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〜 【Relational Novel】 〜

【競作リレー】 FFX ・ いにしえの夢

(一日目)



〜プロローグ〜


by テオ







 洞窟の中とは思えないほど広い空洞。

 いたる所に点在する光る石に、明るく照らされている洞窟内部。

 透き通る水底に、微かに残る人工物と思しき残骸の跡。

 そこに、その街はあった。

 ガガゼト山の地下深く、遥か遠き時の彼方、賑やかに息づいていた街レギスタン。


  今は水没窟の奥底に崩れ落ち、静かに眠る街。



   1000年の、悲しい夢が、眠る街。









X X XX XXX XXXX XXX XX X X  



【 競 作 リ レ ー 】


〜 い に し え の 夢 〜


from FINAL FANTASY X



X X XX XXX XXXX XXX XX X X  









「いってらっしゃーい。早く帰ってきてねー」
 外道へと通じる洞窟内の道=外路坑道の入り口で、彼女は大きく手を振っていた。その視線の先、同じように手を振る若者がいる。彼は、大きな機械とおぼしき荷物を乗せた荷車を運ぶ一団の中の一人だった。これからしばらく会えなくなるというのに、何故か二人の顔は晴れやかそのものだった。
 それもそのはず、このレギスタンで技術者として働いている彼と、そういう人々の世話をすることを職にしている彼女は、近々結婚式を挙げることになっているのである。彼が開発して製作した新しい構造の機械を、ザナルカンドへの搬送を終えて帰ってきたら。
 あちこちに設置されたレギオン街灯によって明るく照らされた洞窟内を、精密な機械に影響がないようにと少しの振動にも気を付けながら搬送団は進んでいく。しんがりを勤める彼は、角を曲がり姿が見えなくなる寸前まで彼女へと手を振り続けていた。
「でも、気をつけてね……」
 既に視界から消えた愛しい人へと彼女は小さく呟く。思いは、数日後に挙げるはずの二人の式のことに飛びながら。


 特殊なエネルギーと光を発する鉱石レギオン。
 複雑な電子配列から成るために未だその成分が正確には解明できていない鉱石レギオンは、スピラで唯一それを産出しているこのレギスタンから、近隣に位置するスピラ一の都市国家ザナルカンドへと主に輸送されている。
 レギスタンの一番の友好都市でもあるザナルカンドは、数多くの召喚士を抱えるとともに機械においても最先端の技術を誇る。その、人々の暮らしに役立つようにと開発された数々の機械の重要なエネルギー供給源として最適とされていたのが、このレギオン鉱石なのである。
 しかし、霊峰ガガゼトの霊力の賜物なのか、レギオンはここレギスタンでしか発掘できない。もちろん貴重な鉱石であるため、ザナルカンドを始めとする各都市らが全力をあげてスピラ全土を探索したのだが、結局他では発見することは適わなかった。

 この鉱石が発見されてからというもの、まずレギオンを発掘するための坑夫たちの小さな集落ができた。そして、より効率的に精製開発しようと研究者や技術者も集まり始めた。レギオンを採掘できる場所のすぐ近く、ガガゼトの地下深くに大きく口を空けていた空洞を利用して、集落から街へと次第に大きくなっていった。
 これがレギスタンである。
 鉱石レギオンのために出来た街であったから、その名を取ってレギスタンと名づけられたこの都市は、スピラ最大の都市国家でもありこの鉱石を一番必要としていた機械都市でもあったザナルカンドの援助を受けて、急速に発展していったのだった。


 いつまでもそこにいても仕方ないとほうっとため息一つの後、仕事に戻るために歩き始めた彼女の横を、10歳くらいの元気いっぱいの男の子が走り抜けていった。


 彼女が彼を見送った外路坑道とは別の、ガガゼトでしか採れない貴重な鉱石を発掘している、いわばレギスタンの生命線ともいうべき採掘坑道の方へと息急ききって走っていく少年。
 坑道の中、人々が発掘作業をしている現場に着くなり少年が怒鳴った。削岩機の音に負けないくらいの大声を張り上げて。嬉しくて堪らないという笑顔で。
「父ちゃん、父ちゃん! 生まれたって! 女の子だってさっ!」
 少年の一番近くにいた坑夫がそれを聞きつけ、騒音の元である削岩機を止めて聞き返してきた。
「おう! 坊主、生まれたか!」
「うんっ!」
 そこからさざ波のように話が奥へと伝わっていく。それと同時にうるさかった削岩機の音が小さくなっていき、坑道内は代わりに作業の手を止めた坑夫たちの祝いの言葉で満たされていった。
「良かったな!」
「うん!」
「そいつぁ、めでたい」
「うんうん!」
「おい、学校はどうしたんだ? さぼりか?」
「こんな日に学校なんか行ってられるかってんだ!」
「それもそうさな。わはははは!」
 掛けられる言葉の一つ一つにいちいち嬉しそうに応えていた少年の耳に、坑道の奥の方から野太い声が聞こえてきた。声の主は、鍛えられた体躯の坑夫たちよりもひときわ逞しい身体つきの、少年の父親。この発掘作業の責任者でもあり、いわゆる親方的存在の男である。
「で、母ちゃんはどうしたって?」
「あ…」
 もう一つの大事なことを伝え忘れていたことを思い出し、少年は「へへっ」と片手で頭を掻いてからペロリと舌を出した。そして、もっとちゃんと声が遠くまで届くようにと口元に両手を添えて、大きく息を吸いこんでから。
「母ちゃんもっ、オレのっ、妹もっ、元気だってさーーっ!」
 少年の弾む大声が、固い岩盤に囲まれた坑道の最奥にまで嬉しそうに響いていった。


