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〜 【Relational Novel】 〜

【競作リレー】 FFX ・ いにしえの夢

(四日目) リュック





by 安茂



 無数の幻光虫が、廃墟と化した街を漂っていた。

 深夜といえる時刻だからであろうか。
 いっそう幻光虫の数が増したように見える。



「リュックー!!」



 街にユウナの声が響く。
 しばらく耳をすませて待ったが、リュックからの返事はない。

 少し呆れた顔で、ワッカがユウナに声をかけた。

「こっから呼んで聞こえんのか?」
「うん。街のはずれからでも大声なら聞こえるって、リュックが言ってたの。」
「ってことは、街からの声も聞こえんのか?」
「ワッカさんの大声もちゃんと聞こえてたよ。」
「げ。」

 顔を赤くしたワッカを、ルールーがさらに追い込む。

「今頃気がついたの?あんたの愚痴、みんな聞こえてたわよ。」
「マジかよ?」

 ユウナはおかしそうに笑ってから、再び従姉妹の名前を呼んだ。
 やはり、返事は返ってこない。

 心配そうに顔を曇らせたユウナは、身を乗り出して廃墟を見下ろした。

「リュック、どうしちゃったんだろう。」
「そんなに心配しなくてもいーんじゃねえのか?閉じこめられたってだけで、魔物がいるわけでもねえし。」
「……あんたは、気楽でいいわね。」
「あん?」
「なんでもないわよ。」

 座り込んで休息をとっていたルールーは、武器のモーグリを両腕で強く抱きしめた。
 長く長く息を吐いてから、そのままモーグリに頭を押しつけた。


      いつまでもつかしら?


 時間が経つほどに、怨念に満ちた空気はルールーの体をむしばんでいた。
 場所のせいだとは見当がついていても、出られない以上どうすることもできない。

「魔物はいない。だが、早く出た方がいい。」
「ここってそんなにヤバイ場所なのか?」
「キマリ達の食料は、今もっている食料だけだ。他にはない。」
「あっ……そりゃ……。」

 一瞬のうちに顔を蒼白にさせて、ワッカは頭をかかえこんだ。

 今のところ、食料を新たに手に入れる術は見つかっていない。
 水が引いた後に小動物が迷い込んでいる様子はあるが、食料にするために捕らえられるほどの数はいないようだ。

「やっと、事の重大さがわかったようね。……ユウナ?」
「わたし、リュックを探してきます!」

 ユウナは杖を手にとって、立ち上がった。
 強い決意が宿ったユウナの目を見て、ルールーはため息をついた。

「ユウナは残りなさい。」
「でも、なにかあったのかも!」
「いいから、ユウナは残ってなさい。リュックはワッカが探してくれるわ。」
「おっ、おいっ、ルー。」

       カンベンしてくれぇ〜〜〜。

 情けない表情を浮かべて、ワッカは肩をおとした。
 ルールーほどではないにしろ、一日中死人を探し回っていた一行は疲弊しきっている。
 再び探し回る余力は残っていない。



 一人をのぞいて。



「俺が行く。」
「アーロンさん?」

 今まで無言で仲間のやりとりを見守っていたアーロンが、ゆっくりと背を預けていた壁から離れた。

「ふん。一人でも欠ければ、その分ここから脱出するのが遅くなる。」
「それなら、わたしも行きます!」
「俺一人で十分だ。」
「でも。」
「おまえは残って、あいつを呼べ。聞こえていれば、返事くらいするだろう。」

 ユウナがうなずくのを確認すると、アーロンはいつものように太刀を肩にのせた。
 サングラスを上におしあげながら、心の中でつけたした。



      返事ができる状況ならな。



 先刻の不吉な予感は、警鐘に変わっていた。

 はっきりとはしないが、なにかが起ころうとしている。
 もしかしたら、すでに起こっているのかもしれない。

 アーロンはいつも以上に神経をとがらせて、古びた街へと降りていった。






X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X  







 光を放つ鉱石によって真夜中でも明るく照らされた街に、小さな人影が立っていた。
 小さな人影は金髪を揺らしてあたりを見渡すと、がっくりとその場に座り込んだ。


「んっとに、どこにいるってえのさぁ。」


 リュックは誰もいない街に向かって愚痴をもらした。
 ほとんど休みをとらずに探しているのに、それらしい気配もない。
 どこまでいっても、幻光虫に彩られた廃墟が続くだけだ。

