|
「ユウナはさ、新婚旅行……どこ行きたいッスか?」 初めて食卓にお目見えさせたブイヤベースを、彼は残さずきれいに食べると、一息ついた後に聞いてきた。 わたし達は、“永遠のナギ節を生んだ召喚士”の名を利用しようとする余計なものに邪魔されない為にも、きちんとした繋がりを持っておこうと、慌ただしく結婚を済ましてしまっていた。 新婚旅行に思いを馳せるどころか、キミが隣にいてくれさえすれば何もいらなかった。キミがこの世界に戻って来てくれた、それだけで充分。 お互いの心は一つだってわかっていたから、求婚の言葉も必要なくて。 派手なお式も、人に騒がれるのに飽き飽きしていたから、どうでもよくて。 でも、日常の波はとても速くひとに覆い被さるものだと、今のわたしは実感してる。それとも、ひとの心の移り変わりが、贅沢なまでに速いのかな? キミには、ブリッツという特技(もの)――お金を稼げるほどの才能があって、頼もしいくらいスピラに馴染んでしまってる。 わたしの方は、取り柄だった召喚の力も無用の世になり、手持ち無沙汰になってしまった。 自然、家に一人で、追いていかれた気分でいたの。今日もお鍋の前で、ぼーっとしちゃってた。 つい先日まで、静かな時間を得たいとひしひし願っていたのに、平穏が退屈に変わるのはそう長くはかからないんだなぁ、って感じていたの。 そんな時の、多分そんな時だからこそしてくれた提案に。 「そうは言っても大会間近で、当分旅行は無理じゃない?」 本音は押し隠しておいて、キミに正論を返してみる。といっても独りよがりなもやもやは、キミがわたしを気遣ってくれた時点で半ば霧散してしまったのだけれど。 「うん。そん時ルカに行くだろ? 試合パパッと片付けてくっから、そしたら二人で旅、しよう」 「パパッとなんて、ワッカさんに怒られちゃうよ。試合の後だって、キミ、色んなお付き合いとかあるし……引っ張りだこのエース、なんだから」 「ユウナ、ものわかりよすぎだよ」 理解ある妻を非難するとは、なんてことだろう。 「いい奥さん、でしょう?」 おどけたわたしに、認めませんと旦那様は首を振る。 「駄目駄目。いい娘、いい召喚士で頑張ってきたんだ、オレと一緒の時はわがままでいてくんないと」 寂しいじゃん、と口をとがらせる姿は、所帯持ちの風格なんてまるでない。でも、拙い言葉の中にキミの思いやりが詰まってるのがわかるよ。 「……キミばっかり忙しくて、寂しかったのはこっちッス」 だから、つけ上がってすねてみせちゃった。これで初の夫婦喧嘩になるかしら、とわたしはちょっとドキドキする。 「その調子。ずっと暮らす間柄なのに、遠慮してちゃいけないッス」 そうして、太陽の笑み。 そうして、わたしの負け。 「行きたい所はね、あるんだ。今からでも行けるんだけど……?」 「おっ。じゃあ早速行く? 美味しい夕飯でお腹一杯、元気だし!」 てんでさりげなさのないお世辞に、わたしの次の発言に驚くであろうキミに、必死で笑いをこらえる。 「ザナルカンド。キミのザナルカンドだよ」 「はぁっ!?」 頭の後ろから出てきたに違いない、尻上がりの素っ頓狂な声。わたし、たまらずふき出してしまった。 「あはは、あ、ごめんね。でも、冗談じゃなくって。ほら、こうするの」 テーブルの上で諸手を伸ばした。頬杖をついていたキミの片方の手を取り、もう一方もわたしの掌に乗せて、と促す。二人の両腕が、置きっぱなしの皿を囲む形になった。 「目、つぶろう。それで、ザナルカンドのこと、また教えて?」 キミの故郷、わたしの憧れた街。まだまだ、語りつくされてない筈だよね。 「……夢旅行、か。オレ、話下手だからなぁ。実際よりうまく案内出来そうにないかも」 「いいの、そんなこと! 