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中央にシンビジュウムや君子蘭が咲き誇る洗練された庭園。 王室専任の庭師によって隅々まで手入れが行き届いている。 ベアトリクスは、わずかな休憩の時間にふと思い立ってこの庭まで足を運んでいた。 緊張の続く任務に尖った気分を、こうして眺めているだけで花々は癒してくれる。 ゆっくりと花を愛でながら歩いていると、庭園の北の隅におそらく庭師が除草し忘れたのであろう小さな雑草がちんまりと生えていた。 苦笑しながら抜こうと手を伸ばしかけたベアトリクスの動きが静かに止まる。 そして、ジッとその雑草を見つめていた。 ゆっくりと姿勢を戻し、大きく首を巡らして、庭園の中央にその存在を誇示するかのごとく咲いている蘭へと再度視線を戻す。 「ふっ」 ベアトリクスは自分の内に浮かんだ考えに自嘲の笑みを漏らした。 −−私は何をつまらぬことを −−あの蘭が私で、この雑草がスタイナーのようだ、などと 少しばかり乱暴な例えかもしれないが、何も知らぬ第三者がそれを聞いたならば、至極当然と納得したであろう。 だが、ベアトリクスの思いは普通のそれとは違っていた。 −−蘭が雑草を羨ましがるなど・・・ ガーネットが女王として即位し、ジタンが無事に戻って来てから、ベアトリクスとスタイナーの関係は以前にも増して微妙なものになっていた。 −−一時だけでも心が通い合ったと感じたのは、私の一人よがりだったのだろうか 今では、ガーネットの両翼を守る双璧として、その位置は揺るぎない。 ブラネの時代と違い、心から慕い敬える女王をいただくにあたって、ベアトリクスはやっと自分の存在意義を認めることができるようになっていた。 『もしもの時はこの身に代えてもガーネット様をお守りする』 −−その決意に偽りはない −−だが、何かが違う −−何かが足りない −−この苛立ち −−スタイナーに繋がっていることは、分かってはいるのだけれど 今では国政や軍事のこと以外でもガーネットの良き話相手となっているベアトリクスが、談笑の席で一度だけそのことをガーネットに漏らしたことがあった。 その時ガーネットは一瞬キョトンと驚いた顔をしていたが、すぐに楽しそうに破顔して言った。 「ベアトリクスもやはりただの女性なのですね」 「は?」 「そのうち、わかるでしょう」 後はいくら尋ねても、ガーネットはいたずらっぽく笑って答えてはくれなかった。 何故ガーネットにはすぐに理解できて自分にはできないのか、なお一層不可解な気分を募らせるベアトリクスだった。 物思いに耽っていたベアトリクスの耳に、遠くから聞き鳴れた金属音が響いてきた。 ガチャガチャガチャ −−誰かと思えば 自分の安息の時間を破られたというのに、ベアトリクスの表情は柔らかい。 任務の時とは違い、完全なプライベートの時間だったからか、会いたい人に会えるという素直な心のままに笑顔が浮かんでいた。 この庭園にいるのは、今はベアトリクスだけである。 それも休憩時間に訪れたのだから、私的な用であることは間違いない。 微妙にすれ違っていた時間のことなど忘れ去ったように、ベアトリクスは自分に向かって忙しなく歩いてくるスタイナーを浮き立つ思いで待っていた。 ガチャガチャガチャ ベアトリクスの目の前までくると、スタイナーは姿勢を正し、恐る恐ると言った風情で話し掛ける。 「あー、うー、ベアトリクス」 「はい?」 穏やかに返事を返されて、スタイナーは心持ち意外そうな顔だ。 「あ、いや、怒っていたのではないのか」 「え?」 今度はベアトリクスが怪訝な顔をする番だった。 「怒って? 何故です?」 逆にベアトリクスが尋ねると、相も変わらずきっちりと鎧を着込んだスタイナーが小さくカチャカチャと身体を動かし言いにくそうにまごついていた。 「だ、だが、ガーネット様がそのようにおっしゃっていたのである」 「ガーネット様が?」 すぐに若き愛らしい女王の悪戯っぽい笑顔が、ベアトリクスの脳裏をよぎる。 苦笑を浮かべて、スタイナーの方を改めて見つめ直し問い掛ける。 「なんとおっしゃったのです?」 ベアトリクスにジッと見つめられてしどろもどろになりながら、スタイナーは懸命に答えようとしていた。 