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〜 【Relational Novel】 〜

【競作リレー】 FFVIII ・Stand up!

(七日目) スコール



〜エピローグ〜<完結編>


by 侑史







「や〜……一時はどうなることかと思ったけれど……」
「これにて、めでたし、めでたし……かな〜?」


 ───それから、十分後。
 テツやエド、それにノブ達を引き連れて、一足先にステージの修理へと向かったロスを見送った後、リノアが何の気なしに呟いた言葉に、アーヴァインも同乗し、くすり、と微笑む。ようやく事件にひと段落つき、その上テツとあの子供達の中にあった蟠りもきれいさっぱりと消え去って……まさに、一件落着! と銘打ちたい程の状況に、盛大な安堵のため息をつく一同であったが───それを許さない少女が、ここに一人。

「こらこらこらこらーっ! 何言ってるの〜! タイヘンなのはこれからなんだから〜!」

 ───そう、セルフィである。企画の責任者である彼女にしてみれば今回のことは始まりに過ぎず、むしろこれからの怒涛の如く押し寄せるであろうスケジュールに、今からすでにアタフタと落ち着きなくしていた。そんなセルフィに「まぁまぁ」と声をかけたのは、キスティス。
「とりあえずはステージが出来上がるまでは、まだ時間もあるんだし───少しはリラックスしたらどう? 今から緊張していたんじゃ、本番まで持たないわよ?」
「だめだめだめっ! ステージが組み上がる前だって、やることはたくさんあるんだからね〜! リハーサルの打ち合わせとか照明・音響プランの修正とかもしなきゃだし……ひゃああ、いっそがしいぞ〜!」
 微笑みながらのキスティスの忠告であったが、セルフィは首をぶんぶんと横に振ってみせる。しかし、そう言うセルフィの顔もけして緊迫しているものではなく、むしろ楽しみにし過ぎて、じっとしていられない、という様であることに気づき───(リラックス───必要、ないかもね)と、キスティスはくすりと密かに笑う。
「まぁ〜……あとちょっと、だもんなぁ。───うーしっ、いっちょ、やってやろうぜっ!!」
 と、セルフィのやる気に煽られて、ゼルもまた気合十分! と言った風に、お得意のシャドーボクシングを披露してみせた。そんな二人を見て、微笑ましく思わずにはいられない、リノア達───。……だが。

「………………あ。」

 ───四方八方に拳を繰り出していたゼルのその視線の先にとまった、ある人物の姿。それを見てピキッ! と、まるでストップの魔法をかけられてしまったかのように動きを止めてしまったゼルの呟きに、一同もまたその方向を見て───ゼルと全く同じように、目を丸皿のように見開き、

「……あっ」
「あ?」
「あ……」
「ぁぁぁあっ!」

 と、リノア、アーヴァイン、キスティス、セルフィと、順番に声を上げる。───そう、今まで本当に、一体全体、全くどうして何故に気づかなかったのか! 驚愕の色に染まる一同の視線を集めたその人物は、けして、そう、けしてその場にいてはならなかった人物で───。
「す、す、す〜〜……スススス……」
 これこそ正に驚天動地というもので、にわかに動揺してみせながら、リノアはゆっくり、ゆっくりと、わなわなと震える指先を、その人物に向ける。もちろん震えているのはリノアだけではない。ゼルも、セルフィ、アーヴァインも動揺を露にし、冷静さが売りのキスティスですら、目を丸くするばかりである。そして一同は全く同時に、ほんの寸分の狂いもないタイミングで、その人物の名を叫ぶのだった。



スコールぅぅっ!!??



「……なんだよ」

 一斉に名を呼ばれた当人のスコールは───ただ決まり悪そうに、しかしけして不機嫌そうではなく、そう鼻を鳴らせる。慌てふためいた一同は、
「なんでここにいるんだよ!?」
「そ、それよりもいつからいたのよ!」
 と、矢継ぎ早に質問攻めを始めるが、彼らがそれらの疑問・質問を浴びせ掛ける間は、スコールはじっといつものように押し黙ったままだ。そうして、質問が出尽くして、
『どうなんだよ! スコール!』
 と、再び答えを強く求める質問がやってきた時。───もちろん、彼が答えたのは───

