、安いやつならわざわざ貯めなくても買えるのに。」 「どうせ買うなら、最新式で一番立派なやつ買えって。」 「ふーん。ごっちそーさま♪」 なんだかんだ言ってても、オヤジ、母さん好きなんだな〜。 でもさ。 いいよね。 あたしもこんな夫婦になりたいなあって、いつも思う。 母さんは慣れた手つきで、レンジを分解しはじめた。 いつもながら見事だな〜。 あたしはまだ、ここまで手際よくできない。 母さんは、アルベドの中でもすごく器用な方だった。 動かせない機械はないんじゃないかって、みんな言ってた。 ……え。 あたしは「母さん」の横顔を、じっと見つめた。 へんだよ? どうして、「母さん」の瞳、ぐるぐるじゃないの? 髪の色も、違う。 ぱちっ! 突然、壊れたレンジから、青い火花が散った。 あまりのまぶしさに、あたしは目を強くつぶった。 しっかりと閉じたまぶたに、青い火花が残った。 青い火花は一瞬白く光ってから、赤い炎に変わった。 暴走した機械のそばにいた、母さんとまだちっちゃいあたしを炎が飲み込んだ。 炎は黒い煙と風になって、あたしと母さんを吹き飛ばした。 気がついたら。 ちっちゃいあたしは、母さんの腕の中にいた。 あたしは、ほとんど無傷だった。 母さんが守ってくれたから。 体のあちこちが真っ黒になった、母さんが守ってくれたから。 むかしの……懐かしくて、悲しい記憶。 心の一番深い所に沈んでた、でも、忘れちゃいけない記憶。 「リュック?」 あたしは、肩を揺すられて我に返った。 知らない女の人が、あたしを心配そうにのぞき込んでた。 「おばさん、だれ?」 「あなたの母さんに決まっているでしょう?」 「あたしの母さんは、心の中だけにいるんだよ。」 あたしの心の中だけに。 楽しい思い出も、悲しい思い出も、みんな一緒に。 だれにも、触れさせない。 あたしだけの、母さん。 がたん。 なにかがぶつかった音がした。 ふりかえると、キッチンの扉の前に子供が立ってた。 男の子で、10歳くらいかな? 青っぽい髪に青白い肌。 細くて小さい体から、やっぱり細い手足がのびてた。 でも、目だけはあたしの知ってる目だ。 あのチケットをあたしに買ってきてくれた、「兄貴」の目。 うわ。 急に目眩がして、あたしは額に手をあてた。 なんか、世界がまわってるよーな。 そんなカンジ。 まわりがやけにゆがんで見える。 あれ、地震? 体が揺れてる。 ズンっ! 重低音といっしょに、ひときわ大きく揺れた。 立ってられなくなって、あたしはその場にしゃがみこんだ。 大きな音はなんどもなんどもつづいて、音がするたびに大きく地面がゆれた。 「なっ、なにっ!?なにがあったてゆーのさっ!?」 『坑道が爆破された。』 へ? 今の、この子の声? なんだか、たくさんの声が一緒に喋ってるような声だったんだけど。 『きっと、あいつらの仕業だ。』 『ここを塞げば、ザナルカンドは不利になるもの。』 『あいつらは、おれたちを見殺しにした。』 『戦争に勝つためだけに、ワシたちを生け贄にしたんじゃ。』 いろんな声があちこちから聞こえた。 男の人も女の人も、子供も年取った人も、とにかくいろんな声。 『レギスタンにはたくさんの人がいた。でも、あいつらは私たちのことなんてどうでもよかったのよ。』 あ……れ? 一瞬だけ男の子の後ろに、たくさんの人が見えたような気がする。 ほとんどはぼんやりしてて顔とかよくわからない。 でも、茶色の長い髪した若い女の人だけは、やけにはっきりしてた。 頭にまいてる布の模様がはっきりわかるほど。 も一回確かめようとした時には、もお消えちゃってた。 目の前にいるのは、男の子一人だけ。 『父ちゃん、まだ坑道にいたんだ。あのとき。』 男の子はちっちゃい声でぽつんと言った。 ……って、ええっ!! 