 リュックはいらだちの矛先を、ティーダに変えた。

「ティーダも一緒に考えるとか言ったクセに、ずっと気持ちよさそーに寝てるしさぁ!こーんなにあたしが必死で考えてるのにぃ!!」

 一気にまくし立ててから、膝をかかえてため息をついた。
 恨み言を言っても当の本人はこの場にいない。
 ユウナに見守られ、今もいつ目覚めるともしれない眠りについているだろう。

 唐突にアニキと父シドの声が、頭の中で響き渡った。



『どうなっても、知らねえからな!』

『ユウナを助けたら、召喚士なんざ即・廃業させたる!』



 アニキとシドの声は、繰り返し繰り返しリュックに責めたてる。
 なぜ、自分たちの言うとおりにしなかったのかと。

 再び、リュックは深いため息をついた。



「やっぱ、ユウナんさらっちゃえばよかったのかなあー。」



 その気になれば、何度も機会はあった。
 たとえばマカラーニャ湖で。
 あの場でアニキの方に寝返っていれば、もしかしたらユウナを「保護」することもできたかもしれない。
 だが、リュックはユウナの「ガード」を選んだ。

「いまさら……だよね。」

 事故で足止めされたとはいえ、ザナルカンドは目の前だ。
 ここから脱出すれば、ユウナの旅はまた再開される。

 ユウナを「イケニエ」にするための旅が。

 ガガゼトを登りながら、「どうにかする」方法をずっと考えていた。
 名案はなにひとつ浮かばなかった。

 旅をやめさせるには、ユウナを説得しなければならない。
 それは、なによりも難しい事だろう。
 エボンの教えすらも超えた、『覚悟』と『決意』がそう簡単に崩れるとは思えない。

「あ〜〜〜もおっ、どうしたらいいってゆーのさっ!!」

 いらだちと嘆きが混じり合った声が、少し余韻を残して消えた。
 リュックはかかえた膝に顔をうずめた。



       考えるの疲れちゃったよ……。



 いっそ、このまま出られない方がいいのかもしれない。
 少なくとも、究極召喚でユウナが死ぬことはない。


 リュックの髪がうっすらと緑色に染まった。


 街中をただよっていた幻光虫が、リュックのまわりを舞い始めた。
 ぼんやりとした光は次々と数を増やし、リュックの座った場所を中心に廃墟を緑に染めあげていた。
 いっそう濃い緑の中に、リュックよりも小さい人影が立っていた。
 座り込んでいるリュックをじっと見つめると、唇のはしを上げた。




『見つけた。』





X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X  






「たっだいまー!あれ、兄貴?」

 機械だらけの家に、仕事に行ってるハズの兄貴が椅子に座ってた。
 新しい削岩機のカタログを、テーブルの上に置いて「よお」って手を挙げた。

 兄貴はオヤジと一緒に、鉱山で働いてるんだ。
 オヤジは鉱夫としての腕は超一流で、その息子の兄貴もオヤジとまさるとも劣らないっていわれてる。

 あたし、兄貴、オヤジ。
 そんで、母さん。

 それがあたしの家族。

「仕事は?」
「ああ、俺のノルマはとっくに終わったんだ。早めに切り上げてきた。」
「オヤジは?」
「まだ鉱山に残ってる。削岩機が調子悪くて思うようになんねえって。あの機械古いからな。」
「アレってあの旧式の?もっと効率がいいヤツあるのにぃ。」
「まだ使えるってさ。ったく頑固なんだからな〜、オヤジは。」

