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だから君のそばに (クロノクロス) ひどく足場が悪かった。 昨夜降った土砂降りの雨のせいだろうか。油断すれば足を土に取られかねない。 「わっ」 後ろで聞こえた小さな悲鳴に、セルジュは慌てて振り返った。 「大丈夫!?」 「あ、ああ・・・」 青い顔をそっと上げる彼女。額に汗を浮かべ、ぼうっとした様子の彼女はそのままじっとセルジュを見つめた。 「大丈夫だ。ほら!さっさと進め!」 そう言う声もいつもよりずっと、小さかった。 「ホントに大丈夫かなぁ・・・」とつぶやきつつも、先へと足を運ぶ。 ここは、影切りの森。そう確か輝く素材を探しに訪れたのだ。 もともと水場であるそこは、足場が悪い。それなのに、昨夜の雨のせいでより滑りやすくなってしまっている。 数歩進んだところで、やっぱり彼女が気がかりで振り返る。 「あっ・・・」 その瞬間、彼女の体がぐらりと傾いたのだ。 金色の髪の毛がふわりと宙に浮き、真っ赤なそのスカートがひらひらと靡いた。 「キッド!!」 彼女のすぐ後ろに立っていたグレンが慌ててその体を支える。セルジュはほっと胸をなでおろした。 「キッド・・・?」 そっと近寄り、その顔を覗き込む。頬が、わずかに赤みをさしていて・・・。 「キッド!!」 呼吸はひどく浅かった。そっと目を開き、キッドは2人の顔を交互に見た。 「うるせぇ・・・!!大丈夫だって言ってんだろう!?」 潤んだ目でそう訴える彼女。セルジュもグレンも大きく溜息をついた。言い出したら聞かない、それが彼女だ。 「キッド・・・」 なだめるように、優しく名前を呼ぶ。顔を背けて頬を膨らますキッドの額へそっと手をやる。 「!!?」 驚いた表情で、頬をさらに赤く染める彼女。そんなことお構いなしのセルジュは、その手を離すことなく少しだけ考えて、キッドとグレンの顔をちらりと見た。 「あのさ、一度テルミナに戻ろうか・・・?」 彼女の額はとても熱かった。目玉焼きくらい・・・焼けてしまいそうだ。 「だから、大丈夫だって」 そう言いながら立ち上がるものの、足元はふらついている。今にも倒れそうなその体をそっとセルジュは支えた。 「大丈夫じゃないだろう・・・」 グレンのつぶやく声が聞こえた。 大丈夫・・・それは強がり、そして意地。 確かに足元がふらふらする。目の前だってぐらぐらする。セルジュやグレンの顔もぼや〜っとする。 だけどそれでも、おいていかれたくはなかった。そばにいられなかった時間は・・・決して短くはない。そばにいられる時間は、もう・・・長くはない。 「すごい熱だよ・・・」 ふらふらする足で、キッドは前へ、前へと進もうとする。 「大丈夫だって・・・。オレの体だ。オレが一番よく知って・・・」 再びぐらりと彼女の体が傾く。どこが・・・一番よく知ってる・・・だ。セルジュは支えたその体をそっと抱き上げる。ぐったりとしていて・・・熱い。 「大丈夫か?セルジュ」 「うん。一度テルミナに戻ろう」 セルジュの荷物を、グレンはそっと抱えた。テルミナ、ここから一番近い街。彼らはそこへと・・・向かった。 「だから・・・平気だって」 宿へ着いてもなお、大丈夫だと言い張る彼女。どうしてこんなに・・・頑固ものなんだろう。セルジュもグレンも深い溜息をついた。 「ちゃんと歩けるし、足手まといにもならない!・・・平気・・・だってば」 潤んだ瞳。赤い頬。熱があるのは明らかなのに・・・。それでも・・・彼女がどんなに『大丈夫だ』と言い張っても、これ以上連れて回るわけにはいかない。 「ちゃんと歩けてないから、ボクが抱えてきたんだよ」 じっと見つめるその瞳。もっともなその意見に、けっきょくキッドは何も言えなくなってしまった。だけど・・・一緒にいたい・・・その気持ちのほうが、身体のだるさに勝っているのだから・・・。 「でも・・・お前が行くなら、オレも行く・・・」 置いていかれるわけにはいかない。置いて・・・いかれたくはない。 「キッド!!」 いつもは優しい彼の口から飛び出したキツイ口調。心臓が一瞬ずきんと、した。真剣な目に、思わず目をそらした。 それでもセルジュはすぐに、キッドへと微笑みかける。 