生き埋めになってるかもしれないってコト!? 「助けなきゃ!!坑道ってどこ!?」 『無駄だよ。助けたって、この街からは出られないんだ。』 「出られないって……あ、どこ行くのさ!?」 男の子はあたしの声無視するみたいに、ぷいっとキッチンの扉から出て行った。 追わなきゃ! だって、放っておけないよ。 音や揺れは止まったけど、安全とは言い切れない。 生き埋めになってるかもしれない「父ちゃん」も気になるしさ。 もしかしたら、まだ助かる人がいるかもしれないし。 そだ。 あの「おばさん」に声かけてから行こっと。 だれだかわかんないけど、悪い人じゃないみたいだしね。 あたしは立ち上がって、振り返った。 「……あれ?」 あのおばさん、いない? どゆこと? だって、一つしか出入り口ないのに? …………。 あ〜もうっ。 わけわかんないっ! 考えるのは後! とりあえず、外にでよっと。 キッチンの扉に手をかけて、一気に開けた。 なに、コレ? なんで、キッチンの隣がいきなり「家の外」なのさ。 居間だったハズじゃん。 ん? ちょっと、待ってよ? どう考えたって、おかしいよ。 急に人が消えたり、いきなりキッチンと外がつながってたり。 現実とは思えないんだよね。 現実じゃないとすると……。 「もしかして、夢?」 納得できる「答え」、見つけた気がする。 幻光虫って、マボロシ見せたりするんだよね? グアドサラムの異界って、幻光虫がマボロシ見せてんだよね? あたしが探し回ってたトコ、幻光虫たくさん飛んでたし。 ここも異界みたいだとしたら、マボロシ見せられたとしてもおかしくない。 『夢じゃない!』 男の子がいつのまにか、あたしの隣に立ってた。 悲しい顔と怒った顔がまじった顔であたしにくってかかってきた。 「キミ、さっきの。」 『夢じゃない!街は沈んだけど、父ちゃんも母ちゃんも……産まれたばっかの妹だってちゃんといるんだ!みんなで暮らすハズだったんだ!』 「ハズだった?」 ……そか。 なんとなく、わかっちゃった。 ううん、もしかしたら。 この子の思いが、直接頭に伝わってきたのかも。 『坑道がふさがれた。』 『もう街から出られない。』 『街は沈んだ。』 そんな状況で生き残った人がいるとは思えない。 きっと、この街に住んでた人たち、みんな死んじゃったんだ。 キミは「死人」なんだね。 あたしより、ずっとちっちゃいのに。 あの「兄貴」はキミだよね。 生きてたら、あんなに大きくなるハズだった。 ……ううん、そうじゃない。 あんなふうになりたかったんだよね。 マボロシだから、キミが望んだままの世界。 家族も、平和な暮らしも、みんな……。 「キミがこの「世界」をつくった。そだよね?」 男の子はうなずいたみたいに、顔を下に向けた。 つぶやくような、ちっちゃな声が聞こえた。 『でも、わかんなかったんだ。』 「へ?」 『妹の顔だけわかんなかった。』 「だから、あたしを代わりにした?」 『ん。それに……リュック、先に進みたくないんだろ?』 「……うん。ホントのこと言っちゃうとね。」 進みたくない。 進んだら、究極召喚手に入っちゃうから。 男の子の顔が、ぱっと上がった。 『ここに残りなよ。オレがリュックが望むとおりにしてやるからさ。』 期待とすがるような目が、あたしをまっすぐ見た。 この子はウソ言ってない。 きっとあたしの望む通りの「マボロシ」を作ってくれるハズ。 ……でも。 マボロシはマボロシ。 ホントの事じゃない。 「もお、仲間のトコに戻るよ。」 男の子の顔が、今にも泣きそうな顔になった。 気持ちも一緒に伝わってくる。 寂しいって。 もう一度、一緒に暮らしたいって。 「ごめんね。あたしはキミの妹じゃない。」 オヤジ、アニキ。 心の中の母さん。 