 兄貴はおかしそうに笑った。

 あんなコト言ってるけど、兄貴はオヤジをすっごい尊敬してる。
 いつかオヤジを超えるのが夢だって、何度も聞いた。


「あれ?コレって。」


 あたしはテーブルの上に置かれた、二枚のチケットを手に取った。
 もしかして。

「やるよ。観たいって言ってただろ?友達といってこいよ。」
「えーっ、ホントぉ。だって、コレ、前日から並ばないと手に入んないって。」

 大きな笑い声が後ろから聞こえた。
 笑った顔の母さんが、部屋に入ってきた。

「ほんとうはね、お兄ちゃん仕事休んで並んだの。」
「母さん、ばらすなよ!」

 兄貴は顔を赤くして、カタログを手にとってまた読み始めた。
 耳、真っ赤だよ。

「兄貴。」
「べ、別にそれだけのために休んだわけじゃねえからなっ。」
「カタログ、さかさまだよ。」
「へっっ!?」

 兄貴はあわてて、もってたカタログの上下をひっくり返した。
 こーゆーとこはオヤジにそっくり。
 素直じゃないんだからな〜。


「ありがと、兄貴♪」


 あたしはチケットを手に椅子に座った。
 ザナルカンド一って言われてる、歌姫のコンサートチケット。
 観たかったんだよねえ。
 あたしはわくわくしながら、チケットをすみからすみまで眺めた。

 歌姫の写真だけのデザイン。
 座席番号と日付は、裏側に書かれてる。
 焦げ茶の長い髪ときれいなビーズ。
 フリルのついた青いドレス。
 わざと顔を見せないような写真つかってるけど、雰囲気はよくわかる。

 やっぱり、カッコいいよねえ〜。
 この、えと?



 ……?



 あれ?



「なに、ぼーっとしてるんだ?」
「あたし、ホントにこのコンサート、観たかったんだっけ?」
「観たいって、ずーっと言い続けてたじゃないか。」
「でも……あたし、この人の名前知らない。」

 名前だけじゃない。
 この「歌姫」がどんな顔してるのか、わかんない。
 それって、変じゃない?


 ホントにあたし、この人のファンなの?


 兄貴の顔が一瞬かたまって、すぐ笑った顔になった。
 でも、ちょっと無理矢理笑ったような顔だった。

「なに寝ぼけてんだよ、リュック。あんなにスフィアモニターの前で騒いでたじゃないか。」

 兄貴の手が、ぽんぽんとあたしの頭を軽くたたいた。


 ……あ、そか。


 そうだよ。
 兄貴の手が頭に触れるたびに、記憶が鮮明になってきた。
 確かにあたしは、ちょっと前にモニターにかじりついてた……ような記憶がある。

 オヤジは『もっと離れて見ろ!』って、怒鳴って。
 兄貴は『ブリッツの試合が見たかった』って嘆いて。
 母さんは『よっぽど好きなのねえ』って笑ってた。

「ところで、リュック。おなかすいてるんじゃない?」
「ぺっこぺこ!」
「そう。待ってて、すぐ用意するから。」

 母さんはキッチンの方に、戻っていった。
 今日の夕食は、なんだろ。



 ぼんっ!



 なっ、なにっ!!
 いまの音!!

 キッチンの扉が開いて、真っ黒な煙が居間に流れてきた。
 母さんが咳き込みながら、キッチンから逃げてきた。

「どしたの!?」
「レンジ、壊れちゃった。調子悪かったのよね、最近。」

 とびきり白い顔をすすで黒くして、母さんは困ったように笑った。
 怪我はないみたい。
 よかったあ。

「俺、なおしてこようか?」
「大丈夫よ、修理なら私でもできるわ。それより換気と掃除、お願いね。」
「あ、あたし修理手伝う。」
「……だったら俺が。」
「キッチンは狭いんだから!。兄貴よりあたしの方がいいの!」

 母さんははっきり言って、ちょっと太めなんだ。
 兄貴も背が高くて大きい。
 この二人がキッチンに入ったら修理する場所がなくなっちゃう。

 それにさ。
 掃除なんて、まっぴらゴメン!
 機械いじってるほうが、楽しいモン。

 母さんは煙があらかた消えたのをみはからって、キッチンにまた入っていった。
 えっと、工具箱、必要だよね。

 あたしは棚から工具箱を取り出して、母さんの後を追った。


 あ〜あ。


 見事にレンジが煙ふいてる。
 もう、だいぶ古いんだよね。

「リュック、アレとって。」
「うん。」

 アレ、ね。
 何度も修理を手伝ってるから、何が必要か言われなくてもわかってる。

「ありがと。」
「そろそろ寿命なんじゃないのかなあ、このレンジ。」
「そうね。」
「オヤジに頼ん……でもダメかあ。」

 オヤジ、修理して使えるならギリギリまで使えって言うからな〜。
 新しいの買ってもらうなんて、絶対ムリ。

 へ?
 母さん、なにくすくす笑ってんのさ?