「……別に」

 ───の、いつもの一言だけ。そう答えられることがわかっていたはずなのに……訊いた自分達が間違っていたと、一同は再び頭を抱え、スコールに背中を向けて輪を作り、「ど、どこからどこまで聞かれたんだろ〜?」「もしかして……全部だったりして……」などと、顔を真っ青にして井戸端会議を始めた頃。その背中にスコールは、しかしそれまでに抱いていた不信感や不快感などを覚えないことに気づいて───誰にも気づかれず、ひっそりと息を吐き───くるり、と踵を返し、歩き出してしまうのだった。一同はすっかりと混乱しきってしまい、答えの出ない議論を重ねあう中、リノアだけがスコールが去ってしまおうとしていたことに気づき、はその輪を飛び出す。そして、

「すっ、スコール!」

 と、やっとの思いで彼を呼び止めた。スコールは立ち止まり、背を向けたまま視線だけをこちらへやる。しかし───呼び止めたのはいいものの、いったいどんな質問をすればいいのだろう? どんな質問をすれば、彼は答えてくれるだろう……? そう思ってしまったリノアからは、次の質問は出て来ず、戸惑いの色を浮かべるばかりであった。そんなリノアを見て、スコールは再びふん、と鼻を鳴らせて、去ろうとするが───再び一同に、体ごと向き直り、
「……リノア」
 ぽつり、と彼女の名前を呼んだ。その呼びかけにリノアもハッ、と顔を上げて、
「な、なにっ?」
 と、精一杯の誠実さで、答える。そのリノアの瞳を、スコールはじっと見つめて───いつでも真っ直ぐな彼女の瞳の中に、あのテツという少年の言葉が走るのを、見た───。



『あいつら、コンサートのためにがんばってたんだ! すげー、すげーがんばってたんだよ!!』



「─────────…………。」

 それらの言葉が、再びスコールの脳裏にはっきりと響いてきて───スコールは、すっ、と目を細める。うっすらとした、優しげとも取れるような瞳で、自らを見つめるスコールに、しかしリノアはこんな時だというのにも関わらず、先程とはまた違う理由で、動悸を激しくさせていた。思えばスコールは常に視線を合わそうとはせず、語りかける時は決まってどこか遠くを見ていたり、他所を見ながら話していたような気がする。そんな彼が今、目をそらさず、真摯に見つめてきている、というのは……リノアの胸を高鳴らせるのに、大きく買っているのに間違いはなかった。
(なんだか……て、照れるぜ〜っ……)
 次第に頬が紅潮していくのを感じたリノアは、何となくバツが悪そうに俯きかけて───だがその時、スコールが再び「リノア」と、自分の名を呼んだような気がして、
「はっ、はい!」
 と、慌てて顔を上げると───再び、スコールの視線とぶつかった。スコールはそうして、しばしの間、逡巡したように視線を周囲に巡らせて───



「───“が”……」



 そう、声をかけようとして───しかし、唇を閉ざしてしまった。スコールは頬を微かに赤らめ、羞恥心に表情を険しくさせて、すぐに踵を返し、足早にその場を去ろうとしてしまう。未だに喧々囂々と議論を続ける一同を背に、リノアはハッ、と顔を上げて、「待って! 待ってスコール!」と、再び彼を呼び止めた。スコールはその声に従い、立ち止まるが───今度は、こちらを振り向こうとはしなかった。リノアは、何となく───何となくではあるが、だが確かにスコールの心に触れたような気がして、
「……スコール、今、なんて?」
 と、言葉を選びながら、慎重に問い掛ける。スコールは再び逡巡させられることになるが───今度は、先程よりも早々に自らの心に蹴りをつけることに成功する。
(───ハ……らしくなさすぎるな。)
 先程言おうとした言葉を脳裏に思い浮かべ、自嘲気味にひっそりと笑う。スコールはリノアに背を向けたまま、再び歩き出し、掌を一度、ひらりと舞わせながら───



「───別に。……なんでも、ない」



 ───と、もう一度お決まりのあの言葉を告げて───スコールは、去ってしまうのだった……。リノアは、今度こそ呼び止める暇もないまま行ってしまったスコールの背中を見つめて、
(……『別に』、かぁ……いつもそれで会話が終わっちゃうんだもんなぁ……)
 と、一人頬を膨らませている。あの言葉は常に鋭利に響き、ありとあらゆるものを切り刻む名刀のように、全ての会話をその場で切断し、即終了させられる力を持っているのだ。これまでの間、そしてこの一週間の中で、リノアがあの言葉によってどれだけ会話に困らせられたことか、わからない。だが───

(───でも……)

