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〜 【Relational Novel】 〜

【競作リレー】 FFX ・ いにしえの夢

(七日目) ティーダ



〜エピローグ〜


by テオ






 な に も な い

 上 も 下 も な い

 空 も 海 も 山 も 人 も


 ―― オ レ 自 身 も ――



 そ っ か

 こ れ 夢 な ん だ

 ぜ ん ぶ ―― ゆ め


 ―― 全 部 が ”夢” だ っ た ら 良 か っ た の に ――








X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X  







「ザナルカンドに行こう」




 ふわふわと浮遊していた意識を、オレはいきなり自覚した。
 自分の声に……いや……自分の思いに揺り起こされたみたいに。
「ザナルカンドに行こう」
 最初にはっきりと意識してそう言ったのは、いつだったか……。
 あれはミヘン街道、だったかな?









 旅行公司のドアを出たら、真っ赤な夕陽が目の前に広がっていたんだ。


「すっげぇ……」
―― キーリカで見たのとは ぜんぜん違っていた
―― 静かで優しい夕陽だった

「な〜にしてるっスか?」

 ゆっくり近づいていくと、ユウナはなんだか慌てたようにガザゴソとやってた。
 なにやってたんだろう?
 でも、オレがすぐ傍まで行くと何事もなかったように夕陽を見て言ったんだ。
「きれい……」
「だよな」

 穏やかな、だけど圧倒させられるほどの紅の世界に、オレはユウナの不審な行動のことも忘れて一緒にしばらく見惚れていた。
 そしたら、ユウナがポツポツと話し出したんだ。
「こんなふうに おだやかな世界でね
 毎日 にこにこして 暮らせたらいいのにな……」

 ユウナがどれほどの思いを秘めてそう言ったのか、その時のオレは知りもせずに能天気に返事をしていた。
「ユウナが『シン』を倒せば そうなるんだろ?」
「また 新しい『シン』が 生まれちゃうけどね」
「そうなったら また倒せばいいよ」
「そう……できたらいいなあ」
「ユウナなら できるッスよ 他の召喚士に負けんなよ」

 励ますつもりのオレのおどけた口調に、ユウナは少し寂しげに頷いた。
 ほんの少しの違和感。
 だけど、すぐに別の疑問が湧いてきて、オレはユウナに尋ねていた。
 だってさ、前々から不思議でしょうがなかったことだったから。
「でも なんで『シン』は復活するんだ?」
 ユウナは即座に答えてくれた。
「『シン』は人間に与えられた罰だから
 罪が許されるまで 『シン』は消えないの」
「どうしたら罪は許されるんだ?」

 そこから、言い澱み始めたユウナ。
「うーん……」
「だいたい 罪ってなんスか?」

 ユウナの変化に気づきもしないで、オレは立て続けに問いただしていた。
「ああ 機械使って楽したことか あ〜あ
 あれ?
 でも それって そんなに悪いことか?」

 きっと、こんなこと訊く奴なんてスピラにはいやしないんだろうな…。
 ユウナの声のトーンが変わった。
「へんなの……」
「ん?」
「小さい頃から あたりまえだと 思っていたのに……
 悪いから悪いと思ってたけど…… ほんとは……わからない
 知らないこと たくさんあるんだ」
「それじゃ オレといっしょだ」

 ホントにさ。
 本当にホッとしたんだ。オレだけじゃないんだって。
 スピラじゃ誰でも知ってるはずの常識以下のことさえ何も知らないオレだったけど、知らないことがたくさんあるのはオレだけじゃないって、ユウナが言ってくれたから。
 だから。
「召喚士がそんなことでは いけませんぞ」
 ちょっと悪戯心起こしてさ、マイカソウロウシって奴の真似してやったんだ。
「似てた似てた?」
 我ながら似てたと思ったから勢いこんで訊くと、ユウナは一瞬びっくりしたような顔をして。
「ダメだよ そんな失礼なこと」
 二人で思いっきり笑ったんだ……。
 心の底から楽しいって感じで。

「あのさ」
 それから、考え過ぎるのはやめようってブリッツの試合のことなんか例にして、ユウナに話した。彼女も微笑みながら頷いていた。
 だけど……。
「だから ユウナも先のことは後でゆっくり考えるッスよ
 めんどくさいこと考えんのは 『シン』を倒した後でいいだろ」

 そうオレが言った時の、寂しげなユウナの顏。
 気づいてやれなかった……。
 あの時のオレじゃ無理もなかったけど、な。
「……そうだね」
 どんな気持ちで微笑んだんだろう……ユウナ。


「最果ての地 ザナルカンド」
「ザナルカンド?」

 いきなりザナルカンドって言われて、オレ、正直驚いた。
 うん、オレはやっぱり自分のザナルカンドのことかって思ったからさ。すぐアーロンに否定されちゃったけど。ったく、あのおっさんときたら、たぶんいろんなこと知ってるくせに全然教えてくんないで、しっかりクギだけは刺してくれるんだよな。

「ザナルカンド いっしょに行けるかな?」
 ユウナが少し心配そうに言ってた。
 オレが迷ってたこと、わかってたんだな……。
「うん……行く」
 行かなきゃ、何も始まらない、何も解決しない。
「ザナルカンドへ行って 自分の目で確かめるよ」

―― それはオレのザナルカンドじゃないって 確かめたかった


 素直に、そう、思ってた……。









 目の前を幻光虫がひとつ、流れていった。
 あれ?
 これって、夢、なんだよな?
 幻光虫って夢の中にも……。
 あは、夢はなんでもアリか……。
 その幻光虫の中に、微かにユウナの心配そうな顔が見えたような気がした。
「ティーダ、ティーダ、目をあけて…」

 ……ユウナ。


 そうだ。

 あの時も、降るような星と煌めく幻光虫に囲まれてたんだっけ。
 初めて、ユウナの涙を見た……夜。
 マカラーニャの泉で……。
「ザナルカンド行こう」
 その言葉で、ユウナを泣かせてしまったオレ。
 そのせいだけじゃないって、わかってるけどさ……。









 みんなに促されて ―― もちろんオレもそうしようと思ってたけど ―― 一人になりたいと言ってマカラーニャの泉にいるはずのユウナのところへ行った。途中キマリに話しかけると、すぐにユウナのいる場所を指差して教えてくれた。
 みんな、ありがとな。
 あの時、ユウナにもオレにも、お互いが必要なんだって、みんなわかってくれてたんだ…。

「こんなはずじゃなかったのにな…… みんなに応援してもらって……
 笑って行けると思ってたんだ がんばってたのになぁ……」

 オレが来るって知っていたのか、泉の中に入っていたユウナは、背中を見せたままで話し始めた。
 訥々とつとつと。
 だから、オレは……。
「もう…… がんばるの やめろよ」
 言わなきゃならない言葉が、あった。
「聞いたんだ……全部」
「ぜんぶ?」

 振り向いたユウナの瞳が、ほんの少し不安そうに揺れていた。
 オレは、意を決してコックリと頷いた。
「そっか……知ってるんだ」
「うん」

 ユウナの瞳が、揺れて、また、寂しげな色に染まる……。
「……ごめん」
 ユウナが、何が?って顔してる。
 言わなくちゃ。
 気後れしてる場合じゃない。
「ほら……その オレいろいろ 言っちゃったろ
 早く『シン』倒そうとか ザナルカンド行こうとか
 ユウナがどうなるかも 知らないでさ
 なんつうか…… やな思い させたかなって」


 本当に、ごめん、な。

「悪かった」

「そんなことない」

 おれが頭を下げると、ユウナは微笑んで首を振ってくれた。
「楽しかった」

 これだけは言わなくちゃって決めてたことを言えて、オレは少し思い切れて、水に潜った。ユウナよりちょっとだけ先の水面に顔を出して、そのまま仰向けに浮かびながら星空を見て。星は綺麗だったけど、その時のオレはそんな感傷に浸ってられるような気分じゃなくて。
「あのさ」
 つい、考えてたことが口をついて出てしまっていた。
「思い切って やめちゃおう」
「がんばること?」
「ううん」

 違うよ、ユウナ。
「旅」
 そうさ、旅を、この旅を……。
「『シン』とか 召喚士とか そういうの忘れてさあ」
 ユウナが召喚士じゃなかったら……。
「うん ふつうっつうか…… 地味に暮らすのも悪くないって」
 きっと。
 きっと……きっと?
「……いいかもね」