「あのね、リュック。父さんが新しい削岩機、どうして買わないか知ってる?」
「まだ使えるから。」

 母さんはまだ煙はいてるレンジを指した。

「コレを買い換えるため、みたいなのよ。」
「えええ〜〜〜!?あの頑固オヤジがあ?」
「『いつ取り返しのつかない事故が起こるかわからねえ』って、こつこつ貯めてるみたい。」
「は〜〜〜。でも、安いやつならわざわざ貯めなくても買えるのに。」
「どうせ買うなら、最新式で一番立派なやつ買えって。」
「ふーん。ごっちそーさま♪」

 なんだかんだ言ってても、オヤジ、母さん好きなんだな〜。

 でもさ。
 いいよね。
 あたしもこんな夫婦になりたいなあって、いつも思う。

 母さんは慣れた手つきで、レンジを分解しはじめた。

 いつもながら見事だな〜。
 あたしはまだ、ここまで手際よくできない。

 母さんは、アルベドの中でもすごく器用な方だった。
 動かせない機械はないんじゃないかって、みんな言ってた。



 ……え。



 あたしは「母さん」の横顔を、じっと見つめた。



 へんだよ?
 どうして、「母さん」の瞳、ぐるぐるじゃないの?



 髪の色も、違う。





 ぱちっ!





 突然、壊れたレンジから、青い火花が散った。
 あまりのまぶしさに、あたしは目を強くつぶった。





 しっかりと閉じたまぶたに、青い火花が残った。
 青い火花は一瞬白く光ってから、赤い炎に変わった。

 暴走した機械のそばにいた、母さんとまだちっちゃいあたしを炎が飲み込んだ。
 炎は黒い煙と風になって、あたしと母さんを吹き飛ばした。




 気がついたら。




 ちっちゃいあたしは、母さんの腕の中にいた。

 あたしは、ほとんど無傷だった。
 母さんが守ってくれたから。



 体のあちこちが真っ黒になった、母さんが守ってくれたから。



 むかしの……懐かしくて、悲しい記憶。
 心の一番深い所に沈んでた、でも、忘れちゃいけない記憶。





「リュック?」





 あたしは、肩を揺すられて我に返った。
 知らない女の人が、あたしを心配そうにのぞき込んでた。

「おばさん、だれ?」
「あなたの母さんに決まっているでしょう?」
「あたしの母さんは、心の中だけにいるんだよ。」

 あたしの心の中だけに。

 楽しい思い出も、悲しい思い出も、みんな一緒に。

 だれにも、触れさせない。
 あたしだけの、母さん。





 がたん。





 なにかがぶつかった音がした。
 ふりかえると、キッチンの扉の前に子供が立ってた。
 男の子で、10歳くらいかな?

 青っぽい髪に青白い肌。
 細くて小さい体から、やっぱり細い手足がのびてた。
 でも、目だけはあたしの知ってる目だ。

 あのチケットをあたしに買ってきてくれた、「兄貴」の目。



 うわ。



 急に目眩がして、あたしは額に手をあてた。
 なんか、世界がまわってるよーな。
 そんなカンジ。
 まわりがやけにゆがんで見える。

 あれ、地震?
 体が揺れてる。



 ズンっ!



 重低音といっしょに、ひときわ大きく揺れた。
 立ってられなくなって、あたしはその場にしゃがみこんだ。
 大きな音はなんどもなんどもつづいて、音がするたびに大きく地面がゆれた。



「なっ、なにっ!?なにがあったてゆーのさっ!?」
『坑道が爆破された。』



 へ?
 今の、この子の声?
 なんだか、たくさんの声が一緒に喋ってるような声だったんだけど。




『きっと、あいつらの仕業だ。』

『ここを塞げば、ザナルカンドは不利になるもの。』

『あいつらは、おれたちを見殺しにした。』

『戦争に勝つためだけに、ワシたちを生け贄にしたんじゃ。』




 いろんな声があちこちから聞こえた。
 男の人も女の人も、子供も年取った人も、とにかくいろんな声。




『レギスタンにはたくさんの人がいた。でも、あいつらは私たちのことなんてどうでもよかったのよ。』



 あ……れ?

