GOOD LUCK!
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私は、いったい何をやっているんだろう… 手にした琥珀色の液体の入った白いカップを、カチャっと軽い音を立ててソーサーへと戻し、何気なくカフェの全面ガラスの壁越しに外を眺める。オープンカフェとは違う、でもそれらしい雰囲気のこのカフェを、私はなんとなく気に入っていた。ここなら、こちら側からはすぐに見つけられても、通りに当たるあちら側からは気づかれにくい。 話したいとは思わない。 ただ、逢いたいだけ。 ううん。 それは、嘘。 私、又、嘘ついてるわね。 自分自身に。 正直になるって、言ったはずなのに。 だけど。 そう、逢って話しをする訳にはいかないから。 今も私には、監視の目が光っているから。 チラリと目を店の奥に流すと、さりげなさを装いながらも、こんなリゾート地には場違いな黒い服装の男たちがあちらこちらに見受けられる。知らなければ見つけることさえ出来ないくらい、巧妙に気配を絶って。さすがにプロだものね…。ほぅっとため息をつきながら、再び私は外へと顔を向ける。 スネーク・・・ あれからあなたはどうしているのかしら… メリルとは…今も一緒に、いるのでしょうね。 そうね、きっと、あなたたちなら、きっとね。 あなたがメタルギアを倒したあの日から、私たちの身辺は一変した。 あなたたちは、上手く追跡の手を振り切ったみたいね。でも、私は……自業自得ね。最初から裏切り者だったんだから。それでも、私の頭脳を活かすという方法を選んだらしいDIAは、厳しい監視の下だけれど比較的私を自由にさせてくれているの。 ふふ、そうよね。DNAの研究はまだまだ未知の領域だもの。ここまで極めてきている研究者をみすみす手放すって手はないわよね。例えそれが、私のあなたへの執念から来たものだったとしても…。結果として、あなたが私を助けてくれたことになるのかしら? あなたへ復讐を誓っていた、私の執念が。 それが、いつのまにこんな感情に変わってしまったの・・。 わからない。 わからないのよ、スネーク。 遺伝子さえもある程度自由に操れる私が、自分の感情がわからない。 どうして、私があなたを追って、こんな所まで来ているのか・・・。 今、私は、私のしたことを逆手に取られて、まるっきり半捕虜状態で身柄を拘束され、研究に従事させられているの。でも、私はまだマシな方ね。メイ・リンは、調査員として中国に飛ばされてしまったし、大佐…キャンベルさんは、監視付きのまま半ば強引に隠居させられて・・。強制されているとは言っても、自分の望んでいた研究を続けていられる私は恵まれているわ。それに、こうやって休暇まで貰えるほどに成果もあげている。もちろん、どこに行くにも影が付いてきているのは知っているけれど…。 ここは、暖かいわ、スネーク。 あのアラスカとは天と地ほども違う。 だけど・・・。 秘密裏に手に入れた情報に、あなたをこのあたりで見かけたという項目があった…。 本当かどうかは、わからない。 でも、どうしても来ずにはいられなかった。 前回の休暇で、ザンジバーランドに行ったの。 兄の墓参りに。 そしたら、花が・・・。 私が立てた小さな、誰も知らないはずの兄の墓に、花が。 その時の私の驚きが、わかる? スネーク。 いいえ、あなたが花なんて考え付くはずない。 あれは、メリルね。 そうでしょう? でも、嬉しかった。 震えてね、そのまましばらく立ち去れないくらい、嬉しかったのよ。スネーク。 兄のことを忘れていない人が、私以外にもいるんだと。 そして、あなたたちが、いいえ、あなたが生きていてくれているのだという事実が。 嬉しくて。 不覚にも泣いてしまったのよ。 笑っちゃうでしょう? その時に思ったの。 逢いたい、って。 逢って、私のこの気持ちを…伝えたいって。 だからどうしたいっていうんじゃないの。 ただ、伝えたいだけ。 伝えられなかったこの気持ちを。 あなたにはメリルがいることは、わかってる。 だけど、きっと、あなたは私の気持ちを受け止めてくれる。 きっと、今なら。 そうしたら、私、ちゃんと前を向いて生きていけそうな気がする。 おかしいわね、あの時ちゃんとそう誓ったはずなのに。 人間って弱いものなのね。 でも、強い。 そう、遺伝子という運命に逆らえるくらいに。 意志によって、いくらでも強くなれる。 人間の可能性を教えてくれたのは、あなたよ、スネーク。 だから、今も私、この研究を続けていられるの。 今度は人間の可能性を広げるための、遺伝子の研究を。 逢いたい。 あなたの時間が残っているうちに。 スネーク。 逢って、伝えたい。 「私、あなたのことが・・・」 「!」 カフェのガラス越しに、見覚えのある後姿が見えた。 そう思った瞬間、私は駆け出していた。他のことなど、一切考えられなかった。荷物もそのままにして、驚いた店員が投げかけてくる声も耳に入ってなかった。文字通りカフェを飛び出した私は、通りすがりの人々に何度もぶつかりそうになりながら走った。 ただ一点を見つめて、走った。 『スネーク、スネーク、スネーク…』 頭の中にはその人の名前がぐるぐると渦巻いている。私の勢いに押されて、よける人々が作った道の向こうに、逢いたくて堪らなかった後姿が見えた。 もう少し。 もう少し。 もう少しで、あなたに。 ――手が届く… もう、すぐそこに。 「スネー…」 嬉しさに思わず漏れた言葉と共に手を伸ばした時。 ふいにその人が振り返った。 『!?』 違うっ! 愕然とした。 人違い? 呆然としている私を、振りかえった男は怪訝そうな顔で見やっている。そして、私がそのまま立ちすくんで何も言えずにいると、首を一振りして行ってしまった。改めて男の姿を眺めると、少し髪型が似てはいても全然違うということに、今更ながら気づいた。顔はもちろん、背丈も身体つきも持っている雰囲気さえもまったく違う。赤の他人だ。 どうして、あんなに確信していたんだろう、私。 全然違うじゃない。 だって… だって、服が・・・ 『!!!』 まさか… まさか… 私は踵を返し、さっきまでいたカフェへと再び駆け出した。 視界の片隅でチラリと黒い影が動いたことを確認しながら。 そうよね、監視がついてるんだったわ、私には。 自分の浅はかさがおかしくなってくる。 さっきほどの勢いはなかったものの、私のために空けられた通り道を戻りながら自嘲の笑みがこみ上げてきた。小走りから次第にゆっくりとした足取りになり、カフェに戻ってきた時には私はすっかり落ちつきを取り戻していた。戻ってきた私を見て、店員がさもほっとしたように息をついているのが目に入った。申し訳ないと思いながらも、私の視線はさっきまで私のいた席に釘付けになった。 ――やっぱり… 私のいた席のテーブルの上に、一枚のメモが置かれていた。 <GOOD LUCK!> たったそれだけ書かれたメモ。 でも、私にはわかった。 いつの間にか、涙が零れていた。 わかったわ、スネーク。 生きているのね。 生きて、いてくれたのね。 運命にも、遺伝子にも負けずに。 FOX DIE にも……… ええ、私も頑張るわ。 あなたに、あなたたちに…負けていられないものね。 私はカフェの椅子にゆっくりと座り、乱れてしまった髪をかきあげながらガラスの向こうの日差しを見上げた。涙の溢れる瞳にも、南国の陽光は眩しかった。 結局、彼に逢えはしなかったけれど、それでも、この旅は私に新たな決意をもたらしてくれた。 私の手の中に残る、灰色の小さなメモと共に。 END |
○あとがき○ |