 ───と、リノアが思ったその時。背後で行われていた『スコールはいつからここにいたか!?』議論がヒートアップしたらしく、
「だーかーらぁ! そしたら何とかして隠蔽しねーと今晩のサプライズ・パーティーがよぉ……!」
 と、一際大きくなってきたゼルの声に、考え込んでしまっていたリノアはようやく現実に引き戻される。そうして、ふーっ、と溜め息をついて、
「もおー、そんな話してる場合じゃ、ないでしょうー? 早くコンサートの準備、しないと〜!」
 そう声をかけ、未だ続く議論を止めるべく、一同の元へ行こうとしたリノアだったが───ふと、先程のスコールの言葉が脳裏をよぎり、振り返り───思うのだった。


(でも……でも、さっきのスコールの「別に」は……)





 ───なんだか、やさしく ひびいたなあ───。








 スコールがガーデンへと帰る途中で。
 ガーデンへ架かっている橋代わりのクレーンへと向かうため、街道から伸びていた坂道を登りきったところの、駅長宅へと続く大階段にやってきた時───ふと、瞳に飛び込むものが、あった。───ステージの修理を行う、ロスや、テツ達の姿である。つい先程まで、どうしようもないと思ってしまうくらいに壊れ果てていたステージはきれいに解体され、材料別に揃え直し、既にステージの土台となる骨組みまで作り始めているところであった。あの泣き荒んでいた、エドという少年も、懸命になって工事を手伝っている姿を見て───スコールは、先程リノアに言おうと思っていた言葉を、再び思い出す。

(───まったく……言えるわけ、ないよな)

 くるり、とそれに背を向け、ガーデンへと歩き始めたスコールは、そう自らを戒めた。しかし、自身にそう言い聞かせながらも───いつも胸の中に吹いていた、薄ら寒くなるような冷たい風が止んでいたことに───スコールは、まだ、気づいていない───。











 ───“がんばれ”。 ……だなんて。





















 ───こうして───










 ───こうして、コンサートは始まったんだ。


      もちろん、その後もみんな、大慌てだったよ!

      ロスは楽勝だ、なんて言ってたけれど、

      たった二時間で、あの凝った造りのステージを

      直さなきゃならなかったんだから。

      でも……間に合わせることが、できた。

      テツもエドも、みんな一生懸命になって、

      とっても素敵なステージが仕上がったんだぞ?




 ───え? どんなコンサートだったかって?




 ───もちろん、最高のコンサートだったよ!!

      先ず最初のセルフィの挨拶があって、

      それから演奏が始まって……。

      ああ、これ以上にないってくらいに、

      あの夜はみんな、笑っていたなぁ───……。

      F.H.も、ガーデンも、

      大人も、子供も男の人も女の人も、

      ぜーんぜん関係なく、みんな、みんな笑顔だった。




 ───あぁ……そうだね。

      君の言うように、きっとジュリアも、

      そう思っていたんだと思うよ。

     『音楽は国境を越える』は、

     『音楽は、誰もの心を繋げる力を持っている』───か。

      ……なかなかイイこと言うんだね、君は。








 ───とにかく、だ。








 ───本当に、本当に夢のようだった夜は

      瞬く間に過ぎ去って……




      そうして、次の日の朝───。




      再び、目覚めたF.H.の街からは、

      テツの姿が、消えていたんだ───……。




















「───消えていた? ど、どうして?」


 教え子の驚きに満ちたその声は、二十年前のあの瞬間へと心を飛ばしていた『せんせー』を、一気に現実に引き戻していった。『せんせー』は、ゆっくり、ゆっくりと瞼を開き───目の前の、『現実』の海を見つめ、今自らが生きている時代がいつであるのかを、確かめる。あまりに過去の記憶が鮮明過ぎて、それに囚われてしまいそうになっていたのだ。

「───……ふうー……」

 ───と、一つ大きく、息を吐く。この一時間の内、ほとんど休まずに延々とあの一週間のことを話し続けていたものだから、少々疲れてきてしまっていたのだ。『せんせー』は持ってきていた鞄の中からミネラルウォーターを取り出すとごぶり、と一口飲んで───ずいぶんと遅れ、『せんせー』は少年の方を見やる。『テツ』の行方が気になって仕方がない様子の少年に、『せんせー』はにっこりと微笑んでみせて、
「なんだ?『テツ』がオバケだったりしたら……なーんて思ったりしちゃってるわけか! 君も案外子供らしいところ───」
 と、からかってみせるが、しかし少年は至って冷静に、
「んなわけないでしょ。非科学的な」
 と、ズバリと『せんせー』の茶目っ気を斬り捨てるのだった。「ヒドイよ……血も涙もないよ……」と、少年の手痛いツッコミにひたすら落ち込む『せんせー』だったが、少年は容赦なく話の続きを急がせる。
「ほら、で、何で『テツ』はいなくなっちゃったのさ? 早く教えてよ打ち上げ始まっちゃうから」
 優しさのカケラもないっすね……と、『せんせー』は一人ごちるが───確かに、ラジオから流れる情報によれば、打ち上げまでもうほんの僅かな時間もないようだったし、最初、あれ程に頑なだった少年がここまで積極的に話を聞こうとしているというのは良い傾向であることに間違いはないので、『せんせー』も気を改め、少年の質問に答えてみせる。