 まさか、そんな答えが返ってくるとは思ってなくて、オレは軽く驚いた。でも、驚きより嬉しさのが先に立っていたんだ。だからオレは、すぐにユウナに泳いで近づいていった。
「でも みんなびっくりするよね」
「うん」

 だんだんと。
「だいじょうぶ リュックは賛成してくれる」
 オレ、気持ちが高揚してきてるのがわかってた。
「ルールーもワッカも なんとかなんだろ!」
「キマリも わかってくれると思う アーロンさんは……」
「まかしとけって オレがハナシつけるッス!」
「ううん わたしから言うよ ちゃんとしなきゃ」

 なんだか思いがけない方向に話が進んでちょっと面食らってると、今度はユウナが水面に浮かんで夜空を見ていた。
「旅 やめたら なにしようかな……」
「ん〜、あ!」

 まさかユウナから旅をやめること聞けるなんて思ってもいなかったから、この時のオレはかなり興奮状態だったと思う。
 だからさ。
 言っちゃったんだよな……。
「ザナルカンド! ザナルカンド行こう!!」
「えっ?」
「あああ スピラのじゃなくて オレんち!」
「ああ」
「ほら あの飛空艇借りてさ みんなも連れてこう」

 舞い上がってたよなぁ……。
「んで オレんちで パーっとやるんだ」
 でも意外なほど、ユウナがノッてきたんだ。
「わたし ブリッツ見たいな!」
「うんっ」
「キミのザナルカンド・エイブスだよ!」
「うんっ!」

 意気込んで返事をする、オレ…。
「真夜中のスタジアムで みんなで応援するんだ」
 夢見るような表情で、ユウナ、本当に楽しそうに話してた。
「のど かれるくらい叫んで 思いっきり騒ぎたい」
「うんっ!」

 もう嬉しくて嬉しくて、オレの声も甲高くなっていって。
「了解ッス!」
「ねえ 試合 終わったら?」
「うん? そりゃ遊びに行くさ!」
「真夜中に?」
「アハッ! だいじょうぶ! ザナルカンドは眠らない」


 夢物語を語り合う、オレたち。
 ユウナは……いったい……どんな気持ちで……。

「夜明け前に海を見に行こう」
 調子に乗ったオレが、どんどん話を先に進めていって。
「街の灯がひとつずつ消えて 星も消えて……」
 ユウナの変化に。
「かわりに水平線が ぱーって明るくなってく」
 まったく……。
「バラ色……って いうんだろうな 海と 空と 街も……ぜんぶ染まる」
 気がつかなかった。
「きれいなんだ すごく」
 ホント、バカだよな、オレ。
「ユウナにも見せたい」

「うん……」

「見に……行きたいな」
「連れてくって! いっしょに行こうよ」


 ポタン、と、一つ。
 泉に水滴が、落ちた。
 穢れのない澄んだ水面に、静かに波紋が広がっていく。

「ユっ……」
 オレの言葉が途切れた。
 それ以上、声が出なかった。

「できないよ…… できないんだよ……」

 ユウナが泣いていた。

 初めて見せた、涙、だった。

「行けないよ……」

 次々と涙を零しながら、泣きじゃくるユウナ。
 何も知らない幼子のように、抑えきれない嗚咽を漏らして。

 そんなユウナを見ていたら。
 オレ、なんだかたまらなくなって。

 身体が、勝手に。

 ……動いていた。

「ユウナ……」

 そっと抱き寄せた、震えていた肩。

「……ぇ……」

 ユウナしか見えなかった。

 ユウナのことしか考えられなかった。

 天上に輝く星々と水面に煌めく幻光虫たちが、オレたちを包み込んでいた。



「旅……続けるよ」
 何もかも、一時、忘れて。
 二人、幸せな”とき”にただよった後、ユウナが言った。
「うん」
「やめちゃったらね…… どこでなにをしていても…… きっとつらい」

 わかってたんだ。
 ユウナなら、きっとそう言うって。
 きっと、そうするんだろうって。
「キミといっしょにいても…… わたし きっと笑えない」
 ……だよな。

「……うん」
 だったら、せめて、さ。
「オレも行くから」
 そうさ。
「え?」
「ガードだからな」

 守りたかった。
 ユウナの笑顔を。
「もしかして クビ?」
 そんなはずは、と思ったけど冗談に紛れて首を手で切るフリしたら、ユウナ、笑ってくれたんだよな。

「最後まで お願い……します」
「最後じゃなくて……」

 最後なんて、言わせない。
「ずっと」
 そう、ずっと。
 ユウナの笑顔は、オレが守りたい。

「……ありがと」


 先にみんなのところに戻る? と聞いてきたユウナに、オレは「はーい」とまたおどけて返事していた。せっかくのユウナの気持ちを鈍らせたくなかったんだ。
 帰り道を一人で歩きながら夜空を流れる星を見上げていたら、「ピィ」と短い指笛が鳴った。
 え? と振り向いてオレが駆け出す前に、すぐそこにユウナが来ていた。
「やっぱり いっしょに行く」
 そう言ってにっこりと微笑んだユウナ。
 オレが頷いて先を歩き始めたら、ユウナがそっと左手をオレの右手に繋いだ。
 キュッと。

 もう、ユウナは震えていなかった。

 それが……。

 オレにとってユウナが、一番愛しい人に変わった瞬間だった……。









 あの時、オレは誓ったんだ、オレ自身に。
 絶対、ユウナ守ってやるって。
 死なせないって。

 だから、一所懸命考えてたんだ。
 リュックと一緒に。

 また、幻光虫が現れたと思ったら、今度は薄くリュックの姿が見えた。
 あはっ。夢って便利だな…。
 考えたら、相手の姿が見えるって?

 でもそのリュックは、なんかすごい悲しそうな顔してこっち見てる…。
「つらいよね……お父さん、倒さなきゃならないのって…」
 どうしたんだろ?

 ……そうだよな。

 1000年かかって誰にもわからなかったことなんだ…。
 そんな簡単に考え付くはずないのはわかってたけどさ。
 それでも、ずっとずっと考えてた。
 必死で、探してた。
 ユウナを死なせずに済む方法を。


 それなのに……。

 なんだってんだよっ!

 なんで、オレが消えなきゃならないんだ?

 そんなこと…。

 急に言われて、信じられるかっての!









 ガガゼトの峠で、膨大な数の祈り子たちの壁を見た時、みんな驚いてた。
 オレだってそうだった。
 でも、オレだけ違ってた。
 まるで何かに誘われるようにオレが壁に手を当てた途端、祈り子たちの夢の世界に引きこまれてしまったから。

 突然、ブラックアウトしたと思ったら、オレはザナルカンドにいたんだ。
 オレんちのすぐ近くに倒れていたことにももちろん驚いたけど、それ以上に……。

 ……懐かしかった。

 涙が出そうになるほど。

 オレのザナルカンドだ!

 だけど、なんか様子がヘンでさ。
 人の気配がないんだ。まったく。
 それに街は確かに『シン』……オヤジにあちこち破壊されてたはずなのに、まったくそんな跡もなくて……。
 訝しみながらも、オレは自分の家のはずのドアを開けて中に入っていった。

 部屋の中は……見慣れた、オレんちそのまま、だった。
 入ってすぐにリビングがあって、その向こうにダイニングがあって。
 家具も窓の位置も、オレが暮らしてた頃のままで。
 横幅の広い窓からはちゃんとザナルカンドの街も見えている。
 懐かしさに目を細めてリビングの中央まで歩いて行った。
 ゆっくりと部屋の中を見回していると…。
 入り口近くの窓の下に。

 あいつが、いたんだ。

「おかえり」
「おまえ……」
「ベベルで会ったよ おぼえてる?」
「あ……ああ」

 覚えてたさ、もちろん。
「けど あれが最初じゃないよね」
 ……うん、そう、だな。
「キミのこと 前から知ってる ずっと ずうっと昔から」
 ずっと、ずっと……昔から…。
「オレも……知ってるような気がする」
 な…にが、いったい……。
「ここは…?」
「へんなこと言うなあ キミの家だろ?」


 !!

 ああ! ああ、そうさ! オレんちだよ!