 レギスタンに暮らしているのは、鉱石レギオンを発掘する坑夫たちと、それを研究開発するための研究者や技術者たち、そしてその家族である。家族がいれば子供もいるから、教育施設や医療機関もできる。また、希少であると同時に美しい光彩を放つ鉱石でもあったため、観光目的の旅行者も数多く訪れるようになり、当然それらの人々目当ての宿屋や商売する輩も増えてくる。
 こうやって、レギスタンは都市としての成り立ちからその後の発展のすべてを、鉱石レギオンに負っていたのである。

 だが、やはり地下に建設された都市としていくつかの欠点もあった。交通の便もそうだったが、膨大なエネルギーを有する鉱石に囲まれての生活、また日の光がまったく届かない場所での生活であることも多いに要因となり得るのだろう、健康な大人ならばほとんど問題なくとも、抵抗力の弱い病人や乳幼児にはその影響は大きかった。特に5歳以下の子供の死亡率が ―― 出産時はもちろんのこと ―― 異様に高かった。そのためレギスタンでは、妊婦は近くの大都市ザナルカンドで出産し、そこで無事産まれた子がある程度の年齢になるまで育ててから、レギスタンに一緒に帰ってくるという流れが定着していた。


 少年がもたらしたこの街では特に明るい話題の一つでもある「無事出産」という報告によって、採掘坑道の中からレギスタンの街並みへと、いつもの削岩機の音の代わりに人々の楽しげな笑い声が漏れこだましていった。


 そこから少し離れた、岩壁が突き出したようになっている小高い岩棚の上。


 そこには、このレギスタンで亡くなった人々を慰めるために建てられた石碑があった。
 いわゆる慰霊碑である。
 その石碑の前に座り込んだ男が一人、正体を無くすほど飲んだくれていた。しばらく着替えていないのではないかと思わせるほど薄汚れた白衣が、男がかつていっぱしの研究者であったことを暗に物語る。
 聞きたくなくとも聞えてくる人々の明るい笑い声に、憎々しげな表情になる男。
「ふん、何を騒いでやがる…」
 男は自分の周りに転がった酒瓶を座ったまま片足で蹴飛ばし、手にした酒をグイと瓶ごとあおる。しかし、既に空になっていた瓶からは数滴の雫が垂れるだけだった。
「けっ、気にいらねぇ」
 ぶつぶつと愚痴りながら他に酒の入った瓶はないかと濁った目で探してみるが、手の届くところには空の瓶しか見あたらない。男は苛立ち、腹立ち紛れに持っていた瓶を地面に投げつける。
 ガシャン
 投げた瓶が先ほど蹴った瓶にあたり、粉々に砕け散った。あたりに破片が散らばる。悲惨な姿になった瓶のカケラが、鉱石を含んだ壁面が発している淡い光を反射してキラキラと光っていた。
 デロデロに酔っ払い澱んだ目を石碑に向けた男は、今度は一転、泣き笑いの顔になる。
「お前さえ生きていてくれたら……」

 男は遠い瞳で、優秀ではあるがマッドサイエンティストと陰口を叩かれ続けてきた彼のたった一人の理解者、亡き妻の面影を追う。正体を無くすほど酔っ払ってはいても、妻のことを想う時だけは、男の無骨な顔にも切なげな影がぎっていった。男のことを信じ、常に味方になってくれた妻。その妻のおかげで、男は彼本来の研究者としての優れた資質を如何なく発揮することができたと言ってもいいほどだった。しかし元々身体が丈夫ではなかった妻は、このレギスタンでの洞窟生活が合わず、あっけなく異界へと旅立った。
 男の顔が凶悪な表情にすりかわる。
「それもこれも、あいつらのせいだ」
 確かに男をたった一人で庇い続けていた妻は心労もあったのだろうが、男は妻が亡くなったのはすべてレギスタンとここに住む人々のせいだと思い込み、完全に逆恨みしていた。愛しい妻が亡くなってからというもの、男は研究どころか生きることへの執着さえなくし、仕事もせずに日がな一日飲んだくれて堕落の一途を辿っていくだけだった。
 今日も今日とて、昼過ぎに目を覚ますと同時に持てるだけの酒を持って石碑のところに来て座りこみ、居もしない妻へと語りかけながら酒を浴びていたのだ。毎日のように繰り返されるその荒んだ生活を、もしも妻が見たらどんなに悲しむかなど考えることもできぬほどに、男の「生」は止まっていた。