「コンサートの最後に、『テツ』が『エド』に言ったんだよ───」






『エド、オレさぁ、ずっと技師になりたかったんだ。───ロス、みてーな。
 だからロスのシゴト、がんばって手伝ってきて……それ以外のことって、なんか、全部くだらねーって思ってたんだな。だから、学校なんか行って、他の事勉強するのも時間のムダだー、なんて思ってたけど……なんつーか、違うかな、って……今は……思うんよ』
『……違う?』
『ん。
 ───オレ、何にも知らなかったべ? 単純にガーデンのこととか、SeeDってホントはどーいう人達だったのか、とか……それにほら、細かいかもしれねーけど、エドが今までどう考えていたんだー、とか……さ。
 それ、シゴトには関係ねーことなんだけど、でも、そのことを知ったことでオレ、また少し、変われたよーな気がすんだあ。───ちょっとだけ、いい方にさ。
 ……もっと、いろいろ知ろうと、思うんだ。シゴト以外のことも。
 だから、学校へもちゃんと行こうって。そう、決めたんだ───』






「……で、それで何で……『テツ』が消えたことになるの?」
 よく理解できない、という風に首を傾げる少年に、『せんせー』はその時のことを思い出しながら、呆れたように肩を竦めて、続けた。
「そのテツが言ってた学校、っていうのが───実は……ガーデンのことだったんだなあ。コンサートの翌日、F.H.のみんなが止めるのも聞かないで、
“ガーデンも空飛ぶようになって、メカニックが必要になっただろ!?”
 とか言って、『ゼル』からもらったTボードで、出航しかけたガーデンに飛び乗っちゃった、と……。そーゆーわけですよ」
「……それから、ずっと帰ってきてないの?」
 今度の少年の問いに、『せんせー』はこくり、と小さく頷き、
「そう。─── 一度も。
 ガーデンに乗って、始終世界中を飛び回っていたみたいだから。便りは何度かよこしてたけれど、今じゃ生きてるのかどーかも……」
 『せんせー』は事も無げにそう答え、その時の情景を思い浮かべるかのように目を閉じ、
「『オレは学校へ行くぞ! だから、ノブ達のことはお前に任せる!』───だなんて、おかしいこと言うなあ、って思ってたんだけどねぇ……」
 と、その時のことを思い出しながら、くっくっ、と笑いを堪えつつ言う『せんせー』の呟きは、少年にはもはや聞こえていなかったようで……。『テツ』の物語に、少年は力なく、はぁぁ〜……と、息を吐き、肩を下ろすばかりだった。その少年の反応に覚えがあった『せんせー』は、にやり、と笑って、少年の心情を、ずばり言い当てる。

「───すごいヤツだろう? 『テツ』は?」

 指差しながら言った『せんせー』に、少年は何度も、何度も、一生懸命に頷いてみせる。それを見て、『せんせー』もまたにっこりと笑い……遠い空を見上げ、今は遠いところにいるであろう、かつての友に想いを馳せた───その時。少年は、思いつめるようにしばらくの間考え込んでいたその後に、パッ、と『せんせー』の方へと向き直り、



「でも───でも、やっぱり『エド』も、すごいよねえ」



 と、言う───。
 その反応は、まるで予測していなかった『せんせー』は、「え?」と、心底意外そうな声を上げることしかできずにいる。目を丸く見開き、少年の顔を凝視しながら、手に持っていたペットボトルを落としかけて───そこでようやく『せんせー』は我を取り戻すのだった。
「え、えーと……そりゃまた、何で……? だ、だってエドは、か〜なり悪い事、しちゃったんだぞー?『テツ』みたいにすぐに謝る事だってできなかったし、結局目指していた技師にはなれなかったし……それなのに、すごいと思うわけ?」
 目を白黒させながら、ガシガシと髪を掻きつつそう問う『せんせー』に、少年はしかし至って真摯な瞳で、
「え? だって───」
 と、説明してみせた。