「今は身体を直すことのほうが先。そうだろ?」 それは分かってる、だけど・・・ 「お前も・・・セルジュもここにいるなら・・・オレも大人しく寝る」 頭がぼうっとするのはきっと、熱のせい。こんなにも人恋しいのはきっと、熱のせい。 頼むから、誰かここにいて。お願いだから、一人にしないで・・・。 「・・・」 ふいに我に帰り、慌てて布団を頭まで引き上げた。なんだか・・・すごいことを言ってしまったような気がして・・・。 我がまま・・・。だけどもう、あとには引けない。 「・・・オレ、カーシュ兄でも誘って行ってくるわ」 少し困った顔をして、そして微笑んで・・・。グレンはそっと扉の向こうへと消えた。 しんとした部屋の中。ただ時計の音と、自分の心臓の音だけが響いた。 セルジュに・・・この鼓動が聞こえてしまうかもしれない・・・。そのくらい、ドキドキしていた。 「・・・?」 あまりにも長く続くその沈黙に、なんだかとても不安になってそっと布団から顔を出した。だけど何も変わってなんかいない。ただ優しく見つめる彼の瞳と視線がぶつかる。 「わかった。ここにいるよ」 甘い、優しい声。思わずキッドは微笑んだ。ぼうっとする頭の奥。目の前がふわふわして。ああ・・・やっぱりちょっと熱っぽい・・・なんて、今やっと自覚する。 「ゆっくり休んだ方がいいよ」 そう言ってふわっと笑う。温かい・・・。 「うん・・・。そうする」 さっきまでの威勢のよさなんか、どこにも残っていない。力のない声で彼女はそうつぶやくとそっと目を瞑った。 真っ赤な頬で。相変わらず苦しげな呼吸で・・・。 遠い昔、溺れていたところを助けてくれたのは・・・間違いなく彼女だった。あの、海のように澄んだ瞳で微笑んだのは、間違いなく彼女だった。 そして・・・昔の彼女を救ったのは・・・間違いなく彼だった。奇妙な時間のずれ。そして・・・奇妙な真実。 「お互い、必要な存在・・・なのかな」 なんて、眠ってしまっている彼女へそっと微笑む。そう。きっとお互いが、必要としていて・・・必要とされていて・・・。 「キッド・・・」 この名を呼ぶことができるのは、あとどのくらい? 刻々と迫る最終決戦。それを控えているからこそ、一緒にいたい。そうかもしれない。 そっと・・・恐る恐るその頬に触れる。熱が伝わる。その瞬間、彼女がほやっと笑った・・・ような気がした。 「セル、ジュ・・・」 彼女はそう、そうつぶやいた。そしてすぐにその微笑みは消える。 「キッド?」 セルジュは少しだけ、驚いた。微笑みの彼女のぎゅっと瞑った瞳から突然溢れ出る一筋の涙。 慌てて小さく名前を呼んでみても、軽く肩を叩いてみても、反応は無い。どうやら眠りからは覚めていないようだ。 「どうか・・・したの?」 困惑した表情のセルジュはどうしていいのか分からずに、そっと・・・優しく彼女の右手を握り締めた。 「ボクは、ここにいるよ」 なにもできないけれど。なにもしてあげられないけれど。しっかりとこの手を握っていよう。せめて・・・この涙が止まるまでは・・・。 「だから・・・大丈夫だよ」 彼女の手が、わずかに動く。そしてそっと・・・その優しい手を握り返した。 懐かしい、優しいその手。どうか離さないで・・・。どうか、そばにいて・・・。 「んん・・・」 小さな声と共に目を開く。ああ・・・そうだった。ここはテルミナの宿。 キッドはそっと起き上がり、そして真っ赤になる。 「セルジュ!?」 しっかりと握られた手。いすに座ったまま寝息を立てる彼。 「もしかして・・・ずっと・・・」 そっとその手をはずしベッドの上へと戻す。すっかり熱は引いたようで気分もいい。薬を飲んで、ゆっくり寝て。そして・・・彼がついててくれて。 「セルジュ・・・」 いつだってその優しさに救われる。いつだってその優しい手で、守ってくれる。 「ありがと、な」 そう、君は大切な人 必要な人だから どうか忘れないで―・・・ 2人共に歩いた時間があること 2人で笑った時間があること―・・・ たとえ、その先の未来で何が起こったとしても・・・ 「オレは・・・忘れないよ」 Copyright (c) 2002 小沢美月
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