 だけど、違う!
 なにかが、違うんだ……

 まるで幻のようなワッカとリュックが、身体半分透き通った状態で、見えた。
「どうしちまったんだよ おい!?」
「ねえ 起きてってば〜!」

 どうやら、本当のオレは倒れて意識がないらしい。

 まさか、な。
「もしかして……ぜんぶ夢だろ?」
「あたり」
「夢!?」

 無性に腹が立った。
「ざけんなっての」
 まだ、何も知らなかったから……。
「夢なんか見てるヒマ ないんだからさあ」
「ちがうよ」

 淡々と語られる、否定の言葉。
「キミは夢を見てるんじゃない」
 聞きたくない、言葉。
「キミが夢なんだ」
 知ってしまった今でも。
「あ?」
 知りたくなかった……真実の言葉。
「なんだよ それ」

 オレが訊いた途端、そいつは消えた。
 オレは、そいつ ―― バハムートの祈り子 ―― を探して、家の外へ出て行った。

 だってさ。
 信じられるか?
 オレが、夢だって?

 そんなバカな!

 そんなこと……あるわけないじゃないか。

 だから、追って行ったんだ。
 信じたくなかったから。
 冗談だって。
 ちょっとふざけただけだったんだって。
 そう、言ってくれると……信じて。

 バハムートの祈り子は、家の上、甲板にあたる場所にいた。
 オレが近づいて行くと、再び話し始めた。
「昔 大きな戦争があった」
「ああ……機械の?」

 その話は、何度か聞いたことがあった。
「うん ザナルカンドと ベベルが戦ったんだ
 初めから勝負はついてた ベベルの軍隊はみんな機械で……
 ザナルカンドの召喚士たちは ばたばたやられちゃったよ
 ザナルカンドは 滅びるしか なかったんだ
 だから……姿だけでも 残そうとしたんだよ」
「なに……したんだよ?」

 オレは気持ちを落ち着かせるために、そこに座り込んだ。
「生き残った召喚士と それに街の人たちもみんな……」
 なんか……訳もわからず、背筋が寒くなっていった。
「祈り子になったんだ 召喚するためにさ」
「召喚……って『シン』!?」
「ちがうよ……ここだよ」

 ナニ?
「眠らない街 ザナルカンド」
「んああ?」

 なに、言ってんだよ、コイツ。
「祈り子たちの夢をたばねて 街の思い出を召喚したんだ
 ひとつひとつの建物だとか 街に住んでた人とかね」


 !?

「人って…… それも夢かよ!」
 いてもたってもいられず、立ちあがるオレ。

 まさか……

「オレ……も?」

 祈り子は、頷いていた。
 そして、消えた。

 オレはまた探して追いかける。
 なんで、追いかけるんだろう。
 もうこれ以上、アイツの言葉なんか聞きたくなんかないのに。
 だけど、このままじゃいられない……。

 少し離れた所に、祈り子はすぐ現れた。

「キミは 祈り子たちの夢」

 頭ん中、真っ白だよ。

「キミのお父さんもお母さんも みんな みんな……夢」

 なんも考えらんねぇよ。

「祈り子たちの夢が消えたら……」

 オレの脳裏に、次々とザナルカンドの風景が、現れては、消えた。

 これが全部、夢、だって?

 ゆっくりとオレは祈り子から離れて歩いていった。
 身体中が震えて、止まらないんだ。
 喉がカラカラに渇いて…。
 振り向いたオレの口から、真の思いがほとばしる。
 精一杯搾り出したその声も、渇ききって、震えていた…。

「やめろよ」

 やめてくれ……。

「夢でもなんでもいいよ」

 そうさ。

「オレを……消すな」

 消すな、消さないでくれ。

「ずっと夢を見てて…… なんだか疲れちゃった」
 悲しそうな声で言った祈り子は、またもや姿を消した。

 待ってくれ!

 オレは、消えたくなんか、ない!

 さっきまでオレのいた所にヤツは現れた。
 行きつ戻りつ、翻弄される。
 まるで大きく揺れ動いている、オレの心みたいに。

「ねえ キミと キミのお父さんなら 僕たちを眠らせてくれるかな」
 やめろ!
「キミとお父さんは『シン』に触れた」
 もう……。
「スピラをめぐる死の螺旋 その中心にいる『シン』にね」
 祈り子は ―― もう何度目だろう ―― また、消えた。

「ワケわかんねえよ……」

 オマエ、なに言いたいんだよ……。

 そして、桟橋の向こう側に現れた祈り子が、言う。


「キミたちはもう ただの夢じゃない」


 ―― え? ――


 タダノ、ユメ、ジャナイ?


 今度は、心配そうな顏で叫ぶユウナの幻影が目の前に現れた。
「おねがい 目を開けて!」


 ユウナ。

 ユウナ、……オレ。

 ………。

 そうだ、オレ、ユウナを……。


「もう少し 走ってみせてよ」

 なに、言ってんだよ……。
 オレがなんだって言うんだ。
 胸が痛い。
 身体が震えて、上手く息ができないんだ。

「キミは 夢を終わらせる夢に なれるかもしれない……」

 ……オレが?

 なんだって?

 夢を終わらせる、夢?


 すべてを拒絶するようにオレが首を振った時、この”夢”は唐突に終わった。
 そして、オレは仲間たちの元へ帰れた・・・。


 突然倒れたオレが、今度はまたいきなり目覚めて勢いよく立ち上がったもんだから、みんなビックリしてた。心配してどうしたのかって訊いてくるみんなに、オレは「なんでもない 気ぃ失って 夢見てた」って答えていた。

 なんて言えばいいんだよ……。

 夢の中で祈り子に、オレは”夢”なんだって言われたって?

 はっ!

 誰が信じるよ、そんなこと。
 オレだって信じられないのに。

 でも……。

 きっと、ユウナなら。

 信じる。

 そう、きっと。

 信じたくないのに、信じ始めているから。

 オレ、が。


 そして……。

 今度は、オレがユウナを……



―― 迷わせてしまう









 そうか。

 やっと思い出した。

 なんかさ、あの時と似てるんだ。
 あの、湖の底の見えない壁に触れた後、強烈な光を浴びた。
 あれは、ガガゼトの祈り子たちの像に触れた時の感触に酷似していた。
 オレ、また気を失って倒れているんだろうな……。

 きっとまた、ユウナが心配してる……。

 ユウナのことを想ったら、案の定、また幻光虫が現れた。
 祈るような瞳でオレに語りかけている。
「今度はキミの番だよ。戻ってきてくれるよね…きっと」

 確かに、そう聞こえた…。

 ごめん。 ここんとこ、オレ、ユウナに心配かけっぱなしだな…。

 だけど、オレが望んでそうなったわけじゃない。
 あの時は、バハムートの祈り子がオレを呼んだ。

 ……オレのザナルカンドに。

 あんなに帰りたかった、ザナルカンドに。

 けど……。

 オレが帰りたかったザナルカンドは、もう、ない。


 オレをスピラに連れてくるために、オヤジの『シン』が”夢”のザナルカンドに侵入したせいなんだろうか。そこはもう、オレのよく知っているあの華やかだったザナルカンドじゃなかった。

 そうだ、もう違う。
 人っ子一人いないザナルカンドなんて、オレの帰りたい場所なんかじゃない。

 いつも賑やかで光に溢れていた、眠らない街、ザナルカンド。
 大勢の人たちがいて、たくさんの友達やファンがいた。毎日のように、ブリッツの試合があってさ。ザナルカンド・エイブスのエースのオレがいて。試合して、勝って、負けて。試合終わった後に仲間や女の子たちと遊びに行って。夜明けまで遊んで帰って一眠りしてから、今度は子供たちにブリッツ教えてやったりしてさ。

 楽しかったオレのザナルカンドは……もう、ない。

 オヤジや母さんがいて、オレが生まれて。オヤジがいなくなって、母さんが死んで。ちゃんと人としての営みだってあったのに。

 それが全部、”夢”だったなんて。

 信じられない。
 信じたくない。


 だけど、きっと……本当なんだ。
 祈り子が、こんな手の込んだウソをつくなんてない。……それに。

 あの閑散とした街並みが、それが真実だってことを、伝えていた。

 オレのブリッツの試合中に襲ってきた『シン』。

 ……オヤジ。

 オヤジの『シン』に破壊されたザナルカンドは、今、きっと再生を待っているところなんだろう。また、新たな歴史を紡ぐために。……”夢”のザナルカンドの歴史を。
 そこにはオレもオヤジも、いない。
 オヤジは『シン』に、オレはスピラに来ちゃったんだから。
 ”夢”じゃない、現実のスピラに。

 今までにもこういうことあったんだろうか。

 いや、たぶん、なかったんだろうな……。

 だから、”夢”のザナルカンドも……スピラも変わらなかった。

 それを変えるために、オヤジは敢えて故郷でもあるはずのオレたちのザナルカンドを破壊したのか。『シン』になっちまったオヤジなら、きっと全部わかってたんだろうな…。

 そして、オレを連れ出した。
 先に、きっとオヤジが連れてきたんだろうアーロンと供に。

 オヤジは消えたがっている。
 オヤジ、オレも消えるってこと、知ってんのかな?