「だって、『エド』だって、最後はちゃんと“ごめんなさい”って、言えたでしょ? いっぱい、いっぱいいろんな人に助けてもらって、だったけど、でも、ちゃんと言えたんだもの。それで、ちゃんとその後に、テツ達と一緒に笑えたんだもの。……それって、やっぱり、とってもすごいこと……なんじゃないの?」


「─────────。」


 少年のその言葉は、ただ誠実に。ただ真っ直ぐに、『せんせー』の心の中へ吸い込まれていき───大人が言葉を放つ時、必ず纏わりついてくる余分な感情や理性など、何一つとして纏っていない、ただただ純粋な心そのものを言の葉に紡いだそれの持つ力は、まるであの日の『テツ』のもののようで……。『せんせー』はその声の、言葉の、瞳の真っ直ぐさに驚き、大きく目を見開き───すぐにその驚きを穏やかな笑顔へと変化させて、ふわり、と微笑みながら、

「そうだね───。
 そう言ってもらえれば、きっと『エド』も、喜ぶと思うよ」

 と、言うのだった───。……心の中ではその言葉に感謝の念を覚えつつも、しかしそれを表に出さずにこうして隠してしまえるのは、さすがに二十年の歳月の賜物、といったところだろうか。そう思った『せんせー』は、自分にしか分からない、自嘲気味な笑みを浮かべるが、少年はしかし『せんせー』のそんな考えなどには気づかず、その言葉に力強く頷くが……しかし、ふっ、と表情に影を落とし、

「うん───本当……すごいって。───ぼく、思うよ……」

 呟くように言った少年の語尾が弱々しく思えたのは、けして気のせいでは、ない。『せんせー』は、その少年の様子にうん? と、眉をしかめると───思い当たるフシがあったことを思い出し、ふーむ、と一つ唸る。そうして───


「……君は? ───どうなのかな?
 そういうとき、ちゃんと謝れると思う?」


 と、訊いてみると……少年はハッ、と顔を上げて、『せんせー』の顔を、思いつめたような表情で見つめる。───無理もない、と、笑顔は絶やさないまま、『せんせー』は思う。そもそもこの少年は、“それ”が原因で、ここまで家出をしに来ていたのだから……。しかしそれもつかの間。内心を悟られたことに気づいた少年はカッ、と顔を赤らめて、
「な、なんだよ、ぼくはカンケーないだろ!」
 と、悪態をつき、頬を膨らませた後、ぷいと背を向けて、それ以上この話題に触れることを拒否してしまう。
(あ……まだこの話題は早かったかぁ)
 失敗失敗、と、内心思い、『せんせー』はこっそりと舌を出す。状況によって違うが、基本として本人がそれを望まない以上、無理矢理に人の心に踏み入っていくようなやり方は主義ではないと思っている『せんせー』は、少年のその反応にあはは、と大きく笑い、

「そりゃそーだ! 今は『テツ』と『エド』の話だったよね。……やあ〜、ごめんごめん。悪かったね」

 そう言って、この席では、この話題を打ち切ることにした。それでも一度へそを曲げてしまった少年は簡単には元通りに打ち解けてはくれないようで、謝罪の意を示したにも関わらず、少年は背を向けたままだ。その頑固な態度に、まるでいつかの“誰かさん”を見るようで、『せんせー』は思わず苦笑してしまうのだった。しかし───
「…………それで……」
 ぽつり、と。背を向けたままで放った少年の呟きに、『せんせー』はうん? と、少年の背を見やる。少年はその一言目を放ったまま、もうしばしの間逡巡した後、遠慮がちに、その上、まるで突き放すような言い方で、



