〜 頂 き 物 <小 説> 〜


にじます様(2)



<テーマノベル>GRADUATION(卒業)【FFX・ED後】



−だるまさんがころんだ−







 一歩を踏み出し、二歩目へ。
 三歩、四歩。土を蹴る。
 5678と急ぎ足になる。うん、いい調子、今度こそいける。
 でも。九歩にかかったところで、留まろうとする迷いがあたしを操る糸を掌握してしまい、どうしても十歩目で足踏みする羽目となる。
 長くもない、急勾配でもない上り坂を、十歩進んでは立ち止まっていた。我ながら、間抜けだ。
「こんなの、あたしらしくないよ……」
 そう、前向き人生、一意専心、縦横無尽、天真爛漫を誇るリュック様ともあろうものが。何もかもがらしくなかった。
 異界へ参拝しようとしている自分が、いまだに信じられなかった。


 世界は、永遠のナギ節が始まったことが伝わったばかりで、狂喜覚めやらぬ状態だ。“いなくなってしまった人たち”を思い起こすには、もう少し時間が必要となるんだろう。
 今の内、静かなグアドサラムへ訪れたい、誰よりも先に確かめ、出来るなら顔を合わせたい。その願いの根っこについて深くは考えず、半ば衝動的にあたしは仲間達に暫しのお別れを告げた。
 すぐにアルベドのホームを再建したいから、と表向きの理由も用意して。

「新しいウチが出来たそん時にゃ、お祝い持って行くからよ」
 ワッカはかけらも疑わずに励ましてくれた。とってもありがたいと思う。

「……立ち止まっているより、忙しくしていた方が気が紛れるものね。頑張って」
 ルールーの挨拶には、ちょっと胸が詰まった。一も二もなく行動を起こしちゃうのって、大事な人を失った時のうまい乗り越え方なのかもしれない。彼女は、経験者だもんね。

「ありがとう、リュック。……ごめんね」
 なんで謝ったりするの? 聞いてもユウナんは首を振るだけだった。泣きそうな、笑い顔で。
 鏡で映したようにあたしも泣き笑いを浮かべていたのかもしれない。ユウナん達と離れるから、じゃなかった。また会えるもの、会いに行けるもの。
 あたしも、こっちこそごめんなさいって心で謝ってた。実は“ごめんね”の意味、わかってたから。

 彼は、死人としてスピラに居座る未練もなくなったからこそ、幻光虫に還っていったのだ。
 それでも、彼の異界送りをした召喚士に、おかど違いの感情をあたしは抱いてしまった。
 正しいことをした人を、初めて恨んだ。しかも、大好きなユウナんを。
 八つ当たりって自覚しててなおも嫌な気持ちを止められない、あたしは汚い。こんなに自己嫌悪に陥ったのも、初めてだった。

 
 大体、あたしはどうしてこんなにもアーロンに執着してるのだろう。
 ザナルカンドまでの道中を回想してみても、あのおっちゃんが優しくしてくれた覚えはただの一度もない。
 ユウナんを守る同志としては話せる人だったけど、つくづく腹立たしい存在だった。
 二人の関係は、こっちが突っかかれば向こうが余裕であしらうという小競り合いの図式で、ほぼ完全に説明しきれる。
 残りの僅かな謎の繋がりが、あたしを動かし、悩ませ、きりきりさせているんだけど。

 異界は気に食わん、そう吐き捨てていたから、出て来ないかもしれない。
 いや、会いに行く側が死者を思う心に反応するわけだから、幻は現れる筈。
 異界ではアーロンもあたしの願望を投影して、優しかったりするのだろうか。そうだったら、こんなのおっちゃんじゃないって、きっとあたし、がっかりするだろな。
 ああ、もうぐちゃぐちゃだ。歩が乱れるのも当たり前だよ。
 迷い路に、ため息を山ほど落としていった。


 それでも、ようやく辿り着いた。
 大樹の枝が絡み合う天井が高くなって、視界が開けた。階段を昇りきってしまえば、桃源郷の如き異界へといざなわれる。
 足下を漂う幻光虫のひんやりとした気配に、あたしは身をすくめてしまう。ひどく臆病な女の子みたいで、格好がつかないなぁなんて、苦笑がにじんだ。本当、苦笑するしかない。
 ここへきて、油膜に似た玉虫色の壁を目前にしてもまだ、踏ん切りがつかないのだから。
「やっぱり帰ろう、かな……」
 何しに来たんだと傍から見たら追及されそうだけど、往路だけでなけなしの勇気をはたいてしまい、あたしは疲れきっていた。出がらしのお茶っ葉状態といっても過言じゃない。
 異界の門を人差し指でつついてみると、決して濡れたりはしないのに水に触れる感触と一緒だった。触れた一点から音もなく、同心円状の波紋が広がっていく。
 少し、気分が落ち着いた。異質な壁を越えるのは、やっぱり生きる者の侵す領分じゃない。他の人はどうか知らないが、あたしがそう思うんだから、それでいいんだ。
 