 ちょうどそこへ、何度目かの賑やかな声が採掘坑道から聞こえてきた。それが耳障りで堪らないとばかりに、男は両手を振り回して酔いどれのだみ声で吼えていた。
「気にいらねぇ。何もかも……気にいらねぇんだよ!」


 男の狂気を含んだ怒声が、岩棚から見下ろすレギスタンの街並みへと降り注いでいった。


 レギスタンが急速な発展を遂げたのには、その貴重さもさることながら鉱石レギオンの持つエネルギーの多様さと半永久的という性質によるものが大きかった。
 研究材料としてもうってつけの素材であったから、様々な研究対象として多くの研究者たちが集まってきた。
 その研究の副産物の一つに、純度の低い開発には向かないレギオンの塊りを配した街灯があった。レギオン街灯と呼ばれるそれらを洞窟の要所に設置してからは、まるでイルミネーションのような幻想的な美しさもかもし出し、その美観がまた人を呼ぶ。
 暗いはずの洞窟内が、ほぼ外界と変わらぬほどの明るさを保てているのも、このレギオンの発する明かりのおかげであった。
 しかし、物事には表があれば裏もあるもので、前述の子供の例もあるように強烈なエネルギー体である鉱石レギオンは、身体の弱い人々にも悪影響を及ぼすこともわかっていた。精製加工してあればまだしも、原石のままだと少々人体への影響が強過ぎるのだろう。それを緩和するための研究も日夜なされてはいたのだが、まだ完全に解明できるにはほど遠い道のりだった。


 多少の問題は残しつつも、他に類を見ないほどレギスタンは都市として飛躍的な発展を遂げていた。



 だが、後世「機械戦争」と呼ばれるザナルカンドとベベルの都市国家同士の戦争が勃発してからというもの、その安寧の日々も終りが近づいていた。鉱山都市としての性質から表面上は中立の立場を取ってはいても、不気味な滅びの影がレギスタンへもひたひたと忍び寄っていたのである。

 静かに、けれど、確実に。





ドォーーーーーーーーーンンンッッ・・・


 彼がザナルカンドへと出かけて行ってから数日が過ぎたが、なかなか帰ってくるという連絡がない。忙しくて連絡もままならずいきなり帰ってくることも今までにも何度もあったから、今日にも帰ってくるかと彼女が外路坑道へ出迎えに行く途中のことだった。
 彼女は大きな音とともに激しく揺れる地面に足を取られて身体ごと転がってしまった。
「あっ! なっ、なに?!」
 転がって地面にぶつけた痛さを堪えて、彼女は座り込んだまま不安そうな面持ちで何ごとがあったのかとあたりを急いで見回す。
 そうしている間にも、ドドン、ドドン、という轟音が立て続けに起こり絶えず地面を揺らし続けていた。その複数の爆発音らしき音のする方角を見て、彼女は呆然としてしまった。
「坑道がっ!!」
 この外路坑道以外のいくつかある採掘坑道からも、もうもうと土煙が舞い上がっている。同時にガラガラという岩盤が崩れているとわかる音まで響いてきていた。
「い、いったい、何が…」
 立つことのできないほど激しく揺れ続ける地面の上を這うようにしながら、やっとの思いで土煙で視界の利かない外路坑道の近くまでやってきた彼女だったが、その惨状に更に愕然としてしまった。

 すべての坑道が完全に埋まって塞がれている。

「どうしてっ!?」
 叫び、振り向きざま他の坑道も確認しようとして、彼女はすぐにそのすべてが同じように爆破されていることを知る。
 ふと、彼女はつい先日聞いたばかりの戦争の話を思い出していた。絶対有利の予想を覆し、戦況はザナルカンドにとって極めて悪い、という内容の噂話を。話を聞いたその時は、スピラ一の都市であるザナルカンドがベベルなんかに負けるはずはないと、その場にいた全員で笑い飛ばしデマだと決めつけてしまったが…。
「まさか……! まさか、ベベルは…このレギスタンまで……?!」


 レギスタンはこの戦争に参戦してはいなかった。中立を宣言してはいたが、むしろ、この戦争のためにレギオン鉱石の出荷量が増え、恩恵に預かっていると言っていいほどであった。最多輸出量のザナルカンドはもちろんのこと、ベベルへさえも鉱石を納めていたのである。このため、戦争景気に浮かれるこの街の人々は、戦争による我が身の危険とはほど遠い場所にいた。レギオン鉱石が必要とされる限り、この街に危害が及ぶことはないと。だが、ベベルはそういう風には考えてくれなかったのである。