 一瞬だけ男の子の後ろに、たくさんの人が見えたような気がする。
 ほとんどはぼんやりしてて顔とかよくわからない。
 でも、茶色の長い髪した若い女の人だけは、やけにはっきりしてた。
 頭にまいてる布の模様がはっきりわかるほど。

 も一回確かめようとした時には、もお消えちゃってた。
 目の前にいるのは、男の子一人だけ。



『父ちゃん、まだ坑道にいたんだ。あのとき。』



 男の子はちっちゃい声でぽつんと言った。

 ……って、ええっ!!
 生き埋めになってるかもしれないってコト!?

「助けなきゃ!!坑道ってどこ!?」
『無駄だよ。助けたって、この街からは出られないんだ。』
「出られないって……あ、どこ行くのさ!?」

 男の子はあたしの声無視するみたいに、ぷいっとキッチンの扉から出て行った。

 追わなきゃ!
 だって、放っておけないよ。
 音や揺れは止まったけど、安全とは言い切れない。
 生き埋めになってるかもしれない「父ちゃん」も気になるしさ。
 もしかしたら、まだ助かる人がいるかもしれないし。

 そだ。
 あの「おばさん」に声かけてから行こっと。
 だれだかわかんないけど、悪い人じゃないみたいだしね。

あたしは立ち上がって、振り返った。



「……あれ?」


 あのおばさん、いない?
 どゆこと?
 だって、一つしか出入り口ないのに?


 …………。


 あ〜もうっ。
 わけわかんないっ!
 考えるのは後!
 とりあえず、外にでよっと。

 キッチンの扉に手をかけて、一気に開けた。





 なに、コレ?





 なんで、キッチンの隣がいきなり「家の外」なのさ。
 居間だったハズじゃん。


 ん?


 ちょっと、待ってよ?
 どう考えたって、おかしいよ。

 急に人が消えたり、いきなりキッチンと外がつながってたり。
 現実とは思えないんだよね。
 現実じゃないとすると……。


「もしかして、夢?」


 納得できる「答え」、見つけた気がする。
 幻光虫って、マボロシ見せたりするんだよね?
 グアドサラムの異界って、幻光虫がマボロシ見せてんだよね?

 あたしが探し回ってたトコ、幻光虫たくさん飛んでたし。
 ここも異界みたいだとしたら、マボロシ見せられたとしてもおかしくない。


『夢じゃない!』


 男の子がいつのまにか、あたしの隣に立ってた。
 悲しい顔と怒った顔がまじった顔であたしにくってかかってきた。

「キミ、さっきの。」
『夢じゃない!街は沈んだけど、父ちゃんも母ちゃんも……産まれたばっかの妹だってちゃんといるんだ!みんなで暮らすハズだったんだ!』
「ハズだった?」

 ……そか。
 なんとなく、わかっちゃった。

 ううん、もしかしたら。
 この子の思いが、直接頭に伝わってきたのかも。

『坑道がふさがれた。』
『もう街から出られない。』
『街は沈んだ。』

 そんな状況で生き残った人がいるとは思えない。
 きっと、この街に住んでた人たち、みんな死んじゃったんだ。

 キミは「死人」なんだね。
 あたしより、ずっとちっちゃいのに。

 あの「兄貴」はキミだよね。
 生きてたら、あんなに大きくなるハズだった。

 ……ううん、そうじゃない。

 あんなふうになりたかったんだよね。
 マボロシだから、キミが望んだままの世界。
 家族も、平和な暮らしも、みんな……。



「キミがこの「世界」をつくった。そだよね?」



 男の子はうなずいたみたいに、顔を下に向けた。
 つぶやくような、ちっちゃな声が聞こえた。

『でも、わかんなかったんだ。』
「へ?」
『妹の顔だけわかんなかった。』
「だから、あたしを代わりにした?」
『ん。それに……リュック、先に進みたくないんだろ?』
「……うん。ホントのこと言っちゃうとね。」