それが、あたしの家族。 誰にもかわりはできない。 あたしも、誰かのかわりにはなれない。 だから、キミのマボロシの中では暮らせない。 ごめんね。 男の子はなんにも言わないで、あたしを見てた。 きっと、泣いてたんだと思う。 涙はみせなかったけど、泣いてたと思う。 ホントにゴメン。 でも、キミにはしてもらわなきゃいけない事があるんだ。 「キミがつくったマボロシ、解いてくれないかな。」 たぶん、このままじゃ戻れない。 この「世界」をつくったの、この子なんだもん。 あたしが残ることをこの子が望んでいるとしたら、 来た道をも戻ってもみんなの所には戻れない。 あ……はは。 怒らせた、かも。 やっぱ、ダメだよねぇ。 この子にとって、このマボロシは大事な宝物なんだもん。 それを壊せって、あたしは言ってる。 ちょっと目を細めてから、男の子はにぃっと笑った。 なんか、イヤな予感。 男の子の体がぼぅっと光りだした。 幻光虫がくるくる回ってる。 『マボロシを解く方法、教えてあげようか?』 「え!?」 『知りたいんだろ?』 「ホント!?助かるよ〜。」 よかったあ。 これで、きっと戻れる。 ユウナん、すっごく心配してるだろーな。 うわ。 幻光虫がどんどん増えてる。 男の子が見えなくなるくらいに集まってきた。 えっ!? どっ、どーなってんの!? 男の子の背丈が、急に高くなった。 体つきも柔らかくなって……女の人になっちゃったよっ。 って、その……顔。 『リュック?』 ……その、声。 かあ…………さん!? ううん。 母さんは死んだんだ。 だから、あの子がつくったマボロシ……。 でも、なんで涙がでてくるのさ。 マボロシなのに。 「母さん!!」 母さんはあたしを受け止めてくれた。 あのときと、かわらない。 やわらかくてあたたかい腕。 母さんのほっぺたがあたしのほっぺたに触れると、ちょっとだけに甘い香りがした 懐かしい声が、あたしの耳に聞こえた。 『わたしを倒しなさい。』 一瞬。 なにいわれたのか、わかんなかった。 「なっ、なん……!」 『一つ一つの幻光虫は力が弱いの。私を倒すことができれば、幻光虫が散って幻も消える。さあ!』 母さんの手が、あたしの右手をつかんだ。 ちっとも強い力じゃないのに、逆らえない。 いつのまにか、あたしの右手には武器が装備されてた。 クローの鋭い爪が、母さんの首に届く一歩前で止まった。 このままあたしが少し力を加えれば、難なく倒せる。 ……でも。 でもっ! 「できないよ……。」 あたしはその場にぺたんと座り込んだ。 あの子の笑い声が、聞こえたような気がした。 X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X
ときどき聞こえてくるユウナの声を確認しながら、アーロンは廃墟を探るように歩いていた。 しばらくすると、今まで不規則に飛び回っていた幻光虫が、なにかにひかれるように一定の方向に流れはじめた。 「妙だな。」 アーロンは幻光虫が流れる方へと足を向けた。 進めば進むほど、幻光虫の数は増していく。 やがて、通りを緑で埋め尽くすほどの数にふくれあがっていた。 かすかに死人の気配が強くなった。 「あそこか。」 アーロンの視線の先に、光の塊が見えた。 幻光虫が大量に集まっているようだ。 近づこうとするたびに、幻光虫がアーロンの体にまとわりついた。 まるでアーロンを阻止するかのように。 最初のうちはうるさそうに手で払っていたアーロンだが、やがて進むことが困難になるほどの幻光虫にとりかこまれていた。 常に冷静を装える男だが、思うように進めない状況に苛つきはじめていた。 「邪魔だ、どけ!」 怒りを含んだアーロンの一喝に、幻光虫が唐突に反応した。 