 ……『シン』になっちまったオヤジ。

 もう、そんなこともわからないのかもしれない。

 わからない。

 オレだって、全然わかんねえっつうの。

 ユウナの親父さんとアーロンとの旅で何があったのか。
 なんで、オヤジが『シン』になったのか。

 でも、変えたがってる。
 消えたがってる。
 オレに倒して欲しいって。
 最強の『シン』は、きっと自分から消えるなんてできないんだろうから……。

 ”夢”が続けば、スピラが犠牲になる。
 スピラを救うためには、”夢”を消さなければならない。
 なんで? とか、どうしたら? なんて、まだわかんないけどさ。
 きっと、そういうことなんだよな。


 ユウナを助けるために、オレが……消える?

 だったら……。



―― 仕方ないか




 …そ…うか……


 なんか、わかっちゃったな、オレ。

 今までのユウナの気持ちが、さ。

 そうか、こういうことだったんだ。

 自分の大好きな人たちが、目の前で死んでいって、
 自分の大切な人たちが、死んだって聞かされて、
 何にも出来ない自分が苛立たしくて…。

 そんな時。

 もしかしたら、その人たちを助けられるかもしれないなら、
 そういう人たちを一人でも助ける力が自分にあるってわかったら、
 召喚士なら、『シン』を倒せるって、
 その召喚士になれるかもしれないって、わかったら……。

 きっと、そうする。

 オレだって……。

 ユウナを助けるためになら、どんなことだって出来るって思ってる。

 今のオレなら。

 実際に相手の立場になってみないと、本当のことはわかんないんだって、
 昔、母さんが教えてくれたことがあった……。

 うん、母さん、今ならよくわかるよ。

 自分がどんなになっても、
 この人にだけは生きていて欲しい、って心の底から思える人に出会ったから…。


 だから、今までの、いや、今のユウナの気持ちが……わかる。

 胸が……痛いほど、よく……わかるんだ……。

 何も知らないオレに、ずっと黙っていたってことも。

 できたら、ずっとオレに知らずにいて欲しかったんだってことも。

 最後の……瞬間まで。


  「最後まで お願い……します」
  「最後じゃなくて…… ずっと」
  「……ありがと」



 ごめん、な。

 ……ごめん。

 ……ごめんな、ユウナ。


 ずっと、って約束、オレ……

 ……オレっ…


―― 守れそうにないんだ……


 ……っ、でもさ、きっと。

 ユウナの最後なんかじゃない、オレの……最後、までは……


 ずっと、ユウナのガードでいるから。

 ずっと。

 最後まで、ずっと……。



 オレさぁ。

 みんながずっとオレに黙ってたこと、怒ってたんだよな。
 なんで、オレだけ知らなかったんだ、って。
 どうして、教えてくれなかったんだ、って。

 ユウナが死んじゃうんだってことをさ……。

 なんで黙ってたんだって、あの時は腹が立ってしょうがなかったけど。

 でも……。

 やっぱり、今なら、わかる。

 祈り子が、言った……。

  「キミは 夢を終わらせる夢に なれるかもしれない……」


 ”夢”は『シン』だ。

 その”夢”を終わらせられるかもしれないって、祈り子は言ったんだ。

 ”夢”が終わるってことは、『シン』を倒せるかもしれないってことだ。

 今まで終わることのなかった”夢”を終わらせる……。

 究極召喚がどんなものなのか、まだ知らないけど。

 でも、祈り子は究極召喚のことは言ってなかった…。

 それって、究極召喚じゃなくても『シン』を倒せるかもしれないってことだよな?

 それで本当に”夢”だけじゃなく、

 『シン』も蘇らないようにできるかなんてわかんないけど。

 究極召喚じゃなければ……ユウナは死なないですむかもしれない…。


 祈り子が言ったんだ。

 きっと、出来るさ。

 いや、必ず終わらせてみせる。

 ……オレが。

 『シン』を、オヤジを倒して…。

 そして。

 オレ自身さえも……。

 ……だから。


 その瞬間がくるまで、誰にも言わない。


 『シン』が消えたら、オレも消える……。


 こんな大事なこと、知らされないってどんなに寂しいか、よくわかってる。
 オレも、そうだったから。

 だけど、こんなことだから言えないんだって気持ち。

 ユウナなら……わかるだろ?


 避けられない事実なら、せめて、迷いや悲しみを少しでも先に。
 どうせ襲ってくる現実なら、最後の時まで知らずに、って。

 オレ一人のために、『シン』を倒すの止めるなんてできやしないから。
 オレのために、ユウナやスピラの人が犠牲になるなんて、絶対に嫌だから。

 ユウナがオレのために苦しむ姿なんて、見たくないから、さ。

 だから、最後のその瞬間まで。

 オレが消えるってことを……。


―― 誰にも知らせない。



 理由もなく消されるのなんて、我慢できるはずないけど。
 オレが消えることで、ユウナが死なずにすむのなら。
 その可能性が少しでもあるのなら。


―― ユウナの笑顔を守れるのなら


―― オレの存在いのちに代えても、守りたいものだから


 『シン』と、祈り子たちが召喚しているっていうこのザナルカンドがどう繋がっているのかは、今はまだわからないけど。きっとこれからわかってくるんだと思う。

 そう、”夢”じゃない本当のザナルカンドに行ったなら。

 ザナルカンドは、もうすぐそこだから。


 だから、こんな夢の中でのうのうとしてる場合じゃないんだって!



 そう言えば……。


 今度は”誰”がオレを呼んだんだろう?








 『 違 う 』



 え?



 『 あなたが、私たちを呼んだのよ…… 』







X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X  







「! アーロンさんっ! みんな! ティーダがっ!」

 重く、すっかりくっついてしまったようになっている瞼を苦労して開くと、そこには心配そうな顔してるけど、いつもの強い意志を湛えて覗き込んでいるユウナの瞳があった。

「ほんと?」
 真っ先にリュックの声が聞こえてきて、近づいてくる足音がする。続いて複数の足音と仲間たちの声も。
「え? 本当?」
「お、やっと起きたかぁ」
 やっとの思いで全部目を開ききると、ユウナの背後に立っている緋色の衣が目に入ってきた。
「やっとお目覚めか。随分と長い休息だったな。いい身分だ」
 そう嫌味を言い置いて、衣の裾を翻しアーロンが視界から去っていく。
―― そんな言い方しなくったっていいだろ
―― オレだって好きで……
 ユウナに助けてもらいながらやっと起き上がったところにそんなことを言われて、思わずティーダが言い返そうとしたら。
「おっちゃん! そんな言い方ってないじゃん! ティーダだって自分から好きで倒れたワケじゃないんだからさあ」
代わりにリュックが噛み付いてくれていた。
「ふん」
 横目で見て鼻で笑ったアーロンは、そのまま行ってしまった。
「サンキューな、リュック」
 すぐ後ろの崩れかけた壁に寄りかからせてもらったティーダは、やっと自分の声でそう言うことができた。けれど、かなり長いこと声を出してなかったせいか、すっかりかすれ声になってしまっいて自分でも驚く。
「オレ、どれくらい寝てたんだ? それに、ここって?」
 心配と安堵の入り混じった表情をしたユウナに尋ねた。
 しかし、ユウナの答えも歯切れの悪いものだった。
「う…ん、それがね。よくわからないんだ、私たちにも」
「わからない?」
「うん……」


 それから、ティーダが倒れてから起こったことを、仲間たちがかわるがわる話したのだった。
 話を聴きながら、ティーダはそれぞれの様子を見て思う。
―― みんな、だいぶ疲れてるな……
 程度の違いはあれど、皆、疲労と焦りが色濃く表情から滲み出ていた。
 それはそうだろう。どうやら幻光虫の増減で昼と夜を計っていたらしいが、それも定かではなく時間の感覚そのものも狂っているようだとルールーが説明していた。それでも、6回は夜としての休息を取ったという話だったから、一週間近くも閉じ込められていることになるのだ。
 ユウナの旅の目的地、ザナルカンドはもう目と鼻の先だというのに……。