 進みたくない。
 進んだら、究極召喚手に入っちゃうから。

 男の子の顔が、ぱっと上がった。


『ここに残りなよ。オレがリュックが望むとおりにしてやるからさ。』


 期待とすがるような目が、あたしをまっすぐ見た。

 この子はウソ言ってない。
 きっとあたしの望む通りの「マボロシ」を作ってくれるハズ。

 ……でも。

 マボロシはマボロシ。
 ホントの事じゃない。

「もお、仲間のトコに戻るよ。」

 男の子の顔が、今にも泣きそうな顔になった。
 気持ちも一緒に伝わってくる。


 寂しいって。
 もう一度、一緒に暮らしたいって。


「ごめんね。あたしはキミの妹じゃない。」

 オヤジ、アニキ。
 心の中の母さん。
 それが、あたしの家族。

 誰にもかわりはできない。
 あたしも、誰かのかわりにはなれない。
 だから、キミのマボロシの中では暮らせない。
 ごめんね。

 男の子はなんにも言わないで、あたしを見てた。
 きっと、泣いてたんだと思う。
 涙はみせなかったけど、泣いてたと思う。

 ホントにゴメン。
 でも、キミにはしてもらわなきゃいけない事があるんだ。


「キミがつくったマボロシ、解いてくれないかな。」


 たぶん、このままじゃ戻れない。
 この「世界」をつくったの、この子なんだもん。
 あたしが残ることをこの子が望んでいるとしたら、 来た道をも戻ってもみんなの所には戻れない。



 あ……はは。
 怒らせた、かも。



 やっぱ、ダメだよねぇ。
 この子にとって、このマボロシは大事な宝物なんだもん。
 それを壊せって、あたしは言ってる。

 ちょっと目を細めてから、男の子はにぃっと笑った。
 なんか、イヤな予感。

 男の子の体がぼぅっと光りだした。
 幻光虫がくるくる回ってる。

『マボロシを解く方法、教えてあげようか?』
「え!?」
『知りたいんだろ?』
「ホント!?助かるよ〜。」

 よかったあ。
 これで、きっと戻れる。
 ユウナん、すっごく心配してるだろーな。



 うわ。



 幻光虫がどんどん増えてる。
 男の子が見えなくなるくらいに集まってきた。

 えっ!?

 どっ、どーなってんの!?
 男の子の背丈が、急に高くなった。
 体つきも柔らかくなって……女の人になっちゃったよっ。
 って、その……顔。



『リュック?』



 ……その、声。
 かあ…………さん!?

 ううん。

 母さんは死んだんだ。
 だから、あの子がつくったマボロシ……。

 でも、なんで涙がでてくるのさ。
 マボロシなのに。



「母さん!!」



 母さんはあたしを受け止めてくれた。
 あのときと、かわらない。
 やわらかくてあたたかい腕。

 母さんのほっぺたがあたしのほっぺたに触れると、ちょっとだけに甘い香りがした
 懐かしい声が、あたしの耳に聞こえた。





『わたしを倒しなさい。』





 一瞬。
 なにいわれたのか、わかんなかった。

「なっ、なん……!」
『一つ一つの幻光虫は力が弱いの。私を倒すことができれば、幻光虫が散って幻も消える。さあ!』

 母さんの手が、あたしの右手をつかんだ。
 ちっとも強い力じゃないのに、逆らえない。

 いつのまにか、あたしの右手には武器が装備されてた。

 クローの鋭い爪が、母さんの首に届く一歩前で止まった。
 このままあたしが少し力を加えれば、難なく倒せる。



 ……でも。



 でもっ!







「できないよ……。」







 あたしはその場にぺたんと座り込んだ。





 あの子の笑い声が、聞こえたような気がした。





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 ときどき聞こえてくるユウナの声を確認しながら、アーロンは廃墟を探るように歩いていた。
 しばらくすると、今まで不規則に飛び回っていた幻光虫が、なにかにひかれるように一定の方向に流れはじめた。

「妙だな。」

 アーロンは幻光虫が流れる方へと足を向けた。

 進めば進むほど、幻光虫の数は増していく。
 やがて、通りを緑で埋め尽くすほどの数にふくれあがっていた。

 かすかに死人の気配が強くなった。

「あそこか。」

 アーロンの視線の先に、光の塊が見えた。
 幻光虫が大量に集まっているようだ。

 近づこうとするたびに、幻光虫がアーロンの体にまとわりついた。
 まるでアーロンを阻止するかのように。

 最初のうちはうるさそうに手で払っていたアーロンだが、やがて進むことが困難になるほどの幻光虫にとりかこまれていた。
 常に冷静を装える男だが、思うように進めない状況に苛つきはじめていた。