 ザナルカンドは機械のエネルギーのほとんどをレギスタンから輸送されるレギオンに負っている。ベベルも機械は使っているからレギオンを必要とはしているのだが、その比重はザナルカンドとは比べようもない。レギオン鉱石がなくてもさほど不自由を感じないベベルと違って、レギオンの供給が止まればザナルカンドは機械のほとんどが機能しなくなる。そこにベベル側は目をつけた。
 ザナルカンドとレギスタンの連絡を断ち切る。ガガゼトの洞窟内にある「地下都市レギスタン」は坑道さえ塞げば、簡単に孤立させることができる。その結果、レギスタンがどうなろうとベベル側の知ったことではない。念のいったことに、外路坑道だけでなく採掘用の坑道まで爆破したのは、他の坑道から外部へと繋がる隠し通路の存在までも危惧してのことなのだろう。事実、万が一のことを考えて、そういう逃げ道はこっそりと掘られていた…。しかしそれも、全部の坑道を破壊されてしまっては為す術もない。
 それが、戦争というものなのである。
 自軍の戦況を優位に運ぶためなら、他の犠牲などまったく厭わない。

 そしてそれは、当のレギスタンの人々がまったくあずかり知らぬ間に、実行に移されたのだった…。


 彼女は信じられない物を見るように、無残に崩れ落ちた外路坑道を見つめていた。

 その頃になるとさすがに街の人々も、この街に何が起きたのか気づき始めた。そして、現状を理解するや否や、当然皆パニックになる。次々に崩れた外路坑道に押し寄せて、怒鳴り出す者、泣き出す者、誰彼となく当たり散らす者。他に無事な坑道がないか、探して走り回る者もいた。洞窟内を狂乱の怒号が渦巻いていた。
 その誰もが、一様に絶望の表情を露わにして。

 その中にあの少年の姿があった。
「父ちゃんっ! 父ちゃんはどこだっ?」
 今日も採掘坑道の中で発掘作業していたはずの父の姿を探す少年。
 すべての坑道は、掘り出した鉱石を運び出しやすいようにと内部で繋がっていた。おそらく隠密裏に入りこんでいたのだろうベベル側の兵士の手によって、外道とともに繋がっていた坑道も全部破壊されてしまったのは、もう誰が見ても明らかだ。となると、坑道内で働いていた人々も・・・・。
「父ちゃん! 父ちゃんっ!」
 明日にでも、仕事が一段落した父と一緒に、母と産まれたばかりの妹に会いにザナルカンドへ行くはずだったのに。
 坑道が塞がれていては、それも夢と消えてしまった。
 なによりもっと信じたくないことに、あの逞しい父が坑道の中で生き埋めになったか、それとも吹き飛ばされたか・・・。
「父ちゃんっ! 母ちゃんっ! 父ちゃんがっ! うっうあぁぁぁーーっっ!!!」
 少年が父と母を求めて泣き喚いても、それを慰めることのできる者は皆無だった。
 少年と同じように泣き叫ぶ、子どもが、大人が、レギスタン中に溢れていたのだから…。

 その時、たった一人だけ、嬉しそうに薄ら笑っている男がいた。
「ふっははへへ。いいぞぉいいぞぉ」
 いつものごとく岩棚の石碑の前で、酒臭い息を吐き散らし、楽しくてたまらないと笑い続けている。
「ひゃ〜っはっははははは…。滅べばいいんだ、この街ごと、全部、何もかもなぁー!」
 これ以上望んだ展開はないというように、男は満足そうにレギスタンの街を眺めながら狂気の宴を一人繰り広げていた。



 外界との接触をすべて断たれたレギスタンは、絶望と悲哀に包まれていた。

 そして、更なる悲劇がこの街を襲う。

 運良く坑道での生き埋めに合わなかった坑夫たちの何人かが、あくまでも諦めずに外路坑道を掘り進もうと必死になっていた。ほとんどの掘削機や削岩機は作動中だったため、修理中で無事だった数台しか残っていない。それも下手に掘り進むと、爆破のために脆くなった岩盤が容赦なく崩れ落ちてくる。そのため、せっかく残った削岩機も、作業中の数少ない坑夫と共に次々と固い岩石の下敷きになっていった。それでも、たとえ少しずつでも掘っていかなければ、助かる手立ては他にない。
 残った街の人々は、それを懸命に手伝う者もいたが、ほとんどが「そんなことをしても無駄だ」と投げやりになっていた。絶望に打ちひしがれ、坑夫たちに手を貸そうともせず、ただヘラヘラとせせら笑うだけの者もいた。我が身の不運を嘆き、ベベルをそして一向に助けにきてくれないザナルカンドを罵って泣きくれるだけの者もいた。……人、様々である。

 外界へ通じる坑道が崩れ落ちてからというもの、空気の流れさえも妨げられているのか、次第に息苦しさを訴える者が増えてきていた。自給自足のできないレギスタンでは、数日も経てば食料もすぐに底をついてくる。
 頼みの綱のザナルカンドからの救援は、まったくその気配もない。


