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「ティファ!」 病室に駆け込むなり大声をあげたクラウドを、その場に居合わせた看護婦が大仰に睨む。 「病院ですよっ!お静かに!」 「あっ。す、すみません」 荒い息もそのままに、シュンと逞しい身体を竦ませるクラウド。 怒った看護婦とともにティファもベッドの上からくすくす笑う。 ベテランらしい看護婦が笑いながら、トンと縮こまっているクラウドの肩を叩いてからドアの方へと向かった。 「ティファさん、頑張ったのよ。誉めてあげてね。お父さん!」 「?!」 驚愕したクラウドが青い瞳を改めてティファの方に向ける。 優しく微笑む少しやつれたティファの隣りに、ふんわりと白い布で包まれた小さな姿。 「あ…、は…、…って…」 意味不明の言葉を漏らしながら、クラウドは恐る恐るベッドに近づく。 その様子を静かに見守るティファ。 そっと手を伸ばし、小さな小さな存在に触れる。 「これが、俺たちの?」 「そう、私たちの赤ちゃん」 赤子は小さな両手を固く握り締め、すやすやと眠っている。 小さくとも皺の一本一本がしっかりと刻まれた指がピクピクと動く。 その丸い小さな顔を見つめているだけで、唐突に胸の奥から訳の分からない想いがこみ上げてくる……。 次々と。熱い感動となって……。 「だ、抱いてもいい、のかな?」 覗き込んだ顔を上げ、クラウドはティファに窺うような目を向ける。 少しだけ小首を傾げてコックリと頷いたティファの横からそっと手を入れ、赤ん坊を掬い抱き上げる。 「………軽い…。けど…」 壊れ物を扱うように、そっとそっと抱きしめてその生命の重さを実感する。 綿菓子みたいな頬。 すべてが小さくて、柔らかくて、まるで人形のようで。 少しでも力を入れたら、フワッと消えてしまいそうだ。 だけど、確かに生きているという鼓動と暖かさを感じる。 「俺とティファの子…」 「うん…」 赤子からティファへと視線を移したクラウドは、ティファの瞳も自分と同じように潤んでいるのを知った。 「ティファ、頑張ったんだな。ごめん、傍にいてやれなくて」 「ううん、いいの。ちゃんと来てくれたから」 どんなに急いできたのかが一目でわかるぼろぼろの薄汚れた状態のクラウドを、ティファも嬉しそうな顔で見つめ返した。 クラウドが明日から始まる大移動のために日々忙殺されていたのは、ティファもよく知っている。 そんな時に陣痛が始まり、ティファはクラウドが来院できるのはまだまだ当分先と、半ば強引に自分自身に言い聞かせて諦めようとしていたのだった。 「ほんとはね。もうしばらく来られないんじゃないかって覚悟してたんだ」 「そんな、ティファを一人にするつもりなんか」 「うん。クラウドは来てくれた。それだけで、もう充分…」 「ティファ…」 赤子を抱いたまま、クラウドはほんの少し身を屈め、自分の顔をティファの元へと近づける。 ご苦労さん、と目元にキス。 「それから……、ありがとう」 言われた途端に、ティファはくしゃくしゃの泣き笑いの顔になる。 「うん……」 ついっと人差し指で浮かんだ涙を拭い、照れ隠しも手伝ってか、少しだけ鼻にかかった声でティファが睨んで言った。 「今日は特別だけど、今度からちゃんと清潔にしてきてね? 赤ちゃん、抱くんだったら…」 もうすっかり母の顔になっているティファに面食らうクラウド。 「あ。そ、そうか……」 クラウドは思わずそのまま汚れた服の埃を叩きそうになり、「こんなとこじゃダメ!」とティファに再度睨まれてしまった。 クラウドの腕の中の赤子がふにゃんとわずかに動いた。 甘い、赤子独特のミルクの香りがクラウドを包む。 不思議なもので、最初はあんなに軽いと思ったのに、時間が経つにつれずっしりと重さを感じるようになってきている。 まるで、ちゃんと生きているということを小さいながらも全身で主張するかのように。 そんなことを考えていると、自然と顔が優しくほころんでしまう。 ふと、思いついてクラウドはティファに尋ねる。 「あ、っと。この子、男の子か女の子か、どっちなんだ?」 なんとも間抜けな問いかけに、一転ティファが明るく笑う。 「ふふふ。そうだね、それじゃわからないね」 意味ありげに表情を変え、ティファは答えた。 「女の子、よ」 その表情の意味を違えず理解した証拠に、クラウドはキュッと唇を引き締めた。 「そうか。女の子か」 「うん」 目を細めてクラウドが言葉を続ける。 「だったら、名前は…」 二人同時に口にした名前は……。 一週間後。 ティファは無事に退院することになった。 