「邪魔だ、どけ!」



 怒りを含んだアーロンの一喝に、幻光虫が唐突に反応した。
 幻光虫は四方八方に散り、街の一角を彩るのは鉱石が発する光のみとなった。

 道の真ん中に、ぽつんと座り込む二つの人影が見えた。

 一つはニギヤカ担当の娘。
 もう一つは呆然とした表情で尻餅をついた、青い髪の少年。
 少年はアーロンの姿に気がつくと、足をからませながら逃げていった。


「逃したか。」


 アーロンは軽く舌打ちをして、眠りこけているリュックを足で軽く蹴飛ばした。

「いつまで寝ている、起きろ。」
「いったぁ、なにすんのさっ!……あれ?」



       元に、戻ってる?



 街は少しも変わらない、朽ちた廃墟。
 あの少年と住んでいた家も、ほとんど形が残っていない。

「おっちゃん、なんでココにいんの?」
「……死人を追っていただけだ。」
「死人は?」
「知らん。」

 面倒くさそうに答えると、アーロンは野営地の方に歩き出した。
 リュックも小走りで、赤い背中を追う。


「あのさ、『シン』はジェクトさんってホント?」


 アーロンの歩く速さが、少し速くなったように見えた。
 答えるのを拒むかのように。

 リュックはため息をついた。


「ティーダ、つらいよね。お父さん倒さなきゃいけないなんてさ。」


       つらいよね。
       ホントのお父さんを倒すなんてさ。
       あたしは「マボロシ」とわかってても、倒せなかったんだもん。


 リュックの声が聞こえたのかどうか。
 アーロンの足が止まった。

「真実から……逃げるなよ。」
「ったりまえじゃん!」

 今やらなきゃいけないことは、ここから脱出すること。

 ユウナのことは、その後で。
 いい方法が考えつかなかったら、また考えればいい。

 生きている限り、考える時間があるのだから。



「逃げてたまるかっちゅーの!」



 おしっ、とリュックは気合いを入れると、前を歩くアーロンを追い抜かした。





X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X  






 野営地の廃墟に、ユウナがうろうろと歩き回っているのが見えた。
 リュックが大きく手を振ると、ユウナの影も気がついたように手を振った。

「ごめ〜ん、おそくなっちゃって。」
「心配したよ。なかなか帰ってこないんだもん。何度も呼んだんだよ?」

 きょとんして、リュックは首をかしげた。

「えーっ、聞こえなかったよー?」
「そうなの?」
「気を失ってたから、聞こえなかったのかなー。」
「眠りこけていたの間違いだろう。」
「なっ……なんてこと言うのさっ!大変だったんだからね!!」

 顔を赤くして反論するリュックを鼻で笑って、さらに続けた。

「邪魔されたのかもしれんな。」
「じゃま?あの子が?」
「幻光虫をあれだけ一カ所に集められるやつだ。声を遮ることなど容易だろう。」
「そっか。マボロシで自分の世界つくっちゃうよーな子だもんね。」
「ちょ、ちょっと待て。死人ってのは子供なのか?」

 ワッカが「わけわからん」という顔で、リュックに尋ねた。

 キマリとアーロンが出会った死人は、男と女の姿をしていたと言う。
 子供の姿というのは、初耳だった。

「そーだよ。あたしが会ったのは男の子だった。」
「ふーん。どうせ会っちまうんなら、子供の方が楽そうだな。」

 のほほんとかまえるワッカに、リュックはため息をつく。

「子供だと思ってると、痛い目にあうよー。」
「へ?」
「子供でも死人だ。むしろ幼いだけにやっかいかもしれん。」
「そ、そうなんデスか?」
「無邪気さは残酷さにつながる。覚悟をしておくんだな。」
「そーそー。カクゴしといた方がいいよー。」