 その頃………

 ザナルカンドは、既にベベルに、というよりも突如消えた市民と入れ替わるように現れた、巨大な化け物=後に『シン』と呼ばれる物、によって壊滅させられていたのだった。

 しかし、レギスタンの人々はその事実を知らない……


 そしてついに、この街に最後の通告が訪れた。
 坑道とともにその道筋を塞がれた地下水脈が行き場を失い、とうとうレギスタンのある空洞へと上がってきたのである。
 最初はチョロチョロと小さな流れを作った水の通り道が、あっという間に水位を上げていった。低地にある建物はすぐに水に飲み込まれ、次第に人々の逃げ場がなくなっていく。
 逃げるだけの体力のない者、既に生きる気力を失ってしまっていた者たちから次々と水に沈んでいった。必死になって小高い場所に逃げても逃げても、すぐに水が追いついてくる。
 あれほど怒号と泣き声に覆われていたレギスタンの街が、静かな湖面を光らせるまで一両日を要しなかった。
 最後の瞬間、ベベルと、なにより必ず助けてくれるはずだと信じて疑わなかったザナルカンドへの恨みの思いを抱いたまま、人々は長い眠りにつく……。

 しかし、最後の最後まで、希望を捨てなかった者がいた。

 彼女は一番高い位置にある外路坑道のところにいた。
 もう岩を削るために満足に動く機械もない。
 唯一、掘り進むための最後の道具を使い、自分の腕と手で岩肌を削り続ける。
 少しずつ、少しずつ、少しずつ………。
 固い岩盤に折れ曲がり、役に立たなくなった道具を投げ捨てる。
 最後には我の指と爪で引っ掻くように削り続ける。
 指が裂け、爪がはがれる。
 それでも、掘り続ける。

 彼女は……。

 彼女の血で染められた岩盤を掘りながら、ただ、彼の人を待ち続けていた。

「あの人は必ず帰ってきてくれる」

 その想いだけが、彼女を支えていた。
 彼女が苦しい時泣いている時、いつも側にいてくれた優しい彼の顔が思い浮かぶ。
 血だらけの、爪のはがれた指で掘り続ける。
 食料もなく空気も澱んだ空洞の中、彼女の体力はもうとっくに限界を超えていた。
 痛みや空腹など、とうに感じはしない。
 麻痺した頭と身体で、それでも気力だけで掘り続ける。

 少しでも彼に近づくために。

 彼の笑顔を見るために。

 彼がその時にはもう他のザナルカンドの人々と同様に祈り子となっていることなど、彼女に思い及ぶはずがなかった。

「あの人にもう一度……」

 我が身が頭の先まで水没し、息が止まり意識が薄れて完全になくなってしまうまで………。


―― ……会いたい……


―― あなたに……あ・い・た・い・・・




 人々の絶望も。


 男の狂気も。


 少年の嘆きも。


 彼女の希望も。



 水は人の思いすべてを飲み込んで、ガガゼトの空洞を静かに満たしていった。










X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X  






−− そして 千年の時が流れる −−  







X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X  










「なあ、ワッカ。あれ、なんだろう?」

 ユウナたち一行が目指すザナルカンドを目前にして、ガガゼトの登山道の途中の洞窟内にも試練があった。ザナルカンドへ行くには、やはりこれを乗り越えないと先へと進めない。
 しかし洞窟内はあちらこちらですっかり地底湖となってしまっている。おまけにどうやらモンスターもはびこっているようである。
 となると、当然、水中でも身軽に動くことのできるティーダ・ワッカ・リュックの三人で試練に挑戦することになった。召喚士でなければならない他の寺院の試練とは、ここは少し勝手が違うらしい。
 試練は、洞窟の奥にあったり、水中にあったりだったが、比較的簡単にクリアすることができた。ブリッツ選手であるティーダとワッカに負うところが大きかったのかもしれない。実際、第一の試練はワッカの武器でもあるブリッツボールでないと試すこともできなかった。
 戦闘も、しつこくはあるがそれほどの強敵も現れずに三人は順調に進んでいった。
 行きつ戻りつしながら、やっと第二の試練を解き、先へと進む道が通じたようだった。
 このティーダの発言は、試練の後、まだ未探索だった坑道らしき道の奥へと入って行き途中で途切れていることを確認してから、あとは皆のいる場所へ帰るだけだと地底湖のほとりで一息ついた時のことだった。