「それで……『テツ』と『エド』って、今はどうしてるのさ……?」



 と、訊くのだった……。
 それには、さすがの『せんせー』も思わず───全くもって、少年には悪いのだが───吹きだしそうになってしまうのをやっとの思いで堪える。
(素直じゃない辺りが……なんともはや、似てる、よなあ)
 少年がこちらを見ていないのをいいことに、『せんせー』は「うーん、そうだなぁ……」と、声だけは真面目に考えている風を繕いつつ、腹を抱えて必死に笑みを殺すのだった。……“実情”を知っている人間というものは、得てして呑気で、そして少々ずるかったりするものである。
『せんせー』の回答があんまりに遅いものだから、不審に思った少年が「……『せんせー』?」と、ぐるりと振り返ると……パッ、と『せんせー』も適当な顔を繕って、
「───ああっ、ごめんごめん、つい、なんてゆーか考え込んじゃって」
 と、これまた適当な答えを言ってみせるのだった。もしも少年がこの時の『せんせー』の内心を見知ったならば、恐らくこう思うはずであった。“……大人って、汚い……”。その時の少年の冷徹な声の響きを想像し、ぞっとしない思いを抱いた『せんせー』は、今度こそ少年の問いに答えようと一つ空気を切り替えるように咳をして、言う。

「……『エド』なら───今もきっと、元気に過ごしているんじゃないかなあ?
 相変わらず、迷ったり悩んだり、時々泣いたりしながら───それでも、自分の好きな人達のために───自分の好きな街のために。……がんばって生きているんだと、思うよ───」

 ───多分、だけどね? と言って苦笑する『せんせー』の言葉に、背中越しに『せんせー』を見ていた少年は、先ず眉をしかめ、数秒間、何かを考えるように宙に視線を巡らせる。次に、ぷっ……、と、吹きだすように苦笑した後は、その顔にくしゃっ、と、ごく素直な笑みを浮かべ、


「……“たぶん”───なのぉ?」


 と、言う。『せんせー』もまた、にっ、と口を横いっぱいに広げて笑い、
「うん。───多分だ、多分!」
「あははっ……なんだよ、テキトーだなぁ、もう」
 そう言い合って、少年も、『せんせー』も今度こそ屈託なく笑いあうのだった───。再び二人で、空を仰いだ。空はただ蒼く、広く、深く、大きい。遠い水平線の向こうにだけある、真っ白な入道雲はまるで自らの存在を主張するかのように、ただただ蒼の広がる空の中、陽の光を受けて真っ白に輝いていた。しばしの間、それをぼんやりと二人は見つめる。
「……きれーな雲だなあ」
「……ん。…きれーだね」
 そう呟きあった後、また再び何も考えず、ただ真っ白な雲を見つめるのだった。思い返してみればこの一時間、ろくろく休まずに話し続けていたものだから、息をつく間もなかったのだ。その反動とも言うべきか、二人はこうして今しばらくの間、ぼうっ、とラジオを聞きながら、空を、海を、見つめていた。───数分程経った頃だろうか? 二人はお互いに意識せず、しかし全く同時にはた、と何か思いついたような顔をして、遥か遠くのハルダウンの向こう側にある入道雲を見つめ、


『───おいしそう』


 と、呟いた。全く同じことを、全く同時に呟いてしまったことに、二人は同時に驚き、互いを驚いたような目で見つめ───そしてまた、再び大声で、笑い出すのだった……。



 ───と、その時。



『ラジオの前の皆さん! この光景を御覧いただけないのが非常に残念です! たった今入ったエスタ宇宙ステーションの情報によりますと、いよいよ! いよいよ、世紀の瞬間がやってくるそうです!!』



 いよいよもって、白熱してきた───恐らく、このレポーターがもともとの飛空艇ファンだったりするのも、手伝っているのだろうが───ラジオ放送が、飛空艇の打ち上げが目前に迫ってきたことを二人に告げると、
「おおっ───来たかぁ!」
 『せんせー』は心から嬉しそうに言い、慌てたように持ってきていたバッグの中をゴソゴソと漁る。そして、にやり、と不敵な笑みを浮かべてから、
「ふっふっふ〜、見るがいい少年! ……じゃじゃーん! この日のために買ってきておいた、キャメラなのだ〜」
 そう言って、その中から自らふざけた効果音をつけつつ取り出してみせたのは、最新式───よりも、一つ二つは古いタイプ───のビデオカメラだった。それを自慢げに少年に見せる『せんせー』は顔中を口にして笑っていて、それはまるで自分と同じ、純粋無垢な子供のようだ、と、少年は思う。打ち上げロケットが好きな男の子。そう、まるで───。

「─────────。」

(…………まるで……───)
 そうして、その『せんせー』の姿を見ていて───少年の脳裏に、ある考えがよぎるのだった。空へと伸びていく、飛空艇───ロケットが好きな男の子。それは、そうだ、まるで、あの───。

「───……ねぇ……」
「……ん?」

 何か、思い詰めたような顔で自らを見つめる少年のあまりに強い視線に、『せんせー』は先ずきょとん、と目を見開いた後、それをすぐに穏やかな笑顔に変え、
「……ん? どした?」
 と聞き返すが、その言葉に、少年は再び視線を逸らし、逡巡してしまう。

「───『せんせー』……『せんせー』は……」





 ───10! 9!





