Dream dream dreaM
すっかり新しくなった動く城 ―― いや、今では空飛ぶ城と言った方がいいだろうか ―― のキッチンで、ソフィーが楽しげに朝食の仕度をしている。契約から解放されたというのに、結局この城に居座っているカルシファーは暖炉の中でのんびりとソフィーの料理の手伝いだ。今日はマルクルが荒地のお婆さんの世話に勤しんでいて、パタパタとキッチン中を走り回っていた。ヒンがトコトコとその後をついていく。 そして、この城の主はというと……。 「ねえ、ソフィー」 「なあに? ハウル」 料理している彼女の後方、部屋の真ん中にある大きなテーブルに両手で頬杖をついて、ハウルはニコニコとソフィーの後姿を眺めていた。 | |
「契約から解放してくれたお礼をしたいんだけど、何がいい?」 「え?」 思ってもみなかったことを言われ、ソフィーはキョトンとした顔で振り返った。それがまた微笑ましくて、ハウルの顏が更に緩む。 「だから、お礼。何が欲しい?」 急にそんなことを言われても、困ってしまうというものだ。 「そんなものいらないわ」 予想していた反応だったのか、ハウルは意にも介さない。 「いいから。何か望みを言って、ソフィー」 ハウルの強引さはいつものことだ。ソフィーは早々に抵抗を諦めて、彼の提案を受け入れることにした。もっとも、嬉しい申し出には違いないのだから。 |
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「え、ええ…」 けれど、すぐに思いつくはずもない。ソフィーはカルシファーの上にかざしたフライパンを忙しなく動かしながら、考えこんでしまっていた。 ハウルは堂々と、他の者たちはそれぞれの役割を果たしながらそれでも興味津々に、ソフィーの答えを待っていた。 しばらくして、やっとソフィーが口を開く。もう少しでも遅ければ、料理を焦がしてしまうとカルシファーが心配し始めた頃だった。カルシファーの炎が揺れる。 「…ハウル、…私ね」 マルクルが暖炉の横に用意しておいた皿にフライパンの中身を移しながら、ソフィーが小さく呟いた。もちろんハウルがそれを聞き逃すはずがない。 「うん、なに?」 けれど、その後の言葉が聞えてこない。 少しばかり焦れていたハウルは、カタンと音をたてながら席を立ち、彼女の後ろへと回り込んだ。見ると、ソフィーは少しだけうなじを染めて俯いていて、料理を盛り付けていた手も止まっていた。 「何でも言って、ソフィー。遠慮しないで」 耳元で囁き、そのままそっと後ろから抱きしめる。 「僕は君の望みなら何でも叶えてあげたいんだ」 ビクリと震えた彼女は、思わずフライパンを取り落としそうになった。それを腕ごと支えるハウル。 彼の腕の中、ソフィーが顔だけで振り返った。頬が赤い。 「本当に?」 「本当に」 ニッコリと微笑んだハウルに勇気づけられて、ソフィーが思いきったように口を開いた。 「じゃあ……、あ、あのね…」 「うん」 抱きしめている腕にキュッと僅かに力がこもる。 「わ、笑わない?」 「笑わない」 余裕のあるハウルの態度に、ソフィーはなんだか悔しくなってくる。 「うそ! 絶対、笑うに決まってるわ」 「うそもなにも、まだ君が何をして欲しいのか聞いてもいない」 「あ…そ、そう、そうね」 戸惑う彼女の態度があんまり可愛らしいものだから、ハウルは今にも吹き出しそうだ。 「だから、ソフィーは何をしたいの?」 「…………あの……あの、花畑のね」 「うん」 「あの花畑の上を……ハウル…と一緒に、飛んでみたい…の」 「………最初に逢った時みたいに?」 ハウルの言葉に促されるように、ソフィーは勢いよくクルリと振り返り、両手を胸の前に合わせていた。 「そう! そうよ! そうなの! あの時みたいに!」 瞳が生き生きと輝いている…。 ソフィーの瞳が、夢を見る。 初めてハウルに出逢った、あの日。 街の上空を二人で歩いた。 本当に夢のようだった。 ドキドキして、ワクワクして、ちょっぴり恐くて。 だけど、それ以上に楽しくて。 とってもステキな空中散歩。 あの素晴らしいひとときを、もう一度、と。 「あはっははははは! なんだ、そんなこと」 ソフィーが夢見る思いから視線を戻すと、ハウルが目の前でお腹を抱えて笑っていた。 「ほらっ! やっぱり笑った! もう知らないっ、ハウルなんて」 「はは、ごめんごめん」 笑うハウルをムッと睨みながら、ソフィーはなんだか悲しくなってきてしまう。 「……バカにしてるんでしょ」 「してないよ」 「うそっ! きっとバカにしてる。そんなちっぽけな夢なんて」 再び俯いてハウルに背を見せてしまったソフィーに、ハウルは……。 「バカになんてしてないさ。それよりも…」 彼女の肩に優しく手をかけて。 「……それよりも……なによ?」 ゆっくりと、またハウルの方へと身体を向かせる。 いまだ、上目使いに睨んでいるソフィー。 「ソフィーらしいな、って思ってね」 「私らしい?」 少しだけ、彼女の瞳が揺らぐ。 「うん、そう。とてもソフィーらしい」 そんなソフィーだから。 ―― そんなソフィーだから、好きになったんだ… そして……。 ハウルはそのまま肩を引き寄せて、ソフィーの額にくちづける。 パチッ 大きな音がした。 カルシファーが「勝手にやってくれ」と言わんばかりに、火をはぜてそっぽを向いた音だった。 ソフィーが何か物を望むとは、ハウルは欠片も思っていなかった。 それはわかっていた。 豪華なドレスでも、贅沢な屋敷でも、煌びやかな宝石でも。 彼女が望めば、何だって魔法で叶えてあげられる。 でも、ソフィーは何も望まない。 何も欲しがらない。 彼女は普通の女の子とは違う。 そして、彼女は知らない。 自分がどれだけ多くのものを、周りに与え続けているのかということを。 カルシファーも、マルクルも、自分に呪いをかけた荒地の魔女にさえも。 当然、ハウルが一番だけれど…。 だからこそ、何かをしてあげたかった。 ハウルだからこそ、出来ること。 他の誰かではなく、ハウルにしかできないこと。 そして、ソフィーが望んだのは、まさにそれだった。 ―― だから、好きにならずにいられないんだ… 「わかった! 食事が終わったら、みんなで行こう。花畑に」 返事は、どんな花より鮮やかな、ソフィーの笑顔だった。 「ええ! ハウル!」 その日の午後、広い花畑をヒンと一緒に楽しげに転げ回って遊ぶマルクルたちの頭上高く。 青空の中、微笑み合いながら踊る二人の姿があった。 ![]() Novel by テオ
Illustration by kana様
2005.1.15〜2005.3.31 《 Novel & Illustration collaboration 》 -ノベイラコラボ- 初出
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○あとがき○ |