 ティーダは先ほど泳いできた ―― ユウナたちの元へ戻るには、もう一度泳いで渡らなければならないのだが ―― 湖の底深く揺らめいて見えている廃墟が妙に気にかかって、ワッカへと尋ねていたのだ。
「あぁ? あれか? ありゃあ、あー、その…。何だろな?」
「何だよ。ワッカも知らないのか」
 ふぅ、と呆れ声でため息をついたティーダが、それでも気になって仕方ないというように湖底を見続けている。
「お前なぁ。そりゃあ詳しいこたぁわからねえけどよ、ここのはほとんど跡形も残ってねえが幻光河にもあったみたいな大昔に沈んだ街かなんかの跡だろうってことは、見りゃわかるだろーが」
「う、ん……。そーなんだけどさ……」
 どうにも歯切れの悪いティーダに向かって、さっきからそわそわし始めていたリュックが言う。
「ね、ねぇ。そんなこといーからさぁ。さっさとみんなのとこ帰ろ?」
 いかにもビクビクと怯えているような風体だ。
「なんかさ。やーな雰囲気なんだよねえ、ココ」
 キョトンとワッカがリュックに応じる。
「そおかぁ? 俺ぁ、なーんも感じねぇけどな」
「もー、ワッカは鈍感なんだからー」
「んだと、こらぁ、言うにことかいて……」
「オレっ! やっぱ気になるから、ちょっと行って見てくるっス!」
 やっと気軽に掛け合えるようになってきた二人の軽口を遮って、ティーダがたった今泳いで通ってきたばかりの水の中へとザブンと飛び込んで戻っていった。
「あ、おい! あちゃー、行っちまいやがった。ったくしょうがねぇ奴だな」
「うー。ねぇ、まずいってば」
 妙に焦っているリュックを尻目に、ワッカが暢気に返事する。
「だーいじょうぶだって。あいつの泳ぎならすぐ戻ってくっからよ」
「そうじゃなくって。あー、もう〜」
「リュック。おまえこそ、なにそんなに焦ってんだ?」
「だから…うまく言えないんだけど。ココはまずいんだってばぁ」
「さっぱりわからねぇ…」
 どうにも意思の噛み合わない二人を残し、ティーダは澄んだ水の中を深く潜っていく。

 ガガゼトの雪解け水から成っているのか、洞窟の中だからなのか、この湖はかなり水温が低いようだった。あまり長いこと潜ってるのは危ないなと思いながらも、ティーダは水底に揺れる廃墟に引き寄せられるように近づいていく。
 ついさっき通った時はまだ遠かったせいもあって、廃墟の様相まではよくわからなかったが、近づくにつれだんだんとその全貌が見えてきた。
 かなり昔に廃墟となったらしいその街は、ほとんどその形容を残してはいない。だが、ところどころにある階段や倒れて崩れた大きな柱の一部など、何より人口物としか思えない光る石を使った街灯が、確かにここに街があったことを示している。
 しかし、なんだか様子がおかしい。
 水の中とは言っても、そろそろ湖底についてもいいはずなのに、一向に到着しそうにない。まるで目に見えない厚い壁に妨げられているようだった。なんとなく光の屈折も普通と違うように感じる。そう、そこだけ水の層が厚くなっているような……。
―― 何でだろう…
 不思議に思ったティーダが、自分を阻む物を掴もうとでもするように、グッと片手を伸ばした。


 ― 刹 那 ―


 目もくらむようなまばゆい光が、ティーダの手が触れたところから一瞬にして四方に広がっていった。

―― うわあぁっ!

 強烈な光に、それこそ弾かれたような衝撃を受けるティーダ。
 あまりの刺激の強さに、意識が飛びそうになる。
 その時、ティーダは人の声を聞いたような気がした。


『だれ? 私たちを目覚めさせるのは…?』


―― えっ?


『まさか、私たちを覚醒させることができる人がいるなんて………』


―― なに?……なん…だっ……て…?…


 それは、頭の中に直接響いてきた。
 憎悪・哀惜・悲愴・絶望といった感情の嵐が、ティーダの内部で吹き荒れる。
 その激しさに、かろうじて保っていた意識も翻弄され薄れていった。

 とうとう、ティーダは朦朧とした意識さえをも手放す。
 そして、完全に気を失った彼は、そのまま静かに沈んでいった。
 さっきまで、どうしてもそこから先に進むことのできなかった廃墟の街のただ中へと・・・。



 ティーダの眼前で放たれた光は、湖水を軽く突き抜け、ワッカとリュックのいる湖岸へも届いていた。いや、どうした光の反射か、それはユウナたちのいる水没窟入り口にまでも到達していたのだった。
「な、なんだぁ、ありゃあ…」
 あまりのまぶしさに目をすがめつつ、ワッカがてのひらで顔の前を遮りながら呆然と呟く。リュックも顔をしかめて相槌を打っていた。
「すご、かったねぇ。……あ!」
 二人同時に。
「「ティーダは?!」」
 いくら透明度が高いとはいっても、深い水底全部が見通せるはずもないのだが、それでもティーダがどうやら底近くまで泳ぎ着いたことだけは確認していた二人だった。そのあたりから光が発したらしいこともわかっている。途中から目を逸らしたもののまだ少しチカチカと眩んでいる瞳を凝らし、湖の中のティーダの姿を探す。だんだんと元の視力が戻ってくると、先にリュックが湖底あたりに何かが漂っているのを見つけた。
「あっ! あそこ! あそこにいるよっ!」
「おっ、いたか」
 リュックが指差した方向に、確かにティーダらしき人影が揺らめいている。ただし、自分の意志で動いているのではなさそうで、次第に沈んでいっているようだった。
 さすがにあの光をの当たりにしたのでは気を失うのも仕方ないだろうと二人にも容易に想像がつく。何故に光が発生したのか、光の正体は何なのか、までは知らなくとも。
「おし、行くぞ」
 ワッカが早速ティーダを助けに行こうと湖に飛び込もうとした時だった。
「おわっ! だっ! なっ、なんだぁっ?!」
 水面めがけて飛び込んだはずのワッカは、露出した固い土の上に激突してしまっていた。
「えっ? どして?」
 なんと二人の目の前で、湖の水がどんどん引いていったのだ。ものすごいスピードで。
 それは、水が引くというよりも、消えていくと言った方がいいくらいの早さだった。
「ってえぇ。どうなってんだ、こりゃ」
 頭から飛び込もうとして既にそこに水がなく、咄嗟に身体を捻って回避したものの胸やら腰やらをしこたま地面にぶつけてしまったワッカが泣き言を吐く。