「そうか……。んじゃ、ここはあの湖の底ってこと?」
「うん」
「オレが寝てる間、みんな頑張ってたんだな……」
 そう言ってみんなの顔をもう一度ゆっくり見回すと、その中でも特にルールーの顔色が悪い。元々白かった肌の色が、今ではまるで紙のように生気も薄れているようだった。それでも、聞いた話からすると一時期よりはずっといい状態らしい。
「あのさ。ユウナんがずっとキミに付き添ってくれてたんだよ。ちゃんとお礼言いなよね」
「そっか。ありがとな、ユウナ」
 ユウナは少しだけ首を振って、ううん、と笑ってくれた。
「みんなにも心配かけて、ごめん」
 座ったまま、両手を開いた膝に置いて、ティーダはペコっと頭を下げる。
「ああ、まあ、なんだ。気がついて良かったよ、なぁ? ルー」
「そうね。それにしても、あんた今回は目が覚めるまで随分とかかったわね。また、夢でも見てたの?」
「あ、ああ……。うん、いろんな夢、見てた……」
 最初の方のはまだ話せるけど、後からの夢は……。だから、言葉を濁すしかなかった。
「まあ、長かったと言ってもどれくらいの時間が経ってるのか、本当のところは私たちにもわからないんだけど…」
「そうなんだよなぁ。なぁんか腹も減らねぇしよ。眠ってもちゃんと寝てるんだか起きてるんだかイマイチ実感ねぇし」
 不可思議なこの状況をワッカとルールーが話してくれている時、ティーダの中で何かが引っかかった……。
「それもこれも、その死人たちが関係してるって?」
「うん、たぶんそうなんだと思う。そんなふうにも言ってたし…」
 ユウナの言葉の後を継いで、ワッカがいかにも言いにくそうに話し出す。
「それにな。アーロンさんやキマリとも話してたんだけどよ……」
「うん?」
「私たちには消えたように見えた死人たちも、単に執着が消えただけで存在そのものは消えてないんじゃないかってことなの」
「それって……異界に行ってないってことか?」
 ワッカの代わりにルールーとユウナが理路整然と説明する。
「うん、そうなんだ。私が異界送りできればいいんだろうけど……」
 
 ユウナが意味ありげな視線でティーダを見ていた。
 そして、他のみんなも。
「死人に会っていないのは、後はティーダだけだ」
 皆の気持ちを代弁して、少し離れたところに腕組みして立っていたキマリが言った。
「いくつかの強い思いは消えても、まだ異界に行く程には思いきれていないらしい」
 いつの間に戻ってきていたのか、アーロンがティーダのすぐ横に立って見下ろしていた。
「おそらく、鍵はおまえだな」
 アーロンの言葉にちらりと目を上げたティーダは、今度は少し立てた膝の上に肘を置いて、考えこむように両手の親指を口元に当てる。
「うん。……たぶん」
 おや? という顏をしたアーロンが再び声をかけてきた。
「何か心当たりがありそうだな」
 ティーダは気を失う前に聞いた声と、目覚める前にも聞こえてきた声とを思い出しながら言う。
「あの光を見て意識がなくなる前にさ、確かに聞いたんだ。『目覚めさせることができるなんて』って。それに……」
「それに?」
 ユウナが小首を傾げて真剣に聴いている。リュックも身を乗り出し、他の皆も同様だった。
―― そうだよな、オレと違ってみんなずっとここに閉じ込められてて、まいってるんだ
―― 身も心も…
―― 早く出たいんだ、ここから、一刻も早く……
「……オレが呼んだ、って」
「キミが? 呼んだ?」
「うん…」
「どゆこと〜?」
 リュックが身を乗り出して訊いてきた。他の皆も眉を顰めて訳がわからないといった様子だった。
―― 驚くのも無理ないよな……
―― オレだってよくはわからないんだから
「たぶん……ザナルカンドが、オレのザナルカンドが関係してるんじゃないかな?」
 ティーダは実際に思っていることとは少し違うことを口にする。
 今ここで言えることではなかったから。
「それって、これから行くザナルカンドのことじゃないんだよね? ……1000年前の?」
「えーっ?! キミのザナルカンドって1000年前のなのぉ?」
 次第にまずい方向へと話題が迫ってくる。早々に話を切り上げることにした。
「だから、オレもよくわかんないんだって。でも、レギスタンって1000年前に滅んだんだろ? ザナルカンドと一緒に」
「キマリはそう聞いている」
「オレのザナルカンドとは違うとは思うんだけどさ。でも、シーモアんとこで見た1000年前のザナルカンドって、すごくオレのザナルカンドに似てたんだ。まるでそっくりだった」
 シーモアと聞いて、キマリの眉がピクリと跳ね上がる。しかし彼は意志の力でその思いを抑えこんでいた。
 そしてもう一人。
 アーロンが、口角を下げ隻眼を眇めていた。ティーダ以外で唯一、そのザナルカンドを知っている人物だったから。
「だから、何か関係あるんじゃないかってか? なぁんか説得力ねーけどよ。まあ、とにかくおまえが死人に会わなきゃ収拾つきそうもねーわな」
 我ながらちゃんと皆が納得できるように説明できていないと思っていただけに、ワッカのこの大雑把なまとめ方にティーダはいち早く乗った。
「そういうことッス!」
 間髪あけず、ティーダがすっくと立ちあがる。
「ちょうどいい具合に、向こうから来てくれたみたいだしな」

 街の中央、ティーダが真っ直ぐに見つめた先に、幻光虫が集まり始めていた。
 この廃墟の街中の幻光虫が集まったのではないかと思えるほど、ものすごい数が密集している。それなのに、それぞれの思いの強さで姿を保っていたはずの死人が、いつまでたっても明確な人型を為し得ていないのは、これまでの仲間たちの努力の成果なのだろう。

「行ってくる」
 そう言い置いて、ティーダはそれに近づいていった。

「ティーダ!」

 振り向くと、ユウナが期待と懇願、そして何より不安と心配とが溢れている表情で見つめていた。
「気を……つけてね」
 ティーダは、片手でグッと拳を握って中空に掲げる。
「おう! まかせろって」

 今までとは違う。
 それまでは姿形は違ったとしても、ちゃんと人型として見えていた。それ故なのか、対峙した仲間たちは口々に、死人に敵意は感じなかったと言っていた。もちろんユウナも。
 だが、今回はそうではない。
 ティーダが近づいていっても、幻光虫たちが人型になる様子はまったくない。
 おまけに、ほんの僅かではあったが、あきらかに敵意らしきものが伝わってくる。しかも人型をしていないということは、直に語り合うことはできない。それがユウナには心配でならなかった。

―― どうやって? ティーダ……?

 しかし、どうやらユウナと同じように考えたらしい仲間たち ―― 現にワッカとリュックは既に駆けだそうとしていた ―― を、ズイと前に出たアーロンが片手を真横に差し出して制していた。
「あいつにまかせよう」
「でも、アーロンさん」
 ちょうど胸元を抑えられた形になったワッカが言い募る。すると、フッと笑ってアーロンが言ったのだった。
「今のあいつなら、大丈夫だろう」
 確信の笑みだった。

―― この洞窟に入る前と、今とでは
―― 瞳の色が違うからな……

 気を失っている間に何があったのか、いや、それよりもガガゼトの峠で倒れた時に何があったのか。アーロンでさえ推し量ることしかできなかったが、それでも。

―― あの時から見えていた迷いが、今はない

 本人は必死で隠していたつもりだったのだろうが、あれだけ動揺していればわかるというものだ。ただ、ティーダが知られたくないと思っているのなら、知らぬフリをしているしかなかった。
 けれど、今はその迷いの色がきれいに払拭されていた。

「けどよ……やっぱ…なぁ?」
 アーロンに言われても心配を拭い切れないワッカが仲間たちを振りかえる。すぐ後ろにいたリュックを、ルールーを、キマリを、そしてユウナを。
 ユウナがコックリと頷いていた。
「わぁ〜ったよっ」
 言うと同時にどっかとその場に腰を下ろし、ワッカも覚悟を決めたのだった。


 幻光虫の塊にゆっくりと近づいていくティーダ。
 近づくにつれ、引き寄せられるような感覚と弾き飛ばされるような感覚を、ティーダは合わせて味わっていた。
―― 苦しんでるんだな……
 相反する思いが交差する幻光虫たち。
 かのレギスタンの人々の思い。

―― たぶん

―― オレが一番、あんたたちの気持ちが……わかる

―― 1000年前のザナルカンドで繋がってるから……




 次の瞬間。


 ティーダは幻光虫の群れに取りこまれた。



 仲間たちは、その様子を固唾を飲んで見守っているしかなかった。






X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X  







 幻光虫たちに取り囲まれた後、一瞬、気が遠くなりかけた。
 なんとか踏みとどまったけど、気がついたらあたりが一変していた。

 色が消えていた。

 真っ白だった。

 ふわふわと漂っているような……

 おそらく、立ってはいるんだと思う。
 だけど、何だか夢の中にいるみたいな感じだ。
 白いもやか霧にでも包まれているような。

 ”夢”?

