”夢”の未来に 【FFX】
「オヤジっ! なにグズグズしてんだよっ! 試合、遅れちゃうだろっ!」 ドアを開けたまま、大事なブリッツボールを抱えたオレがイライラしながら家の中へと大声で呼びかける。 「オヤジじゃねぇ、監督と言え〜」 あくまでマイペースを崩さない能天気な親父の返事に、オレはかなりムッときて怒鳴り返した。 「その監督自ら、試合に遅刻してんじゃ、チームに示しがつかないんだって!」 それにも、うぉ〜い、とか、へぇへぇ、とか訳分かんない生返事を返してくる。 母さんがあれこれ世話を焼いてる声も一緒に。子供じゃあるまいし、いったい何やってるんだか。 「ったく、オヤジがそうだと、オレがチームからいろいろと言われるんだからな」 これは親父には聞かせたくないから、小さく呟いて愚痴るオレ。 言いながら、手元のボールにふと目線を落とし、滑らかな表面についた小さな傷を見ていたら……思い出していたんだ……。 オレがザナルカンド・エイブスに入団して、親父が強引に自分から選手兼監督になった時のことを。 ブリッツの選手登録ができる16歳になった時、オレはまだ親父がエースとして活躍していたエイブス以外のチームを志望した。 ……チームとしては、エイブスが一番好きだったんだけどさ。 だって、当然だろ? 自分の親父が幅を利かせてるチームになんて、誰が! 正直、オレは親父と比べられるのが、一番嫌だったんだと思う。 そりゃ、他のチームに行ったって同じリーグなんだから、対戦すれば見比べられることは避けられない。 だけど、敵として対峙する方が、同じチーム内であれこれ噂されながらエースを争うよりは、まだマシだと思ったんだ。 それを言った時、親父のヤツは………。 「はっ! それでおめえは他のチームに行くってか?」 あからさまに馬鹿にした口調。 オレは、つい、たじろぎそうになるのを踏ん張って、必死に反論した。 「ああ、そうだよ。おやじと一緒に親子仲良くプレイするのも、二世だなんだって陰口叩かれんのも嫌だからな、オレ」 「けっ!」 吐き捨てるようにそれだけ言って、親父は居間のソファにふんぞり返ったまま、腕組みしてそっぽを向いてしまった。それっきり一言もない。 面と向かって、ソファの前に立ち尽くしたままのオレは、すっかり所在を無くしてしまっていた…。 わかってたさ。 親父がオレをエイブスに入れたがってたってことくらい……。 だから練習嫌いの親父が、このところ何かにつけて自分の決め技を見せつけたり、オレの練習にわざと乱入して翻弄してくれたり。 不器用なあんたらしい、親心なんだろうなって。 プロとアマの違いを見せつけられて、オレがどんなに落ち込んだかとか。 才能の欠片もないからやめとけって言われて、オレがどんなに悔しい思いをしたかとか。 親父にはわからないだろう。 有名な選手を親に持つってことが、どれだけプレッシャーや劣等感を子供に植え付けるかなんて。 同じ道を目指したいと思ったからこそ。 何度もブリッツやめようと思った。 実際、何ヶ月もブリッツから離れていた時期もあった。 だけど、やっぱブリッツ好きだからさ。やめるなんてできなかった。 それに親父、あんたが試合でシュート決めて勝って帰ってきた時、必ずオレに聞いたよな? 俺様の活躍を見てたか? って。 んで、オレが見てないとむくれて、見てたって言うと、すげー嬉しそうな顔してた…。まるで子供みたいにさ。 すごいだろう、やっぱり俺様は天才だ、なんて余計な一言もついてきたけど。 だから、オレわかったんだ。 口ではけなしてばかりだけど、親父、本当はオレとブリッツやりたいんだなってさ。 ガキの頃はわかんなかった。 