 ……カウントダウンが、始まった。
「……なんだい?」
 自信なさ気に視線のをそわそわと動かしながら、しかし精一杯に続きを話そうとする少年を、『せんせー』はそう微笑みかけながら、辛抱強く、待っていた。ラジオから告げられる、刻々と刻まれていく打ち上げまでのタイムリミットが、まるで今の自分に対してのもののように少年には思えて───がばり、と顔を上げて、少年は……聞いた。



「……『テツ』は……『せんせー』なの……?」


 ───と……。






 ───8! 7!






「───え」

 その質問に、『せんせー』は再び目を見開く。少年は続けた。

「一度も帰って来てないなんてホントは嘘で……! 本当は、本当は『せんせー』が『テツ』なんじゃないの? だ、だって、話聞いてると『テツ』ってなんだか……『せんせー』みたいだし───だから、『テツ』と『エド』の話も、そんなに知ってたんじゃないの?」

 ───期待と、予感と。不安と、希望と。願いと、諦めと───。
 それらの感情を全てを込めた瞳で自らを見つめる少年を、『せんせー』もまた、じっ、と見つめ返す。とても───とても、真摯な瞳で。






 ───6! 5!






「…………違うよ───」


「えっ───?」
 ふっ、と微笑みながら、そう言った『せんせー』の言葉に、少年は力なく声を漏らした。『せんせー』はそれを見てまた苦笑し───打ち上げられた飛空艇が見えるはずの、エスタの空を眺める。
「そう言ってもらえるのは、とっても嬉しいことだけれど───残念ながら、僕は、『テツ』じゃあないんだ」
 言った『せんせー』に、少年はどこか、がっかりしたような調子で、「……そう……」と、力なく肩を落とした。しかし、もう一つの考えが、再び少年の脳裏によぎり、ハッ、として『せんせー』の横顔を見つめた。



「じゃあ……じゃあ、『せんせー』は───?」



 そう呟いた少年が考えていることを察した『せんせー』は、肯定の意を示す笑みを一つ浮かべてみせて、穏やかな笑みをたたえたまま、再びエスタの空へと、視線を戻した。そうして、ひっそりと、囁くように言う。


「そうだなぁ……。あれからずっと彼とは連絡を取ってないから、詳しい事はわからないけれど───『テツ』は、きっと───」






 ───4! 3!!






 遥か彼方の水平線に浮かぶ、エスタの光る山々のさらに向こう側を見つめ、『せんせー』はうっすらと、目を細める。


「『テツ』は───きっと、今頃は───……」






 ───2!! 1!!

      メインエンジン、点火イグニッション!!







 カウントダウンや、あまりに真剣な『せんせー』の瞳につられて、少年もまた、遥か東の彼方に必ずあるはずの、飛空艇の発射場に意識を向ける。そこにはまだ、ただ藍の空があるばかりで、山々の間から、何かが飛び出してくるような気配はまだ、ない。しかし、次の瞬間───!






 ───飛空艇ラグナロク三世、発射リフト・オフ!!!!






 山の向こうに、光が走る。
 同時に、ラジオから伝わってくる巨大な爆音。
 エスタの山間のさらに遥か彼方から、
 一つの光が、輝く白煙を長く、長く引きながら、
 空へ駆け上がっていくのが、見えた。
 光は雲ひとつ無い青空を、ただただ駆け上る。
 力強い輝きを放ちながら、真っ直ぐに。───ただ、真っ直ぐに。

 ───そう。 それはまるで、子供のような純粋さ。

 光は蒼の空を、深遠なる宇宙そらを目指し、
 ただ、ただ、飛んでいく。


『せんせー』は、その小さく、しかし確かな光の中に、

『テツ』を、見た───。























『え? テツ、それ“たからもの”にするの?』



『そ───そうだけど……だ、ダメかなぁ?』



『ダメってこと、ないけどさあ……

だってテツ、そのペットボトル・ロケットゼンゼン飛ばせなくて、

びーびー泣いてたじゃんか。

だから、キライじゃないのかなー、って』



『ううん? ロケットは、オレ、大好きだよ』



『ふーん。そうなの? ……どんなトコが好きなの?』








『───まっすぐだから。』








『……まっすぐだから?』



『そう。ロケットって、すっごいまっすぐなんだ。

風とか、重力とか、そういうの全部に逆らっても、

自分の行きたいところにまっすぐ、まっすぐ飛んでいく。

宇宙でもどこでも、かまわないんだ。

どこへでも、まっすぐ、まっすぐ飛んでいく!!