 …………っ!

 オレは、またあの”迷い”の中に引き戻されそうになって、強くかぶりを振った。


 と。


 あの、声が聞えてきたんだ。


 頭の中に。


 男でも女でも大人でも子供でもあるような、不思議な声が。


 いくつもいくつも重なって……。



 『逢いたい…』

                       『消えたく…ない』

                  『苦しい』

      『帰りたい……あの頃に』

                              『寂しい』

  『一目だけでも、見たかった…』

                      『死にたくない』


 『………あの人に』



 うん。

 うん、わかるよ、あんたたちの気持ち。

 オレだって同じだ。

 帰りたい、オレのザナルカンドに。

 逢いたい、みんなに。

 つらいよな…。

 寂しいよな…。

 悲しい、んだよな……。


 だけど、さ。

 だけど……。

 もう、ないんだ。

 もういないんだよ……みんな。

 あのザナルカンドも。

 レギスタンも、な。

 友達も、仲間たちも……恋人も家族も。

 母さんも…………オヤ……。

 …………。

 いや、いない!

 そうさ、もう、いない。

 どんなに帰りたくても、もうないんだ。

 どんなに逢いたくたって、もういないんだよ。

 もう、別のところに行っちまったんだ……。

 ずっとずっとまえに。


 だからさ。

 帰るんじゃなくて。

 みんなのいるところに、行けよ。

 待ってるからさ、きっと。

 あんたたちが来るのを……ずっと。

 あんたたちが待ってたように、待っててくれてるんだ。


 1000年……。

 こんなに長い間、そんなものになっちゃってまで漂ってたなんて。

 辛すぎるよな……。

 悲しすぎる……。

 だから、オレが来たんだと思う。

 オレが、あんたたちを目覚めさせるためのキッカケだったんだ。

 オレたちみんなで、あんたたちを解放してやるために。

 もちろん、オレ一人じゃどうしようもなかっただろうけど。

 仲間たちが、あんたたちの気持ち、わかってくれたんだろ?

 みんながどんな気持ちでユウナを守ってきたのか…

 ユウナがどれほどの覚悟でザナルカンドに行こうとしてるのか…

 それも、ちゃんと見てきたんだよな?

 なら、もう大丈夫だよな?


『 あ な た は ? 』


 オレ…。

 オレは……。


 オレはまだやらなきゃならないことがあるから。

 大事な人を呪縛から解き放すために。

 大切な人を守るために。

 オレにとって、かけがえのないあの笑顔を守るために。


 オレがいなくなっても、きっと……。


 ………っ。


 きっと!

 いつかは笑って暮らせるようになるから。

 そういう世界に…するために。


 オレは。

 オレを消すために。

 行かなければならないんだ。

 オヤジを倒しに……。


『 大 切 な 人 を 守 る た め に ……』


『 自 分 を …… 消 し に 行 く ……』


 大気が震えた。

 空間が唸った。

 オレの周りを包んでいる、空気が……。

 まるで、号泣しているかのように……鳴動していた。



『 自 分 よ り も …… 大 切 な …… も の ……』



 白い霧雨に覆われているようだった空間から、一つ、また一つと、幻光虫が現れる。

 数え切れないほどに増えていき、そして、次々にオレの身体をすり抜けていった。

 それらがオレをすり抜けるたびに、泣きたくなるような思いが伝わってくる。

 心を引き裂かれるような切なさがこみ上げてくる。

 1000年の心の痛み。

 想いの慟哭。

 オレは顔を上げ、その想いに身を任せるように目を瞑る。



 全部、全部、さらけ出して見せてやるよ。

 オレの最後の真実。

 共鳴する想い。

 うん、あんたたちの最後の思いも、オレがしっかりと受け取ったから。

 みんなも、あんたらのこと、きっと、忘れないから……。

 逢いに、行ってくれ、大切な人たちのところへ。



 そして……。


 いつか……。



 オレたちが作った新しいスピラに。

 生まれ変わってこいよな。

 大切な人と一緒に、さ。


 きっと……。



―― そこには……きっと……オレは、いないんだろうけど……



 オレの身体を通り抜けていった幻光虫は、そのまま小さくなって消えていった。

 無数の虹色の光の乱舞が、その数とともに次第におさまっていく…。

 最後の、一際大きな光を放っていた幻光虫が消えた時。

 あたりの靄が急速に薄れてきた。

 まるで重みのなかった身体が、だんだんと実感を伴ってくる。


 そしていきなり、光とともに幻光虫たちの気配がオレから離れた……。






X X XX XXX XXXX XXXXX XXXX XXX XX X X  







 ユウナたちが見守る中、無数の幻光虫の群れにティーダが取り込まれた後しばらくの間、時間が止まっているようだった。そして、見る見るうちに光が薄れてきたと思ったら、幻光虫たちが一瞬のうちに飛び散った。
 凝縮していた光が霧散して、あたり一面に飛び交っている。
 まるで星の光を乱反射するさざなみのように……。
 その中心に、今まで幻光虫たちに隠されて見えなかったティーダの姿がぼんやりと現れた。

「ティーダ!」

「まだだ!」
 思わず駆け寄ろうとするユウナをアーロンが一喝した。それにルールーが続く。
「ユウナ、今よ! 異界送りを!」

「!」

 一瞬のためらい。けれど、すぐに己の使命を果たすべく、ユウナは杖を握り締める。

「はいっ!」



 ユウナが踊る。

 地上にうごめく苦しみの光を、天上の至福へといざなうために。


 ユウナが踊る。

 想いに捉われ、長き時に揺蕩たゆたう魂たちを、安息の無に帰すために。



 ユウナは、踊る……。



 一つの光が、先ほどから一歩も動いていないキマリの元へと流れてきた。

『俺の…居場所……』

 キマリが、静かに頷く。

『……安らげるところへ……』

 ほどなく薄れて完全に消え去るまで、キマリはその光を目を細めて見つめていた。



 小さな光が、リュックの頭上へと辿り着く。

『楽しかったよ…』

 弾むように揺れてリュックの周りを何度か回って。

「……。うん、あたしもね」

 そして、すぐ隣にいるワッカとルールーの間を通り抜ける、光。

『今度生まれてきたら……きっと……』

「ああ」
「きっと…ね」

 きつく唇を噛んだリュックと、寂しげなワッカの笑みと、愛おしむようなルールーの眼差しに見送られて、光は消えた。



 最後まで形を保っていた光が、アーロンの前で漂う。

『……あなたも……いつかは……』

 フッと俯き瞑目した男は、瞼の裏に浮かぶ二つの友の面影を追う。

「そう…だな」

 それを見届けたかのように、光は踊っているユウナの所へ向かい、そのまま消えていった。

『諦めない…で……最後まで…』

 それまで無心で踊っていたユウナが、その声にハッとして動きを止めた。

 その時には、もうすべての幻光虫が綺麗に掻き消えていた。

「…………はい」



 幻光虫たちが完全に消え去った後、その場に一人、目を閉じて立っていたティーダが鎖から解き放たれたようにフラリとよろめき倒れた。
「ティーダっ!」
 一番近くにいたユウナの叫び声を合図に、仲間たちが駆け寄る。
 いち早く駆けつけ、ティーダを助け起こしたのはキマリだった。
「大丈夫だ、ユウナ。今度は意識がある」
「ほんとう? ……良かった」
 キマリの言葉にユウナが心底ホッとした顔をして、抱き起こされたティーダのすぐ脇に座り込んだ。うっすらとは開いていたらしい瞳をティーダがゆっくりと見開いていく。それと同時に彼の手足に、身体中に、感覚が戻ってきていた。
 キマリの腕から身を起こし、ユウナを見つめ、自分の周りに集まっている仲間たちを見て、そしてまたユウナに視線を固定して、ティーダが言った。
「終わったんだよな…」
「……うん」
 その時ユウナは、ティーダの瞳の中に一抹の例えようもない”何か”を見た。……気がした。
「あいつら…あのレギスタンの人たち…行った……」
 ティーダはユウナから目線をずらし、空洞の上方を眺めるような遠い瞳で呟く。
「ちゃんと自分たちの逢いたい人がいる場所へ……」
「…うん」