大体キミしか知らない世界なんだから、早く早く」 そして、キミの口から紡がれるからこそ、わたしにとって素晴らしい世界の話になるんだから。 「んー、最初はどこにする?」 「街の入り口からにしようよ。夜中にようやくわたし達、辿り着いたの。でもザナルカンドは眠らずに、賑やかに迎えてくれる。でしょ?」 「ああ。地上が星より明るくて、どこまでも続いてる大きな街だ。ユウナ、はぐれるなよ」 キミが、折り重ねた五指に少し力を込めた。 「はぐれても、平気。わたしには……」 「指笛がある?」 わたしはこっくりと頷いた。 「柱に吊り下がった普通の街灯だけじゃない、どんな仕組みなんだか、空に浮かんでる灯りや、極彩色の映像をくるくる回って映してる、輪っかの灯りなんてのもある。たくさんの窓からも光は洩れてて、見慣れてないと目がくらんじまう」 「なぜそんなにも眩しいのかな?」 「祈り子たちは派手好みだったんだよ、きっと」 夢の存在である自分自身の境遇を、キミはいつの間にか許容していたんだね。あっさり冗談にしてしまえるなんて。 「海に浮かぶ都市だから、水がそこら中流れてるんだ。十何階建てっていう高いビルのてっぺんから、しぶきを上げて落ちてくる。その迫力は、そんじょそこらの滝じゃ敵わない。広いフリーウェイ一面にも、やわらかな水流が薄い膜を張っていてさ」 「キミ……すごい所に住んでたんだね」 改めて詳しく聞いてみると、別世界のひとなんだなって……何となくだけど疎外感が生まれてしまう。 「ええ? オレんちは普通だよ。外見(そとみ)は船に作られる部屋っぽくなってて。中は台所と洗面所が別室であるだけ、一部屋っきり。狭いとこだけど、さ、どうぞ」 「わあ、お邪魔します」 「真ん中がくつろぐ場所になってる。椅子じゃないんだ、絨毯にクッション」 「ビサイドと同じだね」 「そうそう、共通するものの方が多いんだよ。って、あ、ブリッツスタジアム紹介してないじゃん!」 「いいよ。着いたばっかりだし、先にキミのうち、もっと見せて」 「でも、なんもないんだよなぁー。窓が横に長くって、夜景がばっちりなのと。あ、トロフィーが並んでる一画があったな」 「さすが、ザナルカンド・エイブスのエースだね!」 「いや、オレのはまだ少ないんだ、チームに入って二年足らずだったもんで。親父の、ばっかだよ」 「そっか……」 「うん」 「……ごめんね、思い出して、辛くなっちゃった?」 「大丈夫だって」 そうは言っても、ジェクトさんのことはまだ、痛みなしに懐かしく回想することなんて出来ないよね。泣きそうなキミの顔、まぶたの裏に描けてしまえる。 「あー、そんな顔して、もう!」 「あ、キミ! 目を開けたのね、もう……?」 咎めようとして、咎められたのはわたしだった。 キミが素早く身を乗り出して、唇に唇を寄せてくる。あたたかな感触が、わたしを震わせる。 こうしていると、何を喋らなくても伝わるものがある。何度でも、確かめたくなる通じ合い。 “好き”の疎通。 素直な気持ちだけが、明るく照らし出される、輝くの。 生活の、言葉の、ちょっとした行き違いは、あふれる気持ちが洗い流してしまうの。 ザナルカンドの光と水のよう、だね。 「さてと、新婚旅行初日はゆっくりしなくちゃな。そろそろ寝るとしようっ」 二日目以降もまたやろうな、と朗らかに叫んで、キミは夕食の後片付けにとりかかる。 「わたし、やるよ」 「お客さまにさせられないッス、いいから座ってて!」 どうやらザナルカンド旅行ごっこは続いているみたい。 「じゃあ、お言葉に甘えるね」 「……そしたらさあ。当然なんだけど」 頬が緩んで仕方ないという表情で、キミがわたしに宣告した。 「オレんち、ベッド一つだからね?」 Copyright (c) 2002 にじます
■あとがき■ |