自分もアマチュアだけどチームとしてブリッツをやり始めてから、親父のすごさとか気持ちとか、なんとなくだけどわかるような気がしてきていた。 だからさ、尚更だったんだ。 同じチームで一緒にプレイしている限り、オレは親父を超えられない。 その頃、オレはそんな脅迫観念めいたものに襲われていた……。 どうせやるんなら、やっぱり目標は親父だ。 いつか、親父を追い越してやりたい。 それには、他のチームで親父と対戦して勝つのが一番だと、思ったんだ…。 「……おめえは、エイブスが一番好きなチームのはずだな?」 自分の物思いに耽っていたオレの耳に、ぼそぼそと聞こえるか聞こえないくらいの親父の声が届いた。 キッチンで洗い物をしている母さんは、こちらを気にしながらも、オレたちの話の邪魔にならないようになるべく物音を立てないようにしてくれてるみたいだ。 「…うん」 好きなのは、確かにエイブスだ。親父がいたからってのもあったけど…。 「だったら、やっぱりエイブスに入れ」 「えっ?! な、何言ってんだよ…。だから、オレは他のチームに行くって…」 「俺様がいるから、エイブスには入らねぇってんだろうが、おめーは」 「…………」 言い返せない。事実だから。 本当は、もっともらしい他の理由も考えてあったんだけど、親父の滅多に見られないような真剣な表情を見ていたら、ごまかせなくなってしまっていた。 代わりに、くっと下唇を噛み締める。 そんなオレの様子を見て、親父はフフンと笑って言った。 「ちょうどいいことにな、俺様は今度、監督になることになってな」 「…あ? ……なんだよ、それ」 突然の展開に、オレはかなり面食らう。 「わからねぇヤツだな。それじゃあ、このジェクト様がお子様でもよ〜く分かるように解説してやりましょうかね」 これにはかなりムカついた。 「お子様ってなんだよ! オレは……」 「いいから黙って聞け」 いつもの横柄な態度から一転した親父の静かな物言いに、オレはそのまま二の句が継げなくなってしまった。 ……なんか、こんな親父、見たことない… 「エイブスが俺様のワンマンチームだってのは当然知ってるな? で、監督は居るにゃあ居るが、実質お飾りだ。そこで俺様に白羽の矢が当たったってぇ訳だ」 「そんなこと……」 今までそんなこと一っ言も聞いたこともない。 「一応、チームの重要機密だからな。他に洩らすようなヘマはしねぇよ」 「なんで…」 思わず、口をついて出て来そうになった。 なんで親父が監督なんだ? まだ、選手としてエースとして活躍してる真っ最中だっていうのに。 だけど、その時親父が見せた一瞬の寂しげな笑いに……オレは何も言えなくなってしまう。 「なんで…。なんで、か……。ふん」 「…………オヤジ」 「……。おめぇはホント馬鹿だな。ジェクト様だからこそじゃねーか。俺様なら、選手もこなしながら、監督もできるってことよ。なにしろ天才だからな。エースも監督もやれるヤツっていやぁ、この俺様くらいしかいねーだろうがよ」 途中から、またいつもの傲慢な態度に早変わりした親父。 「選手兼任で?」 「おうよ」 あれ? それじゃあ、ちょっと意味が………。 「ま、もっとも、どっかのクソガキがとっとと一人前になってくれりゃあ、俺様も安心して監督に専念できるようになるんだろうがな。まあ、100年経っても俺様ほどになるのは無理ってもんよ」 「ぬかしやがったな」 「お? お坊ちゃん、やる気になられましたか?」 せせら笑いの向こうに…。 親父の本当の気持ちが見えた。 そうか、そうだったんだ。 最近では、エイブスの戦勝率はあまりいいとは言えない。常勝の名を欲しいままにしていたのは、既に過去のことになっている。それは、裏を返せば親父のシュート決定率が落ちてるってことで……。 