「ワッカさん! リュック!」
 そこへ、ユウナと他の仲間たちが駆けつけてきた。
「あれ? ユウナん、どしてここへ?」
「うん、それがね…」
 ここへ来る途中の洞窟も水に満たされていて、彼らは簡単には入ってこられないはずだった。応えようとしたユウナの言葉をルールーの声が退ける。
「それは、こっちが聞きたいわね。いったいどうしたの?」
 問いかけられて、しどろもどろになりながらリュックが懸命に身振り手振りで状況を伝える。さっきまでの心細げな様子も、仲間たちが来てくれたことで少しは和らいだようだった。
「あのね。光がね、パーっと光ったと思ったら、なんか水が急になくなっちゃったんだよ」
「だから、私たちも入ってこられたんだよ」
「あ、そか」
 よく要領を得ないリュックの説明ではあったが、ユウナたちも自分たちの目の前で実際に起こった出来事だったから、すぐに納得してくれた。
 今度はアーロンがワッカの方を向き尋ねた。
「何があった?」
「それが、俺らもよくわからないんですよ」
 そこでユウナがティーダのいないことに気づき、話に割って入ってきた。
「! ティーダは?」
「あ、そうそう。アイツがさ、湖の中に戻っていっちゃって、あの廃墟に近づいたらね、パーって」
「それで、ティーダは今どこ?」
 相変わらずのリュックの説明に、焦れるようにティーダの行方を問うユウナが畳み掛ける。今は廃墟の街が広がる遥か下方の湖底だった場所を、クイと指差すワッカ。
「あそこだ」
 それを聞いた途端に、ユウナは駆け出していた。ワッカの示した所に、確かにティーダと思しき姿が倒れているのが見えていた。
「こうしていても始まらない。キマリたちも行ってみよう」
 キマリに促されて、おっかなびっくり降りていく面々。

「……………」
「ん? どうした? ルー」
「…ううん、何でも…ないわ」
 皆が降りていっても、一人その場に立ち尽くしていたルールーにワッカが歩きながら振り返り声を掛ける。それでやっとルールーも歩き出していた。ほんの少し蒼褪めた顔をして。
 しかし、降りて行く途中、今度はキマリも不審気に立ち止まる。後をついてきていたリュックがぶつかりそうになって「わっととと」と踏みとどまり、キマリの顔を覗き込みながら尋ねた。
「キマリ? どしたの?」
「おかしい。地面がぬかるんでいない」
「ん? それが?」
「確かに妙だな」
 リュックはよくわかっていないようだったが、すぐにアーロンがキマリの言いたいことを汲み取って座りこみ、地面に手を当てて確かめる。

 その時。

「おいっ」
 ハッとしたように後ろを振り向いたアーロンにつられて、そこにいた全員がそれに倣う。

 と、そこには……。

 たった今通ってきたはずの洞窟がなくなっていた。

「なっ! どうなってやがんだ?」
 ルールーとともに最後尾を歩いていたワッカが駆け戻り岩壁を叩いてみても、そこには他と同じような固い岩の感触しかなかった。決して小さいとは言えない洞窟の入り口が、音もなく掻き消したように消え去っていたのである。
 この異様な出来事に、皆、一様に動揺の色を隠せない。
 この旅の間中、このような不可解な現象に何度も出合ってきて、多少の耐性のできているはずの彼らでさえも不安を覚える出来事だった。しかし、現況を説明できる材料がまったくないのでは、手の打ちようがない。
「どうやら、あの街に行ってみるしかないようだな」
 迷い戸惑う仲間たちに向かい、微かに何かを感じ取った感のあるアーロンが決断を下した。
「ユウナの後を追うぞ」
 真っ先にキマリが頷き、歩き出す。つい先ほどまで湖の中だったとは思えないほど乾いた斜面を…。