「行っちまいやがったな、あのガキ…」
 ユウナの後ろから片膝を立てて覗き込んでいたワッカが、ほんの少し寂しげな様子で隣のルールーを見やる。
「ええ…そうね」
 ルールーもまた、ワッカと同じ色合いの瞳で静かに頷いてた。
「うん……。そだね、良かったんだよね、これで……」
 ワッカたちとはティーダを挟んだ反対側で、両手で膝に突っ支い棒して身を屈めていたリュックも、同じ気持ちを共有できる二人へと微笑みを送っていた。
「異界で、逢えるよね、あの子。……きっとさ」
―― あんなに逢いたがっていた、家族に…

 今は一歩距離を置いて下がっているキマリも、少し離れたところで皆に背を向けているアーロンも、それぞれの思いで瞑目していた。

 しばらくそうして、短かったけれど一人一人に強い印象を残していったレギスタンの人々への思いを辿っていた。

 ふと、ユウナが我に返り、自然に湧いてきた疑問を口端に乗せる。
「でも、どうしてキミが……」
「地面が濡れてきている!」
 ユウナの言葉を、突然キマリが遮った。
「えっ!?」
 全員が振り返る。
 閉じ込められた時と同様に、キマリは腰を屈め手を地面に当てていた。
「こうなった原因がいなくなったからな。すぐにここは元の湖に戻るだろう」
 真っ先に坑道の方へと歩き出しながら、アーロンが言い放った。
「そっそれって、やばいんじゃねぇか?」
「急ぎましょう!」
 言うが早いか、皆、坑道の方へと登っていく。ティーダも起きる時だけはユウナに助けてもらったものの、その後は自分の力だけで歩けるほどには体力が戻ってきていた。が、来た時と違い、次第にぬかるんできている地面に上り坂ということも手伝って足が取られる。
 先行していたアーロンが坑道の入り口だった場所へと辿り着いて振り向いた時には、影のように音もなく満ちてきていた水が、最後尾を苦労して登っているユウナとティーダのすぐ後ろまで来ていた。普段なら水など恐るるに足りないのだろうが、数々の異変の起こったこの場所では避けて通るにこしたことはない。完全に元の湖の姿に戻るまでは……。
「急げ! 呑み込まれるぞ!」
 アーロンの声を聞いて、ユウナとティーダがハッとして振り向く。水は二人の足元すぐ近くまで来ていた。
「あっ!」
 振り向いた途端、ユウナがバランスを失い転びかけた。
「ユウナっ!」
 それを隣にいたティーダが支えようとして、彼もまた体勢が崩れそうになる。
 無理もない。異質な空間にずっと閉じ込められて、精神的にも肉体的にも疲弊してい上にたった今異界送りを行ったばかりのユウナと、ずっと精神と身体が切り離された状態だったティーダだったのだから。

 二人が水の中に転がり落ちる、と仲間たちが思った瞬間、水際ぎりぎりでキマリがガシっと二人を後ろから支えた。彼はわざと二人と並行して登っていたのだった。
 そのまま二人を抱えるようにして、キマリは坂道を登りきっていた。

「ありがと、キマリ」
 やっと水のこない場所まで着いてキマリから下ろされたユウナが、荒い息をつきながら礼を言っていた。ティーダもそれに倣う。
「助かったッス」
 ロンゾのゆうは、無表情に答える。
「礼には及ばない。これがキマリの役目だ」
 キマリもまた、一族の悲劇を乗り越えられたのは自分が”ユウナを守る”という使命があるからだということを、改めて己に刻み込んでいたのだった……。

「あ!」
 今度はリュックが甲高い声をあげた。
 またもや一斉に振り返る仲間たち。
「ど、どうしたんだ? リュック」
 また何かやっかい事かよ、と明らかに不安が滲み出ている声でワッカが尋ねる。
「坑道が………開いてる!」
 リュックが指差した先、皆が立っているすぐ背後に、確かに坑道の入り口があった。
 閉じ込められてからというもの、何度も何度もその場所を確かめたのだから間違いはない。ずっと固い岩肌しか見せていなかった坑道が、今、その入り口をぽっかりと大きく開いていた。
 いや、この場合、出口と言った方がいいだろうか……。

「やったな、やぁっと出られるぜ!」
「だねっ! ホント、良かったぁ」
 手と手を取り合って喜ぶ、”自称”と”隠れ”の賑やか担当同士。
「本当に、もう洞窟はたくさんだわ」
 うんざりした口調ではあっても、嬉しそうな声音を隠せないルールー。
 キマリでさえも、その強面こわもてに安堵の色が浮かんでいた。


「良かったね」
「うん」
 お互いに心にひっかかるものがあったせいか、仲間たちのように解放の喜びに乗り切れないユウナとティーダは二人でぎこちなく微笑み合っていた。
 ユウナは少しだけ目を伏せて、やはり気になるとばかりに先ほどの質問を続けようとした。
「あのね、やっぱり訊きたい。どうしてキミがあのレギスタンの人たち……」
「ユウナ!」
 そこへアーロンの鋭い声がかかる。
「あっ、はい! アーロンさん」
「疲れているだろうが、先を急ぐぞ。だいぶ足止めされたからな」
「あ……はい……」
 先に立って出口へと歩き始めたアーロンに言われて、ユウナは言葉を続けられなくなってしまった。
「ザナルカンドはもう、すぐそこだ」
―― その前にもうひと波乱あるがな……
 その時にならなければ明かせぬ真実を、今は黙って呑み込むかん。しかもそれは、すぐ目の前にまで迫ってきているのだ。


―― そう……だよね
―― 今は、ザナルカンドに行くことだけを……
―― ……考えよう
 疑問も切ない想いも振り切って、ユウナは先を行く仲間たちの後を追った。


 おそらくワッカもルールーもキマリも、ユウナと同じようにどんなに今回の顛末を問い質したいだろう。目的地寸前になって、強制的にこんなところに閉じ込められて、理不尽な目にあったのだから。
 けれど、彼らはただ黙って旅の続きに戻っていった。人にはそれぞれ計り知れない事情があるのだということを、大人たちはよく理解していたから。話せる内容であれば、とっくにティーダの方から説明しているだろう、と。
 そして、外へ出るための道すがら、容赦なく現れてくる魔物を排除して後続の仲間たちのための安全を確保しながら。
 そんな頼り甲斐のある仲間たちに対して、ティーダはただ感謝の念を抱くしかなかった。
―― ありがとう、みんな