幻光虫は四方八方に散り、街の一角を彩るのは鉱石が発する光のみとなった。 道の真ん中に、ぽつんと座り込む二つの人影が見えた。 一つはニギヤカ担当の娘。 もう一つは呆然とした表情で尻餅をついた、青い髪の少年。 少年はアーロンの姿に気がつくと、足をからませながら逃げていった。 「逃したか。」 アーロンは軽く舌打ちをして、眠りこけているリュックを足で軽く蹴飛ばした。 「いつまで寝ている、起きろ。」 「いったぁ、なにすんのさっ!……あれ?」 街は少しも変わらない、朽ちた廃墟。 あの少年と住んでいた家も、ほとんど形が残っていない。 「おっちゃん、なんでココにいんの?」 「……死人を追っていただけだ。」 「死人は?」 「知らん。」 面倒くさそうに答えると、アーロンは野営地の方に歩き出した。 リュックも小走りで、赤い背中を追う。 「あのさ、『シン』はジェクトさんってホント?」 アーロンの歩く速さが、少し速くなったように見えた。 答えるのを拒むかのように。 リュックはため息をついた。 「ティーダ、つらいよね。お父さん倒さなきゃいけないなんてさ。」 リュックの声が聞こえたのかどうか。 アーロンの足が止まった。 「真実から……逃げるなよ。」 「ったりまえじゃん!」 今やらなきゃいけないことは、ここから脱出すること。 ユウナのことは、その後で。 いい方法が考えつかなかったら、また考えればいい。 生きている限り、考える時間があるのだから。 「逃げてたまるかっちゅーの!」 おしっ、とリュックは気合いを入れると、前を歩くアーロンを追い抜かした。 X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X
野営地の廃墟に、ユウナがうろうろと歩き回っているのが見えた。 リュックが大きく手を振ると、ユウナの影も気がついたように手を振った。 「ごめ〜ん、おそくなっちゃって。」 「心配したよ。なかなか帰ってこないんだもん。何度も呼んだんだよ?」 きょとんして、リュックは首をかしげた。 「えーっ、聞こえなかったよー?」 「そうなの?」 「気を失ってたから、聞こえなかったのかなー。」 「眠りこけていたの間違いだろう。」 「なっ……なんてこと言うのさっ!大変だったんだからね!!」 顔を赤くして反論するリュックを鼻で笑って、さらに続けた。 「邪魔されたのかもしれんな。」 「じゃま?あの子が?」 「幻光虫をあれだけ一カ所に集められるやつだ。声を遮ることなど容易だろう。」 「そっか。マボロシで自分の世界つくっちゃうよーな子だもんね。」 「ちょ、ちょっと待て。死人ってのは子供なのか?」 ワッカが「わけわからん」という顔で、リュックに尋ねた。 キマリとアーロンが出会った死人は、男と女の姿をしていたと言う。 子供の姿というのは、初耳だった。 「そーだよ。あたしが会ったのは男の子だった。」 「ふーん。どうせ会っちまうんなら、子供の方が楽そうだな。」 のほほんとかまえるワッカに、リュックはため息をつく。 「子供だと思ってると、痛い目にあうよー。」 「へ?」 「子供でも死人だ。むしろ幼いだけにやっかいかもしれん。」 「そ、そうなんデスか?」 「無邪気さは残酷さにつながる。覚悟をしておくんだな。」 「そーそー。カクゴしといた方がいいよー。」 心なしか青ざめたワッカを尻目に、リュックは野営地をぐるりと見渡した。 あいかわらず、ティーダは横たわったままだ。 おまけにルールーまで横になったまま動かない。 「ルールーはねちゃった、のカナ?」 「……起きてるわよ。ごめんなさいね。」 ルールーはだるそうに体を起こした。 しばらく休んでいたはずなのだが、一段と顔色が悪くなっている。 「寝ててもよかったのにぃ。」 「大丈夫よ。気にしないで。」 