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頭上に溜め息を放ってみること、十数回。深呼吸のつもりなのか、緊張に喘いでしまっているのか、俺自身にもわからないでいる。 天を覆い尽くした群青の敷布は、人ひとりの吐息など幾らでも受け止め、包み込んでくれるに違いない。ふところ深き空はいつも人を見下ろしているというのに、今更ながら圧倒されて、ちっぽけな俺は妙な反発心を覚える。 「限りなく入るゴミ箱、か」 卑小な発想で大空にたてついてしまうほどに、現在の俺はいっぱいいっぱいなのである。無意識に腰の右ポケットを探り、硬い石の感触を確かめている。この行動を何回繰り返したかは――数えたくもない。 荒っぽく髪をかき乱す。すぐに思い直して、急ぎ元通りの髪型に整える。真剣だからこそ、まったく道化だ。自覚がより苛立たしさを増してゆく。 「大体、星ってのは宇宙の塵なんだよな」 今宵、月の姿はない。わざわざ新月の日を選んだのだ。ばら撒かれている星の粒が各々身を輝かせ、ニブルヘイムで一番高い場所に佇む俺を照らしている。 派手なスポットライトはいらない、薄闇で充分。ここぞという時に弱い、度胸なしには丁度よいのだ。 来たるべき本番に向けて、己を少しでも落ち着かせようと息を吸った。 「ゴミを綺麗だと感じてるわけだ、人間は」 またも独り言が吐き出された。 これは、どういう奮い立たせ方なのだろう。我ながらよくもまあひねくれている、苦笑も出て来やしない。 変に理屈っぽいわ、余裕もないわ、素直さからかけ離れている俺。 そんな奴が手にするには、まだ早かったんじゃないだろうか? 右手をポケットへ突っ込み、今度は中身を取り出してみた。壊れ物ではないのだが、ついつい慎重に、触れるのも恐れ多い品の如く扱ってしまう。俺には実に馴染のない物なのだ、理由はそれに尽きる。 いかつい指と指につままれた小さく細い銀の輪。その一方に嵌めこまれている石が、星の瞬きに映える。 光沢を放つそれを、天上の光にかざし、戯れに美しさを競わせてみた。 「地上の代物が敵う筈、ないか」 俺に降り注ぐ星明かりは、給料三ヶ月分といった金銭でどうにかなるものではない。 でも俺は、輪っかを上下に振って透明な結晶をきらめかせようと躍起になった。負け惜しみの言葉も添えてしまう。 「でもな、こっちだって特別な価値があるんだからな」 「どんな?」 心臓が縮み上がった直後、更には潰されてぺしゃんこになるような事態が俺を待ち受けていた。 宝物になるか、無用の物か、その価値を決めてくれる相手にいきなり話しかけられて、あってはならないことに俺の手先が滑ってしまった。 足元で金属音が一つ、残酷にも響く。 「なーんてね、お待たせ。随分待たせちゃったみたいね、星に話しかけるクラウド、とっても意外だわ」 きしむ螺旋(らせん)階段を軽やかに昇りきり、幅を占める円柱状の給水タンクから、星にも勝る光輝ある微笑みを覗かせるティファ。だが、対する俺の顔は蒼白だ。明るい夜でなくて、本当に幸いだった。 渡したいものがあると、最早本題が切り出せない。そのものを、落としてしまったのだから。 何たる失態だろう。 「わざわざ給水塔に呼び出して……よっぽどの話なんでしょう」 彼女の口調が、用件を薄々わかっていて期待に満ちているかどうか、恐慌状態に陥りかけた俺にはそれすらも推し量れない。 とにかく、捜索を始めなければならない。慌てふためくのも自分を責めるのも後回しにしよう。不幸中の何とやらで、床板にぶつかった音は一回きりだった。塔の下まで行ってはいない筈だ。 やはりどうしても足を使って探したくはなかった。格好はつかないが、俺は観念してしゃがむ。さっきの音を懸命に思い返しながら、暗がりの床に両手をついた。 俺の手袋が埃を拭き取ってゆく。 「クラウド、どうしたの?」 「いや、その……」 くそ、さっさと見つかってくれればうまく誤魔化せるものを。夜空にいちゃもんつけるどころか、世界を呪いたくなる状況だ。 全身冷や汗で手を必死に動かす俺と、それをやや困惑気味に静観するしか出来ないでいる彼女。 これから求婚をする側、される側とは到底思われぬ二人を、天は見守っていたのだろう。やれやれと助け舟を出してくれたのだった。 一面の藍の地を引き裂いて、悪目立ちな位に長い尾を引いた星が、地上に突っ込んで来た。 ティファの動体視力は、視界の隅を素早く過ぎるものも見逃さない。 「あ、流れ星!」 彼女があさっての方向に首を背けた、その一瞬に。こつん、と利き手の指先にお目当てのものが触った。 このタイミングはまさに奇跡だった。あんなに文句を飛ばしていた星空に、感謝してもしきれなくなったとは皮肉なものである。 すかさずティファの左手首を引き寄せると、俺はたった今思いついた決め台詞を口にした。 「ほら、拾えた。さっきの星を」 「ええ? おかしなこと言って……」 薬指には嵌めず、掌に乗せた。その方が、より“降って来たお星様”らしいような気がしたからだ。 どこまでが演出で、どこまでがハプニングか、彼女は気付いたろうか? それとも、所詮は無器用な男の浅知恵、全て読まれているのかも。 いずれにせよ、ティファは顔をほころばせた。混じりけのない、喜びの純度百パーセントの笑顔だ。 安堵がさざ波のようにゆっくり寄せて、俺の双肩を覆う。腹の底では愛しさがじわりとたちのぼり、今にも彼女を抱きしめたくなる。汚れきったこの手では、きつく怒られてしまいそうだが。 どうかなクラウド、とティファは誇らしげに左手の甲を示してみせた。 既に指輪は、おさまるべき所におさまっていた。彼女はグローブを外して来ていたのだ、勘が鋭くてどうにも参ってしまう。 握り拳にして、ティファが透き通る宝石を眺める。夢見心地な、それでいて何かの確信を得た表情をしている。 とっさに流星に見立てた指輪が、形なき“しあわせ”をもかたどって彼女の眼前にあるのか。そうならばどんなに、と。彼女の隣に在りたがっていた俺の“しあわせ”が、急激に胸に溢れ返る。五感で捉えられぬ実感に、さあ浸れ、満たされよと俺を揺さぶって放さない。 ティファの問いかけが、俺を現実の感覚に心もち戻す。 「吸い付くみたいにぴったり……。ありがとう……この指にして、よかったんだよね?」 決定的な言葉を引き出そうとしているのが、いじらしかった。 「昔ここで、ティファを守ると誓った。その気持ちは今も、未来も、ずっと変わらない」 間を置いて、自分の心に刻みつけるつもりで告げた。 「俺に、一生守らせてくれ。――結婚しよう」 二人が幼い頃に大切な約束をした給水塔が、新たな思い出の地となった。 成長した俺達では、この場所は少し狭い。だからというわけではないけれど、そっと身を寄せ合う。 俺にしがみついて涙をこらえているティファの背に、手を回す。 その前に、空のポケットへ脱いだ手袋を無理やり詰めるのを、俺は忘れていなかった。 Copyright (c) 2002 にじます
■あとがき■ |