スフィア放送でも、エイブスが負けるたびにジェクトの選手生命うんぬんを話題に挙げていた。勝てば、その言葉根も乾かないうちに誉めそやす。オレの友達だってそうだ。ファンとか他人って、そんなもんだ。それがスポーツ選手の宿命だって思うしかない。 だけど、親父だけはそんなものとは無縁だと思ってた。……思いこんでた。 ……ってことは、オレが、オレと母さんが、親父の一番の信奉者だったってことか? ははっ! ざまぁねぇな……。 反発してたって、憎まれ口利いてたって、結局はコレかよ。 …けど、親父自身が、一番感じてたんだな…。 トップに居続けることに一番こだわってたのは、親父本人だってことか…。 だったら………。 「わかった」 「お?」 「オレ、エイブスに入るよ。そして、オヤジをすぐにでもエースの座から引き摺り下ろしてやる」 「言ってくれるじゃねぇか、馬鹿ガキが」 その時の、親父の嬉しそうな笑顔を………オレはずっと忘れない。 入団記念にと、親父がくれた愛用のブリッツボール。 練習嫌いのはずの親父のボールが細かい傷だらけだったことも、オレが初めてエイブスで選手としてデビューした試合から親父が監督選任宣言した時のことも、今でもはっきりと思い出せる。 親父とオレとチームの皆で、エイブスはかつてのザナルカンド最強の地位を取り戻した。 だけどなぁ………。 親父、そのいい加減なところ、なんとかしてくれ。 あんたに付き合って遅刻すんのも、練習さぼって行方くらましたあんたを探すのも、全部お鉢がオレに回ってくるんだっつーの! 「もう待てない! オヤジっ! オレ、先行くからなっ!」 「お、おいっ、待てっ」 親父の慌てた声が、さっさと閉めてしまったドアの向こうから聞こえてくる。 オレは、クックッと笑いながら、今日の試合の行われるドームへと歩き始めた。 鼻歌でも歌いたい気分で、首を仰向け空を見上げる。白い薄い雲が流れているのが見えた。 今日もザナルカンドはいい天気だ。 この陽気なら、今日の試合はドームを開いて、青空の下でプレイできるかな…。 そんな楽しい気分のはずだったのに ――― 何故かオレの頬には涙が伝わっていた……。 |

涙でぐしょぐしょになった目を見開く。 個室とはいえ、狭い船室。微小ながら伝わってくる震動音。 すぐ横の壁の、頭の位置からは少し上にある小さい窓の向こうには、さっき見たのと同じ青い空が広がっている。 オレは寝台に横たわったまま、しばらく起き上がることができなかった。 オレは、”夢”を見ていたんだ……。 そうだ、ここは飛空艇の中だ。 『シン』の中へ突入する直前の、一時の休息。 これが最後かもしれない闘いの。 違う!「かも」じゃない。最後にするんだ! 最後の戦いの前に、こんな夢を見るなんて……。 最後、だから……。 だから、見たのかな、親父の夢を。 もし、親父が『シン』じゃなかったら。 もし、親父が『シン』に逢わなかったら。 きっと訪れてただろう、オレたちの未来。 いや、もしもそうなっていたなら、現在としてあったはずの”夢”。 夢の夢に過ぎなくても、最後に見せてくれたんだ、きっと親父が。 スピラの皆の犠牲の上に成り立っていたんだとしても、ちゃんと生きていたオレたち。 最後の最後に、あるはずのない”今”の夢を見たって……いいよな…。 な、オヤジ……。 オレは勢いをつけて起き上がり、ぐいと片手で溢れていた涙を拭う。 角度の変わった小窓からは、今もベベルに取り付いている『シン』の姿を臨むことができた。 「オヤジ、待ってろよ。オレが必ず倒してやるからな」 夢は ――― いつかは終わらなければならないのだから。 親父の、みんなの、そして、オレの……。 終わらない”夢”に、終止符を打つために。 <終> |
○あとがき○ |