 ほどなく、全員が不安そうな面持ちのまま廃墟の街に到着した。湖の底だった時には、確かにもっと崩れ果てていて、光る街灯以外には建造物の影も形もなかったはずなのに、今では多少の建物の残骸らしきものがある。その様子の違いに、水中で他の仲間よりも近くで見たことのあるワッカとリュックは薄気味悪さを感じてオドオドしていた。
 街の中央に当たるらしい場所に、気を失って倒れたままのティーダと心配そうに彼を抱き起こしているユウナがいた。
「どうだ?」
 二人に近づいて尋ねてきたアーロンに、ユウナは悲しげに首を振った。
「だめなんです。いくら呼んでも揺すっても起きないんです」
「ふん。ただ気を失っているのではなさそうだな」
「はい」
 どうやら外傷はないようで、ほんの少しだけ安堵の吐息をつくユウナ。
 それは、ティーダはついこの間も急に倒れたという経緯があったため、今度もまたあの時と同じようにすぐに目覚めるのではないかという期待もあったからである。あの時のように、顔色もさして悪くはない。
 言葉を交わす二人の間を、いくつかの幻光虫がスーッと流れていって、崩れてほとんどその原型を留めていない建物の残骸の中に吸い込まれて消えていった。それを見て、アーロンは不愉快そうに隻眼を眇める。

「んだけどよ。ここはいったい何なんだ?」
 ワッカがいかにもな疑問を投げかける。リュックもそうそうと頷いていた。
「キマリは聞いたことがある。ガガゼトの地下には古い街が眠っていると」
「へ? ほんと? んで、んで?」
 期待に満ちた声で聞いてきたリュックに、キマリは残念そうに答えるだけだった。
「詳しいことはキマリも知らない」
「なんだぁ〜。じゃあ何もわかんないのと一緒じゃん」
「すまない」
「あ、キマリが謝ることないよー」
 うんうんと頷くワッカの横、今度はルールーが重い口を開いた。
「さっきの幻光虫……。この街の住人の怨念、かしら……」
「怨念?」
「そう、残留思念と言った方がいいのかもしれないけど…。それが幻光虫となって、ここに留まっていたのかもしれないわね」
 幻光虫と聞いて、ティーダの傍らに寄り添っていたユウナが振り向いて聞いてきた。
「でも、それって変だよ、ルールー。普通はモンスターに変わってしまうんだよね?」
「全部が全部そうとも限らないのよ。思いの強さによって幻光虫のまま漂っていたり、もっと他のモノに変化したり…」
「他のモノ?」
「……ううん、私の思い過ごしならいいんだけど。それに、この洞窟のあちらこちらにある光る石のような物も気になるわね」
 この場所に来てからというもの、リュックが感じていたよりももっと大きな不快感を感じていたルールーは、それ以上の言及を避け、それとなくごまかしていた。
「昔、ガガゼトの地下で、ある鉱石が採れていたことは、キマリも聞いたことがある」
 ルールーの問いかけにキマリがタイミング良く答える。
「今では役に立たないから、必要とされないのだと」
「なんでさ?」
「キマリが知っているのはそれだけだ」
 先ほどからのリュックのつっこみにことごとく答えられないキマリは、さもバツが悪そうに後を向いてしまった。「あちゃぁ」と自分の失言に首を竦めて、リュックがペロッと舌を出す。
「それ、俺も不思議だったんだけどよ。この洞窟の中のあの光る石、鉱石ってか。なんかまるで街灯みたいに作られてるよな? この廃墟の街で作られたんなら、かなり昔のことだよなぁ? だけどな、それからずーっと光ってるってなんか変じゃねえか?」
「たぶん、幻光虫と影響し合ってるのかもしれないわね。何か黒魔法と似た波動も感じるし」
「へぇ〜。それで・・・・あ?! おいっ! ありゃ何だっ!」
 突然ワッカが叫び、指差したところに……。

 ゆらり、と陽炎のような歪みが生じたと思ったら、どこからともなく無数の幻光虫が集まってきた。そして、たった今まで何もなかった空間に、幾多の幻光虫を纏ったままの人らしき姿が現れたのだった。
 それは、歳若い女性のようにも見え、少年のようにも、年配の男のようにも見えた。
 そのまま、それは街中へと滑るように消えていく。

「ひっひぇぇぇぇ! なにあれぇ〜?」
 リュックが見たくないものを見てしまったとばかりに、頭を抱えて座り込んでしまった。
「…………」
「ここにはキマリたち以外、いないはずだ」
「…だ、だよなあ?」
 ワッカの声も震えている。
「死人、ね」
 リュックとワッカが最も聞きたくない現実を、ルールーが言ってのける。
「だから、早く出ようって言ってたのにぃ〜」
 既に泣き声に近くなっているリュックを先頭に浮き足立つ仲間たちを制して、しばらく黙して状況を見定めていたアーロンが結論を出した。
「今更泣き言を言っても仕方なかろう。どうやら……」
 皆の視線が集まる。

「あの死人に、俺たちは閉じ込められたということらしい」


 洞窟内を異様なまでに明るく照らし出す光る石、今ではその名を誰も知ることのないレギオン鉱石が、あたり一帯を幻想的に彩っている。長い年月の経過を感じさせないその石の光を遮るのは、無数に流れ行く幻光虫たち……。

 同じ”とき”を過ごしてきたはずの、変わりなき物と、変わり果てた者。



  不安げな表情で自分たちの周りを見回し始めた仲間たちの側で、

  ティーダは未だ目覚めていない…。
















壁紙&イラスト:安茂



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