 心なしか青ざめたワッカを尻目に、リュックは野営地をぐるりと見渡した。

 あいかわらず、ティーダは横たわったままだ。
 おまけにルールーまで横になったまま動かない。

「ルールーはねちゃった、のカナ?」
「……起きてるわよ。ごめんなさいね。」

 ルールーはだるそうに体を起こした。
 しばらく休んでいたはずなのだが、一段と顔色が悪くなっている。

「寝ててもよかったのにぃ。」
「大丈夫よ。気にしないで。」
「ま、疲れてるだけだな。少し寝りゃなおる。」

 軽い口調のワッカを、不満そうにリュックがにらみつけていた。

「まじ、気づいてないの?」
「なんだよ?」
「気楽なのはいいけどさ。少しは気にしなよ。」
「いいのよ、リュック。休めば元に戻るわ。」
「でもさあ。」

 リュックは顔を曇らせて、ユウナに目で問いかけた。
 召喚士の従姉妹は、静かに首を振った。


(今はルールーの意思を尊重してあげて。)


 青と緑の瞳からユウナの言葉を読み取って、リュックはうなずいた。

 自分の体のことは、自分でよくわかっているだろう。
 ルールーが自分で言い出すまではそっとしておくのが、何度もガードをつとめてきた彼女への「礼儀」かもしれない。

「ね、リュック。おなか空いたでしょう。わたしたちは、もう食べちゃったんだ。」

 話題を変えるように、ユウナは少しばかりの食料を差し出した。
 リュックは食料をじっと見つめると、首をふった。

「う〜ん。あんまりおなか空いてないんだけどさ……ソレって、あたしだけ?」
「え?」
「リュックだけではない、キマリも空腹を感じていない。」

 ユウナは首を少しかしげてから、はっとしたように他の仲間を見た。
 自分も含めて、ほとんどの仲間が軽く口にした程度で食べるのをやめていた。
 少しでも節約するために遠慮しているのだろうと思っていたが、どうやら本当に必要がなかったようだ。

「そか?オレはまだ食えるぜ。」
「あんたはね。・・・・・・きっとここには、特別な力があるのよ。」
「キマリもそう思う。この地は御山とも違う「なにか」がある。」

 かすかに低く笑う声が、リュックの耳に入った。

「もしかして、おっちゃん何か知ってんの!?」
「推測にすぎん。」
「教えてくれたっていいじゃん!」
「自分で考えろ。その頭は飾り物か?」

 ぷうと頬をふくらませて、リュックはそっぽを向いた。


「……あれ?」


 リュックの向いた先に、小さな人影が見えた。
 あの少年の姿をしていた。
 あれほどはっきりと見えていた少年の姿は、たよりなげに透きとおっていた。

 仲間が全員集まっている今、捕らえるには願ってもない機会だ。
 だが、大騒ぎすれば少年は再び逃げてしまうだろう。

 リュックは声をひそめて、一番近くにいるアーロンの袖をひいた。


「おっちゃん、あそこ。」


 アーロンは視線だけを、リュックの見ている方に向けた。
 少年の姿を確認すると、興味を失ったかのように近くの壁に背を預けた。

「執着の「ひとつ」がついてきただけだ。死人本体ではない。」
「ついてきたあ?」
「おまえにな。」
「あたしにぃ?」

 リュックは目を細めて、少年を見た。
 透きとおった少年はリュックの方に顔を向けた。
 どこか気まずそうに、しかし寂しげに顔をリュックからそむけた。

「近づいても、平気……かな?」

 アーロンの左手が動いた。
 少年の方に指が向けられた。



       やってみろ。



 一つだけの鳶色の瞳は、そう言っているようだった。

 リュックは小さくうなずいて、そっと他の仲間の様子を探った。
 まだ少年の姿に気づいていないようだ。



 リュックは意を決して、仲間に気取られないよう少年の方に近づいた。



 少年に恐怖や嫌悪は感じない。
 家族を失った悲しさは「死人」も「人間」もかわらない。

 リュックは腰をかがめて、少年の顔をのぞき込んだ。
 少年の顔はリュックの目から逃れるように、さらに下を向いた。



「キミと暮らせて楽しかったよ。短い間だったけどね。」



 少年は驚いたように顔を上げて、何度か瞬きをした。
 首をかしげる少年に、リュックは笑った顔を見せた。



「今度一緒に遊ぶ時は、イジワルなしだかんね。」



 少年ははじめて年相応の笑みを浮かべた。
 リュックに小さく手を振ると、幻光虫の舞う街へと降りていった。



 軽い足取りの踊るような……。



 そんな後ろ姿だった。










壁紙&イラスト:安茂



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