「そ、それは…。ベアトリクスが自分のことを怒っている、と」 その焦り様を見て、ベアトリクスまでもが少し意地悪な思いに捕らわれた。 −−ガーネット様が企ててくださったこの試みに乗るのも一興かもしれませんね −−この機会に、この朴念仁にも少しは女心というものを分かってもらわなくては・・・ ね、ガーネット様。と心の声を慕わしき女王へと捧げつつ、ベアトリクスはわざと眉根を寄せてスタイナーを斜に睨む。 「そうですね。怒っていたことは事実かもしれません」 ギョッとしたスタイナーは、その重い鎧もろとも飛び上がらんばかりだった。 「じ、自分が、な、何をしたのであるか?」 「何も?」 即座に答えたベアトリクスに、訳が分からないと顔を突き出すスタイナー。 「何も?」 「そう、何も」 今まで遭遇したこともない難問に頭を抱え込みそうなほど真剣に悩んでいるスタイナーの様子に、ベアトリクスは堪えきれない笑みを漏らす。 「何も、言って下さらないからです。あのことがあってから・・・」 −−初めて、一人の女性として守りたいと −−この人になら、自分の背中を任せられると お互いがお互いを強く認め合った、あの日。 そして、その先に続く想いも確かに感じあった。 互いに。確信を持って。 ここへきて、やっと事の次第を理解したスタイナーは、改めて真摯な態度に全身を染め始める。 遠い目で懐かしい時を思い起こしていたベアトリクスもその雰囲気に気がつき、姿勢を正す。 「決して忘れていたのではないのである。ただ・・・」 「ただ・・?」 重大な言葉が発せられることが予測できてしまい、ベアトリクスの動悸が早まる。 「ただ、臣下としての我らならばいざ知らず、お、男と女としては」 スタイナーも緊張しているのだろう。そこで、深く息を次いだ。 「自分は、その、ふ、ふさわしくないのではと悩んでいたのである!」 最後は思い切るように大声で言い切り、スタイナーは荒く息継ぎをしている。 その言葉を聞いて、思わずベアトリクスの隻眼が潤み、慌てて瞬きで乾かす。 深い笑みを忍ばせて、ベアトリクスも静かに言い放った。 「ならば、私と同じですね。私も同じ様に悩んでいたのです」 −−そう、人から見れば蘭のように誇らしげに咲く大輪の花はさぞみごとでしょう −−だけど、人の手の助けなくば自生などできはしない −−いつのまにか大地にしっかりと根ざし、思うが侭に葉を茂らせる −−あらゆる物を吸収し共存さえし合い、さらに強くその根を広げる −−逞しいその生き様に、憧れていたのです 切なげに細められた深き瞳を一途に見つめ返し、スタイナーが問い直す。 「同じ想い…?」 確かに頷いたのを見て取ってから、おもむろにベアトリクスの両手を掬い握り締めるスタイナー。 「ならば、せっかくガーネット様がご用意下さったこの好機・・・」 「?」 冑ごしにも分かるその赤面。 「けっ、結婚して欲しいのであるっ!」 「!!!」 あまりの急展開に、驚くのを通り越して呆れてしまったベアトリクスだった。 「いきなり…。一足飛びに結婚、ですか…」 だが、真っ赤になりながらもスタイナーは真剣そのものである。 「まったく…、貴方らしい…」 苦笑のその後に、鮮やかな微笑みに彩られたベアトリクスの艶やかな唇が緩やかに弧を描く。 「私に心からの信頼と安らぎと笑いさえをももたらしてくれた貴方となら、きっと楽しい家庭になることでしょう」 「ベアトリクスッ!」 まさか即答で、しかも至上の返事を貰えるとは考えてもいなかった甲冑男は、その喜びを身体で表わそうとして、案の定、しっかりと拒まれた。硬い鎧に包まれたその腕で、しかもこの国きっての豪腕でかき抱かれたのでは、さしものベアトリクスといえどもたまったものではない。 大きなため息とともに、匂いたつように揺らめくたった一つの瞳に射すくめられて、スタイナーの動きが止まる。 「ただし、くれぐれも私との逢瀬の時はその無粋なもの抜きでということだけは、約束してくださいね」 カシャンカシャンと頷く銀の甲冑の硬質な音が、華やかに軽やかに庭園いっぱいに響き渡っていった。 Copyright (c) 2002 テオ
■あとがき■ |