みんなでお茶を
「…で、そうやってこの動く城の回りを張っている時に、不覚にも強い風に吹き飛ばされてしまったんですよ」 「ふぅ〜ん、そうだったんだぁ」 「ほぉほぉほぉ」 動く城のダイニングにて興味津々の顏を近づけて聞いているのは、マルクルとその隣にデレんと座るお婆さん。そうそう、マルクルの足元に蹲っているヒンもちゃんと聞いているようだ。 元カカシのカブこと隣国の王子は、ソフィーのおかげで呪いが解けてからというもの、こうして事あるごとにこの動く城を訪ねてくる。普通の城と違い、一つ所にじっとしていないこの動く城の居場所を探し当てるのも大変だというのに、そこはさすが一国の王子の情報網というべきか。はたまた恋のなせる技なのか……。 だが、肝心のそのソフィーの姿がない。 「……おや? ソフィーさんは?」 やっとそのことに気づいた王子が、キョロキョロとあたりを見まわしながらマルクルに聞いた。マルクルはくりくり瞳を動かして、部屋の反対側を指差す。 「ソフィーならあそこだよ」 | |
|
王子が指された方を見ると、山のような洗濯物の入った籠を抱えたソフィーが、今しも外へと繋がる扉から出ようとしているところだった。 「ソフィーさん!」 「はいはい。ちゃんと聞いてるわよー。で、それからどうしたって?」 バっと立ちあがり、王子は急ぎ足で彼女の方へと歩きながら言う。 「ですから! 風に吹き飛ばされて、ひっくり返って大きな石に挟まって動けなくなってしまって。そんな時、あなたが助けてくださったんですよっ!」 「あ〜あ、あの時ね。そうだったの」 でもあの時は、別にカブを助けるつもりはさらさらなくって、ただ、突然老婆になってしまって辛くなってきた腰を支えるための杖にちょうどいい木の枝があると思って、大石の間から突き出していたカカシの足の部分を引っ張っただけなんだけど、などと賢い彼女がわざわざ言うはずもなく。 |
![]() |
|
彼女に近づきつつも喋り続ける王子に気を使うことなく、ソフィーはさっさとそのまま扉から出ていく。彼女の後に王子、その後にマルクル、ヒンが続く。さすがに一人では自由に動けない婆さん一人残して。 「はぁ、もう終わりかい。つまらないねぇ…」 皆に取り残されて、元荒地の魔女婆さんはブツブツと愚痴るしかなかった。 パンっと小気味いい音をたてて洗濯物を広げるソフィーへと、王子はなおも言い募る。 「あの時、私にはわかったんです。あなたこそ、運命の人だと。そう、たとえ姿は呪いで老婆の姿に変えられていても、同じ呪いにかかった者同士、私にはあなたが本当はうら若き美しき乙女であることがすぐにわかりましたとも! ええ!」 次第に熱を帯びてくる王子の熱い語りも、ソフィーの耳に届いているのかいないのか。次々と洗濯物を広げて干していくその手際の良さに、いつものことながら感心させられてしまう王子。 「ちょっとマルクル、もっと洗濯物を干せるように縄を張ってちょうだい」 「うん、わかったよ、ソフィー」 タタタと王子の背後から抜け出して、マルクルとヒンが縄を引っ張ってきて作業に取り掛かる。 …と、今度はソフィーは一旦洗濯籠から手を離し、両手を腰にあててから、王子の方へと向き直り言い放った。 「話が終わったんなら、あんたも手伝ってよ。ほら」 一瞬、キョトンとする王子。 「え? は? あ………は、はい!」 マルクルたちが引っ張っていった縄の片端を持たされて、王子も何が何だかわからぬまま、縄張り作業に借り出され…。 以前のカカシのカブ状態ならば、縄張りのちょうどいい支えにもなったものだが、人間に戻ってしまった今ではそういうわけにもいかない。カカシの時の方がよっぽど役に立ったわね、なんて思ったこともソフィーが言うはずは、無い。 「そうそう、もっと引っ張ってちょうだい」 「こっこうかな?」 グイと王子が縄を引く。 「だめだめ! もっと強く。