だから、ロケットってすっごい強いんだ!

すっごいすっごい、カッコいーんだ!!』



『そこが……好きなんだ?』



『うん───へへへ、ヘン、かなあ? オレ?』
























「──────テツ……───」

 深い、深いセルリアン・ブルーの空へと飛んでいく、あの白い光を見上げながら、ぽつりとそう、『せんせー』は呟く。静かな微笑を浮かべながら、『せんせー』はその光をいつまでも見つめていた───。





 ───そう。





      あんなに弱虫だった僕も、こうして変われた。

      誰だって、『テツ』になれるんだ。

     『テツ』は、誰の心の中にもいるんだから。

      いつもよりもほんのちょっぴり、素直になればいい。

      ほんの少しの、勇気を出せばいい。

      ほんの一握りの夢を忘れずに、

      そこへ向かって真っ直ぐに駆けてゆけさえすれば、



      ───ほら!



      今はちょっぴり弱虫な君だって、

     『テツ』になれるんだ───。






 ───気がつくと。

『せんせー』は、立ち上がっていた。それはまるで、『テツ』に手を差し伸べられて、立ち上がったあの日のようで……密かにくすり、と、微笑んだ。そうして、隣へと視線を移すと───そこには、未だに光を見つめたまま、しかし座り込んでしまったままでいる、少年の姿がある。しかし、ただ真っ直ぐに空へと駆け上っていったあの光を見た少年のその瞳には、先程まで確かにあった迷いや、不安は───なかった。

(……また君に、助けられちゃったかな?)

 そう苦笑して───『せんせー』は、うん、と大きく背伸びをしながら、

「さて、と───もう、大丈夫だよね?」

 と、少年に語りかける。少年はそこでようやく我を取り戻したようで、ハッと『せんせー』の顔を見た。その目は、『せんせー』の言葉を肯定してはいたが───しかし、恥ずかしさからか、まだ少しの勇気が足りないのか、頬を少し赤らめて、唇を尖らせたまま、視線をすう、と下に落としてしまう。

 ───やれやれ。

 まだ、“最後の一押し”が足りないようだ。───と、『せんせー』は笑うと───すう、と少年の目の前に、手を伸ばした。少年はそれに反応して、その大きな掌を、そして、『せんせー』を見上げる。

『せんせー』はにっこりと、大きく微笑んでみせて───

 こう、言ったのだった。




















「 ほら ─── 立って! 」



































── おーい、もうすぐ地上との中継が始まるぞー。──


── 了〜解〜。──


── ……つーか、何で船長の俺じゃなくて、メカニックのお前が出るんだよ… ──


── 出演権賭けて、負けたんだから仕方ないじゃないすかぁ。──
── ジャンケン、ホント弱いんだもんなぁ、ニーダ船長。──


── ……でも、上に怒られないか? こんな勝手やって。 ──


── 大丈夫大丈夫! 大統領、こーゆーの楽しむ人だから。 ──


── ……っと。いよいよ始まるみたいだな。──
── ちゃんと文句は考えてきたんだろうな? ──


── モチ! いつでもイケるぜ〜。──


── よし。それじゃ、バシッと決めてこいよ! ……テツ!!──




















Hello, hello, My planet?




僕の声が聞こえるかい?

みんな元気に過ごしているのかな?

ここから見える景色は、最高さ!

エスタでもガルバディアでも、何でも見渡せる。

まるで神様になったような気分だよ。

あ、ほら、坊やが転んだのが見えたぞ!

大丈夫? 一人でも立てるかい?

ほらほら、泣いたらダメだよ?

君は強い子なんだろう?



でも、どうしても立てそうになかったら、



その時は、いつでも僕に言ってごらん。

この船に乗って、

すぐに君の元へ飛んでいくから。



どこにいても、

どんな時だって、

きっときっと、僕は飛んでいく。



それから、君に手を差し伸べよう。

それから、君に魔法の言葉をかけてあげるから。



……そう、みんなも、君も知っている、

一番元気の出る、あの言葉さ!



準備はいいね?



さあ、いくよ!










─── せーの! ───





















── Stand up! ──

















御愛読、ありがとうございました。






壁紙&イラスト:安茂



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