もちろん、その胸には白いおくるみに包まれたティファとクラウドの子も一緒である。 ルーンの移住も一段落して、クラウドが迎えに来てくれる手筈になっている。 「それじゃあ、お世話になりました」 「ええ、私たちももうすぐルーンへ病院ごと移動になると思うから、次はあちらでね」 「はい。これからもよろしくお願いします」 見送りの看護婦たちとの挨拶が終わっても、まだクラウドは姿を見せなかった。 「もうっ!どうしたんだろ、ちゃんと約束したのに」 ティファが不満の愚痴をこぼしていると、いきなり背後からフワッと何かが被せられた。 「?! な、なに?」 振り返ると、先ほどの看護婦たちがいたずらっぽい笑顔で立っていた。 そして、ティファに被せられたのは。 白い小さな花いっぱいに飾られたレースのヴェール。 ティファは驚きの余り、声もない。 「ティファ」 彼女たちの後ろから、こざっぱりした姿のクラウドが現われた。 彼もなんだかテレくさそうな困ったような顔をしている。 「俺も、さっきバレットたちに言われて…」 赤子をティファから抱きとりながら、クラウドがぼそぼそと白状したこととは。 今日は、ルーンの街としての発足を祝うお祭りなのだと言う。 それに便乗して、未だ結婚式を挙げていなかった二人に式をプレゼントしようと決めたのだそうだ。 かつての仲間たちが。 「もちろん、その子も一緒だよ〜」 やけに明るい声がして、ティファがそちらの方を見やると、そこにはユフィがいた。 その周りにはバレット、シド、ナナキ、ヴィンセント。そして、留守を一手に引き受けているリーブの身替わりのケット・シー。 「みんな……」 ティファは溢れてくる涙を止める理由を知らなかった。 「ほらほら〜、花嫁さんがそんなに泣いてちゃダメだよ〜」 言いながら、ユフィに「はい」と手渡されたヴェールとお揃いの白い小花の小さなブーケ。 ティファは仲間の心を抱きしめるように、ぎゅっとそのブーケを胸にいだく。 「久しぶりに全員集合だね」 ナナキの言葉にシドが少しだけ顔を曇らせた。 「いや、一人、足りねーな…」 その場にいた全員が痛ましげな顔で俯く。 「ううん!」 その瞬間、ティファが強い口調で否定した。 「いるよ。エアリスなら、ここに!」 その目線の先に。 クラウドに擁かれて眠る小さな生命。 しばらくの間、じっと注がれる15の視線。 その視線を感じたかのように、クラウドの腕の中、エアリスがふにっと微笑んだようだった。 さざなみのように皆に広がる、あたたかい笑み。 「そっかぁ」 「そうだな」 「うん!」 「なるほどねぇ」 「・・・・」 「ほんま、そうですわなぁ」 様々な反応ではあったが、しっかりと、みんなの力強い想いが伝わってきたのだった。 その後、超低空飛行でゆっくりとルーンへと向かう飛空艇の中にて。 クラウドとティファはすっかり新郎新婦の格好に着替えさせられていた。 白いタキシード姿のクラウドは思いっきり照れくさそうな顔をしてエアリスを抱いている。 「しかし、子連れで結婚式をするとは思わなかったな」 同じ様に真っ白いウェディングドレスを纏ったティファも、幸せそうにクラウドに寄り添う。 「ふふふ。ホントだね」 「ルーンの街に着いたら、覚悟しなきゃな。格好の見世物だぞ、俺たち」 まいったなぁと頭を掻くクラウドを、これまでにないほどに愛しく思うティファ。 きゅっと絡めた腕に力を込めると、クラウドが静かにティファへと影を落とす。 もうすっかり抱き慣れたエアリスを小脇へと抱え直し、片手でヴェールの下に隠れるほんのりと色づいた白磁の肌を覗かせる。 僅かに震えるその唇は、やわらかく互いの吐息を絡め合わせて、頭の芯まで蕩かしていく。 まるで、初めてのキスのように…。 「教会での誓いの前に、まずかったか?」 まだ唇が触れているうちにクラウドが呟くと、パァッと光溢れるごとく楽しげに微笑むティファ。 その眩しさにクラウドは、青い双眸を瞬いた。 今、彼の腕に、天使と聖母を擁いているのを感じつつ……。 「あ、そういえば…。さっき、ユフィになんて言われてたんだ?」 「え? あ、飛空艇に乗りこんだ時?」 「ああ」 「あのね。式が終わったら、ブーケをちょうだいって」 「へぇ。やっぱりユフィも女の子だったか」 「ふふ、でもね。断っちゃった」 「ん? どうして?」 そこでティファは、クラウドの腕の中ですやすやと眠る愛しい我が子を覗き込む。 「このブーケは、エアリスに……」 この地球(ほし)の未来を担うべく、生まれてきてくれたこの子に。 クラウドとティファ、そして、エアリスに、幸多からんことを・・・ Copyright (c) 2002 テオ
■あとがき■ |