「ま、疲れてるだけだな。少し寝りゃなおる。」 軽い口調のワッカを、不満そうにリュックがにらみつけていた。 「まじ、気づいてないの?」 「なんだよ?」 「気楽なのはいいけどさ。少しは気にしなよ。」 「いいのよ、リュック。休めば元に戻るわ。」 「でもさあ。」 リュックは顔を曇らせて、ユウナに目で問いかけた。 召喚士の従姉妹は、静かに首を振った。 (今はルールーの意思を尊重してあげて。) 青と緑の瞳からユウナの言葉を読み取って、リュックはうなずいた。 自分の体のことは、自分でよくわかっているだろう。 ルールーが自分で言い出すまではそっとしておくのが、何度もガードをつとめてきた彼女への「礼儀」かもしれない。 「ね、リュック。おなか空いたでしょう。わたしたちは、もう食べちゃったんだ。」 話題を変えるように、ユウナは少しばかりの食料を差し出した。 リュックは食料をじっと見つめると、首をふった。 「う〜ん。あんまりおなか空いてないんだけどさ……ソレって、あたしだけ?」 「え?」 「リュックだけではない、キマリも空腹を感じていない。」 ユウナは首を少しかしげてから、はっとしたように他の仲間を見た。 自分も含めて、ほとんどの仲間が軽く口にした程度で食べるのをやめていた。 少しでも節約するために遠慮しているのだろうと思っていたが、どうやら本当に必要がなかったようだ。 「そか?オレはまだ食えるぜ。」 「あんたはね。・・・・・・きっとここには、特別な力があるのよ。」 「キマリもそう思う。この地は御山とも違う「なにか」がある。」 かすかに低く笑う声が、リュックの耳に入った。 「もしかして、おっちゃん何か知ってんの!?」 「推測にすぎん。」 「教えてくれたっていいじゃん!」 「自分で考えろ。その頭は飾り物か?」 ぷうと頬をふくらませて、リュックはそっぽを向いた。 「……あれ?」 リュックの向いた先に、小さな人影が見えた。 あの少年の姿をしていた。 あれほどはっきりと見えていた少年の姿は、たよりなげに透きとおっていた。 仲間が全員集まっている今、捕らえるには願ってもない機会だ。 だが、大騒ぎすれば少年は再び逃げてしまうだろう。 リュックは声をひそめて、一番近くにいるアーロンの袖をひいた。 「おっちゃん、あそこ。」 アーロンは視線だけを、リュックの見ている方に向けた。 少年の姿を確認すると、興味を失ったかのように近くの壁に背を預けた。 「執着の「ひとつ」がついてきただけだ。死人本体ではない。」 「ついてきたあ?」 「おまえにな。」 「あたしにぃ?」 リュックは目を細めて、少年を見た。 透きとおった少年はリュックの方に顔を向けた。 どこか気まずそうに、しかし寂しげに顔をリュックからそむけた。 「近づいても、平気……かな?」 アーロンの左手が動いた。 少年の方に指が向けられた。 一つだけの鳶色の瞳は、そう言っているようだった。 リュックは小さくうなずいて、そっと他の仲間の様子を探った。 まだ少年の姿に気づいていないようだ。 リュックは意を決して、仲間に気取られないよう少年の方に近づいた。 少年に恐怖や嫌悪は感じない。 家族を失った悲しさは「死人」も「人間」もかわらない。 リュックは腰をかがめて、少年の顔をのぞき込んだ。 少年の顔はリュックの目から逃れるように、さらに下を向いた。 「キミと暮らせて楽しかったよ。短い間だったけどね。」 少年は驚いたように顔を上げて、何度か瞬きをした。 首をかしげる少年に、リュックは笑った顔を見せた。 「今度一緒に遊ぶ時は、イジワルなしだかんね。」 少年ははじめて年相応の笑みを浮かべた。 リュックに小さく手を振ると、幻光虫の舞う街へと降りていった。 軽い足取りの踊るような……。 そんな後ろ姿だった。 |