それじゃあ、縄が緩んで洗濯物が汚れてしまうじゃない」 「ソフィー、こっちはもう繋いだよー」 「ええ、いいわ。ありがと、マルクル。今度はこっちを手伝って」 「うん!」 手馴れているマルクルたちと違い、生まれて初めての作業に手間取る王子は、それでもソフィーから頼まれたことであるからして、必死になって縄を引っ張っていた。カカシの時には魔法の力もあって簡単にできたことも、王子の姿に戻っている今では、かなり勝手が違って四苦八苦。加勢にやってきたマルクルの手を借りて、やっと縄が張ることができた。 「でっできましたっ、ソ、ソフィーさん…」 「はい、お疲れ様。ありがとね」 ソフィーにニコっと微笑まれて有頂天になりかけたのも束の間、彼女はさっさか洗濯物を干す仕事に戻っていった。 「…あ、あの………ソフィー…さぁ…ん…」 手間取りつつも大汗をかきながら懸命に手伝ったつもりなのに軽くいなされていまい、王子は我知らず情けない声を洩らしてしまっていた。 その時、王子の耳にからかうような楽しげな笑い声が聞えてきた。 「ク…ククク………あっはっはは」 声の主は言わずと知れた……恋敵。 「わっ笑うなんて、しっ失礼じゃないか!」 それでも堪えきれず、お腹を押さえているハウル。 「ハハ…ハ…。す、すまない」 笑われて少し赤みを帯びた顏を、王子はプイと横向きに背ける。やっと笑いがおさまってきたハウルは、王子のすぐ横まで歩いてくると、今気づいたかのように付け足した。 「それにしても。王子のあんたがそんなことしてるのを、国の者が見たら……なんて言うだろうね?」 一番恐れていたことを言われて、飛び上がらんばかりに慌てる王子。言わなきゃいいのに、 「わっ! だっだめだ! ここに来ていることは、誰にも秘密なんだから!」 と、自分からライバルに弱みを大暴露。 「ふぅ〜ん、そうなんだ。なるほど、ね。……さて、どうするかなぁ」 意地悪げに目を細めて、横目で見やるハウル。 「た、頼むから!」 すがらんばかりの王子の必死の形相が、またもハウルの笑いを誘う。 「クッ! あは………」 と、そこへ。 「どうしたの? 二人とも」 「ソフィー!」「ソフィーさん!」 二人同時に声をあげ、振り返る。 あたり一面に張り巡らした縄に大量の洗濯物を全部干してしまった彼女は、一仕事終えた清々しい笑顔満面。 ![]() 「…………」「…………」 彩り鮮やかな花畑の中、白い洗濯物が緩やかな風にはためいている。のどかで平和な美しい風景。そして、それらを背にしてもなお、生き生きと輝くソフィーの微笑み。 男二人が一時見惚れてしまうのも、もっともと言うもので。 ソフィーへの惚れゲージが、またグンと上がってしまったハウルと王子だった。 「さ、洗濯も終わったことだし。みんなでお茶にでもしましょ」 先に我に返ったのは、やはり現在彼女の恋人の座にいるハウルだった。 「そうだね、ソフィー」 スッと数歩前に出て、あたかもオーケストラの指揮をするごとく。優雅に腕を舞わせると、皆の目の前にテーブルと椅子が現れた。 「まあ、ハウル! 本当にあなたって!」 すっかり恋人モードに戻ってしまったソフィーは、ハウルに駆け寄り背伸びして、頬に感謝のキスを送る。愛しい彼女の腰を抱きながら、ハウルがニヤリと勝利の笑みを浮かべたのは言うまでもない。 その傍らを、マルクルが動く城の方に向かって走っていった。 「じゃあ、僕、ソフィーが焼いたクッキーを持ってくるー」 「ええ、お願いね、マルクル」 一人忘れ去られていた王子は、泣きそうになりながら呟いていた。 「ううう・・。わ、私だって、私だって、まだまだ諦めないからなーー!!」 うららかな午後、ジェンキンス家の和やかなお茶会が始まる。 〜 じ・えんど 〜 Novel by テオ
2005.1.15〜2005.3.31 《 Novel & Illustration collaboration 》 -ノベイラコラボ- 初出
| |
○あとがき○ | |