 あたしは、反対するもう半分の感情を強引に押さえつけ、回れ右をした。
 ――たとえ対面出来ても、むなしいばっかりで、辛くなっちゃうよ。そう自分に言い聞かせてたあたしの目尻に近い頬を、幻光虫がかすめた。
 ううん、違った。
 いつの間にか雫になろうとしてた涙が、力を込めて拭い取られたんだ。後ろから、手が伸びて。
 人肌ではなくて、先程の水に酷似した、幻光虫で構成されたものの肌触りだった。
「アーロン!」
 口に出てしまっていた。叫んだ名前は、幸い、本当幸いにも外れじゃなかった。
 電光石火で振り向いたにも関わらず、おっちゃんは消えかけていた。前かがみでこっちの世界に上半身を乗り出していたアーロンは、ゆっくりと着実に姿勢を正しつつある。腰から胸へ、更に肩へ。少しずつ小波が押し寄せ上りつめ、その体を侵食している。
 待って、と言おうとしてあたしが息を吸った瞬間。アーロンが、笑った。
 いつものあの、憎ったらしいったらありゃしない薄笑いをして、あっという間に膜に溶けていってしまった。

 あたしはしばらく、ぽかんとしてるしかなかった。やがて湧いてきたのは、やっぱりというか、どうしようもない怒りだった。
「……ああー! もう! 何て奴何て奴だーっ! あの親父はっ! 嫌な奴やな奴っ、勝ちを決めたらさっさと逃げるなんて、卑怯すぎるよもう、取り残される身にもなってよ、あんなこと、してさ……ずるいよ、おっちゃんてば、さぁっ」
 息を吸ってもうひとしきり文句を並べてやろうとしたら、言葉にならないものが出てきてびっくりしてしまった。
「……っ」
 嗚咽が、邪魔をしてくれる。両目からはあとからあとから、勝手に塩水が溢れて、あたしにものを見えなくさせる。
 別に、もういいんだけどね。まぶたの裏に焼きつかせた奴を思うには、目をつぶっている方が都合がいいんだから。
 変な負け惜しみで自分を納得させながら、あたしは我を忘れることにした。

「はーあぁっ。すっきりしたぁ」
 日の光を通さない場所だから、経った時間は予想もつかない。却ってそれで、時を忘れてとことんまで泣けた。
 まずは勇気を、そして涙まで振り絞らせるとは、憎い男だ。最後まで勝負にならなかった。でも。
「わざわざ重い腰上げて、あたしの為だけにこっちまで来てくれたみたいだから、許してやろう!」
 異界送りをされた後で、現実の扉を破って来た死人をかつて目にしたことがある。息子に殺され、強く思い残すことがあったグアドの元族長・ジスカルだ。
 アーロンはこちらの世界に戻ろうとはしなかったから、思い残しはないにしろ。あたしを放っとけなかったのだ。
「自惚れじゃ、ないよね?」
 緋の地を纏う背中を思うあたしの顔は、きっと今、その赤さに負けてないだろう。


 

 泣きはらしてから一、二。
 三、四。歩んでいく。
 5678、勢いづいて。
 九、十年。長くも短い年月が過ぎていった。

「アーロン! こら、待ちなさい! 全くもう……あ、おはようございます。
やだ、朝っぱらから大騒ぎしちゃってすみません。
ご近所迷惑ですね。え? はい、やんちゃな盛りで困ってます。
そうですよ、伝説のガードの名前。取らせていただいたんです。
いいガード仲間でした。……奥さん、邪推しないで下さいね。
仲間は仲間、幾ら何でもそういう理由で息子名付けたりしませんよ。
まあ、旦那も結構聞かれるらしいんですけど、それ位は受け流せる度量ありますから。
なんて、あらやだ、惚気(のろけ)ですわね。あはは」
 
 下世話な醜聞好きの主婦を退散させて、あたしは一息つくと、逃げ出した長男を迎えに走った。
「アーロン!」
 これは、ある意味報復、なのかな。
 出会った時にはもう個人的な希望も幸せも捨てていた彼の名を、新たな命に与えたのは。
 その名を何度も呼んで、「母さんしつこいよ」って辟易されても愛しちゃうっていうのは。

 愛情の報復、つまり、お返しのつもり。
 同じ名の、形が異なる愛情を注げる相手に出会えて、やっとあたしは十年前の気持ちをはっきりさせられたの。
「大好きだったよ、アーロン」
「だった、なの!? 僕、いたずらしたから?」
 潤んだ瞳で訴える子に、現実へと引き戻された。諸手を差し伸べ、あたしは微笑みながら待ち構えてやる。
 小さな体が、あたしの懐に飛び込むとすっぽりおさまった。
「安心して。大好きよ……アーロン」 


Copyright (c) 2002 にじます


にじますさんの5678キリ番・逆贈与作品でございます
リュックの切なさ・前向きな姿勢を、切り番にあてて見事というしかないですねぇ
いつもありがとうございます しかも今回はもう一人宛てだという・・(笑)
にじますアーリュがどんどん増えていくと大喜びすることでしょう、きっと
これからも、どうぞよろしくお願い致します〜

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