 と、そこへ、まだ納得していないらしい一人が歩み寄ってきた。
「あのさ…」
「う……りゅ、リュック…」
「ナニさ。 なにオタオタしてんの?」
―― まだ、リュックが残ってたっけ…
 どうやってやり過ごそうかと冷や汗ものでティーダが考えていると、意外なことにリュックの問いかけは彼の予想とは違っていた。
「ユウナんを助ける方法、考え付いた?」
「! あ、そっちのことか…」
 あからさまにホッとした顔をするティーダに、リュックが訝しげな顔をする。
「何のことだと思ったのさー」
「い、いや、何でもないッス…」
 思わず焦るティーダ。
 が、ティーダのそんな様子も気にならないくらいにリュックは思いつめているようだった。
「キミが眠ってる間中さ、あたし、考えてたんだよ。チャンスなんだって。ゆっくり考える時間できたって。だって、ね……」
「どうしたんだ?」
 リュックがらしくなく、言ってもいいものかどうか逡巡しているようだった。
「みんなには言えなかったんだけどさ、あんな雰囲気だったし。……なんかね、変なの」
「変?」
「うん。ほら、あたしアイテムいっぱい持ってるじゃん? んで、そん中に食べ物とかもあるんだけど……」
 話がよく見えなくて、ティーダは生返事を返すしかできない。
「……うん」
「果物とかね……、傷んでないんだよ……ちっとも」
「え……? それってどういうことだ?」
「だからね、えっと、あたしたちだいたい7日…一週間はこの洞窟の中にいたって思ってたんだけど、本当はそんなに時間経ってないんじゃないかって……。中にはすっごい腐りやすい果物とかもあったのに、まるで昨日採れたみたいに新鮮でさ」
「……それ、オレ、わかる気がする…」
「んんん?」
「オレもさ、変な感じしてたんだ。オレ、その間ずっと寝てたってことだろ?」
「うん、そだよ」
「普通そんなに長いこと歩いてなかったら、起きてすぐこんな風に歩けるもんじゃないだろ?」
 リュックも覚えがあるのか、なるほど、というように拳を顎に当てて考えこんでいた。
「そか……。あ、でも、よくそんなこと知ってるね?」
「あ、ああ。母さんが病気した後、よく起きてからフラついてたから……」
「……そっか。そうだよね。……ってことはさぁ?」
「誰かが、あのレギスタンの人たちかもしれないけど、オレたちに考えるための架空の時間を作ってくれた、って?」
「うん。きっと、そうだと思う」
 真剣なまなざし。
―― そんなこと、考えてたのか、リュック……
 ティーダはさっき慌てた自分が少し恥ずかしくなった。
「うん……。そうかもな……」
 しかし、リュックは両手で頭を抱えて、今にも泣き出しそうだった。
「でも、ゼンゼンだめ。考え付かない。あんなに時間、あったのに。……もう、どうしよう……」
「リュック……」
 うん、と一つ頷いて。
「オレもどうしたらいいか、なんてやっぱりまだわかんないけどさ。ずっと……寝てたし、な」
―― 夢は、見てたけど……
―― オレの……意志を確かめるための……夢を
「ここに来る前、シーモアと戦う前にも言ったけどさ。きっと、ザナルカンドに行けばなんとかなるって」
「…………」
「あ、疑いの目」
「だってさぁ」
 執拗に食い下がるリュックに向かって、ついこの間まではなかった自信を持って言ってやる。
「大丈夫だって。あ、ほら、アーロンだってさ、ザナルカンド行こう行こうって言ってるだろ? あれ、まだオレたちの知らない何かがあるんだ、きっと、ザナルカンドに」
「う…ん。そーなのかなぁ」
「ったく、いろんなこと知ってるくせにさあ、”他人の知識はアテにするな”とか言っちゃって、全然教えてくれないんだもんな、あのおっさん。ただ行くだけなら、オヤジたちみたいに……」
「あ……ゴ、メン…」
 急にリュックがしんみりとした顔になって俯いた。
―― そうだ…
―― リュックもついこないだ『シン』がオレのオヤジだって知ったばかりだったんだ
「いいよ…。オヤジは……どうやら、オレに倒して欲しがってるらしいから。気にすんなって」
―― オレが慰める立場じゃないけど……
「う、ん。…でもさ…」
 リュックが死人の少年によって見せられた夢で、肉親を倒そうとする苦しみを理解できるようになっていたとまでは、ティーダにわかるはずもなく。
 なんだか気まずくなって二人で言い澱んでいると。

「リューックー!」
 見ると、ユウナとアーロンが立ち止まって二人を待っていた。
「何を道草食ってる。置いていくぞ」
 そっけなく言って再び歩き出すアーロン。
「あ、まっ待ってよぉ」
 リュックも、これ幸いとばかりに駆けていった。
 先に行ってしまったアーロンに対して、ユウナはリュックを待ちながらティーダへと未だに揺れている視線を送ってくる。
 ティーダは複雑な表情を浮かべて笑い返し、歩き出した。ユウナもそれを見て、追いついたリュックと並んで歩き始めていた。


―― ……ユウナ

「ありがとな、アーロン」
 結果、二度も助け舟を出してくれた形になったアーロンにティーダは小さく呟いた。
 アーロンも今回の一件について正確なところがわかっている訳ではないだろう。だが、ティーダやユウナたちが知らない多くのことを知っている。10年前の体験と、そして、スピラと”夢”のザナルカンドの双方を知っている唯一の人物。ティーダのザナルカンドが”夢”であることまで知っているかどうかはわからないけれど…。


 どうしてレギスタンの人々がティーダによって目覚めさせられたのか、そして、ティーダがどうして彼らを真に解放できたのか。それまで、仲間たちがそれぞれ逢った死人たちの執着を解き放ってやっていた、そして彼らを納得させるための最後の”鍵”がティーダだった。

 ティーダの存在そのものが、彼らの在るべきを知らしめた、ということ。

―― でも、それをみんなに話すということは
―― オレが”夢”のザナルカンドから来たからだってことを
―― 話さなければならなくなるから……

―― 1000年前のザナルカンドを再現したという”夢”のザナルカンドから……

 1000年前に滅んだ都市、ザナルカンドとレギスタン。
 おそらく、彼らはティーダの存在に自分たちとの共通性を感じとったのだろう。
 その存在に対する嫉みとともに。

 死人にもなりきれなかった彼らは、ただ漂い、儚い夢を見続けるしかなかった。
 1000年もの永遠に近い時を、ただ夢見続けるだけの存在。

 そこへ、ザナルカンドの夢の具現化であるティーダが現れたのだ。
 彼らと同じ時代に在ったザナルカンドの匂いを感じた…。
 何故? どうして?
 長い…気が遠くなるほど、長い”とき”が経っているはずなのに…。
 有り得るはずのない存在に、彼らの感情が交錯した。
 驚愕、共感、懐古、羨望、そして、嫉妬。
 それらの感情が一気に凝縮し膨張して、破裂した。


―― だから、目覚めた……
―― せっかく湖の底で静かに眠っていたのにな
―― オレが来たことで起こしてしまった……

―― ごめんな

―― でもさ

―― そのままでいいはずないから……

―― 今ここで、もしも目覚めなかったら
―― ずっと苦しみを抱えたままだっただろうから

―― これから先も、ずっと…

―― だからオレと出合ったんだ、と思う

―― だから、オレたちが来なきゃならなかったんだ、きっと


 自分たちを目覚めさせたティーダが、自分たちを消滅させる最後の鍵なのだということを、彼らは本能的に感じ取っていたのだろう。だから、なかなか目覚めさせてもらえなかった…。ティーダ自身の迷いをも利用して、心を夢の世界に縛り付けられていた……。


 けれど、迷いのない心には、もう甘美なだけの夢は要らない・・・。


 そして。


 想い出に執着して彷徨い夢見るレギスタンの人々と、ガガゼト峠でザナルカンドの夢を見続ける祈り子たちは、きっと同じ。祈り子となったザナルカンドの人々が、何故、あんなことになったのか、それはまだわからないけれど……。



―― オレが…
―― 生きたい、と誰もが持ってる執着を
―― 自分から断ち切りに行くってことを

―― 大切な人のために
―― 自分で自分を消しに行くってことを

―― 本当の意味ってやつをさ

―― わかってくれたんだよな……



―― 人は……


―― 自分より大切だって思える人がいることが


―― どんなに、幸せかってことを、さ


―― わかってくれたよな……



 入り組んだ坑道の中ほどに、試練を解いた後に現れた飛び石の階段をティーダは一人上っていく。
 階段の上部が洞窟の中とは違う明るさに満たされていた。ここを上りきれば、もうこの洞窟とはお別れだ。皆はもうとっくに洞窟の外に出て、新鮮な空気を肺一杯に吸い込んでいることだろう。

 洞窟を出る最後の階段に足を置いて、ティーダはゆっくりと振り返る。

「一番大切なことを思い出させてくれて、ありがとな」

 このガガゼトを越えれば、いよいよザナルカンドだ。
 ティーダにとって初めて見る、スピラのザナルカンド。

 たとえ、廃墟だとしても。

 それが、自分のザナルカンドではないとしても。

 そしてまだ、ユウナを死なせずに『シン』を倒す方法が見つからなくても。


―― 見つけてやるさ! きっと!

―― もう、オレの心の奥の決意は揺るがないから……

―― 必ず、ユウナとスピラを救ってみせる

―― オレの存在のすべてをかけて!




 ティーダが出て行った後、人気ひとけがなくなり静けさを取り戻した洞窟内では、幾多のレギオン鉱石が虹色に輝く悠久の光を放っていた。









1000年の昔から変わることなく。









1000年の時が経っても変わらずに……。













―  終 幕  ―













<ご愛読、ありがとうございました>









壁紙&イラスト:安茂



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